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最終章:兎、頑張ります

最終章ー8

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 どうも、婚約が確定(脅迫の末)した兎です。
 やべぇ奴に捕まったが、そのおかげで坊っちゃんのある程度の居場所は絞られた。
 俺の群れがいた所とは大きく離れて、奥に奥に進んでしまっていた様子。ナディアに頼んだのは結果的に正解だったな。

 アイツが言ってたけど、居場所がわかったって事はまだ生きてる証拠らしい。少しは重たい気分も晴れたっつう訳で、今俺は改めて森の中に足を踏み入れていた。
 周囲は既に暗くなっている。多少は夜目が効くとしても、変に走り回ったら迷子になりそうだ。

 しかし、そこはそれ、数年間の生活による土地勘はあせてねぇ。経験を頼りに、教えてもらった場所まで急ぐ。
 ギルネコとナディアは人手を確保してまた来てくれるそうだ。頼もしいことこの上ないぜ。

『後は、坊っちゃんが怪我してなけりゃあハッピーエンドなんだがな……っと!』

 もう少しで、ナディアに指定された範囲に来るんじゃないだろうか?
 俺は倒れた丸太を飛び超えながら鼻をひくつかせる。
 坊っちゃんが近いのならば、匂いがするかもしれない。

『……獣臭いな』

 しかし、漂ってきているのは、重厚な獣の匂い。これほどまでに濃く残っているのは、この森でも珍しい。
 なんたって、森は香りが更新されやすいからな。草木の放つ酸素が空気を清浄にしてくれるわけだ。
 つまり……この辺に最近まで、獣がいたわけで。

『おいおい、頼むぜ……』

 焦る気持ちを抑えながら、獣の匂いが薄い場所を探す。
 何かに鉢合わせしないように、慎重に。
 一度草むらに隠れ、耳をすませる。田舎道をモチーフにしたメロディでも流れてきそうだが、今はそんなもん聞いてる場合じゃねぇ。
 気配を探るんだ。それが結果として手がかりになる。

「……フスッ」

 感じた。
 ここからそう離れてねぇ場所で、何かが動く音。
 今の俺には、確認しないという選択肢はない。ハズレでも、見に行かにゃあならん。

『頼むぜ、一発ツモしてくれよ……?』

 今度、麻雀でもナディアに教えてやるか。そんな現実逃避をしながら、俺はそっちに足を運んだ。



    ◆  ◆  ◆



 さってと、お目当ての場所は、小さな洞穴かい。中で音が反響したから、俺の耳に入ったんだな。
 ん~、鬼が出るか、蛇が出るか……。

『……もしも~し』

 坊っちゃんだったら反応してくれることを祈って、念話をしてみる。
 しかし、返事はない。

『……お~い?』

 今度は、魔物用語。
 これで話のわかる魔物なら、質問してみよう。

「っ」

『お』

 反応あり。
 洞窟の中で、もぞりと何かがうごめいた。
 小さなシルエットだな。あのくらいの大きさなら、交渉できそうか?
 俺よりは大きい、がっしりした体格。
 タレ気味の耳、尖った角。

 ……んん?
 なんか、見たことあるシルエットなんですが……。

『……兄貴?』

『おま……』

『兄貴ぃぃぃぃ!!』

『す、スケ!? 何して、ぶへぇぇ!?』

 俺は、そいつに思い切り抱きつかれ、潰された。
 図体ばかりでかくて、情けない声のあんちくしょう。
 ホーンラビットのスケ。俺の弟分が、何でこんな所にいるというのか!?

『良かったよぉ! 兄貴が来てくれた! あ、あっし、もうどうしていいかわかんなくて……!』

『落ち着けってぇの! なんだってお前、こんな所にいやがる! 群れの皆はどうした!』

『へ、へぇ、群れの皆はミトと、アーキンって娘っ子が見てくれてるはずでさぁっ』

『なにぃ? ……おい、詳しく聞かせろ』

 俺が凄むと、スケはビクッと体を震わせる。
 しばらく言葉を探していたようだが、背中をポンポン叩くと落ち着いたように体を震わせる。

『ひ、ひとまず、見てもらった方が早いはずでさぁ。兄貴、こちらへ』

『……あぁ』

 洞窟の中に案内され、その後ろをついていく。
 メガネの話題が出たって事は、やっぱり坊っちゃん達は群れの皆と一緒にいたんだな。
 でも、それだとなぜスケが離れてるのかがわかんねぇ。
 この先に、その答えがあるっていうんなら……。

『……先程、ようやく寝付いてくれやしてね』

『な……』

 洞穴の中腹。
 そこには、臭い消しの葉っぱが積まれていた。
 否、それは積んでいるわけではなく……包んでいるのだ。
 何をって?
 畜生め。お約束だよ。

『坊っちゃん!』

『お、起こしちゃかわいそうですぜ! 走り通しだったんでさ!』

 坊っちゃんは、ほんのわずかに聞こえる寝息を立ててそこにいた。
 銀色の髪と、陶磁器のような肌は、今はくすんでいて見る影もない。
 寝ていると言うが、眉間にシワが寄るその表情は、どこか辛そうである。
 血の匂いは、しない。しかし、どっかが痛むのだろう。

