上 下
29 / 50
第壱章  循環多幸  壱之怪

第27話 爆弾運びも楽じゃない……って! そんなもん運ばせんな!

しおりを挟む

 *10


 僕が予想した通り、案の定──灰玄かいげんの車は違法駐車されていた。

 しかも、午前中と同じ場所に……。

 本当にりない奴である。



 「鏡佑きょうすけ。何で腹なんて押さえてるのよ。腹でも壊したの?」

 「いや、まあ。ちょっとしたことだ。気にしないでくれ……」



 灰玄はきっと、僕が腹痛で腹を壊したのだと思っているのだろうが、これはさっき、心絵こころえに腹を思いっきりパンチされた痛みが残っているので、押さえているわけなのである。

 食中毒などの腹痛とは違うが、ある意味で、心絵のパンチは腹が壊れるかと思ったほどだ。


 そして心絵は、僕の後ろに立ち、謝りもせず涼しげな顔をしている。

 やれやれ、見た目は綺麗で清楚せいそな、着物姿のお嬢様と言った風なのに……とんでもない暴力少女である。

 暴力少女と言うか──暴力陰陽師少女だ。



 「ほら。車の後部座席に道具をせてるから、アンタたち二人、出すの手伝いなさい」



 言って、灰玄は車の中の後部座席を指差した。

 見ると──後部座席には、頑張れば大人が一人分は入れるほどの、黒くて大きなアタッシュケースが四つあった。


 道具とは言っていたが……こんなに大きなアタッシュケースに、いったいどんな道具が入っているのだろうか。

 しかも四つもあるし。



 「ボケっとしてないで、早くこれ持って」



 灰玄から、大きなアタッシュケースを一つ渡されたので持った──のだが。

 重っ!

 重すぎる。

 僕が想像していた以上に重いぞこれ。


 確かに、見た目はとても大きなアタッシュケースだ。

 だが──これは、いくら何でも重すぎる。

 重すぎて持てないので、僕はいったん、車のシートに置いた。



 「アンタなにしてんのよ」

 「いや、これ重すぎるって……」

 「何が重すぎるよ──だらし無いわね、男のくせに」



 だらし無いと言われても、重いものは重いのだ。

 これ──重量は分からないが、五十キロ以上はあるぞ。

 いったい、どんな道具が入っているのだろうか。

 少し中身が気になったので、アタッシュケースを開けてみた。


 そのアタッシュケースの中に入っていたのは──細長くて黒い紙粘土のような物が、びっしり入っていた。

 僕はてっきり、工具とかだと思ったのだが、いったいこれは何の道具なのだろう。



 「ちょっと鏡佑。勝手に開けるんじゃないわよ」

 「ああ、悪い。ていうか、これなに? 紙粘土みたいに見えるんだけど」

 「それは紙粘土じゃなくて、爆弾よ。落としたら爆発するから気をつけて持ちなさい」



 紙粘土じゃなくて爆弾だったのか────爆弾?



 「お前は地下ボクシングクラブのリーダーだったのか!?」



 僕のツッコミに、灰玄は不思議そうな顔をして、首を傾かしげている。

 どうやら、あの有名な映画は知らないようだ。



 「わけの分からないこと言ってないで、早く運びなさい」

 「いやいや運べるわけ無いだろ! つーか、さっきあれだけ陰陽師について力説していたのに、何で爆弾なんて持ってくるんだよ!」

 「一度使ってみたかったのよ。それに昔から、古きを学び新しきを知るって言うでしょ」

 「はあ……。先人たちは今頃、お前に古き知恵を悪用されたことを、後悔してると思うぞ」

 「あっ、それ間違ってるわよ」



 灰玄は自分の人差し指を伸ばして──僕を指差して言った。

 人差し指とは、全く失礼な奴である。



 「間違ってるって──なにが?」

 「知恵のことよ」

 「──言ってる意味が、分からないんだけど」

 「アンタもしかして、知識と知恵の違いも知らないの?」

 「え? どっちも似たような意味だろ?」

 「…………それ、冗談で言っているのよね?」

 「いや、真面目に言ってるんだけど」

 「あきれた…………」



 本当に呆れた顔をされた。

 と言うか、僕のことを馬鹿な奴みたいに見るんじゃない。

 重ね重ね、失礼な奴である。



 「あのね鏡佑。知識と知恵の意味は、全然違うのよ。いい? 知識は書物などから得る教訓で、知恵は自分が学んだ知識を実際に体験して、獲得した経験から得る教訓よ。アンタ、経験値って言葉知ってる?」

