三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

文字の大きさ
55 / 82
第3章

3-3

しおりを挟む
 ドアが開く音に、ルネは弾かれたように振り向いた。

「ミカエル様、おかえりなさい!」
「ただいま」

 ミカエルが街から戻ってきた。ルネはいつも以上にそわそわして訊ねた。

「ミカエル様、あの、リリィとアルベルトには」
「ああ、ちゃんと手紙を届けてきた。今頃読んでいるんじゃないかな」
「そうですか。良かった……」

 ルネはほっと胸をなでおろす。リリィもアルベルトも、ネイティア家に近付かなければ会えない。ミカエルが魔法で届けるから接触はしないと言っていたが、それでも心配だった。いつも街に行くミカエルを見送る時よりもずっと、ルネの心臓は緊張で高鳴っていた。

「これでリリィ達が安心してくれるといいのですが」
「きっと大丈夫だ」

 ミカエルは眉を下げるルネの気を紛らわせるようにキッチンに向かう。そこでフォークとスプーンを2人分持って戻ってきた。

「ルネ。昼食にしよう。街で少し、買い物をしてきたんだ。君の好みのデザートも買ってきた」

 差し出された手を、何のためらいもなくとる。ミカエルは誘うようにルネを低い丸テーブルに座らせた。彼のこういう仕草を何度も見てきたが、その度に紳士的で緊張してしまう。最初はこの感情が何なのか分からなくて戸惑っていたが、今では感情の名前などどうでもよくなってしまった。ミカエルが手を差し伸べてくれる。それだけでルネは嬉しいのだ。

「今日はオムレツとプリンを買ってきた」
「まあ、美味しそうですね!ありがとうございます、ミカエル様」

 そうして他愛のない話をしているうちに、ルネの笑顔が戻ってきた。ミカエルが満足そうに頷く仕草に、ルネは首を傾げる。

「ミカエル様?」
「なんだ」
「いえ。なんだか嬉しそうでしたので」
「そうか?」
「はい」

 ミカエルは顎に緩く指をあてた。と、その時。首から下げていた身分証のカードが、僅かに震えた。
 ミカエルは来ていた黒いシャツの下からカードを取り出し、数秒それを見つめた。

「任務ですか?」
「いや、手配書のお知らせだ」
「手配書?」

 手配書とは、お尋ね者の指名手配書のことだ。これは新しいものが入るたびに、カードに情報が送られ情報提供を促している。
 嫌な予感にルネの表情がまた曇っていく。

「まさか」
「違う。私じゃないな。これは、狼の獣人だ」
「そ、そうですか」

 ルネは詰まっていた息を吐き出した。

「アルベルト達が口を割ったとしても、今日の今日では早すぎる。大丈夫だ。彼らがむやみに君を危険な目に合わせるわけがないだろう」
「そうですね」

 それでもルネの表情は変わらない。
 やはりやめておくべきだったか、とミカエルは考えた。だが、彼女がリリィやアルベルトに手紙を書いている時は、とても楽しそうだった。その感情が、嘘だとは思えない。ただ心配事は増やしてしまったかもしれない。これをきっかけに彼女の物事を悪い方向に考える癖が出てこなければいいが。

「リリィ達はそんなことしませんわよ。大丈夫ですよね。ね、ミカエル様」

 ミカエルはルネのその言葉に、少し驚いて目を見開いた。少し前だったら、何でも最悪のことを考えて落ち込むことを繰り返していた彼女が、希望を口にしたのだから、驚くほかはない。
 ルネは、ミカエルのもとで確実に良い方に成長をしている。ミカエルはそれを確信してなんだか誇らしくなった。

「そうだな。そうやって彼らを信じてやれ。少しだけでもいいから」
「はい。信じてみます」

 いつだか、ルネの魔力が暴走した時ミカエルは、「信じることが難しければ、言葉を素直に受け取る努力をしよう」と言った。ルネはそれからミカエルの言葉をまっすぐに受け止めようと、褒めれば謙遜ではなくお礼を言うようにしてきたし、魔法の特訓の時も任務の時も、ミカエルの言葉を何でも覚えて自分の身にしてきた。ミカエルの言ったことに関しては、大分信じられるようになってきたとミカエル自身も思っていたが、どうやらルネはミカエルが思っている以上に成長をしているらしい。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...