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第67話:活性

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 世界樹に働きかける度に、私の気持ちはどんどん高揚していきました。
 今なら何でもできる。そう、思い始めていました。
 楽しくて、気持ちよくて……。
 だんだん、私が、薄れていく感じがしていましたが。
 それでも、止められませんでした。
 
「あはははは!」

 凄い! 凄い!
 なんということでしょう!
 もう不便なんてどこにもありません!

 世界樹の先端付近。枯れた幹に作ったベランダで、私は踊ります。
 なんて楽しいのでしょう! 頭がチカチカしていい気持ちです!

「あははははは!」

 くるくる、くるくる。
 頭が回って、視界も回って。
 魔力が巡って、大地に流れて。

「あはははははは!」

 私、今、世界樹と一つになってる……!
 全身が溶けてしまいそう!
 体が熱い、熱めのお風呂に浸かっているかのような心地よさ……!

 後は、後は……うん、メイドらしく、そうだ、えぇ!
 お茶、お茶にしましょうか!
 たくさん、たくさん茶葉を作りましょう。そして、加工して、皆さんにお茶を振る舞うのです!
 あぁ、なんて素敵!
 皆さん仲良く、わだかまりなく、机を囲んでお茶をして! きっとそれで、全てが上手くいくんです!

「っ、いた! 管理者様!」

「あはは……あはっ! デノンさ~ん!」

 嬉しいっ、早速デノンさんがお茶を飲みに来てくれました。
 これは、すぐにでも作ってあげなくちゃ!

「デノン王、これは……!」

「わからんが、あれは明らかに普通のテンションじゃねぇ……!」

「え、そうですか? 割とあんな感じだったような……」

「いやいやいや、見てわかるくらい魔力が溢れてるだろ!?」

「そこは、えぇ……そうですねっ」

 茶葉は何にいたしましょう?
 キノコちゃは手元にないから、何か生やします?
 うん、うん……あははっ、そうだった!
 ここ、【木の上】でしたね!

「デノンさん~、女王様~! 今から茶葉のご用意をいたします~!」

「げぇ! またなんか作る気か!?」

「うぅん……一体なにが、彼女をあそこまで暴走させて……」

 私は、魔力をギュンギュン循環させます。
 もちろん、パイプを繋いだ世界樹も、その魔力の流れに組み込んでいます。
 つまり……

「はいっ!」

 ポンッ、と。
 世界樹の枝から、小さな新芽が飛び出しました。

「「……はぁ?」」

 更に……はいっ!
 ポポポンッと、いくつもの目が飛び出します。
 え? 生命力の変換はできないんじゃないかって?
 そうですね~!
 だから、【地面から栄養を貰います】。

「あははははははは!!」

 芽吹け! 芽吹け!
 わさわさ芽吹け!
 最高の茶葉になれ~!

「こ、これは……大地の生命力を、世界樹に流し込んでいる……!? そんなことしたら、サイシャリィの土壌が死んでしまう!」

「はぁ!? なんで管理者様がそんなことすんだよ!」

「何かのきっかけで、暴走しているとしか……とにかく、止めなければ!」




    ◆  ◆  ◆




 管理者様の暴走。
 そのいきなりな展開に、俺の胃はギリギリと音を立てて締め付けられていた。
 宮殿の最上階に作られた、少女趣味全開のベランダ。そこでは、くるくると回りながら爆笑している管理者様がいる。
 なんだって、さっきまでニコニコしてたあの管理者様が、こんな暴挙に及んだのか?

