『ミラーリング・ゲート』〜終わりなき、幾千幾万の転生の果てに〜 【第一部・陰陽の因果】

酒松楓

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第壱章  循環多幸  壱之怪

第23話 クイズに正解するには、まず頭のストレッチから

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 *6


 六国山ろっこくやまは、そんなに大きく無い山だ。

 いやむしろ、小さい山と言ってもいい。

 だが、何度も言うようだが、起伏が非常に激しいので、当然、山を登る坂も急なのである。

 つまり──登るのは相当キツイのだ。

 そして今は真夏。

 登るだけでもキツイのに、暑さでキツさが倍増している。



 「はあ……はあ……ちょ、ちょっと休もうよ……もう無理だ」

 「なに言ってんのよ鏡佑きょうすけ。まだ登り始めて三分ぐらいしか経って無いでしょ。まったく、だらしないわねー」



 ハイヒールを履いていると言うのに、まるで平地を歩くようにスタスタと登って行く灰玄かいげん

 僕はスニーカーを履いているのだが、湿って滑りそうな地面に急な坂、そして真夏の暑さ、このトリプルコンボの前では、いくらスニーカーを履いていようが意味が無い。


 きっと、スニーカーでは無く、登山靴を履いていても意味が無いだろう。

 なぜなら、いくら山登りに適した靴を履いていようが、僕自身の体力が無いからだ。



 「そうだ、鏡佑。山頂まで登る間ヒマだし、アンタに問題を出してあげるわよ」

 「問題? それってクイズみたいなものか?」

 「まあ、そんなところ」

 「と言うか……問題なんていらないから……休もうよ……」

 「アタシが今から出す問題に意識を集中させれば、疲れも忘れるわよ。ようするに、山登りにばかり意識が向いてるから疲れるわけ。分かる?」

 「だから……問題なんていいって……それよりも──」

 「もしアタシの問題に正解出来たら、欲しい物を買ってあげるって言ったら?」



 ──え?

 欲しい物を買ってくれるだと?

 僕は灰玄に、何か理由を付けて冷房も買ってもらおうと思っていたのだが。

 これはある意味で──逆にビッグチャンスだぞ!



 「本当に──欲しい物を買ってくれるのか?」

 「本当よ。で、何が欲しいの?」

 「冷房が一番欲しいけど──」

 「なら、アタシの問題に正解出来たら、冷房を買ってあげるわよ」

 「マジで!?」

 「ただし、答えられたらね。どうするの?」

 「やりますとも!」



 僕は何も迷わず即答した。

 我ながら、実に軽い奴である。




 「それじゃあ問題ね。AさんはBさんの宝を狙って潰そうとしている、BさんはCさんの宝を狙って潰そうとしている、CさんはAさんの宝を狙って潰そうとしている。そこへ誰の宝も狙っていないDさんが来ました。さて、Dさんは誰と共闘すれば、自分に一番、得があるでしょうか?」



 ──え?

 えっと、AさんがBさんで──CさんがAさんで──



 「はい時間切れ」

 「おい! 時間制限があるなんて聞いて無いぞ!」

 「こんな簡単な問題なのに、すぐ分からないアンタが悪いのよ」



 何が簡単な問題だよ。

 訳の分からない問題じゃねえか。

 それより──答えが気になるな。



 「ところでさ、答えは誰と共闘したんだ?」

 「ああ、答えはね。面倒だからDさんが、AさんもBさんもCさんも全員潰して、宝をDさんが全部手に入れたのが正解」

 「それ答えになって無いだろ!」

 「ちなみにDさんはアタシのことよ」

 「どんだけ強欲なんだ! ていうか、全員Dさんの被害者になってるし、AさんもBさんもCさんも気の毒過ぎるぞ」

 「アンタなにも分かって無いわね。争いを解決するには、争いそのものを消してしまえば、全て丸く収まるじゃない」

 「それもう違う所に収まってるだろ。丸く潰されて棺桶かんおけに収まってるじゃねえか」

 「冗談よ冗談。本当の正解は『静観よ。三人が潰し合って共倒れになれば、自分は何もしないで、宝を手に入れることが出来るでしょ? 漁父の利ってやつよ」



 何が漁父の利だよ。ふざけやがって。

 と言うか、この問題──何かおかしいぞ。

 確か最初に言ってたのは────あっ!



