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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
第五話「遊覧飛行」⑵
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扇とは営業が終わった後にLAMPの前で待ち合わせると約束した。
営業時間後、外へ出ると街は濃いピンク色に染まっていた。道路は一面の芝桜で、建物の壁にも苔のように覆い尽くしている。街路樹は満開の八重桜に変じ、ツツジの生垣に濃いピンク色の花びらを散らしていた。
「店長さん、こっちこっち」
扇が屋形船の中から手招きする。桜花妖こと、桜世も扇にお酌をしながら会釈した。どうやら、扇にも桜花妖が見えているらしい。
前に会った時は着物姿だったが、今夜は八重桜柄の着物をワンピースに仕立て直して着ている。頭には大きな八重桜の飾りをあしらった、レトロな帽子を被っていた。
「扇さん、船乗れたんですね」
「このとおりね。連れがいるからって、出発を遅らせてもらっていたの」
「お待たせしてもらって悪いですけど、無事乗れたんですから、私がいなくても良くないですか?」
「全然良くないわ。心残りのひとつに『貴方とサシで飲みたい』っていう願望もあるんだから」
「私、面白い話なんてできませんよ」
「そんなことないわ、自信持って。今までにもこういう状況や彼女のような存在に遭遇してきたのでしょう? その時の話をしてもらえばいいの」
「しません」
桜世は二人のやり取りをニコニコしながら見物している。由良が乗るまで出発しないつもりらしい。
由良は仕方なく、土産の品を持って屋形船に乗った。桜世の手を借り、甲板へ上がる。
「今回も洋燈町を一周するんですか?」
「えぇ。地上ではなく、空をですけれど」
「空?」
次の瞬間、屋形船がわずかに揺れたかと思うと、ふわりと浮き上がった。周囲で風が吹き荒れ、桜の花びらが舞い上がる。
「え? え?」
とっさに座敷の柱にしがみつく。扇は動じず、呑気に酒を飲んでいる。
屋形船は街を見下ろせるまで上昇すると、洋燈町の上空をゆったり飛行し始めた。状況が飲み込めない由良に対し、桜世は観光バス用のマイクを使ってアナウンスした。
「本日はご搭乗いただき、まことにありがとうございます。当機は洋燈町上空を飛行したのち、出発地のLAMPへ帰還します。しばし、空の旅をお楽しみくださいませ」
「……この船、飛ぶんですね」
「扇様がそう望まれましたので。桜で埋め尽くされた洋燈町を空から一望したい、と」
「壮大な願望ですね」
最初は怯えていた由良も、初めて見る景色に興奮を隠せない。
八重桜はビルの屋上や窓からも生えており、商店街のアーケードも八重桜のトンネルになっていた。屋形船は一旦下降し、トンネルをくぐる。宴会場の障子が開け放たれ、風と共に桜の花びらが吹き抜けた。
「綺麗ですね」
「えぇ、本当に」
扇も外の景色から目を離さず、頷く。
さすがは女優。桜吹雪の中で静かに佇む様は、絵になった。このまま映画のポスターにできそうだ。こういう時、〈心の落とし物〉が写真に写らないのが悔やまれる。
「もったいない。カメラで撮っても、扇さんしか写らないのでしょうね。水無月監督、同じシチュエーションで撮影してくれないかしら……なんて、思っていたりします?」
「桜世さん、私の心を勝手に代弁しないでください」
桜世はホホホと優雅に笑った。出会ってからさほど時間は経っていないというのに、ずいぶん扇を気に入っているらしい。
営業時間後、外へ出ると街は濃いピンク色に染まっていた。道路は一面の芝桜で、建物の壁にも苔のように覆い尽くしている。街路樹は満開の八重桜に変じ、ツツジの生垣に濃いピンク色の花びらを散らしていた。
「店長さん、こっちこっち」
扇が屋形船の中から手招きする。桜花妖こと、桜世も扇にお酌をしながら会釈した。どうやら、扇にも桜花妖が見えているらしい。
前に会った時は着物姿だったが、今夜は八重桜柄の着物をワンピースに仕立て直して着ている。頭には大きな八重桜の飾りをあしらった、レトロな帽子を被っていた。
「扇さん、船乗れたんですね」
「このとおりね。連れがいるからって、出発を遅らせてもらっていたの」
「お待たせしてもらって悪いですけど、無事乗れたんですから、私がいなくても良くないですか?」
「全然良くないわ。心残りのひとつに『貴方とサシで飲みたい』っていう願望もあるんだから」
「私、面白い話なんてできませんよ」
「そんなことないわ、自信持って。今までにもこういう状況や彼女のような存在に遭遇してきたのでしょう? その時の話をしてもらえばいいの」
「しません」
桜世は二人のやり取りをニコニコしながら見物している。由良が乗るまで出発しないつもりらしい。
由良は仕方なく、土産の品を持って屋形船に乗った。桜世の手を借り、甲板へ上がる。
「今回も洋燈町を一周するんですか?」
「えぇ。地上ではなく、空をですけれど」
「空?」
次の瞬間、屋形船がわずかに揺れたかと思うと、ふわりと浮き上がった。周囲で風が吹き荒れ、桜の花びらが舞い上がる。
「え? え?」
とっさに座敷の柱にしがみつく。扇は動じず、呑気に酒を飲んでいる。
屋形船は街を見下ろせるまで上昇すると、洋燈町の上空をゆったり飛行し始めた。状況が飲み込めない由良に対し、桜世は観光バス用のマイクを使ってアナウンスした。
「本日はご搭乗いただき、まことにありがとうございます。当機は洋燈町上空を飛行したのち、出発地のLAMPへ帰還します。しばし、空の旅をお楽しみくださいませ」
「……この船、飛ぶんですね」
「扇様がそう望まれましたので。桜で埋め尽くされた洋燈町を空から一望したい、と」
「壮大な願望ですね」
最初は怯えていた由良も、初めて見る景色に興奮を隠せない。
八重桜はビルの屋上や窓からも生えており、商店街のアーケードも八重桜のトンネルになっていた。屋形船は一旦下降し、トンネルをくぐる。宴会場の障子が開け放たれ、風と共に桜の花びらが吹き抜けた。
「綺麗ですね」
「えぇ、本当に」
扇も外の景色から目を離さず、頷く。
さすがは女優。桜吹雪の中で静かに佇む様は、絵になった。このまま映画のポスターにできそうだ。こういう時、〈心の落とし物〉が写真に写らないのが悔やまれる。
「もったいない。カメラで撮っても、扇さんしか写らないのでしょうね。水無月監督、同じシチュエーションで撮影してくれないかしら……なんて、思っていたりします?」
「桜世さん、私の心を勝手に代弁しないでください」
桜世はホホホと優雅に笑った。出会ってからさほど時間は経っていないというのに、ずいぶん扇を気に入っているらしい。
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