 「あっ。それなら知ってる。経験値って、ゲームで敵を倒すと獲得できるやつだろ? 敵がボスだと経験値も高いんだよなー。もしかして、灰玄もゲームやるの?」

 「────アンタが何を言ってるのか分からないけれど。まあ、理解したならそれでいいわ」



 どうやら、灰玄はゲームそのものが分からないようだ。

 ほんの一時いっときだが、灰玄に対して親近感を覚えた僕の気持ちは、すぐに消え失せた。


 まるで、母親から「今日の夕食はハンバーグよ」と、言われて。胸が高鳴っていたのに。

 いざ、夕食のテーブルに並んだハンバーグが、豆腐ハンバーグだった時のような、ガッカリ感である。


 世の中の豆腐ハンバーグ好きの人には申し訳ないが──僕は豆腐が苦手なのだ。



 「つまり。アタシは経験して、知恵を得るために爆弾を持ってきたのよ。ちなみに手作り」

 「やっぱり地下ボクシングクラブのリーダーじゃねえか!」



 おいおい勘弁してくれ…………爆弾なんて冗談じゃないぞ。

 こんなの運んだら、僕は犯罪の片棒を担いでいるのと一緒じゃないか。


 工具などの道具を運ぶならいいが──爆弾を運ぶ気なんて、僕には毛頭無いぞ。



 「早くこれ持って。さっさと山に登るわよ」



 言って、灰玄にアタッシュケースを手渡された。

 うう……。まさか爆弾を運ぶことになるなんて……。

 でも……やっぱり……これは……重すぎて持てない!



 「ちょっとこれ無理だよ。重すぎるって」

 「全く男のくせに──じゃあ、アンタはもういいわ。おい、そこの心絵家の小娘。アタシが二つ持つから、アンタは残りの二つを持ちなさい」



 灰玄が言うと、無言で二つのアタッシュケースを持つ心絵。

 どんだけ怪力なんだよ……こいつ。



 「鏡佑。アンタはこれを持ちなさい。アタシは両手がふさがってて持てないから」



 灰玄にトランシーバーのような物を渡された。

 まあ、これなら軽いから大丈夫だ。

 しかし──これはなんだ?

 いったい、何に使うのだろうか。

 分からないからいてみることにした。

 それに──爆弾みたいに危ない物だったら嫌だし……。



 「なあ灰玄。このトランシーバーみたいなのは、何なんだ?」

 「それは爆弾の起爆スイッチの道具。落としたりしたら、この爆弾全部が爆発するから、ちゃんと持ってなさい」

 「おいいいいい! そんな一番危ない物を持たせるんじゃねえよ!」

 「だったら、アンタが重いって言った、爆弾の方を持つ?」

 「うーん……、いや、それは無理」



 ふざけんなよ……マジで危ない物じゃねえか。

 どうしよう、とりあえず両手で持って、もし転んだとしても、これだけは死守しないと。

 死ぬ気で守らないと、本当に僕が死ぬ。



 「それじゃあ、さっさと山を登るわよ」



 言って、本当にさっさと山を登り始める灰玄と心絵。

 二人とも、あんなに重いアタッシュケースを両手に持っているのに、まるで何も入っていないバッグを持っているように、軽快な足取りで山を登っている。

 その前に、山を登る道は森林に囲まれているので、月明かりも届かない。

 つまり──暗いなんてレベルでは無く、闇だ。

 なのに、足下が普通に見えているかのように、すたすたと登って行く。

 夜目が利くどころでは無い。

 いったい──あの二人には、この闇がどう映っているのだろうか。

 そして──僕は両手で爆弾の起爆スイッチの道具を死守しながら、携帯電話のライトを付けて、両手が使えないから携帯電話を口で噛んで、足下をライトで照らしながら慎重に歩いている。


