三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第1章

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 ミカエルは静かにルネに近付き、白銀の髪をひと房取った。何かを考え込むミカエルを他所に、三度部屋の扉がノックされる。続いて先程の若い女の声がこちらに訴えかけてきた。

「お嬢様。リリィはお嬢様が心配で堪らないのです。このままでは眠ることも出来ません。お嬢様、ご無礼を承知で、扉を開けさせていただきます。お叱りなら怪我の手当をした後でいくらでも聞きますから。……お嬢様、開けますよ?」

 ガチャ、という部屋のドアを開ける音がして、やがてふたり分の気配が部屋の中に入ってきた。

「お嬢様?」
「!?…誰だっ!」

 ルネの傍で片膝をつくミカエルに、アルベルトの怒声が飛んできた。
 アルベルトは剣を抜いて、背にリリィを庇うように立った。アルベルトから容赦なく突きつけられる殺気を、ミカエルは背で感じ取った。
 ミカエルはふたりに背を向けたまま深く息を吸い込んで、暗い空を仰いだ。

「良い月の日だな」

 その声に、アルベルトが僅かに反応したのを、ミカエルは彼の僅かな息づかいの変化で気付く。
 ミカエルはルネの顔を見下ろした。青い瞳は未だ固く閉じられ、しばらくは開かれそうにない。ルネの顔の輪郭を滑り落ちる、ざんばらに切られた髪を見てミカエルは、あとで綺麗に切りそろえてやらねばと思った。

「そ、その声、まさかお前……」

 ようやく絞り出したようなアルベルトの問いかけに、ミカエルは視線だけを向けて応えた。

「久しいな、友よ」

 声色に少しの迷いも感じられず、アルベルトは逆に警戒を強めた。
 息を呑むアルベルトの後ろでリリィが戸惑いを見せながら、ミカエルとアルベルトを交互に見やる。だが、ミカエルの足元で目を閉じるルネの姿を確認すると、リリィは衝動的にルネの元に駆け寄っていた。

「お嬢様っ!!」
「あ、リリィ殿!」

 リリィはミカエルの前に回り込み、すぐさまその姿を見て小さく悲鳴をあげた。

「なんてことなの!?お嬢様の髪が!こんな、こんなことっ……ああ、私のお嬢様が……!」

 リリィはルネの髪を見るなり涙を流した。窓にもたれるルネをリリィが抱きしめ、それをみたアルベルトはミカエルに向けていた剣を無意識に下ろして、ルネの姿を確認することが先とばかりに駆け寄った。

「これは…手のひらに何かで切られたような傷がある。それから手首に強く掴まれたような跡も」

 アルベルトはルネの頭のてっぺんから足の先まで素早く見やった後、眉間に深いシワを寄せてミカエルに言い寄った。

「ミカエル、何があったのか、君が見たことを全て話してくれ。君が何故この部屋にいるのかはその後で聞こう」

 ミカエルは静かに頷いた。


 ミカエルは自分の本来の目的は省いて、その緑の猫目で見た全てを彼らに話した。
 ルネが自ら自分の髪を切り裂き、挙句に目を潰そうとしていたことを聞いた時、リリィは言葉を失い、自分の主がそこまで追い詰められていたことに酷くショックを受けているようだった。

「私は、一体今までお嬢様の何を見ていたのでしょう...。何時でもおそばに居ると言いながら、私はお嬢様が本当に助けが必要な時に手を差し伸べることも、気付くことすらできなかったなんて……」
「リリィ殿だけの責任では無い」

静かに涙を流すリリィの肩をそっと支え、アルベルトが言う。だかその表情には強い憎悪が見えた。

「許せない。今まではあれでもこの公爵家の奥様とそのご子息だからと我慢してきたが、もう無理だ。いつかこの惨劇が終わることを望んで色々とおふたりには注意申し上げてきたが、それも無意味に等しい。何か別の方法を考えなくてはいけない。早急にだ。何としてもお嬢様をお守りしなくては」

 こくんとミカエルが頷く。ルネはリリィの膝の上で眠っている。そっとルネの前髪をよけて、リリィはまだこの家が幸せの象徴のようだった時の、今となっては遠い昔のような記憶を思い出す。

「昔は……前の奥様が生きていらした時は、お嬢様は何をする時も笑顔で、それはもうネイティア家の幸せの花といわれていたのに、それが……こんな、うぅっ、お嬢様……」

ミカエルはその様子をじっと見つめ、アルベルトに視線を移した。

「アルベルト、ルネに虐待をしていたのはこの家の夫人とその息子と、そのふたりが連れてきたという使用人なのだろう?奴らをこの家から出せば、ルネはもう安全なのではないか?」

 それを聞いて、アルベルトは残念そうに視線を落とした。
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