三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第2章

2-8

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 2人は朝食を食べ終えて片づけを済ませると、外に出た。玄関を出て木の階段を数段降りる。ミカエルはルネに家の前に立つように促し、ミカエルはルネの前に立った。
 その面差しは真剣そのものといった風で、口を挟む隙も無い。

「さあ、君が今できる精一杯の魔法を見せてみなさい」
「あの、本当にやるのですか?」

 ミカエルはうむと頷いてみせた。
 憂鬱でならないルネは、深いため息と、冷や汗をかく。緊張しているのだ。同時に怯えてもいる。失望されやしないかと、不安で暗い気持ちがもこもこと泡のごとく生まれていくのを、だがルネは気付かない。
 どうしたらいい、何を見せれば目の前の猫は満足してくれるのだろう。そればかり考えてしまう。

「ルネ。大丈夫だ。これは君を格付けるためのものではない。ただ今君がどういう状況なのか、見極めたいだけだ。君が何をしたところで、私の中の君の印象は傷付かない」

 ミカエルには、人の心を読む魔法も使えるのだろうか、と不毛なことを考えてしまう。それほどまでに、彼はルネのほしい言葉をほしい時に与えてくれる。
 ルネは大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐いた。緊張で震える手には汗が滲み、心なしか震えているようにも感じられる。でも、彼がそう言ってくれるのなら。

「いきますわ」

 ミカエルの双眸が細められる。見定められている緊張感の中、ルネは随分と久方ぶりに魔方陣を展開した。

「風よ、我の視界に見える木々に揺らぎを与えよ!」

 詠唱を終えた瞬間、魔方陣が青白く光り、霧のように散った。
 それは一瞬のことだった。
 霧散した光に導かれるように、木々が葉を揺らした。
 わずかに音が聞こえる程度に、だが。
 ルネが膝からくずおれる。俯いていて、垂れた前髪からは表情が見えないが、明らかに落ち込んでいる雰囲気を全身から醸し出していた。

「ごめんなさい」
「何故謝る?」

 令嬢にはあり得ない、地に手を付いて謝るルネにミカエルはそっと自分の手を差し伸べて問い掛けた。

「やっぱり駄目でしたわ。私、何も出来なくて…」
「木の葉を揺らして見せたじゃないか。詠唱通りだ。よく出来ている」
「でも!」
「でも、そうだな。自分の身を守るにはかなりの実力不足は否めないな」

 クスリと笑ったミカエルの手は取らず、ルネは口を尖らせて無視した。ミカエルはおや、とおどけたような声で肩を竦めた。ルネは頬を赤くして、恥ずかしそうにミカエルを睨む。

「もう!意地悪ですわよミカエル様!分かったでしょうこれで。私が本当に魔法が使えないことが」
「ああ、分かった。君がやはり無意識のうちに力を制限してしまっていることが」
「は……ミカエル様!ふざけないでください!」

 勢いよく言い返するルネの姿は新鮮で、ミカエルは笑みを堪えきれない。

「ミカエル様?何を笑っておいでですの?私は真剣なのですよ!」
「心外だな。私も真剣だ。ただ、君のこんな荒ぶる姿は初めて見たから、楽しくて、ついな。すまない」

 それを聞いたルネは、また恥ずかしそうに頬を染めて、そっぽを向いた。本当に意地悪だわ、とルネは唇引き結ぶ。目を合せてくれなくなったルネを、ミカエルが優しく呼ぶ。そのバリトンで呼ばれると、吸い込まれるように目が声のするほうに行ってしまう。2人は再び視線を通わせた。ミカエルが満足したような笑みで言葉を継いでいく。

「ルネ。君は魔法を使うとき、何かをとても恐れているのではないか?」

 ミカエルの目の前で、ハッと目を見開くルネの姿があった。
 自分が何かを恐れている。そのことにルネは今初めて気付いたのだった。



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