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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
幕間「祖父の手帳」前編
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「……」
夜の冷たい風が商店街へ吹き込む。
街は正常に戻った。花の影も形もない。見渡す限り、薄ぼんやりとした闇が広がっている。
時刻は深夜零時。由良が屋形船から降り、扇の〈探し人〉と別れた直後である。
(ちょっと遅れちゃったな。まだいるかな?)
由良は大通りを渡り、商店街のアーケードをくぐる。車も人もなく、不自然なまでに静まり返っていた。
しばらく商店街を歩いていると、街灯がバチバチと音を立て、点滅した。淡いオレンジ色の光が、一斉に不気味な黄緑色のものへと変わる。
やがて、奥から古びた路面電車が近づいてきた。必要以上にベルと警笛を鳴らし、騒々しい。車掌の格好をしたマネキンがメガホンを手に、窓から顔を出した。
「こちらは〈探し人〉専用車です。後悔、未練、想い、宝物、夢などを見つけられず、お困りではございませんか? 我々が責任をもって、〈未練溜まり〉まで安全にお送りします。ご乗車の際は挙手にて、お知らせください」
「……」
由良は道の端へ寄り、路面電車が来るのを待った。
今度は偶然居合わせたのではない。あの電車に乗るために、ここへ来たのだ。
(……確かめなくちゃ。自分の目で)
LAMPで使う飾りを借りに玉蟲匣へ行った際、〈探し人〉が探していた本物の着せ替え人形とドールハウスとは別に、古びた手帳を見つけた。かなりぞんざいな扱いで、棚の置物と置物の間に無造作に挟まっていた。
帳簿かと思い、めくると「添野蛍太郎」の名前があった。
「何で、おじいちゃんの手帳がここに……?」
由良は飾りを探すのも忘れ、夢中になった。
手帳は由良が生まれる数年前に書かれた、祖父の日記帳だった。その日起きた出来事や思いついたレシピ、懐虫電燈に来たお客さんのことなどが、事細かに記されている。由良が生まれる前に亡くなった祖母もたびたび登場した。
「へぇー、おばあちゃんって懐虫電燈で働いていたのね。おっちょこちょいでミーハーって、中林さんみたい。ロマンチストで洋燈町が大好きなところは、真冬さんに似ているわ」
何ページか読んだところで、由良の手が止まった。祖父が知るはずのない言葉が出てきたのだ。
そこにはこう書かれていた。
『五月××日、男性の〈探し人〉が店に来た。ホワイトデーにお返しがしたかったという〈心の落とし物〉を抱えているらしい。何を贈ったらいいか分からないと言うので、試作品の菓子を持たせたら消えた。行事ごとが増えると、〈探し人〉も増えるので困る』
「……どうしておじいちゃんが〈心の落とし物〉のことを知っているの? 〈探し人〉が来てたって、いつ?」
先のページも確認する。
その後も、祖父は〈心の落とし物〉や〈探し人〉に遭遇し続けた。桜花妖の屋形船にも乗っている。
つまり由良が知らなかっただけで、祖父も彼らに気づきやすい人間だったのだ。由良と同じように彼らを〈心の落とし物〉や〈探し人〉と呼んでいたのは単なる偶然か、由良が覚えていないだけで、祖父から彼らの話を聞いていたのかもしれない。
終盤、再び由良の手が止まった。日記には『器楽堂社長が亡くなった』とあった。現社長、器楽堂秀麗の母親のことだ。
問題は、その後の祖母の行動だった。
『×月××日、器楽堂社長が亡くなった。過労らしい。前々から働き過ぎだとは思っていたが、早すぎる。私もつらいが、彼女と特に親しかった美緑はショックのあまり、おかしくなってしまった。〈未練溜まり〉へ行く、と言って出て行ったきり、戻ってこない。時間が経つにつれ、周りは美緑のことを忘れつつある。美緑は無事だろうか? 私もいずれ、彼女を忘れてしまうのだろうか?』
夜の冷たい風が商店街へ吹き込む。
街は正常に戻った。花の影も形もない。見渡す限り、薄ぼんやりとした闇が広がっている。
時刻は深夜零時。由良が屋形船から降り、扇の〈探し人〉と別れた直後である。
(ちょっと遅れちゃったな。まだいるかな?)
