三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第2章

2-38

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「実は、ずっと言おうか迷っていたことがある」

 ミカエルはそのふわふわした猫の手で、カップを器用に持ち上げココアを一口嚥下する。
 彼にしては珍しく緊張した様子だ。

「今日、リリィと話をした時、君は今どこにいるのかと聞かれたんだ」
「はい」

 ルネは、リリィなら、ずっと面倒を見てくれていた彼女ならそう聞くのも容易に想像できると思った。彼女が心配しているだろう姿も。

「私はそれには答えなかった。彼女も、こちらの意図を察して引き下がってくれた。だが」

 ミカエルはルネを見つめる。そのペリドットが迷いで揺れているように、ルネには見えた。

「彼女になら話してもいいかと思ったんだ。それからアルベルトにも」
「アルベルトですか?」
「ああ。友人として、彼は信用できる。リリィもアルベルトも、君のことを心配している。きっと、君のことを思わない日はないだろう。それだけ君は慕われていたし、それはこの先も変わらない、と私は思う。君の意見を聞きたい。ルネ、君がまだ怖いと思うのなら、この話は無かったことにしよう。私も忘れることにする。どうする?」

 ルネはまっすぐなミカエルの瞳から目を逸らした。自分と向き合うために、自分がどうしたいのか、問いかけるために。

「私は……正直、まだ怖いです。街の様子を見たことはありませんが、お父様はまだ諦めていないのでしょう?私はその執着が怖いです。私に対してじゃない、正統後継者という肩書に対する異常な執着が、まだ怖いです。でもリリィ達を放っておくこともしたくないです。私は……私はリリィとアルベルトに居場所を伝えてもいいと思います」
「不安じゃないか?」
「不安はあります、ずっと。でも、ミカエル様がいらっしゃるから。一緒だから、ちょっとだけ、心も強くなりました。それに、この場所も、私のこともミカエル様が守ってくださるんでしょう?」
「ああ」

 ルネは真面目に答えるミカエルに、クスリと笑う。

「私の魔法も強くなりました。まだ完全に使いこなせているわけではありませんが、何も出来なかった私はもういません。今なら、お父様にたてつくことも出来ちゃうかも」

 ルネは気丈に笑ってみせる。

「無理はしてないか?」

 ルネは首を横に振る。

「してません。本当に大丈夫です。リリィとアルベルトに、私たちの居場所を伝えましょう?私もずっと考えていたんです。ミカエル様から私を攫った当時の話を聞いてから、リリィとアルベルトに何か感謝の言葉を伝える術は無いかって。ミカエル様。私、手紙を書きます。それをミカエル様からリリィとアルベルトに渡してください」
「手紙?」
「はい。街にはまだ行ってはいけないのでしょう?でも私が生きていることを直接伝えないと、本当の意味で2人は安心できないと思うんです。だから」
「手紙なら、筆跡で君だと分かるということか」
「はい」
「だが証拠が残る。読んだら燃やして破棄してもらうことになるが、それでもいいか?」
「はい」
「分かった」

 ミカエルはおもむろに立ち上がり、ルネを見下ろして言った。

「手紙を書くなら、便箋が必要だな。ペンとインクはまだあっただろうか?」
「はい。私の部屋にあります」
「なら、早速便箋を買ってこよう。ルネ。隣国へ買い物だ」

 ミカエルが手を差し伸べる。これまで何度も握ってきたこの柔らかい手が、ルネにいつだって勇気をくれるのだ。

「はい!」

(大好きなミカエル様。リリィとアルベルト。全部、私が守れるようになる)

 ルネは新たに誓いを胸にたてたのだった。

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