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エピローグ
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不意に後ろから声を掛けられて、私は書いていた日記を閉じた。
椅子に腰かけたまま振り返ると、男の子が泣きながら服を掴んできた。
どうしたの? と聞いてあげると
「母さん、姉さんがぶったよう……」
鼻水をすすりながら、そんなことを言った。
よしよし、と頭を撫でてやると、家の入口の前に女の子が現れる。少し怒った表情をしていた。
2人は双子のはずなのに、男の子の方が度々泣かされてくるのが、少し可笑しかった。
弟に乱暴しちゃ駄目でしょう? と私が叱ってやると、
「だってえ……私の大事なこれ、壊したから……」
手の平には、壊れた髪飾りがあった。
まるで、昔の私と兄さんみたいだ、と思った。
だから私は、かつて母がそうしたように、2人に謝って仲直りすることを教えた。
素直に謝った2人の頭を撫でると、2人は喧嘩した直後なのに、揃って笑いながら外へ飛び出していった。私は微笑んでそれを見送る。
私は、テーブルの上の閉じた日記を振り返った。
あの戦いから5年──。
あの後、私はいくつもの海を越え、遠く離れたこの地に移り住んだ。
全てはあの子達に、私の、私達の業を託すことのないように。
最初は、祖父と父との間に始まった確執。それは母に、私達兄妹に受け継がれ、多くの人を巻き込んだ。
私は多くのベスフルの人々を手にかけた。殺された人達の家族は、きっと私を恨むだろう。
あれは戦争だったのだと言い訳することはできるかもしれない。だが少なくとも、彼女──シルフィを殺したのは、間違いなく私怨だった。
身勝手で多くの人を殺めた私は、恨まれても仕方ない。殺されても仕方ない。心からそう思う。
祖父や父を恨んではいない。あの人達も自分の信じた道を必死に生きた結果なのだと思う。
だがそれを、その業を決してあの子達に残してはならない。こんな悲劇はもう繰り返してはならない。
だから私は、私を知る人がいない地へと来た。遠い将来、もしあの子達があの地ベスフルを訪れることがあっても、私との繋がりが残らぬように。私への恨みがあの子達へと返らぬように。
身勝手な願いかもしれない。でも、あの子達に罪はない。
あの子達が大人になった時、全てを話そうと思う。
私の事、そしてあの子達の父親──ネモの事も。
全てを話した後、それを胸に刻んで生きるか、忘れて生きるか、それはあの子達自身が決めればいいと思う。
そして、それを見届けた後ならば、私はどんな罰でも受けようと思う。
兄ヴィレントはあの戦いの後、ベスフル軍から姿を消したと聞いた。
仇討ちを成し遂げて、満足して死んでしまったのか? それともまだ何処かで生き続けているのか? 何もわからない。
ただ、もう2度と会うことはないのだろうと、漠然とそう思った。
だが、もしもう1度会えることがあるのなら、その時はちゃんと話をしたい。会えるのは生きている間ではないのかもしれないけれど、もし会えたなら、今度こそちゃんと兄妹で語らいましょう。心からそう思った。
窓から見える景色には、青い空と穏やかな風が漂っていた。まるで、あの悲劇がただの夢だったのかと思わせるほどに。
ネモ……、あなたの元へ行くのはまだまだ先になりそうだけど、どうかそれまで、あの子達を見守っていて──。
窓の外から微かに聞こえる子供たちの笑い声を聞きながら、私は天に祈った。
ここに記したのは昔話。
これは私、チェント・クローティスの罪の記録──その全てである。
椅子に腰かけたまま振り返ると、男の子が泣きながら服を掴んできた。
どうしたの? と聞いてあげると
「母さん、姉さんがぶったよう……」
鼻水をすすりながら、そんなことを言った。
よしよし、と頭を撫でてやると、家の入口の前に女の子が現れる。少し怒った表情をしていた。
2人は双子のはずなのに、男の子の方が度々泣かされてくるのが、少し可笑しかった。
弟に乱暴しちゃ駄目でしょう? と私が叱ってやると、
「だってえ……私の大事なこれ、壊したから……」
手の平には、壊れた髪飾りがあった。
まるで、昔の私と兄さんみたいだ、と思った。
だから私は、かつて母がそうしたように、2人に謝って仲直りすることを教えた。
素直に謝った2人の頭を撫でると、2人は喧嘩した直後なのに、揃って笑いながら外へ飛び出していった。私は微笑んでそれを見送る。