 「その問題ズルいぞ!」

 「なにがズルいのよ」

 「だって最初に、『誰と共闘すれば』って言ってるんだから、AさんかBさんかCさんを、必然的に選んじゃう考え方になるだろ。これは引っかけ問題だからズルいって言ってんの」

 「こんな簡単な引っかけ問題も分からないアンタの垂直思考が悪いのよ。もっと水平思考になって柔軟になりなさい」

 「なにが水平思考だ。変なこと言って無いで、まずはこの山の急な坂道を水平にしやがれ。それにお前の場合は、柔軟過ぎて性格までクネクネ捻じ曲がってるぞ」



 まあ……僕も自分の性格に関しては、相当捻じ曲がってる方だけど。



 「何よ。そんなに悔しかった? それじゃあ今度は、もうちょっと簡単な問題を出してあげるわよ」

 「嫌だね。どうせまた、捻じ曲がった引っかけ問題だろ?」

 「答えられたら冷房を買ってあげるけど。どうする?」

 「──や、やりますとも!」



 数瞬迷ってしまったが、結局あっさり即答してしまった。

 やれやれ、本当に自分の意思が軽いな……僕は。



 「それじゃあ問題ね。お父さんと、その子供が交通事故で怪我をしてしまい病院に運ばれました。お父さんは軽傷でしたが、子供は頭に大怪我をしてしまいました。しかし幸いにも、その病院には脳外科の世界的権威がある名医がいました。そして子供の手術が始まり、名医が子供を始めて見た時に『この子供は私の息子だ』と、言いました。なぜでしょうか?」



 ……え?

 ちょっと待てよ──お父さんの子供だけど、名医の子供って言うことは……。



 「あっ、分かったぞ! ドッペルゲンガーだ! 世の中には顔が似てる人間が三人はいるって聞いたことあるし。これは当たりだろ?」

 「はい不正解」

 「なんでだよ! つーか、この問題に正解なんてあるのか?」

 「問題なんだからちゃんとあるわよ」

 「じゃ、じゃあ正解は?」

 「正解は、名医はその子供の『お母さん』だったから」

 「それおかしい! 絶対におかしい! 手術の時に始めて見たって言っただろ。なんで始めて見たのに、大怪我をした子供のお母さんなんだよ!」

 「いつもは元気な息子の姿を見てるけど、大怪我をして手術で運ばれて来た息子の姿を見るのは始めてだからよ」



 やっぱりズルい問題じゃねえか──ってあれ?

 何かが引っかかるぞ。

 なんだこの違和感は──そもそも名医って言ったら……あっ!



 「ちょっとこの問題無理があるぞ」

 「無理ってどこに?」

 「さっき名医って言っただろ?」

 「言ったけど」

 「名医って言ったら、普通は男なのに何で女なんだよ!」

 「『女医の名医』だっているのよ? それ、アンタの中で優れた『医者が皆男』だって言う思い込みよ」



 くっそ……!

 なんだよそれ。

 しかも最初の問題よりも難しいじゃねえか!



