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第3章
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その夜、ミカエルはいつもよりも遅くまで起きていた。ルネのことで、やはり心配事があったからだ。
暖炉の火が弱くなってきたので、外に薪を取りに行こうとクッションから立ち上がった時、それは現実になった。
とっくに眠りについたルネの部屋から何かが落ちる音がした。ミカエルは玄関に向かっていた足をとめ、2階に上がる階段に向かう。ルネの部屋の前で止まり、控えめにドアをノックした。
返事はない。でも、いつものことだ。
「ルネ、入るよ」
ゆっくりと開けたドアの先には、ベッドから転げ落ちたルネがむくりと起き上がる姿があった。まるで屋敷で初めて目が合ったあの時のように、荒んだ瞳を呆然と開き、こちらを視認しているのか分からない視線をミカエルに向ける。あの時と違うのは、彼女の青い双眸から涙が静かにこぼれているという点。
ルネが眠っている間に泣くときは、いくつかのパターンがあった。主に夢を見た後にハッと起きて泣くか、こうして夢に侵されながら音もなく涙を流すかのどちらかだったが、今回は後者のようだ。どちらにしてもミカエルの音に敏感な耳が、ルネの悲しみを拾うので気付かないということは無い。
ミカエルはルネに歩み寄り、そっと両手を差し出した。
「抱き上げてもいいかい。床は冷たいだろう」
返事はない。しゃがんだミカエルを目で追っていることから、意識は無くともミカエルのことを認識していることがわかる。ミカエルはルネの背中と膝の裏に腕を回し、軽々と彼女を持ち上げてベッドに寝かせた。布団をかけ、まだ止まらない涙をそっと拭って頭を撫でてやる。
「今日はどんな夢を見たんだ」
ルネはやはり答えなかった。ミカエルの撫でる手が気持ちいいのか、何度か瞬きをしたあと、彼女は眠ってしまった。
ミカエルは短めのため息をつく。
「やはり、手紙のことが気がかりなのか。口では信じると言ったものの、それをするのは存外難しいのかもしれないな」
(私も、本当にこれでよかったのか、迷っているくらいなのだから)
だがミカエルはその不安を決してルネの前で口にはしないと決めていた。自分がそれを吐露してしまったら、ルネが今まで努力してせき止めていた沢山の不安な感情が、一気に流れ出てしまうような、彼女が彼女でいられなくなるような、そんな気がしているのだ。だから、自分だけはどこにいてもぶれない芯であろうとした。彼女のよりどころであろうとした。
ルネが壊れるところなど見たくない。ルネは今、頑張って強くなろうとしている。実際心も体も、魔法も強くなっている。それを台無しにしたくない。
ルネと会ってから、ミカエルの中でルネの存在が日に日に大きくなっている。ミカエルはその感情を持て余していた。ただ、目の前の少女が心穏やかに過ごせる日が続けばいいと願う。
「おやすみ、ルネ」
ミカエルはしばらく、彼女の傍らで涙を拭っていた。
目を覚ました先にミカエルがいたことから、ああ、またやってしまった、と後悔する。
ベッドから起き上がったルネは、椅子に座って船をこぐミカエルの肩を揺らした。
「ミカエル様……ミカエル様」
ミカエルの耳がぴくんと跳ねた。顔をゆっくりと上げ、ミカエルは欠伸をしながらルネを見上げた。
「ルネ、どうした。まだ起きるには早いだろう」
その仕草に、いつもは紳士的な彼の、他には見せない一面を見た気がしてルネはくすりと笑う。
「ええ。だからミカエル様も、ベッドに行ってください。私はもう大丈夫ですから」
ミカエルはルネの表情を見つめ、安心したように息をもらす。
「分かった」
ドアノブに手をかけ、ミカエルが振り返る。
「おやすみ、ルネ」
「おやすみなさい、ミカエル様」
静かにドアが閉まった。その瞬間ルネは自分の顔の温度が急上昇していくのを感じて、ベッドにもぐりこんだ。
