三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第2章

2-36

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「この声、あの時の!」

 リリィは咄嗟に建物の影に隠れ、小声で聞いた。

「お嬢様は!?お嬢様はご無事なのですか!?」
「安心しなさい。ちゃんと生きている」
「よ、よかった……」

 リリィはその場にへたり込む。涙を浮かべた双眸に、ミカエルはリリィが本気でルネを心配していたことを確認した。

(やはり彼女なら信用できる)

「今日はそれを伝えに来たんだ」
「あ、あの!今日、旦那様がお嬢様の肖像画を」
「ああ、知っている」

 ミカエルは先程もらったビラを見下ろしながら頷いた。

「心配はいらない。見つからないように最大限注意しているから」
「お嬢様は今どちらに……?」

 ミカエルはしばし逡巡した。

「ごめんなさい。聞いてはいけませんでしたね」
「すまない。私も言って良いか迷っているんだ。だが、まずはルネに確認する方が先だ」
「そう、ですね」

 するとリリィは、涙を流しながら笑った。

「どうした」
「いえ。すみません。ずっと、ずっと悩んでいたんです。あの時あなたにお嬢様を託して良かったのか。私の判断が最悪な方向に向かっていたらどうしようって。でも、私は間違ってなかったんですね。あの時、あなたにお嬢様を託して良かったんですね。あなたで良かった。本当に、ありがとうございます」
「……いや。私こそ」
「え?」
「何でもない。私はもう行く」
「あ……」
「また、連絡するよ」

 それを最後に、耳に響くバリトンは聞こえなくなった。終始、どこから魔法を飛ばしてきているのか分からなかった。気配を追えないようにされていたのだ。

「本当に、凄い方なんだわ」

 ぽつりと呟く。
 閉じた瞼の裏には、今も鮮明に彼女の使える主の顔が浮かぶ。

「リリィ殿」

 不意に呼ばれて、リリィは慌てて地面に置いていた洗濯籠を手に持った。

「こんなところにいたのですね」
「アルベルト様。こんにちは。何か御用でしたか?」
 
 訊ねるとアルベルトは頭をかいた。

「いや、そういうわけでは無いんだが。最近奥様から嫌がらせを受けていると聞いて」
「ああ。こんなの、お嬢様が受けていたものに比べたら全然。ご心配ありがとうございます」
「いや……」

 アルベルトは申し訳なさそうに眉尻を下げている。リリィは努めて笑顔で告げた。

「ではアルベルト様、こちらを持っていただけますか?」

 そう言ってリリィは持っていた洗濯籠をアルベルトの前に差し出す。

「そのくらいならお安い御用だ」
「ふふ。歩きがてら、奥さんの話も聞かせてください」
「はは。もちろんだ」

 アルベルトの機嫌を取るには彼の妻についての話を聞くことが1番だった。彼は超が付くほどの愛妻家であった。数年前に開かれた彼の結婚式でその相手を見た時は驚いたものだ。
 彼の妻は兎の獣人だったのだ。だが珍しいことでもなかった。昨今では獣人の恋人や婚約者を持つ人間も、リリィの周りに増えている。
 アルベルトは本当に幸せそうに最近の妻との会話について話をしてくれる。リリィはそれを聞きながら、先程のミカエルとの会話を思い出すのだった。

『安心しなさい。ちゃんと生きている』

 それはリリィの、この1年で最も聞きたかった言葉だった。
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