 「それさっきよりもズルい問題になってるだろ!」

 「ズルく無いわよ。さっきも言ったけど垂直思考じゃ無くて、物事を少しは水平に考えなさい。それにアンタは変な固定観念に縛られてるのよ。何にでも言えることだけど、自分の中の観念なんて案外、凝り固まってるんだから。食事も思考も偏食しないで、何でも柔軟に取り入れてく。それが長生きの秘訣ってやつよ。分かった?」



 二十代半ばにしか見えない灰玄から、長生きの秘訣と言われても、何の説得力も無いのだが……。



 「固定観念とかの前に、お前はそのズルい歪曲思考わいきょくしこうをどうにかした方がいいと思うぞ」

 「アンタって本当に口だけは達者ね。そう言うのを減らず口って言うのよ。それに、鏡佑はその批判思考を少しは改めなさい。友達出来ないわよ?」



 くっ……こいつ……言わせておけば、僕が少しだけ気にしていることを平然と言いやがって……!



 「まあいいわ。それじゃあ最後のチャンスを上げる。今から出す問題が分かったら、冷房を買ってあげるわよ」

 「どうせまた、さっきみたいなズルい問題なんだろ?」

 「今回はアンタに合わせて、凄く簡単な問題にしてあげるわ。逆にこれが分からなかったら、体を鍛える前に頭を鍛える必要があるぐらいよ」

 「何が簡単な問題だ。さっきの問題だって、簡単だって言っておきながら難しかったじゃねえか」

 「ふうん。まあ、アンタがやらないって言うなら別にいいけど。欲しがってる冷房は買ってあげないだけだから」



 くっ……どうする……、でもなあ、あそこまで言われて引き下がるのも嫌だし。

 いやちょっと待てよ。

 問題に答えることが出来れば、冷房が手に入る。

 だが、問題の答えが不正解でも、僕には失う物なんて何も無いじゃないか。

 よし!

 今度こそ正解してやるぞ。



 「ま、まあ。そこまで簡単だって言うなら、やってやるよ」

 「本当にやるの?」

 「やるって言ってんの! 早く問題を言え!」

 「まあ、アンタがそこまで言うなら分かったわよ。それじゃあ問題ね。Aさんは店でたくさんの酒を飲んで、凄く酔っぱらいながら家に向かい歩いて帰る途中でした。Aさんの家は人も歩いていない田舎でした。田舎なので街灯も無く、おまけに月明かりもありません。そして、Aさんの格好は全身が真っ黒な服装でした。そこに車がヘッドライトも付けずに走って来ました。しかし、その車の運転手は、酔っぱらったAさんの姿を一瞬で見つけて、ハンドルを切って避けることが出来ました。なぜ運転手には、Aさんの姿が見えたのでしょうか?」



 えっと……相手は酔っぱらいで、街灯も月明かりも無いんだろ。

 服装も真っ黒か──もしや、運転手は吸血鬼で夜も良く見える……わけ無いか。

 考えろ自分。

 必ず答えがあるはずだ──そう言えば相手は凄く酔っぱらっているんだよな。

 酔っぱらい────そうか!



 「分かったぞ! 今回は絶対に正解だ!」

 「分かったなら早く正解を言ってみなさいよ」

 「正解は、Aさんは凄く酔っぱらっていたから、大声を出しながら歩いてた。だから運転手もAさんに気がついてハンドルを切って避けることが出来たんだ。正解でしょ?」

 「はい不正解」

 「ふざけんじゃねえ!」

 「ふざけてるのはアンタでしょ」

 「僕は大真面目だぞ! ていうか、この問題にちゃんとした正解なんて無いだろ。もし正解があったとしても、またお前のズルい発想で逃げる気だな?」

 「逃げるってなによ。不正解だったのに態度だけは大きいわね。それに残念だけど、ちゃんとした解答よ」

 「噓くさいな。そんなこと言って、適当な解答なんじゃないのか?」

 「失礼ね。正解教えてあげないわよ」

 「へー。本当にちゃんとした正解があるんだ。じゃあ言ってみろよ」

 「正解は、『真っ昼間だったから避けることが出来た』。これが正解よ」

 「なんでだよ! またズルい引っかけ問題じゃねえか。しかも、普通は酒なんて夜に飲むって思うだろ」

 「だからそれよ。アタシが水平になれって言ってるのは。酒は夜に飲むって言う固定観念を捨てて考えれば、すぐに分かる簡単な問題じゃない」



 ぐぐぐ……何が簡単だよ。

 どんどん難しくなってるじゃねえか。

 無性に腹が立って来たぞ。

 しかも、何だか自分に都合の良い問題ばっか出すし。

 ──あれ?