「あらぁ、大変ねぇ」

 俺らが管理者様に気を取られていると、後ろから声がかかった。

「っ、精霊様か……! 今までどこにいたんだよ!」

「やぁねぇ、乙女にはお買い物で時間をかける義務があるのよん?」

「言ってる場合か! それより、あれなんだよ!?」

 何でか大量の袋を抱えている精霊様に、八つ当たりするように質問する。
 上位種の事は、上位種に聞くに限る。
 ヤバそうなら、撤退も視野に入れなければならないしな。

「うぅん、そうねぇ……たぶん、世界樹と魔力を繋いじゃって、暴走してるんじゃないかしら?」

「世界樹と……魔力を……?」

 わけがわからないってのが、顔に出てたんだろう。
 俺の復唱に対し、精霊様は唇をぷにっと押して考え込んでいる。

「そ。ネグちゃんならわかると思うけどぉ、世界樹ってなんのかんの、文字通り世界を守る樹じゃない?」

「は、はい……」

「つまり、世界規模のスケールがデフォルトの存在なのね? だから、もし魔力で世界樹と繋がったんだとしたら、思考のスケールがおっきくなって、やらかしのスケールも相当になっちゃうのは、想像に難くないと思うわぁ」

 想像できんわ!
 そもそも世界樹と繋がるの時点で意味わからんわ!

「あ、アースエレメンタル様っ、彼女はどうすれば止まるのです!?」

「ん~、今は世界樹の一部みたいになって魔力を無理矢理使ってるみたいだから、一旦その状態を解除しないといけないわねぇ」

 ……つまり、あれか。
 管理者様は、今相当気がでかい状態で……それを止めるには、殴って気絶させたり、説得して自分で止めさせたりせねばならないと。
 どうすれば……と悩んでいる内に、ベランダの向こう、宮殿の下で変化があったらしい。
 エルフ達の悲鳴と共に、ここから見える樹の一本が枯れたのだ。
 ついに、他の植物の栄養を奪い始めたか!

「っ……ならば、無理矢理止めます!」

 ネグノッテ女王は、管理者様の力を利用して世界樹の復活ができないかと考えていたらしい。
 しかし、世界樹の復活と引き換えに国が滅ぶ事態になるとは想像できなかったみたいだ。
 彼女が魔力を操り、攻撃の術式を組む。
 同時に種を放ると、その種は槍のように硬く成長し、管理者様に狙いを定めた。

「待っ……!」

「【グリーンスピア】!」

 槍のような植物が、管理者様に迫る。
 しかし……その槍は、管理者様に接触する前に、動きを止めてしまう。

「なっ……」

 その瞬間、槍は一瞬でぐしゃぐしゃに潰された。
 細かく千切れ、揉まれ……香りが、こちらまで漂ってくる。
 そして乾燥……あれ、茶葉にしてるのか! 女王の魔法で生み出された植物を、茶葉に!?

「うぅん、どうやら世界樹の葉を芽吹かせて、茶葉にするつもりみたいねぇ。だから植物ならばなんであれ、今の彼女には茶葉に加工するもの、みたいになってるみたいだわぁ?」

「なんですか、その出鱈目は!?」

「あの子の出鱈目は今に始まった事じゃないのよ? まぁ、今回の件は流石に行き過ぎだと思うけど」

 参った。
 俺はもちろん、精霊様だって、流石に世界樹の魔力には敵わないだろう。
 ならば、管理者様を止める事なんて、誰も出来ないじゃないか。
 そんなこと、あのお方くらいにしか……

「っ」

「……デノンちゃん?」

 そうだ。
 あのお方だ。
 これなら、管理者様に絶対届く。最高の槍だ。

「あははははははは! 待っててください! もうすぐで美味しいお茶が出来ますよ!」

 もはや瞳孔開いてる管理者様に、俺は詰め寄る。
 地面からしか魔力を吸い取っていない為、近づく事は容易だ。根本で彼女は、誰かを傷つけようとはしていないのだ。
 いやまぁ、国は滅ぼそうとしてるけど。
 だから、そんな暴挙を止めるべく、俺は口を開く。

「管理者様!」

 ギュルンッと、こちらに視線が来た。
 引く程コワイが、堪える。
 そして、彼女にとって必殺となる一言を、叫んだ。

「今すぐやめないと、【守護者様に叱ってもらうぞ】!!」
 
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