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第零章  深海巨構  零之怪

第2話 不良だってキレイ好き

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 ――――突然だが、少し僕の家の、家庭の話しをしよう。

 僕の家は母と僕、そして、一つ歳下の鏡侍郎きょうしろうと言う名前の弟がいる母子家庭だ。
 父は僕たちが、まだ生後間もない時に他界して、それ以来は再婚もせず、母一人、男兄弟二人で生活している。


 母と父は、結婚を反対する家族の意見を無視して、強引に駆け落ちしたので、親戚とは疎遠になってしまった。

 母方は裕福では無く、父方は逆に裕福だったので、分不相応を理由に結婚を反対されたらしい。
 写真でしか見た事が無い父が、母と並んで笑顔で映っている顔を見る度に。本当に幸せそうな顔をしていると思わずにはいられない。

 きっと、母が再婚をしないのは、心の底から父の事を愛していたからなのだろう――――

 そして、僕たちの家はあまり裕福では無いから、壊れた自室の冷房は自分で買わなくてはいけない。

 母に頼んでお金を借りてもいいが、通訳の仕事で世界中を飛び回る母から、すぐに新しい冷房を買うお金を借りるのは至難の技だ。

 と言うか絶対に無理だろう。
 なぜなら、僕の母は絶望的なまでに機械音痴で、僕の預金通帳に海外の銀行から振り込むなんて言う、高等な芸当は絶対に無理だ。
 皆無だ。


 機械音痴の母には頼めないし、親戚も疎遠で頼れないので、一度だけ、弟の鏡侍郎に冷房を買うお金を貸して欲しいと、頼んだことがあるが「テメーの事情なんて知ったこっちゃねーし、俺には関係のねー事だ。テメーの尻はテメーで拭きやがれ、まったく肩が凝る野郎だぜ。あばよ」と言われて、何処かへ消えた――


 どうやら僕は、未だに弟から兄として認められていないようだ――

 時々だが「ウゼーんだよ、クソ兄貴」と呼ばれる事はあるけれど、それは決して、僕を兄として認めた発言ではないだろう――

 僕が昔、鏡侍郎に「ウゼー」と言う言葉使いに対して、注意した時に返って来た言葉は「ウゼー」だった……。

 そして、付け足すように。「まったく肩が凝る野郎だぜ」と、言われてしまった。
 どうやら、この二つの言葉は鏡侍郎の口癖みたいだ――
 口癖だから僕を本当に嫌っている訳ではないのだと思う……多分。

 鏡侍郎は、家には滅多な事がない限り帰って来ない。
 この前、たまたま家にいる所を見つけて、冷房を買うお金を貸して欲しいと言えたのは、奇跡に近いだろう。


 鏡侍郎が一旦、家から外に出ると、本人の所在確認の連絡すら取れない。
 家出と言うよりも失踪に近い、いったいどこで、寝食を得ているのだろうか――

 だが、僕は心配なんて微塵もしてはいない。
 鏡侍郎の事が嫌いだと言うことではなく、鏡侍郎の事を僕はよく理解しているからだ。
 
 むしろ、心配しているのは、今日もこの街のルールが分かっていない、もぐりのチンピラ達が鏡侍郎の正体も知らずに、不運にも喧嘩を売ってしまい、命知らずの被害者達が、また増えているのではないだろうか、と言う方の心配だ――

 なぜなら、鏡侍郎は単に、ただの不良と一言で片付けて呼ぶには、余りに不良の域を超えているからだ――

 そして体格も、平均の域を超えている。
 僕がジャスト百七十センチぐらいだと言うのに……鏡侍郎の身長を正確に計った事は無いが、一目見ただけで鏡侍郎は百九十センチ以上はあり、体格も恵まれた筋骨隆々の体躯たいくをしていて、ただ痩せていて、そこそこに、スタイルが良いだけの僕とは大違いだ。


 自分でスタイルが良いなんて言うと、なんだかとても、恥ずかしくなってきたが……実際の事を言ったまでなのだから、これはきっと恥ずかしくない事なのだろう――
 多分……。

 そして、鏡侍郎の強さについての話しだが。

 僕は、鏡侍郎が喧嘩で負けたところなんて、一度も見たことがない。
 まあ、鏡侍郎が誰かと喧嘩をしている姿なんて、一度しか見たことがないのだが……。
 ――――しかし、その一度だけで十分だろう。

 あれは僕が、学校の帰り道でたまたま遭遇した、五十人以上はいるであろう異質な空気――と言うよりも殺気を放った、きっと盗品であろうパーツで、違法改造された車やバイクに乗った集団達を、見かけた時のことだ。


 その様を見て、一目で穏便な言葉が通用しない、不良達であると分かった。
 そして彼等の、殺気の視点の先にいたのは、僕の弟の鏡侍郎だった……!
 しかし、結果は鏡侍郎の圧勝で終わった。

 相手は、金属バットやナイフや、はたまた違法改造されたバイクで、鏡侍郎めがけて突っ込んで来る者までいたのに――たった一つの傷も負わずに爽快なまでの圧勝だった。

 しかし、それよりも記憶に残っているのは、不良達との喧嘩の後に、鏡侍郎からは不機嫌な顔が溢れ、しきりに自分の服に付いた、ホコリを落としていた姿の記憶の方を、鮮明に覚えている。
 まったく、豪快なのか綺麗好きで几帳面なのか、分からない奴だ。

 そして、僕はと言うと、産まれてから一度も、喧嘩なんてした事がない平和主義者だ。
 弟と同じ血が流れているなんて、僕には到底に思えない……。

 どうして平和主義者の僕と同じ血が流れているのに、全く正反対の、暴力の化身が産まれたのだろうか――

 その余りの暴力性に、いつしか、【街羽市まちばしのグランド・バーサーカー】等と言う、ふざけた通り名まで付けられてしまう始末……。

 鏡侍郎に出会ったら絶対に眼を合わせるな!
 これが、この街の鏡侍郎を知る、不良達の間での暗黙のルールらしい――

 まあ、そんな不良達の不良事情に関してなんて、僕には全然に興味の無い話しなのだが。
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