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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
第五話「遊覧飛行」⑶
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屋形船は商店街を抜け、線路をたどる。
駅の人間は気づいていないが、線路はレンゲの花畑に埋もれていた。電線はつるバラが行き交い、乗客の頭上で小さな花を咲かせている。
電車もツツジやチューリップ、パンジーなどの濃いピンク色の花々で飾り立てられ、上空からでも目立っている。線路の両側には満開の桜並木が続いており、
(もし、あの電車に乗っていたら、さぞ綺麗な風景だっただろうな)
と由良は思った。
「添野様も一杯いかが?」
桜世が日本酒の瓶を両手に近づく。ラベルには「異国への船出」とあった。
「変わった名前のお酒ですね」
「扇様が近々、日本を発たれるとお聞きしましたのでおすすめさせていただきました。扇様は夜は食事を制限なさっているので、食事の代わりにおつまみをご用意させていただきましたが、添野様はどうなされますか?」
「そうね……」
チラッと、扇のお膳に目をやる。
桜エビのかき揚げ、梅水晶、春野菜の煮浸し、そら豆の塩茹で、ふきのとうの天ぷらなど、どれも食欲をそそる。
「私もおつまみにしようかな。夕飯にお店の残り物を軽く食べてきたし、あんまり食べると屋形船が飛ばなくなっちゃう」
そういえば、と由良は土産にと持ってきた紙袋を桜世に渡した。扇を屋形船に乗せてもらえなかった時用に準備していたものだ。
「これ、良かったらどうぞ。桜花堂の桜羊羹です」
「まぁ、嬉しい! このお店の名前、桜花妖をもじってつけられたのよ。だから、一度食べてみたかったの!」
「あら、本当に美味しそう。私にもくださる?」
「おつまみだけで我慢するんじゃなかったんですか?」
「甘いものは別よ。後で、いつもの倍以上運動してでも食べたいわ」
桜世は三人分の小皿と黒文字を用意し、分ける。
甘味に合う「桜の吐息」という日本酒も振る舞われた。うっすら桜色がかっており、ほのかに桜の香りがする。緑茶で割ると桜の風味がより立ち、美味い。
(よくない……これはよくない。またうっかり飲み過ぎて、寝てしまうかもしれない。この後用事があるんだから、程々にしておかないと)
由良は酒が進みそうになるのをこらえつつ、豊富なつまみに舌鼓を打った。
「私も何かあげようかしら。食べ物じゃなくてもよろしくて?」
「それなら、色紙にサインをいただけますか? 私、貴方のファンなんです」
桜世はどこからか忍ばせていた色紙とサインペンを手に、目を輝かせる。
「それなら早く言って頂戴な」と扇は快くサインに応じた。
「『桜花妖』、拝見しました。私がモデルとは信じられないくらい美しかったです」
「私も本物の桜花妖さんにお会いできて光栄ですわ」
さらに、扇はポーチに入れていたインスタントカメラで桜花妖と写真を撮った。撮ったらすぐに写真が出てくるタイプで、徐々に写真が浮き出てくる。
「彼女は写りませんよ」
「そんなことないわ。ほら」
扇は得意気に写真を見せる。そこにはちゃんと桜花妖も写っていた。
「あれ? なんで?」
「はい、私用にもう一枚。チーズ!」
「ねぇ、何で撮れたんですか? そのカメラ、どこで買ったんですか?」
問い詰めたが、ごくありふれた家電量販店で買ったとしか教えてもらえなかった。
写真には二枚とも桜花妖の姿が写っていた。一枚はサイン色紙といっしょに桜花妖にプレゼントし、もう一枚は今日の記念に扇がもらった。
駅の人間は気づいていないが、線路はレンゲの花畑に埋もれていた。電線はつるバラが行き交い、乗客の頭上で小さな花を咲かせている。
電車もツツジやチューリップ、パンジーなどの濃いピンク色の花々で飾り立てられ、上空からでも目立っている。線路の両側には満開の桜並木が続いており、
(もし、あの電車に乗っていたら、さぞ綺麗な風景だっただろうな)
と由良は思った。
「添野様も一杯いかが?」
桜世が日本酒の瓶を両手に近づく。ラベルには「異国への船出」とあった。
「変わった名前のお酒ですね」
「扇様が近々、日本を発たれるとお聞きしましたのでおすすめさせていただきました。扇様は夜は食事を制限なさっているので、食事の代わりにおつまみをご用意させていただきましたが、添野様はどうなされますか?」
「そうね……」
チラッと、扇のお膳に目をやる。
桜エビのかき揚げ、梅水晶、春野菜の煮浸し、そら豆の塩茹で、ふきのとうの天ぷらなど、どれも食欲をそそる。
「私もおつまみにしようかな。夕飯にお店の残り物を軽く食べてきたし、あんまり食べると屋形船が飛ばなくなっちゃう」
そういえば、と由良は土産にと持ってきた紙袋を桜世に渡した。扇を屋形船に乗せてもらえなかった時用に準備していたものだ。
「これ、良かったらどうぞ。桜花堂の桜羊羹です」
「まぁ、嬉しい! このお店の名前、桜花妖をもじってつけられたのよ。だから、一度食べてみたかったの!」
「あら、本当に美味しそう。私にもくださる?」
「おつまみだけで我慢するんじゃなかったんですか?」
「甘いものは別よ。後で、いつもの倍以上運動してでも食べたいわ」
桜世は三人分の小皿と黒文字を用意し、分ける。
甘味に合う「桜の吐息」という日本酒も振る舞われた。うっすら桜色がかっており、ほのかに桜の香りがする。緑茶で割ると桜の風味がより立ち、美味い。
(よくない……これはよくない。またうっかり飲み過ぎて、寝てしまうかもしれない。この後用事があるんだから、程々にしておかないと)
由良は酒が進みそうになるのをこらえつつ、豊富なつまみに舌鼓を打った。
「私も何かあげようかしら。食べ物じゃなくてもよろしくて?」
「それなら、色紙にサインをいただけますか? 私、貴方のファンなんです」
桜世はどこからか忍ばせていた色紙とサインペンを手に、目を輝かせる。
「それなら早く言って頂戴な」と扇は快くサインに応じた。
「『桜花妖』、拝見しました。私がモデルとは信じられないくらい美しかったです」
「私も本物の桜花妖さんにお会いできて光栄ですわ」
さらに、扇はポーチに入れていたインスタントカメラで桜花妖と写真を撮った。撮ったらすぐに写真が出てくるタイプで、徐々に写真が浮き出てくる。
「彼女は写りませんよ」
「そんなことないわ。ほら」
扇は得意気に写真を見せる。そこにはちゃんと桜花妖も写っていた。
「あれ? なんで?」
「はい、私用にもう一枚。チーズ!」
「ねぇ、何で撮れたんですか? そのカメラ、どこで買ったんですか?」
問い詰めたが、ごくありふれた家電量販店で買ったとしか教えてもらえなかった。
写真には二枚とも桜花妖の姿が写っていた。一枚はサイン色紙といっしょに桜花妖にプレゼントし、もう一枚は今日の記念に扇がもらった。
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