私は、テーブルの上の閉じた日記を振り返った。
あの戦いから5年──。
あの後、私はいくつもの海を越え、遠く離れたこの地に移り住んだ。
全てはあの子達に、私の、私達の業を託すことのないように。
最初は、祖父と父との間に始まった確執。それは母に、私達兄妹に受け継がれ、多くの人を巻き込んだ。
私は多くのベスフルの人々を手にかけた。殺された人達の家族は、きっと私を恨むだろう。
あれは戦争だったのだと言い訳することはできるかもしれない。だが少なくとも、彼女──シルフィを殺したのは、間違いなく私怨だった。
身勝手で多くの人を殺めた私は、恨まれても仕方ない。殺されても仕方ない。心からそう思う。
祖父や父を恨んではいない。あの人達も自分の信じた道を必死に生きた結果なのだと思う。
だがそれを、その業を決してあの子達に残してはならない。こんな悲劇はもう繰り返してはならない。
だから私は、私を知る人がいない地へと来た。遠い将来、もしあの子達があの地ベスフルを訪れることがあっても、私との繋がりが残らぬように。私への恨みがあの子達へと返らぬように。
身勝手な願いかもしれない。でも、あの子達に罪はない。
あの子達が大人になった時、全てを話そうと思う。
私の事、そしてあの子達の父親──ネモの事も。
全てを話した後、それを胸に刻んで生きるか、忘れて生きるか、それはあの子達自身が決めればいいと思う。
そして、それを見届けた後ならば、私はどんな罰でも受けようと思う。
兄ヴィレントはあの戦いの後、ベスフル軍から姿を消したと聞いた。
仇討ちを成し遂げて、満足して死んでしまったのか? それともまだ何処かで生き続けているのか? 何もわからない。
ただ、もう2度と会うことはないのだろうと、漠然とそう思った。
だが、もしもう1度会えることがあるのなら、その時はちゃんと話をしたい。会えるのは生きている間ではないのかもしれないけれど、もし会えたなら、今度こそちゃんと兄妹で語らいましょう。心からそう思った。
窓から見える景色には、青い空と穏やかな風が漂っていた。まるで、あの悲劇がただの夢だったのかと思わせるほどに。
ネモ……、あなたの元へ行くのはまだまだ先になりそうだけど、どうかそれまで、あの子達を見守っていて──。
窓の外から微かに聞こえる子供たちの笑い声を聞きながら、私は天に祈った。
ここに記したのは昔話。
これは私、チェント・クローティスの罪の記録──その全てである。
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早速最後まで読んで頂けて、とても嬉しいです!
兄ヴィレントは、ある意味妹以上の過酷な日々を過ごしていたわけですから、落ち度がないとは言えないけれど、作者としても何か救いは与えてあげたいという思いで、物語を描いていました。
この物語の中では、彼にハッキリとした救いは与えられていませんでしたが、生き延びることができた以上は、彼も後の人生で何か心に救いを見つけられる余地ができたのだと思っています。
この度はどうもありがとうございました!
物語の方、楽しんで読んで頂けたなら幸いです。
5話まで読ませて頂きました。
ああ〜〜〜!これは!心が痛い!。゚(゚´ω`゚)゚。
ここまで兄さんが推しですね。
一人で全部背負っちゃうとことか、シンプルに強い。格好良いです…しかし妹に手をあげるのはダメだ…。
兄も妹もそれぞれダメなとこがあって、すれ違って、ここから更に悲劇へ進むと思うとなんか悲しいです(´;ω;`)
基本的に女の子が暴力振われる話が苦手なのでDVはキツかったですが、先がとても気になる!!
また読ませていただきます。
すみません、ツイッターの方で感想を頂いていたので、
こちらに書かれていたものに気づいていませんでした(汗)
感想ありがとうございます!
作者的にも、実は妹より兄の方がお気に入りなので(妹の方にも愛着はありますけどね、笑)
気に入って頂けたなら嬉しいです!
またお時間に余裕のある時にでも、続きを読みに来て頂けると大変嬉しく思います
冒頭3話まで読みました!
家族からの理不尽な暴力というのは、物語の引きとしてはやっぱり鉄板ですね~
そうですね!
冒頭は暴力を振るう側も理不尽な環境に耐えていた子供という形で、引きとしてみました。
読んで頂き、どうもありがとうございました!
少しでも楽しんで読んで頂けたなら幸いです。