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第1章
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「たしかに彼らがお嬢様に危害を加えていたから、そうすることが最善だとは思うが、まず追い出すだけの理由が無い。私たちだけでは到底難しい」
「ルネをここまで追い詰めているのだぞ。それだけでは足りないというのか」
「それはそうだが……」
(当主の意思が絶対ということか。使用人が何を言ったところで、不毛なわけだ)
「この家の人事権は奥様とご子息が担っています。下手をすればお嬢様を慕っている使用人が解雇されてしまう可能性もあります。それは何としても避けなくてはなりません」
リリィの言葉にミカエルはふむ、とまた考えに耽った。器用に人より短い足を組むその仕草は、壮年の人間の男のように思えてしまう。
その様子をじっと見下ろしながら、アルベルトは訝しむ。ミカエルは先程、ルネを虐めている人間の存在を前から知っていたかのように口にしていた。アルベルトやリリィが伝えていないことを、この家の秘密とも言える事情を、ミカエルは知っていたのだ。
(何故ここまでこの家の事情を知っている?お嬢様とどんな関係なんだ……?)
「そもそも、なぜそこまで夫人と息子はルネを嫌うのだ?義理とはいえ家族だろう?」
緑の猫目が鋭く2人を捉える。
「単純に奴らはルネのことを嫌っているだけなのか?」
ミカエルは、ルネにずっと聞きたくても聞けなかった問題の根源を尋ねた。だがミカエルが顔を上げた先で、アルベルトとリリィは困ったように顔を見合わせてしまった。
察したミカエルは、すまない、と一言言って、
「少々深入りしすぎたようだ。部外者の、いや他所様の家に無断で侵入するような無法者には、言えるわけないな」
と、2人から顔を逸らした。
その表情からは、感情が読み取れない。その面差しに影が落ちているようにも、アルベルトたちの事情をくみ取ってスッパリと割り切って前を向いているようにも見える。
ミカエルは喜怒哀楽の表現が表に現れないようだ。
「誤解しないでくれ、ミカエル。君のことをそんな風に思って言えない訳では無いんだ。ただ、これはその、あまり口外するべきでは無いというか」
「分かっている。君が私のことを突き放せるような、冷たい人間では無いことくらい。君は優しすぎるなアルベルト。言えないことなら、はっきり言えないと言ってくれていい。無理に聞こうとは私も思わない」
「ああ。悪いな、気をつけるよ」
アルベルトはどこかほっとしたように頬をゆるめて答えた。
「ルネは今後どうなる?」
「そうだな。とりあえず奥様たちとは極力顔を合わせないようにするしか」
アルベルトの答えに、ミカエルは不満を抱いた。
(ぬるいな。アルベルトはどうにもこの現状を甘く見ているようだ。もっとも、本人は本気で考えているのだろうが)
ミカエルはその不満と不安を内に秘めたまま、アルベルトに問うた。
「同じ家にいるのに、出来るのか?」
「……可能な限り最低限に済ませられるように善処するよ」
「……ああ」
だがアルベルトも、会話を交わしながら心では分かっていた。
そんなものは一時しのぎに過ぎず、根本的解決には至っていないことを分かっていながら、しかし何をどうするべきかあぐね果てていた。
ミカエル達が話をしている間に、リリィはルネの手当を進めている。特に酷かった手のひらの切傷を見て、リリィはまた泣きそうになった。
「お嬢様は、ご自分の目を潰した後……その後どうするおつもりだったのでしょう……」
「リリィ殿、それは」
リリィは声を震わせながら訴えた。
「このまま目を覚ましたとしても、状況は何も変わっていません。奥様方とお嬢様を完全に会わないようにすることは無理です。それに、奥様方の行動を、私たちで止めることなんて出来ませんよ。今回のように私たちが目を離した隙に、もっと酷い目に合わされるかもしれません。その事に気付いたら、お嬢様はまた同じことを繰り返すのではありませんか?今回はミカエル様が運良く助けてくださったから良かったものの、もし、お嬢様が既に生きることを諦めていたら、私たちには一体何ができるのです……?次同じことが起こった時、私はお嬢様を繋ぎ止めることができるのかしら?私は、お嬢様が絶望を抱えていると知りながら、それでも生きてほしいと、そんな無責任なこと、言いたくありません」
「ルネをここまで追い詰めているのだぞ。それだけでは足りないというのか」
「それはそうだが……」
(当主の意思が絶対ということか。使用人が何を言ったところで、不毛なわけだ)
「この家の人事権は奥様とご子息が担っています。下手をすればお嬢様を慕っている使用人が解雇されてしまう可能性もあります。それは何としても避けなくてはなりません」
リリィの言葉にミカエルはふむ、とまた考えに耽った。器用に人より短い足を組むその仕草は、壮年の人間の男のように思えてしまう。
その様子をじっと見下ろしながら、アルベルトは訝しむ。ミカエルは先程、ルネを虐めている人間の存在を前から知っていたかのように口にしていた。アルベルトやリリィが伝えていないことを、この家の秘密とも言える事情を、ミカエルは知っていたのだ。
(何故ここまでこの家の事情を知っている?お嬢様とどんな関係なんだ……?)