 自分に都合の良い問題──だと?

 そっか……自分に都合の良い問題か。

 これなら、ひょっとして、ひょっとするかもな。



 「あのさあ。ちなみになんだけど──僕が問題を出して、その問題に灰玄が答えられなかったら、冷房を買ってくれるのか?」

 「ん? アンタが問題? まあ、別にいいけど」



 よしよしよし!

 僕の罠に、まんまと引っかかったぞ、この馬鹿灰玄め。

 いよーし、とっておきの僕の都合の良い問題を出して、冷房を買わせてやるぞ。




 「今言ったな? 答えられなかったら、絶対に冷房を買ってもらうからな!」

 「分かったから早く言いなさいよ」

 「それじゃあ問題だ。Aさんは凄く冷房を欲しがっています。けれども手元に冷房を買うお金がありませんでした。しかし、Aさんはすぐに冷房を手に入れることが出来ました。なぜでしょうか?」




 今まで散々、こいつは自分に都合の良い問題を出して来たんだ。

 今度はこっちの番だ灰玄。

 さあ、答えられるものなら答えてみろ!



 「鏡佑……。いくら冷房が欲しいからって、泥棒はよく無いわよ」

 「それが、灰玄の答えか?」

 「当たり前でしょ」

 「はい不正解! 正解は灰玄が僕に冷房を買うでした。さあ、不正解なんだから早く僕に冷房を──」

 「それただのアンタの願望じゃない。少しでも期待して、面白い問題だと思ったアタシが馬鹿だったわ」

 「ちょ、ちょっと待てよ! 不正解だったんだから僕に冷房を買え!」

 「買って欲しいなら、もう少しまともな、捻りのある問題を考えられるようになってから出直して来なさい。はっきり言って小学生以下の考え方ね。ほら、下らないことを言っているうちに、山頂に着いたわよ」



 灰玄との会話に夢中になっていたら、いつの間にか山頂まで着いていた。

 でも、そんなことよりも……。

 く……く……く……悔しい!

 絶対にいつかギャフンと言わせてやるからな!



 「ところで鏡佑。山頂には廃工場があるのよね?」

 「え? ああ、そうだけど」



 見ると、僕が数年前に来た時よりも、雑草の量が増えていた。

 金網のフェンスには、これでもか、と言った風に雑草が絡み付いて、まるで雑草で作った壁のようである。

 にしても──雑草って、こんな短期間でここまで成長するものなんだな。

 と言うか、僕のトラウマの場所にとうとう来てしまった。

 もう二度と来ないと決めていたのに……。
 

 それに……まただ。

 また──体がおかしいぞ……。
 

 視界が歪んで来た────



 「ちょっと鏡佑? アンタ妙に苦しそうだけど──どうしたの?」



 どう言うことだ?

 灰玄は何とも無いのか?

 それよりも──駄目だ……吐き気までして来た……。



 「鏡佑。アタシの声が聞こえてる?」




 聞こえてはいるが……余りの息苦しさに、声を出すことが出来ない。

 だから、今は灰玄の言葉に頷くことしか出来ない……。



 「聞こえてはいるようね。でっ、その廃工場とやらはどこ?」



 僕は何とか、遠のく意識の中で、雑草に絡まったフェンスを震えながら、指差した。



 「あそこか。なるほどな、心霊では無いようだが──確かにこれは瘴気染みてるな。いや、狂気染みていると言うべきか。原理は分からないが、並の生気しか持たぬ者では、すぐに正気を失うほどの毒気だな」