(もう、いい加減、子供じゃないんだから。寝ている間に泣くだなんて。ミカエル様には隠し切れないし、ああ、早く治らないかしら、この癖)
暖炉の火が弱くなってきたので、外に薪を取りに行こうとクッションから立ち上がった時、それは現実になった。
とっくに眠りについたルネの部屋から何かが落ちる音がした。ミカエルは玄関に向かっていた足をとめ、2階に上がる階段に向かう。ルネの部屋の前で止まり、控えめにドアをノックした。
返事はない。でも、いつものことだ。
「ルネ、入るよ」
ゆっくりと開けたドアの先には、ベッドから転げ落ちたルネがむくりと起き上がる姿があった。まるで屋敷で初めて目が合ったあの時のように、荒んだ瞳を呆然と開き、こちらを視認しているのか分からない視線をミカエルに向ける。あの時と違うのは、彼女の青い双眸から涙が静かにこぼれているという点。
ルネが眠っている間に泣くときは、いくつかのパターンがあった。主に夢を見た後にハッと起きて泣くか、こうして夢に侵されながら音もなく涙を流すかのどちらかだったが、今回は後者のようだ。どちらにしてもミカエルの音に敏感な耳が、ルネの悲しみを拾うので気付かないということは無い。
ミカエルはルネに歩み寄り、そっと両手を差し出した。
「抱き上げてもいいかい。床は冷たいだろう」
返事はない。しゃがんだミカエルを目で追っていることから、意識は無くともミカエルのことを認識していることがわかる。ミカエルはルネの背中と膝の裏に腕を回し、軽々と彼女を持ち上げてベッドに寝かせた。布団をかけ、まだ止まらない涙をそっと拭って頭を撫でてやる。
「今日はどんな夢を見たんだ」
ルネはやはり答えなかった。ミカエルの撫でる手が気持ちいいのか、何度か瞬きをしたあと、彼女は眠ってしまった。
ミカエルは短めのため息をつく。
「やはり、手紙のことが気がかりなのか。口では信じると言ったものの、それをするのは存外難しいのかもしれないな」
(私も、本当にこれでよかったのか、迷っているくらいなのだから)
だがミカエルはその不安を決してルネの前で口にはしないと決めていた。自分がそれを吐露してしまったら、ルネが今まで努力してせき止めていた沢山の不安な感情が、一気に流れ出てしまうような、彼女が彼女でいられなくなるような、そんな気がしているのだ。だから、自分だけはどこにいてもぶれない芯であろうとした。彼女のよりどころであろうとした。
ルネが壊れるところなど見たくない。ルネは今、頑張って強くなろうとしている。実際心も体も、魔法も強くなっている。それを台無しにしたくない。
ルネと会ってから、ミカエルの中でルネの存在が日に日に大きくなっている。ミカエルはその感情を持て余していた。ただ、目の前の少女が心穏やかに過ごせる日が続けばいいと願う。
「おやすみ、ルネ」
ミカエルはしばらく、彼女の傍らで涙を拭っていた。
目を覚ました先にミカエルがいたことから、ああ、またやってしまった、と後悔する。
ベッドから起き上がったルネは、椅子に座って船をこぐミカエルの肩を揺らした。
「ミカエル様……ミカエル様」
ミカエルの耳がぴくんと跳ねた。顔をゆっくりと上げ、ミカエルは欠伸をしながらルネを見上げた。
「ルネ、どうした。まだ起きるには早いだろう」
その仕草に、いつもは紳士的な彼の、他には見せない一面を見た気がしてルネはくすりと笑う。
「ええ。だからミカエル様も、ベッドに行ってください。私はもう大丈夫ですから」
ミカエルはルネの表情を見つめ、安心したように息をもらす。
「分かった」
ドアノブに手をかけ、ミカエルが振り返る。
「おやすみ、ルネ」
「おやすみなさい、ミカエル様」
静かにドアが閉まった。その瞬間ルネは自分の顔の温度が急上昇していくのを感じて、ベッドにもぐりこんだ。
(もう、いい加減、子供じゃないんだから。寝ている間に泣くだなんて。ミカエル様には隠し切れないし、ああ、早く治らないかしら、この癖)
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