「そもそも、なぜそこまで夫人と息子はルネを嫌うのだ?義理とはいえ家族だろう?」
緑の猫目が鋭く2人を捉える。
「単純に奴らはルネのことを嫌っているだけなのか?」
ミカエルは、ルネにずっと聞きたくても聞けなかった問題の根源を尋ねた。だがミカエルが顔を上げた先で、アルベルトとリリィは困ったように顔を見合わせてしまった。
察したミカエルは、すまない、と一言言って、
「少々深入りしすぎたようだ。部外者の、いや他所様の家に無断で侵入するような無法者には、言えるわけないな」
と、2人から顔を逸らした。
その表情からは、感情が読み取れない。その面差しに影が落ちているようにも、アルベルトたちの事情をくみ取ってスッパリと割り切って前を向いているようにも見える。
ミカエルは喜怒哀楽の表現が表に現れないようだ。
「誤解しないでくれ、ミカエル。君のことをそんな風に思って言えない訳では無いんだ。ただ、これはその、あまり口外するべきでは無いというか」
「分かっている。君が私のことを突き放せるような、冷たい人間では無いことくらい。君は優しすぎるなアルベルト。言えないことなら、はっきり言えないと言ってくれていい。無理に聞こうとは私も思わない」
「ああ。悪いな、気をつけるよ」
アルベルトはどこかほっとしたように頬をゆるめて答えた。
「ルネは今後どうなる?」
「そうだな。とりあえず奥様たちとは極力顔を合わせないようにするしか」
アルベルトの答えに、ミカエルは不満を抱いた。
(ぬるいな。アルベルトはどうにもこの現状を甘く見ているようだ。もっとも、本人は本気で考えているのだろうが)
ミカエルはその不満と不安を内に秘めたまま、アルベルトに問うた。
「同じ家にいるのに、出来るのか?」
「……可能な限り最低限に済ませられるように善処するよ」
「……ああ」
だがアルベルトも、会話を交わしながら心では分かっていた。
そんなものは一時しのぎに過ぎず、根本的解決には至っていないことを分かっていながら、しかし何をどうするべきかあぐね果てていた。
ミカエル達が話をしている間に、リリィはルネの手当を進めている。特に酷かった手のひらの切傷を見て、リリィはまた泣きそうになった。
「お嬢様は、ご自分の目を潰した後……その後どうするおつもりだったのでしょう……」
「リリィ殿、それは」
リリィは声を震わせながら訴えた。
「このまま目を覚ましたとしても、状況は何も変わっていません。奥様方とお嬢様を完全に会わないようにすることは無理です。それに、奥様方の行動を、私たちで止めることなんて出来ませんよ。今回のように私たちが目を離した隙に、もっと酷い目に合わされるかもしれません。その事に気付いたら、お嬢様はまた同じことを繰り返すのではありませんか?今回はミカエル様が運良く助けてくださったから良かったものの、もし、お嬢様が既に生きることを諦めていたら、私たちには一体何ができるのです……?次同じことが起こった時、私はお嬢様を繋ぎ止めることができるのかしら?私は、お嬢様が絶望を抱えていると知りながら、それでも生きてほしいと、そんな無責任なこと、言いたくありません」
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