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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
エピローグ⑵
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「思ったより、星がよく見えますな。晴れて良かった」
「私が田舎へ引っ越した当時よりもよく見えますよ。その分、洋燈商店街の活気が失われてしまったのだと思い知らされて残念ですが」
LAMPが営業を始めて、六度目の夏の夜。由良は自宅の屋上を開放し、希望者を募って天体観測イベントを行なっていた。
かつては店の照明やネオンで夜でも眩しかった商店街も、歩くのに支障がない程度の明るさの街灯しか点っていない。おかげで、街中でも星がよく見えた。
今夜は珍しく、お客も従業員も新顔ばかりだったが、イベントは大いに盛り上がっていた。
「いいですね、田舎暮らし。私も今度、田舎にある実家へ引っ越して、養蜂を再開しようと思っているんです」
「再開ということは、以前もされていたんですか?」
「えぇ、ビルの屋上で。失敗して、黒歴史扱いしていたんですが、急にまたやりたくなりまして。田舎で成功したら、また屋上で挑戦したいです」
ライム柄のアロハシャツを着た細身の男性と、私物の望遠鏡を持ち込んだ老人、ハチの巣のような六角形の金縁眼鏡をかけた女性が、空を見ながら談笑している。
一方、息子に付き添われて参加した老人と、恰幅のいい女性三人組は、空ではなくLAMPの前にある大通りを眺めていた。
「懐かしいのお。昔、あの通りには路面電車が走っておったんじゃよ。ワシも車掌として乗っておった」
「知ってるよ。だから俺、父さんに憧れて車掌になったんだから。母さんとも電車で知り合ったんでしょ?」
「昔、あそこで蚤の市やってなかった?」
「やってた、やってた! 毎週日曜日にみんなでサーカス観に行った気がしない?」
「そうかも! 大道芸人に憧れて、公園で練習していたような覚えがあるわぁ」
「ねぇ。久しぶりに観に行きましょうよ、サーカス!」
「いいわねぇ」
テーブル席では、二人の若い男性がメロンパフェを食べながら、難しい顔で星を見ている。
長く闘病生活を続けていた遅咲きの漫画家と、その担当編集者だそうだ。バイトに急かされ、一応サインをもらっておいた。
ずいぶん真剣なので、新作のアイデアでも考えているのかと思いきや、
「オサム。俺、お前に何かを貸していた気がするんだが」
「俺も、なんかお前に借りてた気がするんだよなー。なんだったっけ?」
漫画とは全く関係ない、プライベートな話だったので聞き流した。
バイトが茶そばを流している竹の前には、グルメ雑誌の記者と、表情の乏しい二人の女性が立ち、黙々と茶そばを食べている。「子供じみた願望だけど」と雑誌記者にリクエストされ、特別に用意した。雑誌記者は自嘲ぎみに笑っていたが、他の参加者にも好評だった。
記者が幸せそうに流し茶そばを堪能しているのに対し、二人の女性は全く表情を変えず、静かに茶そばを啜っている。女性の一人曰く、「職場で色々あった」らしく、今夜は気分転換に参加したそうだ。二人は目当ての星を見つけると指差し、かすかに笑みを浮かべた。
彼女達とは対象的に、騒がしいテーブルもあった。
「えー! 老人ホームで再会して、一週間で結婚したんですか!」
仲睦まじそうな老夫婦は手をつなぎ、嬉しそうに頬を赤らめた。
「そうですよ。学生時代、交際していましてね」
「だけど、二人とも当時のことをよく覚えていないんですよ。あんなに毎日楽しかったのに。歳はとりたくないものですな」
「群井さんは、どなたか良い人はいらっしゃるの?」
ノンアルコールのライムモヒートを飲んでいた女性は「ないない!」と赤ら顔で否定した。
「良い人どころか、先月に熟年離婚しましたよ! 夫が昔やらかしましてね、そのことを急に思い出して腹が立って! 新婚さんのお二人には申し訳ないですけど、子育ても終わったし、しばらくはお一人様を楽しみますわ」
「ホッホッホ。それもまた一つの幸せの形ですぞ」
「貴方は? どなたかいい人はいらっしゃるの?」
老婦人は、人目を避けるように屋上の隅で宇治金時をつついていた男性に声をかけた。
男性は悲壮感漂う表情で、ぎこちなく微笑んだ。
「……いましたよ。十年前に事故で亡くしました。なのに、毎日のように彼女の声が聞こえるんです。忘れたいのに忘れられない」
「あ、あら、ごめんなさいね。立ち入ったことを訊いてしまって」
「いいです、僕の方が場違いだった。これを食べたら帰ります」
男性は老夫婦と女性から離れ、階段を降りていく。「陰気な人ねぇ」と、女性は枝豆を食べながら、男性を見送った。
入れ替わりに、コレさんが階段を上ってきた。服の生地が前に会ったときと違う。
「コレさん、お久しぶりです」
「おや。添野さん、戻られましたか。あれから大変だったんですよぉ。服を仕立て直してもらうために、いろいろ雑用させられて! まぁ、服の一着で主人と社員の方々が社長の死を乗り越えられたのですから、文句は言えませんが」
「? 私はずっとLAMPにいましたけど」
「はっはっは、何をおっしゃいますやら!」
コレさんはベンチに座り、アイスグリンティーを頼む。由良は首を傾げつつ、屋上の一角に作った簡易キッチンへ向かった。