 「だ……だから言っただろ……この廃工場は……ヤバいんだよ……」



 何とか最後の力を振り絞って、灰玄に言った。



 「鏡佑がここに来たく無いと言った理由も分かるな。しかしまあ、やれやれと言うべきか、実に祖末な障碍しょうげだ。おい鏡佑、上を向け」



 言われるがまま、震える体に力を込めて、何とか上を向いた。



 「これで毒気は治る」



 灰玄に喉を押された。

 押されたと言うよりも、押し潰されたような感覚だった。



 「くっ……ガハッ! なっ…………なにしやがるんだっ!」



 ────ってあれ?

 さっきまで、あんなに気分が悪かったのに、何とも無いぞ。

 灰玄に喉を押されただけなのに、いったいどうしてなんだ?



 「な、なあ灰玄。今──なにしたんだ?」

 「なにって、アンタの喉にある昇華気孔しょうかきこうを押して、一時的に意識を正気にさせたのよ。まあ、アタシは略して昇気孔しょうきこうって呼んでるけどね」

 「しょうきこう? それって、辛いことが続いて、人生に嫌気がさして、机の上とかに『探さないで下さい』って書いた置き手紙を残して失踪する、あれのことか?」

 「そうそう、でもね鏡佑。本人は探さないで下さいって書いた手紙を残してるけど、本当は人恋しくて寂しいものなのよ──ってそれは逃避行だから。アタシが言ってるのは昇気孔よ。まあ、それだけ馬鹿なことが言えるなら、もう大丈夫みたいね」



 言って、灰玄は雑草の壁と化したフェンスに向かって、歩いていく。


 しかし不思議だ。

 喉を押されただけなのに、一瞬で体調が治るなんて。

 まあ、喉と言っても場所的には喉仏だったので、押された時に喉仏が潰れてしまったと思うほどの痛みを感じ、数瞬だがその激痛で呼吸も出来なくなった。


 けれども──今は喉仏の痛みも無い。

 むしろ、何だか今まで以上に体調が良いし、日常生活で普通に呼吸をしている時よりも、酸素が十分に体の中に染み込んで行くようだ。

 それに、深く呼吸をする度に体調と言うか、体力が漲っていく。


 いったいこれは──



 「おい鏡佑。ボケっと突っ立って無いで、早くこっちに来なさい」



 灰玄がフェンスの前で立ち止まりながら、僕を呼んだので、とりあえず行ってみた。



 「どうしたんだ?」

 「どうしたじゃ無くて、これじゃあ中の様子が分からないじゃない」



 確かに──雑草の壁になったフェンスでは、中を見ることは出来ないか。

 でも、こいつだったら、ジャンプをすればいいだけだ。



 「まあ、確かにこれじゃあ、中の様子は分からないけど、お前だったらジャンプすれば楽にフェンスよりも高く飛べるだろ」

 「アンタねえ……今は物見だって言ったでしょ。ジャンプなんてしたら目立っちゃうじゃない。敵に気取られたらどうすんのよ」



 そう言って、少し考える灰玄。



 「そうだ。ちょっと鏡佑。アタシを、おんぶしなさい」

 「おんぶ? 嫌だよ疲れるし」

 「いいから言うこと聞きなさい」



 うーん……、まあ灰玄に体調も戻してもらったし、しょうがない、おんぶしてやるか。

 僕は地面に膝をついて、灰玄をおんぶした──


 ──ん!?

 これは!

 今までずっと、胸にばかり気を取られていたが──この、肩から伝わって来る感触は、僕がこれまで使って来た、どのクッションや枕よりも心地がいい。


 堅過ぎず、柔らか過ぎ無い、素晴らしい弾力である。

 これは、絶対に人間が造り出すことが出来ない創造物だ。

 今だけなら、神様の存在を信じてもいい!