 認めたくは無いが、女性二人が重い物を持ち、男である僕がビビりながら、軽いトランシーバーのような道具を両手で持ち、携帯電話を口で噛んでいる姿は──実に情けない。



 「鏡佑。アンタって男なのに、女に重い荷物を持たせるなんて情けないわね」



 うっ……、心の中で思っていることを、他人から言われると、余計に情けなくなってきた。

 しかし歩くのが速いな。

 もう少し、僕のペースに合わせてもらいたい。

 うっかりズッコケて、爆弾の起爆スイッチを押してしまったら、本当に死ぬぞ。


 だが、僕が死なないとしても、大きな問題があることに気がついた。

 爆弾ということは、つまり灰玄は、あの廃工場を爆破するつもりなのだろう。

 あの廃工場は事故物件なので、綺麗さっぱり消し飛んだら、逆に喜ばれるかもしれないが──ここは山の中だ。


 つまり、山火事になってしまう。

 もし山火事にでもなったら、近隣に民家は無いとしても、とんでもない被害になってしまうぞ。

 爆弾の音も凄いが、爆風で廃工場の破片が飛んで、誰かが怪我をする恐れもある。

 浮かれている灰玄は、周りのことを考えていないから、ここは僕がなんとしても止めないと。


 携帯電話を口で噛みながらしゃべるのは、かなり難しいし、それに……かなり間抜けな顔になってしまうが、ここは僕の住み慣れた土地である街羽市まちばしを守るためだから仕方が無い。




 「なあ灰玄。大事な話しがあるんだけど。ここは山の中だから、爆弾なんて使ったら山火事になるぞ。だから──爆弾を使うのは止めないか?」

 「それもそうね──」



 あの灰玄が僕の提案を受け入れたぞ!



 「──じゃあ、『呪詛思念じゅそしねん』で壁を造る必要があるってことか」



 爆弾を使う気は──満々のようだ……。

 そして、僕の提案は爆弾を使う前なのに──微塵みじんに吹っ飛んだ。



 「うーん……。山火事か──炎ってことだから、ちょっと疲れるけれど、真空の壁の『呪真天じゅしんてん』を使うか。あっ。ちなみに鏡佑。これ漢字は同じでも『以津真天いつまで』の『真天まで』じゃないから。最近だと『いつまでん』って読み方も、あるみたいだけれどね」



 くすくすと笑いながら言う灰玄。

 いったい──今の話しのどこに、笑えるツボがあったのだろうか。

 謎である。



 「あのさあ。何で笑ってるのか知らないけど。いつまでって何のこと?」

 「え? アンタひょっとして──太平記たいへいきに出てくる怪鳥かいちょうを知らないの?」



 僕にそう訊いてきた灰玄の顔は、まるで自分の目の前に隕石が落ちてきて、二の句が継げないような表情をしている。



 「あー。そっかそっか。太平記は知ってるけれど、あの怪鳥だけ知らないってことでしょ?」

 「いや、タイヘイキなんて知らないよ。ていうか、タイヘイキってなに? 古代兵器みたいなやつ?」

 「…………いや、アンタに言ったアタシが悪かった。うーん……。今の小僧は太平記を知らないのか……結構面白いんだけどな…………」




 言ってる間に──山の上にある廃工場まで着いた。



 「よし! じゃあ真空の──いや。ちょっと待って」



 灰玄が廃工場のフェンスの前で立ち止まり、なにやら考え事をしている。

 どうしたのだろうか。



 「駄目だな。面白く無い。真空状態で爆弾を使ったら、爆弾を持ってきた意味がない」



 ……なに言ってんだこいつ。



 「真空以外で、となると──うん。あれを使おう」



 言うなり、灰玄は両手に持っていたアタッシュケースを地面に置き、フェンスの周りを少し歩き始めた。

 あいつ──もしかして、ここで爆弾を使う気なんじゃ……。



 「おっ! この下がよさそうね」



 何がいいのか分からないが、灰玄は地面に片膝かたひざをつき、両のてのひらを地面に合わせた。



 「鏡佑。フェンスの近くに来なさい」



 言われたので、一応フェンスの近くに行った。

 心絵は、もうフェンスの近くに立っている。



 「それじゃあ行くわよ。────『呪結石じゅけっせき』」


 


 灰玄の声と同時に、地面の下から岩石の壁が突然、隆起りゅうきした。

 その勢いはまるで、壊れた消火栓から水が天高く飛び出しているようだ。


 そして、その岩石は廃工場全体を、丸々囲むようにして、ドーム状の巨大な岩石の壁になった。


 なんじゃこりゃ!?

