三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

文字の大きさ
11 / 82
第1章

1-11

しおりを挟む
 ミカエルは静かにルネに近付き、白銀の髪をひと房取った。何かを考え込むミカエルを他所に、三度部屋の扉がノックされる。続いて先程の若い女の声がこちらに訴えかけてきた。

「お嬢様。リリィはお嬢様が心配で堪らないのです。このままでは眠ることも出来ません。お嬢様、ご無礼を承知で、扉を開けさせていただきます。お叱りなら怪我の手当をした後でいくらでも聞きますから。……お嬢様、開けますよ?」

 ガチャ、という部屋のドアを開ける音がして、やがてふたり分の気配が部屋の中に入ってきた。

「お嬢様?」
「!?…誰だっ!」

 ルネの傍で片膝をつくミカエルに、アルベルトの怒声が飛んできた。
 アルベルトは剣を抜いて、背にリリィを庇うように立った。アルベルトから容赦なく突きつけられる殺気を、ミカエルは背で感じ取った。
 ミカエルはふたりに背を向けたまま深く息を吸い込んで、暗い空を仰いだ。

「良い月の日だな」

 その声に、アルベルトが僅かに反応したのを、ミカエルは彼の僅かな息づかいの変化で気付く。
 ミカエルはルネの顔を見下ろした。青い瞳は未だ固く閉じられ、しばらくは開かれそうにない。ルネの顔の輪郭を滑り落ちる、ざんばらに切られた髪を見てミカエルは、あとで綺麗に切りそろえてやらねばと思った。

「そ、その声、まさかお前……」

 ようやく絞り出したようなアルベルトの問いかけに、ミカエルは視線だけを向けて応えた。

「久しいな、友よ」

 声色に少しの迷いも感じられず、アルベルトは逆に警戒を強めた。
 息を呑むアルベルトの後ろでリリィが戸惑いを見せながら、ミカエルとアルベルトを交互に見やる。だが、ミカエルの足元で目を閉じるルネの姿を確認すると、リリィは衝動的にルネの元に駆け寄っていた。

「お嬢様っ!!」
「あ、リリィ殿!」

 リリィはミカエルの前に回り込み、すぐさまその姿を見て小さく悲鳴をあげた。

「なんてことなの!?お嬢様の髪が!こんな、こんなことっ……ああ、私のお嬢様が……!」

 リリィはルネの髪を見るなり涙を流した。窓にもたれるルネをリリィが抱きしめ、それをみたアルベルトはミカエルに向けていた剣を無意識に下ろして、ルネの姿を確認することが先とばかりに駆け寄った。

「これは…手のひらに何かで切られたような傷がある。それから手首に強く掴まれたような跡も」

 アルベルトはルネの頭のてっぺんから足の先まで素早く見やった後、眉間に深いシワを寄せてミカエルに言い寄った。

「ミカエル、何があったのか、君が見たことを全て話してくれ。君が何故この部屋にいるのかはその後で聞こう」

 ミカエルは静かに頷いた。


 ミカエルは自分の本来の目的は省いて、その緑の猫目で見た全てを彼らに話した。
 ルネが自ら自分の髪を切り裂き、挙句に目を潰そうとしていたことを聞いた時、リリィは言葉を失い、自分の主がそこまで追い詰められていたことに酷くショックを受けているようだった。

「私は、一体今までお嬢様の何を見ていたのでしょう...。何時でもおそばに居ると言いながら、私はお嬢様が本当に助けが必要な時に手を差し伸べることも、気付くことすらできなかったなんて……」
「リリィ殿だけの責任では無い」

静かに涙を流すリリィの肩をそっと支え、アルベルトが言う。だかその表情には強い憎悪が見えた。

「許せない。今まではあれでもこの公爵家の奥様とそのご子息だからと我慢してきたが、もう無理だ。いつかこの惨劇が終わることを望んで色々とおふたりには注意申し上げてきたが、それも無意味に等しい。何か別の方法を考えなくてはいけない。早急にだ。何としてもお嬢様をお守りしなくては」

 こくんとミカエルが頷く。ルネはリリィの膝の上で眠っている。そっとルネの前髪をよけて、リリィはまだこの家が幸せの象徴のようだった時の、今となっては遠い昔のような記憶を思い出す。

「昔は……前の奥様が生きていらした時は、お嬢様は何をする時も笑顔で、それはもうネイティア家の幸せの花といわれていたのに、それが……こんな、うぅっ、お嬢様……」

ミカエルはその様子をじっと見つめ、アルベルトに視線を移した。

「アルベルト、ルネに虐待をしていたのはこの家の夫人とその息子と、そのふたりが連れてきたという使用人なのだろう?奴らをこの家から出せば、ルネはもう安全なのではないか?」

 それを聞いて、アルベルトは残念そうに視線を落とした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...