三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第2章

2-31

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 ルーカスはごくりと息をのむ。

(やはり一筋縄ではいかないか)

 努めて冷静に、口を開いた。

「その前に詳しい話をきいてくれませんか」
「ええ、もちろん」

 ハリスが目を閉じて頷く。クラリスは面白そうに扇子の下で笑った。目尻がいやらしく下がっている。

「クラリス様のおっしゃる通り、今娘のルネが行方不明でして、もう2ヶ月は経ちます。今日まで我がネイティア家の力で捜索してきましたが、未だ手がかり1つ見つけられず。ルネは我が家の正統後継者です。その彼女が居場所が分からない、誰に攫われたのかも分からない、生きているのかさえ分からないのです。でも私は諦めきれない。正統後継者がいない家の未来などたかが知れている。ここはもう公爵家のお2人に協力を申し出るしかないと」

 ハリスが指で顎を触りながら、伺うようにルーカスを見やる。

「それで私たちを集めたと?」
「ええ」
「何故もっと早く言わなかった?公爵家の人間が誘拐、かなりの大事件だと思うが?」
「それは……」

 俯くルーカスに、ハリスは肩をすかしてあきれた様子だ。

「自尊心が高いことは結構だが、それは今のお前の状況で必要なものなのかね、ネイティア家当主、ルーカス」

 ルーカスはたっぷりの沈黙の後、否定の言葉を口にした。

「お前の言う通りだ、ハリス」

 2人は旧知の仲だった。友人と呼べる間柄ではなかったが。
 ルーカスは意を決して、頭を下げた。

「頼む。ルネの捜索に協力してくれ。条件なら聞こう。出来る限りのことをする」

 ハリスとクラリスは、珍しい光景を目に焼き付けておこうとばかりに、彼を凝視した。

「クラリス様、貴女はどう思われますか?」
「ふふ、ここまでされてはね、断れないわよ。条件、条件ねえ、どうしようかしら。ハリス様、お先にどうぞ」
「ふむ。ではこうしよう」

 ルーカスが顔を上げる。その表情は戦々恐々としていた。

「工場の運営権利を貰おう。そうだな、お前が前に自慢していた魔道具の生産工場がいい」
「なっ」
「あっはは!ふふふふ。それ、あたくしもいただきたいわ。でも、そうねえ、あとは、やっぱり土地かしら。あのラバンって街とか、あたくしの方がうまく発展させられると思うの。そのあたりをいただきたいわ。それから、ネイティア家の領土を通る時の関税も撤廃していただきたいわね。あたくしの領土から王都までは貴方の領土を通って行かないといけないから」
「待て、待て待て、待ってくれ!」
「あら何かしら」
「何って、それはさすがにやりすぎでは?それを呑んだら、ネイティア家は破産してしまう!」
「娘の命よりも大切なものがあるかね、ルーカス」
「それとこれとは話が別だ!」
「何が違うというの?あたくしはね、少々貴方に呆れているのよ」
「は?」

 ルーカスの眉間の皺が深くなったことにクラリスは気付いたがどこ吹く風で言葉を継いだ。

「貴方、本当にルネ様を心配しているの?貴方の言動をずっと見ていたけれど、見栄を張る行動ばかり。ここ最近は特にね。公爵家だから、大魔法使いの弟子だからって。実の娘が誘拐されたのによ?実際、何も手掛かりが掴めていないのに、協力を申し出るのが今だなんて。遅すぎると思わないの?あたくしには、貴女が別の何かを気にしているようでなりませんわ。それに、正統後継者ってなんですの?心配なのはルネ様ではなく、ルネ様の正統後継者という肩書なのかしら。それでしたら、ディストール様を一時的に後継者に置けばよいのではなくて?」
「それは駄目だ」

 俯いて表情が見えないルーカスにハリスが訊ねる。

「何故だ?」
「正統後継者は、ルネでなくてはいけない。そう決まっているんだ」
「誰が決めた、そのようなこと」

 ルーカスは応えない。ハリスとクラリスはお互いの顔を合わせ、合わせたように席を立った。

「待て、どこへ行く?」
「これ以上話をしても無駄なようですから」
「あたくし達も、暇じゃないのよ」
「待ってくれ、協力の話は!」
「お前の態度が変わらない限り、協力はしない。お前は、公爵家の当主である前に、人の親として失格だ」
「愛情ってものを知らないのね。可哀そうなルネ様」

 バタン、という扉が閉まる音が、ルーカスを絶望に突き落とす。
 
「親として失格だと?この私が」

 ルーカスは憤怒を体現するように、テーブルに置かれた食器をクロスごと乱暴に払い落とした。
 騒ぎを聞きつけた執事が何事かとルーカスに近付く。彼はその執事の胸倉掴んで叫んだ。

「王に謁見の許可を申請しろ!今すぐにだ!」


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