『……スケ、いったい何があったってんだ』

『へ、へぇ……あっしが悪いんでさぁ。あっしが、もっとしっかりしてりゃあ……』

『御託はいい。さっさと喋りな』

『っ、へぃっ』


 スケが言うには。
 坊っちゃんは、メガネを連れて昼頃に群れの皆に会いに来たらしい。
 この時、スケとガキ共は、坊っちゃんが俺の主だと認識していたそうで、すんなりと2人を歓迎したそうだ。
 ふわふわモチモチと遊んで、2人は大層ご満悦だったという。

 しかし、そんな中で、1つのトラブルが起こった。
 蜜の実を作る為に、木の実を集める練習をしていたガキの一匹が、迷子になったのだという。
 越冬の為には必要な知識と経験だけに、子供にも率先してさせていたのだとか。……まぁ、それは確かに必要なことだと言えるが……客人のもてなしで目を離しちまったんだな。

『お二人は、言葉も通じねぇってのに迷子だと察して、協力を申し出てくれたんでさぁ』

『あ~……まぁ、少なくとも坊っちゃんなら首突っ込むなぁ』

 迷子の子供は、森の中腹で見つかったという。
 メガネがそいつを発見し、胸に抱いて連れてきたのだとか。
 しかし……そこで、出会ってはいけない奴に、出会ってしまったのだという。

「グルォォォォォォォ!!」

『うぉっ!?』

『っ、まだ諦めてねぇんですかい……!』

 スケの説明は、いきなりの咆哮にかき消される。
 そう近くもねぇ距離だが……それでも耳に響くこの声量。

『……まさか……赤毛熊レッドベアか!』

『そのまさかでさぁ……運悪くあいつと出くわしちまいまして』

 ううん……そいつは確かに、運が悪い。
 たしかに冬の前の赤毛熊は、脂肪を蓄える為に遠出して飯をかっ食らう。
 とはいえ、基本的にはテリトリーからそんなには離れないはずだ。

 だから、森の中腹で会ったってことは……たまたま食い物にありつけなくて更に遠出したか、縄張り争いに負けて逃げてきたかになる。
 どっちにしたって、イライラしてる状態で出会ってしまった事だろう。

『テルムの旦那は、アーキンって娘と子供を守る為に、囮になってくれたんでさぁ。あっしもミトに群れを任せて、旦那のお手伝いをしてたんですが……旦那が足を挫いちまいまして。いよいよ体力もやばくなってきたんで、ここに身を隠してたんで』

『……なるほどな』

 坊っちゃんの行動は、手に取るようにわかる。
 なまじ坊っちゃんは腕が立つからな……自分を囮にしつつ、細かい攻撃で気を引いて、赤毛熊を怒らせてここまで逃げてきたのだろう。ヘイトを稼いで、赤毛熊が群れに向かわないように。
 しかし、その途中で足を挫いてしまう。そうなると、赤毛熊の相手は難しい。
 結果として逃げるしか手はなく、今に至る……と。

『……なんにせよ、今までよく持ちこたえたな。よくやった、スケ』

『そんなっ、あっしは何にも!』

『いざという時、側にいねぇ契約獣よりはるかにマシな仕事だぜ。胸を張りな』

『あ、兄貴ぃ……』

 さて、そうなると、どうするか。
 赤毛熊はまだうろついているだろう。あの獣臭さの理由がようやくわかった。
 そうなると、この洞穴も見つかるのは時間の問題だ。
 時間を稼ぐ事ができれば、ギルネコ達が人材派遣してくれるかもしれないが……その前に鉢合わせたら目も当てられねぇ。

「ん、ぅ……」

「……フスゥ」

 坊っちゃんが小さく呻く。
 俺はその顔を撫で、頭をポンポンと叩いた。
 それで軽く落ち着いたのか、坊っちゃんはまた寝息を立てる。
 赤毛熊の咆哮にも気づかないくらいに疲れるまで、走り回ったんだな。

『……しゃあねぇなぁ』

 こんなガキが、女子供と獣風情を守る為にここまで全力出したんだ。
 だったら、ケツ拭いてやるのが大人の努めってもんだろう。

『スケ』

『へ、へいっ』

『赤毛熊が遠ざかった気配を感じたら、すぐに坊っちゃんを起こして群れまで移動させろ』

『で、でも旦那は足が……』

『なぁに、歩いてたってやっこさんは坊っちゃんの方に来やしねぇよ』

『ぇぁ……?』

 怖ぇなぁ。
 けどまぁ、仕方ねぇわな。

『なんたって……食いでのあるデブ兎が、逃げ惑うんだからなぁ。そっち追うだろ、普通』
 
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