「安藤さん、ホールお願いできる?」
イベントのために臨時で雇った、女子高生のバイトはうなずいた。
「はい! ソルシエールさん!」
「私が田舎へ引っ越した当時よりもよく見えますよ。その分、洋燈商店街の活気が失われてしまったのだと思い知らされて残念ですが」
LAMPが営業を始めて、六度目の夏の夜。由良は自宅の屋上を開放し、希望者を募って天体観測イベントを行なっていた。
かつては店の照明やネオンで夜でも眩しかった商店街も、歩くのに支障がない程度の明るさの街灯しか点っていない。おかげで、街中でも星がよく見えた。
今夜は珍しく、お客も従業員も新顔ばかりだったが、イベントは大いに盛り上がっていた。
「いいですね、田舎暮らし。私も今度、田舎にある実家へ引っ越して、養蜂を再開しようと思っているんです」
「再開ということは、以前もされていたんですか?」
「えぇ、ビルの屋上で。失敗して、黒歴史扱いしていたんですが、急にまたやりたくなりまして。田舎で成功したら、また屋上で挑戦したいです」
ライム柄のアロハシャツを着た細身の男性と、私物の望遠鏡を持ち込んだ老人、ハチの巣のような六角形の金縁眼鏡をかけた女性が、空を見ながら談笑している。
一方、息子に付き添われて参加した老人と、恰幅のいい女性三人組は、空ではなくLAMPの前にある大通りを眺めていた。
「懐かしいのお。昔、あの通りには路面電車が走っておったんじゃよ。ワシも車掌として乗っておった」
「知ってるよ。だから俺、父さんに憧れて車掌になったんだから。母さんとも電車で知り合ったんでしょ?」
「昔、あそこで蚤の市やってなかった?」
「やってた、やってた! 毎週日曜日にみんなでサーカス観に行った気がしない?」
「そうかも! 大道芸人に憧れて、公園で練習していたような覚えがあるわぁ」
「ねぇ。久しぶりに観に行きましょうよ、サーカス!」
「いいわねぇ」
テーブル席では、二人の若い男性がメロンパフェを食べながら、難しい顔で星を見ている。
長く闘病生活を続けていた遅咲きの漫画家と、その担当編集者だそうだ。バイトに急かされ、一応サインをもらっておいた。
ずいぶん真剣なので、新作のアイデアでも考えているのかと思いきや、
「オサム。俺、お前に何かを貸していた気がするんだが」
「俺も、なんかお前に借りてた気がするんだよなー。なんだったっけ?」
漫画とは全く関係ない、プライベートな話だったので聞き流した。
バイトが茶そばを流している竹の前には、グルメ雑誌の記者と、表情の乏しい二人の女性が立ち、黙々と茶そばを食べている。「子供じみた願望だけど」と雑誌記者にリクエストされ、特別に用意した。雑誌記者は自嘲ぎみに笑っていたが、他の参加者にも好評だった。
記者が幸せそうに流し茶そばを堪能しているのに対し、二人の女性は全く表情を変えず、静かに茶そばを啜っている。女性の一人曰く、「職場で色々あった」らしく、今夜は気分転換に参加したそうだ。二人は目当ての星を見つけると指差し、かすかに笑みを浮かべた。
彼女達とは対象的に、騒がしいテーブルもあった。
「えー! 老人ホームで再会して、一週間で結婚したんですか!」
仲睦まじそうな老夫婦は手をつなぎ、嬉しそうに頬を赤らめた。
「そうですよ。学生時代、交際していましてね」
「だけど、二人とも当時のことをよく覚えていないんですよ。あんなに毎日楽しかったのに。歳はとりたくないものですな」
「群井さんは、どなたか良い人はいらっしゃるの?」
ノンアルコールのライムモヒートを飲んでいた女性は「ないない!」と赤ら顔で否定した。
「良い人どころか、先月に熟年離婚しましたよ! 夫が昔やらかしましてね、そのことを急に思い出して腹が立って! 新婚さんのお二人には申し訳ないですけど、子育ても終わったし、しばらくはお一人様を楽しみますわ」
「ホッホッホ。それもまた一つの幸せの形ですぞ」
「貴方は? どなたかいい人はいらっしゃるの?」
老婦人は、人目を避けるように屋上の隅で宇治金時をつついていた男性に声をかけた。
男性は悲壮感漂う表情で、ぎこちなく微笑んだ。
「……いましたよ。十年前に事故で亡くしました。なのに、毎日のように彼女の声が聞こえるんです。忘れたいのに忘れられない」
「あ、あら、ごめんなさいね。立ち入ったことを訊いてしまって」
「いいです、僕の方が場違いだった。これを食べたら帰ります」
男性は老夫婦と女性から離れ、階段を降りていく。「陰気な人ねぇ」と、女性は枝豆を食べながら、男性を見送った。
入れ替わりに、コレさんが階段を上ってきた。服の生地が前に会ったときと違う。
「コレさん、お久しぶりです」
「おや。添野さん、戻られましたか。あれから大変だったんですよぉ。服を仕立て直してもらうために、いろいろ雑用させられて! まぁ、服の一着で主人と社員の方々が社長の死を乗り越えられたのですから、文句は言えませんが」
「? 私はずっとLAMPにいましたけど」
「はっはっは、何をおっしゃいますやら!」
コレさんはベンチに座り、アイスグリンティーを頼む。由良は首を傾げつつ、屋上の一角に作った簡易キッチンへ向かった。
「安藤さん、ホールお願いできる?」
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「はい! ソルシエールさん!」
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