 そう思わずにはいられない。


 これは間違いなく──男を堕落させる感触である。

 もしかしたら女性も……いや、その考えはやめておこう。

 何か嫌な圧力を感じるからだ。


 ていうか、堕落と例えている時点で、神様よりも悪魔と例えた方が良かったのだろうか。

 まあ、その辺については、深く考えても答えは出ないだろうし、僕にとっては神様だろうが悪魔だろうが、どっちでもいい。


 重要なのは、今この感触を忘れないこと!


 ────って。

 忘れないで、いったいこの先どうすると言うのだ?

 この灰玄の、お尻の感触だけを糧にして、僕は今後の人生を生きて行くのか?

 うーむ、惨めにもほどがあるぞ。



 「まあ、だいたい分かったわ。もう降ろしていいわよ」



 あれ?

 もう終わりなの?

 もうちょっと──このままで、いたかったな……。

 ちなみにだが、僕はオッパイも好きだが、どちらかと言うと、お尻好きである。

 お尻フェチと言うと、何だかとてもエロい響きに聞こえるから、自分の中では、お尻好きと呼んでいるのだ。

 まあ、意味的にはどちらも同じなんだけど。



 「なにしてんのよ。早く降ろしなさい」

 「あ、ああ。分かったよ」



 ゆっくりと地面に膝をついて、灰玄を降ろす僕。

 やれやれ──天国タイム終了のお知らせか。



 「しっかし、工場って聞いてたから、大きいのかと思ったけど案外小さいわね。城ぐらいの規模はあると思ってたけど一階建てだし、ちょっと大きな神社ぐらいって感じかしらね。何だか廃工場って言うよりも廃倉庫みたい」



 僕も灰玄を降ろしてから、その外観を見たのだが、確かに廃工場と言うには小さい。

 数年前に来たときは、体調が悪くなって、すぐに逃げるように帰ったから、ゆっくり観察出来なかったが、大きさは二十五メートルのプール二個分ぐらいだろうか。

 もしくは、学校の体育館ぐらいの大きさだ。

 決してサイズ的には小さくは無いが、工場のサイズとしては小さい方だ。

 僕は工場マニアでは無いけれど──それぐらいなら分かる。


 それに、フェンスが邪魔でよく見えないが、廃工場の外壁は今にも崩れそうなコンクリートで、そのボロボロになったコンクリートの外壁は、僕が軽くパンチしただけで粉々になりそうなほど、酷く老朽化していた。


