三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第2章

2-37

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「また、新しいビラが配られていた。と言っても、前からほとんど内容は変わっていない。ルネ、君の容姿と行方不明になった日時、肖像画は、新しくなっていた。君のその特徴的な瞳がよく映えている」
「そんなことはどうでもいいのです。お父様、まだ諦めていないのですね」
「相当躍起になっているな。もう国中の掲示板には君の捜索願が張り出されているようだ。ギルドにもしょっちゅう新しいビラが入ってくるそうだ」

 ルネは唇を引き結んで俯く。ミカエルに攫われて1年。ルーカスの暴走とも言える捜索は、続いている。

「だが、安心しなさい。私の情報はまだどこぞの泥棒猫としか書かれていない。きっと、リリィやアルベルトが庇ってくれているおかげだ。君の義兄も、私の容姿まではあまり覚えていないようだしな」

 きっと彼がミカエルの顔をはっきりと覚えていたら、もっと捜索はスムーズに出来ただろう。だが、あの時の彼は泥酔していた。あの時の記憶が記憶が曖昧である可能性は十分にある。

「でも、お義兄様はともかく、お義兄様のメイド達は?彼女たちもミカエル様を見ていたのでしょう?」
「そうだな。だがあの時は真夜中で、私は月の光を背に彼らを見ていた。顔は影になってはっきりと見えなかったのかもしれない」
「そうですか」

 ルネは再び俯いてしまった。ミカエルが安心させるようにその手を握る。

「大丈夫だ。私たちは捕まらない。ずっと一緒だ」
「……はい」

 ルネがやっと笑ったことに満足したのか、ミカエルはすっと立ち上がった。

「ココアでも入れよう。今日は特に任務の予定も無し。ゆっくり過ごそう」
「はい、ミカエル様」

 そう言ってキッチンに向かうミカエル。だが彼には引っかかっていることがあった。

(リリィのあの様子。相当心配をさせていたんだな。ルネと直接会わせることはかなりのリスクを伴う。どうにかしてやりたいが……)

「ミカエル様?」
「なんだ?」
「いえ、何か考え込んでいるようでしたので。やっぱり今日街で何かあったのですか?」

 ミカエルは一度ルネから視線を外して、手元の空のカップを見ながら小さく口を開いた。

「今日、実はリリィと話をしてきたんだ」
「え!?」
 
 ココアの粉を戸棚から出していたルネは、思わずその手から粉の袋を落としそうになる。

「な、え、どうして」
「元々、今日はそのつもりで街に行ったんだ。彼女は君を私に託した本人だから。きっと心配しているのではないかと思って」
「それって、今までも何度かそうやってやり取りをされていたのですか?」
「いや、今日が初めてだ。もう君を攫って1年が経つ。そろそろ伝えなければと思っていたんだ。幸い捜索は難航しているようだし、大丈夫だと思ってね」

 ルネは少しの怒りを覚えた。

(どうして?どうしてそんな大事なこと、私に相談してくれなかったの)

 だがそれは、口にするのは憚られた。理由が嫌なほど理解できるからだ。ミカエルは徹底的にルネを逃がそうとしてくれている。

 ルネは空のカップをミカエルから受け取り、その中にココアの粉と、砂糖、温めたミルクを入れていく。

「それで、リリィにはなんて伝えたのですか?」
「ルネは生きているから、安心しなさいと」
「そうですか」

 しばしの沈黙が2人を包む。

「やはり、怒っているか?私が勝手に色々と進めてしまったこと」
「分かっているなら!……分かっているなら先に相談くらいしてください」
「すまない。心配させたくなくて」
「分かっています。でも、寂しいです。何も言われないのは。1年も一緒に居るのに」
「そうだな。すまなかった」

 ミカエルは少しだけ目を伏せる。

「私は、もう少し君を大人として見ていいのかもしれない」
「え?」

 ルネが顔を上げると、ミカエルはルネからココアのカップを取り、テーブルに置く。そして自分が座った席の前に座るよう、ルネを促した。
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