由良は大通りを渡り、商店街のアーケードをくぐる。車も人もなく、不自然なまでに静まり返っていた。
しばらく商店街を歩いていると、街灯がバチバチと音を立て、点滅した。淡いオレンジ色の光が、一斉に不気味な黄緑色のものへと変わる。
やがて、奥から古びた路面電車が近づいてきた。必要以上にベルと警笛を鳴らし、騒々しい。車掌の格好をしたマネキンがメガホンを手に、窓から顔を出した。
「こちらは〈探し人〉専用車です。後悔、未練、想い、宝物、夢などを見つけられず、お困りではございませんか? 我々が責任をもって、〈未練溜まり〉まで安全にお送りします。ご乗車の際は挙手にて、お知らせください」
「……」
由良は道の端へ寄り、路面電車が来るのを待った。
今度は偶然居合わせたのではない。あの電車に乗るために、ここへ来たのだ。
(……確かめなくちゃ。自分の目で)
LAMPで使う飾りを借りに玉蟲匣へ行った際、〈探し人〉が探していた本物の着せ替え人形とドールハウスとは別に、古びた手帳を見つけた。かなりぞんざいな扱いで、棚の置物と置物の間に無造作に挟まっていた。
帳簿かと思い、めくると「添野蛍太郎」の名前があった。
「何で、おじいちゃんの手帳がここに……?」
由良は飾りを探すのも忘れ、夢中になった。
手帳は由良が生まれる数年前に書かれた、祖父の日記帳だった。その日起きた出来事や思いついたレシピ、懐虫電燈に来たお客さんのことなどが、事細かに記されている。由良が生まれる前に亡くなった祖母もたびたび登場した。
「へぇー、おばあちゃんって懐虫電燈で働いていたのね。おっちょこちょいでミーハーって、中林さんみたい。ロマンチストで洋燈町が大好きなところは、真冬さんに似ているわ」
何ページか読んだところで、由良の手が止まった。祖父が知るはずのない言葉が出てきたのだ。
そこにはこう書かれていた。
『五月××日、男性の〈探し人〉が店に来た。ホワイトデーにお返しがしたかったという〈心の落とし物〉を抱えているらしい。何を贈ったらいいか分からないと言うので、試作品の菓子を持たせたら消えた。行事ごとが増えると、〈探し人〉も増えるので困る』
「……どうしておじいちゃんが〈心の落とし物〉のことを知っているの? 〈探し人〉が来てたって、いつ?」
先のページも確認する。
その後も、祖父は〈心の落とし物〉や〈探し人〉に遭遇し続けた。桜花妖の屋形船にも乗っている。
つまり由良が知らなかっただけで、祖父も彼らに気づきやすい人間だったのだ。由良と同じように彼らを〈心の落とし物〉や〈探し人〉と呼んでいたのは単なる偶然か、由良が覚えていないだけで、祖父から彼らの話を聞いていたのかもしれない。
終盤、再び由良の手が止まった。日記には『器楽堂社長が亡くなった』とあった。現社長、器楽堂秀麗の母親のことだ。
問題は、その後の祖母の行動だった。
『×月××日、器楽堂社長が亡くなった。過労らしい。前々から働き過ぎだとは思っていたが、早すぎる。私もつらいが、彼女と特に親しかった美緑はショックのあまり、おかしくなってしまった。〈未練溜まり〉へ行く、と言って出て行ったきり、戻ってこない。時間が経つにつれ、周りは美緑のことを忘れつつある。美緑は無事だろうか? 私もいずれ、彼女を忘れてしまうのだろうか?』
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