 僕はフェンスの上から中を覗いていないが、きっと、入り口どころか、そこら中に侵入経路があると思えた。

 経年劣化したコンクリートに、ひび割れた穴が空いていて、どこからでも容易に、中に入れそうな雰囲気があったからだ。



 「まっ、これで夜までに準備する道具の量も決まったし、あの馬鹿女の慌てる顔が目に浮かぶわね」



 悪魔の微笑──まさに、そんな言葉がピッタリ当てはまる顔で笑う灰玄であった。



 「あっ、そうそう。夜にまた連絡するから、アンタの携帯電話の番号とメールアドレスを教えなさい」



 僕は灰玄に言われ、自分の携帯電話を取り出して、番号とメールアドレスを交換した。

 やれやれ……まさか最初に新品の携帯電話に登録する人物が、殺人鬼だなんて。


 僕は『爆乳殺人鬼』と言う名前で、携帯電話に登録しようと思ったが。もし、万が一にも本人に見られたら殺されると思ったので、普通に『灰玄』と言う名前で登録しておいた。



 「よし、それじゃあ敵に気取られる前に、早く山を下りるわよ」



 言って、山の坂を下りる僕と灰玄。

 急な坂になっていると言うことは、つまり、裏を返せば下りるのは楽なのである。

 僕は急な坂を下りると言うより、滑るようにして山を下りた。


 下りる途中で、一回だけ本当に滑って転んでしまい、灰玄に呆れた顔で見られてしまったが。

 そして、山に登る入り口まで辿り着いた時に、灰玄が僕の方を見て、ニヤリと笑った。



 「な、なんだよ……」

 「アンタに宿題を出してあげるわよ」

 「宿題?」

 「そう宿題よ。今からアタシが問題を出すから、夜までに答えを考えて来なさい」

 「問題って、またさっきみたいなズルい問題のことか?」

 「ズルく無いわよ。単なる水平思考の問題」



 何が水平思考の問題だよ。

 結局ズルい問題のことじゃん。



 「嫌だ。あんなズルい問題なんて二度とやるもんか」

 「ふうん。でも考える時間は夜まであるわよ? それに答えられたら冷房を買ってあげるけど」



 夜までか……。

 さっきは考える時間が少な過ぎたけど、夜まで考える時間があるならやってもいいかもな。



 「っで。どうするの? やめとく?」

 「本当に──夜まで考える時間をくれるのか?」

 「もちろん」

 「──分かった。その宿題やるよ。その変わり、簡単な問題にしろよ?」

 「はいはい。それじゃあ今回は大サービスで、問題の中にたくさんヒントを入れてあげる」



 大サービスねえ……。

 こいつの問題は、どんどんズルい問題になって行くから、信用なんて出来ないが。

 まあ、夜まで時間があるわけだし、じっくりと熟考して、灰玄に正解を叩き付けて、ギャフンと言わせてやる。

 そして冷房も手に入れてやるぞ。

 だが、一応、念の為に訊いておこう。



 「本当に、たくさんヒントがあるんだろうな?」

 「当たり前でしょ。さあ、心の準備は?」

 「よし。いつでも来い!」

 「それじゃあ問題。ある男がレストランで焼けた肉料理を注文しました。しかし、そのレストランは朝から原因不明の故障により、厨房で火が使えませんでした。オマケに、店にはフライパンも無く、ガスバーナーも、電子レンジも、オーブン等の家電製品も使えません。しかし、男はすぐに注文したメニューの焼けた肉料理を食べることが出来ました。さて、なぜでしょうか? ちなみに男は、夜にレストランに行き、周りには民家も飲食店も街灯もありません。草木も無い場所で、燃やせる物もありません。男はライター等の着火器具も持っていません。これが宿題よ。それじゃあ、また夜に集合ね」




 そう言って、灰玄は颯爽と路上駐車をしている自分の車に向かった。

 ──が、すぐにきびすを返して戻って来た。



 「いっけない。アタシとしたことが、大事なことを忘れてたわ」

 「大事なことって──なにが?」

 「時間よ時間。夜の集合時間」

 「ああ。時間か」

 「いい? 夜の十一時に集合よ。まあ、集合って言っても、アタシが学者小僧の店の前まで車で行くから、アンタは学者小僧の店の前で待ってなさい。本当はもっと深夜の方がいいけど、アンタは学生だから寝落ちしちゃいそうだしね」



 言って、再び颯爽と歩きながら、路上駐車をしている自分の車に向かう灰玄。


 ていうか、僕のことを学生だと言うなら、せめて夜の九時ぐらいにして欲しいところである。

 アルバイトだって、学生は夜の十時以降は禁止されているのだから。

 それに──保護者同伴でも、高校生の夜十時以降の外出って駄目だったと思うんだが。

 まあ、こいつは、そう言った常識が分かっていないのだろう。



 ────って、灰玄の奴、車の前で突っ立て、何してるんだ?

 乗らないのか?



 「なあ灰玄。なんで車に乗らないんだ?」

 「………………」



 僕の声が聞こえていないみたいだ。

 いったい──どうしたと言うのだろう。



 「なによ……これは……!」



 何だかやけに、怒りを溜め込んだ口調だな。

 それに、ずっと拳を強く握りしめて車を見ているし。

 気になったので、僕も車をよく見てみた。



 「──────あっ!」



 灰玄の車には──駐車禁止のステッカーが貼られていた。
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