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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
幕間「祖父の手帳」後編
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「探し物は見つかったのか?」
「えぇ。ちょっと予想外のお宝も見つけたけど」
手帳の内容が真実か、その場で渡来屋を問い詰める勇気は出なかった。彼には着せ替え人形とドールハウスだけを見せ、手帳はこっそり家に持ち帰った。
電話で珠緒に手帳について尋ねると、平然と間延びした声が返ってきた。
「それ、拾ったの私ー。こないだ帰った時、二階の階段の踊り場に落ちてたの。後で由良に渡そうと思って、棚の中に突っ込んでおいたんだよねー」
「突っ込むな。無くしたら大変でしょ」
「無くさないよー。本当に大事なものの隠し場所は、全部頭に入ってるからさ。まぁ、他の人には見つけづらいかもだけど」
「にしても、変だなぁ」と、珠緒は電話の向こうで首を傾げた。
「懐虫電燈に残ってたおじいさんの遺品は、とっくに由良と由良のご両親に渡したはずでしょ? 今さら出てくるなんて変だよ」
「……それもそうね」
渡来屋が盗んだのかもしれない、とは言わなかった。
踊り場の先は屋根裏部屋……すなわち、渡来屋がいる部屋に続いている。渡来屋が手帳を盗み、今まで隠し持っていたのだとしたら、つじつまは合う。今頃、玉蟲匣中を探しているかもしれない。
(……訊こう。本当のことを)
イースターイベントで玉蟲匣を訪れた日、思い切って渡来屋に手帳を見せた。
「これ、貴方の?」
「っ! 読んだのか?」
渡来屋は手帳を見て、柄にもなく動揺した。その反応だけで、手帳の内容が真実だと確信できた。
「本当のことなのね。おじいちゃんが私と同じように〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすかったことも、おばあちゃんが〈未練溜まり〉へ行ってしまったことも」
渡来屋は観念した様子でため息をつき、長椅子に深く腰を下ろした。
「……そうだ。ついでに言えば、美緑……お前の祖母も気づきやすい人間だった。大切な友人を失い、風景を失い、居場所までも失いかけ、遂には悟っちまったのさ。時代が変われば変わるほど、理不尽に失われていくものも増えていくってな。だから、美緑は〈未練溜まり〉へ逃れた。失われた思い出と共に生きる道を選んだんだ」
「ってことは、おばあちゃんはまだ生きているのね?」
「さぁな。俺もしばらく会っていない。だが、間違っても会いに行こうなどとは思うなよ? 帰って来られなくなっても、俺は手を貸さないからな?」
「……分かってる」
そう答えながらも、由良は決して手帳を返そうとはしなかった。
祖母がいる〈未練溜まり〉への行き方も、祖父の手帳に書いてあった。
洋燈商店街の明かりが黄緑色に変わったら、路面電車が止まるまで手を挙げて待っていればいいらしい。由良は車掌にもアナウンスされたとおり、路面電車に向かって手を挙げ、到着を待った。
渡来屋には忠告されたが、祖母が生きているなら会ってみたかった。
会って、どんな人なのか知りたかった。由良が知らない祖父との思い出も聞きたかった。
そしてできれば、〈未練溜まり〉から助け出したかった。大切なものも、思い出も、失われるばかりではない、と。懐虫電燈が玉蟲匣と名を変え、そのまま商店街に残ったように、どんな形でも守ろうとする人が必ず現れるのだと、祖母に教えたかった。
目の前に路面電車が止まる。由良は躊躇なく乗り込み、祖母がいる〈未練溜まり〉を目指した。
路面電車は来た道を戻り、インクで塗りたくったような真っ黒い闇へと消えていった。
(春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』終わり)
(最終編に続く)
「えぇ。ちょっと予想外のお宝も見つけたけど」
手帳の内容が真実か、その場で渡来屋を問い詰める勇気は出なかった。彼には着せ替え人形とドールハウスだけを見せ、手帳はこっそり家に持ち帰った。
電話で珠緒に手帳について尋ねると、平然と間延びした声が返ってきた。
「それ、拾ったの私ー。こないだ帰った時、二階の階段の踊り場に落ちてたの。後で由良に渡そうと思って、棚の中に突っ込んでおいたんだよねー」
「突っ込むな。無くしたら大変でしょ」
「無くさないよー。本当に大事なものの隠し場所は、全部頭に入ってるからさ。まぁ、他の人には見つけづらいかもだけど」
「にしても、変だなぁ」と、珠緒は電話の向こうで首を傾げた。
「懐虫電燈に残ってたおじいさんの遺品は、とっくに由良と由良のご両親に渡したはずでしょ? 今さら出てくるなんて変だよ」
「……それもそうね」
渡来屋が盗んだのかもしれない、とは言わなかった。
踊り場の先は屋根裏部屋……すなわち、渡来屋がいる部屋に続いている。渡来屋が手帳を盗み、今まで隠し持っていたのだとしたら、つじつまは合う。今頃、玉蟲匣中を探しているかもしれない。
(……訊こう。本当のことを)
イースターイベントで玉蟲匣を訪れた日、思い切って渡来屋に手帳を見せた。
「これ、貴方の?」
「っ! 読んだのか?」
渡来屋は手帳を見て、柄にもなく動揺した。その反応だけで、手帳の内容が真実だと確信できた。
「本当のことなのね。おじいちゃんが私と同じように〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすかったことも、おばあちゃんが〈未練溜まり〉へ行ってしまったことも」
渡来屋は観念した様子でため息をつき、長椅子に深く腰を下ろした。
「……そうだ。ついでに言えば、美緑……お前の祖母も気づきやすい人間だった。大切な友人を失い、風景を失い、居場所までも失いかけ、遂には悟っちまったのさ。時代が変われば変わるほど、理不尽に失われていくものも増えていくってな。だから、美緑は〈未練溜まり〉へ逃れた。失われた思い出と共に生きる道を選んだんだ」
「ってことは、おばあちゃんはまだ生きているのね?」
「さぁな。俺もしばらく会っていない。だが、間違っても会いに行こうなどとは思うなよ? 帰って来られなくなっても、俺は手を貸さないからな?」
「……分かってる」
そう答えながらも、由良は決して手帳を返そうとはしなかった。
祖母がいる〈未練溜まり〉への行き方も、祖父の手帳に書いてあった。
洋燈商店街の明かりが黄緑色に変わったら、路面電車が止まるまで手を挙げて待っていればいいらしい。由良は車掌にもアナウンスされたとおり、路面電車に向かって手を挙げ、到着を待った。
渡来屋には忠告されたが、祖母が生きているなら会ってみたかった。
会って、どんな人なのか知りたかった。由良が知らない祖父との思い出も聞きたかった。
そしてできれば、〈未練溜まり〉から助け出したかった。大切なものも、思い出も、失われるばかりではない、と。懐虫電燈が玉蟲匣と名を変え、そのまま商店街に残ったように、どんな形でも守ろうとする人が必ず現れるのだと、祖母に教えたかった。
目の前に路面電車が止まる。由良は躊躇なく乗り込み、祖母がいる〈未練溜まり〉を目指した。
路面電車は来た道を戻り、インクで塗りたくったような真っ黒い闇へと消えていった。
(春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』終わり)
(最終編に続く)
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