 ていうか……これ……僕が外に出られ無いじゃん!

 つまり──岩石の壁に、閉じ込められた。



 「まっ。これぐらいでいいか」

 「全然よくねえよ! 僕が帰れないじゃないか!」

 「だったらアンタも廃工場の中に来なさいよ」

 「ふざけんな! 一緒に廃工場の中に入るなんて約束はしてねえぞ! さっさと僕を岩の外に出せ!」

 「別にいいわよ。岩の外に出してあげる代わりに、謝礼は出してあげないから」

 「はっ!? 僕はここまで謝礼のために頑張ったんだぞ!」

 「なら来なさい」



 そして、灰玄は地面に置いてあった、二つのアタッシュケースを再び持つと、まるで小さな水たまりを、ぴょんと飛び越えるように──音も無く自分の身長の二倍ぐらいはあるフェンスを、重いアタッシュケースを二つ持ったままジャンプして、廃工場の敷地の中に入った。

 くっ……!

 こいつ……外に出す代わりに、謝礼は出さないとか、人を小馬鹿にするようなこと言いやがって。



 「どうしたのよ鏡佑。謝礼欲しくないの?」

 「……廃工場の中に入れば……いいんだな? でも、何か危ない目にったら、ちゃんと僕を助けるって約束しろ」

 「分かってる分かってる。それに、心絵家の小娘もいるから大丈夫よ」



 やれやれ、灰玄は何も分かっていない。

 大丈夫とか、そういう話しでは無くて、僕は廃工場の中に入るのが嫌なのだ。

 でも……入らないと、今日の午前中からの努力が水の泡になるし。

 それに、こんな岩石の壁に閉じ込められた場所に居るのも嫌だ。


 はあ……しょうがない。助けてくれるって言ったし、行くだけ行くか。

 僕の十万円のために!


 しかし──この雑草の壁と化したフェンスをよじ登るのは簡単だが、問題は、この爆弾の起爆スイッチの道具をどうするかだ。

 両手で持っているから、足だけでフェンスをよじ登ることもできないし。



 「鏡佑。早く来なさいよ」

 「いや……両手でトランシーバーを──じゃなくて。爆弾の起爆スイッチの道具を持ってるから、そっちに行けないんだけど……」

 「アンタって奴は……仕方無いわね」



 言って、灰玄が両手に持ってるアタッシュケースを地面に置き、ジャンプしてフェンスを飛び越え、僕の方に来た。

 そして──僕の首根っこをつかみ、また廃工場の敷地の中にジャンプして入った。


 ていうか、結構強い力で掴まれたから、首が痛い。



 「お前なあ……。僕の首を掴んでジャンプするなら、先に言ってからにしろよ」

 「いちいち五月蝿うるさいわね。アンタがフェンスを登れないって言ったから、手伝ってあげたんじゃない」



 何が手伝っただよ。

 こいつが、こんな訳の分からない、巨大な岩石の壁で僕を閉じ込めなかったら、今頃はすぐに山を下りて、謝礼の十万円を何に使うか考えていたのに。


 そして、訳の分からないことがもう一つ。

 僕が灰玄に首根っこを掴まれて、ジャンプしてフェンスを飛び越え、廃工場の敷地の中に入ると同時に、心絵もジャンプして、敷地の中に入っていた。

 重いアタッシュケースを両手に持ったままでだ。


 こいつは、いったい、どこまでついて来るのだろう。


 ていうか、謝礼のためとは言え、よくよく考えたら──灰玄が後先考えずに、巨大な岩石の壁なんて造って、その中に僕を閉じ込めやがったから、入りたくも無い廃工場に、入る流れになってしまったわけだ。


 つまり、こいつが余計なことをした所為せいで、僕が廃工場に入るおかしな現状になってしまったわけなのである。


 と言うか──なんだか今日は、午前中から灰玄に振り回されっぱなしではないか。


 くそ……もし、本当に危ない目に遭わされたら、謝礼の金額を二倍にして請求してやる!


 それよりも……午前中の時に、謝礼はいらないから、夜は一人で行けと言えばよかった。


 今さら悔やんでも意味は無いのだが。


 ああ…………何だかもう、泣きたくなってきた。


 と言うか、泣きてえ……!
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...