三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第3章

3-5

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 翌日、ルネの日課の魔物狩りにミカエルの姿があった。いつもの時間に家を出ていこうとしたルネに、ミカエルから様子を見てみたいと言ってきたのだ。

「急にどうしたのですか」

 ルネが森の中でそう訊ねると、ミカエルは前を向いたまま答える。

「少し前に、コアを一人で破壊したと言っていただろう」
「はい」
「それで君がどれくらい強くなったのか、気になってね」

 これは建前だった。本音はルネが無茶をしていないか確認するためについてきた。だがそれを言うとルネは確実に不貞腐れてしまうので、ミカエルはあえて口にしなかった。彼女の機嫌を損ねたいわけではない。
 ちらりとルネの方を見ると、少し嬉しそうな顔をしていた。

「ルネ?」
「あ、すみません。ミカエル様に見ていただけるのが嬉しくて」

 ふふ、とルネは含み笑いをする。目尻に皺を寄せ口元を手で隠している。
 ルネはこの一年で感情表現が豊かになった。特にこうしてよく笑うようになった。彼女の笑顔を見ると、ミカエルの心も解けていくようにあたたかくなる。

「君を攫った時から、ずっと見ている」
「え?」

 ミカエルは顔を上げて、ルネを見た。紳士な三毛猫の表情はどこか挑戦的だ。

「さて。では見せてもらおうか」

 数歩下がったミカエルは、手でルネを促す。
 ルネは少し戸惑った顔で、それでも前に向き直り目を閉じた。
 二人の間を風が吹き抜ける。空気が変わった、ように感じたが、ルネの頭の中はぐるぐると混乱している。

(い、今のミカエル様の言葉……どう言う意味?……駄目、今は気にしない。ミカエル様に成長した私を見てもらうのよ)

 頭を振って雑念を吹き飛ばす。
 魔力を全身に巡らせる。1年前には出来なかったことも、今では息をするように簡単に出来るようになった。これもミカエルの教育の賜物だった。

(魔力は血液と同じ。全身に巡らせて神経を研ぎ澄ませ、魔物の気配を感じとる……)

 ミカエルに教えてもらったことを心の中で反芻する。
 魔物の気配はルネの斜め前、右側に一体分あった。距離はさほど遠くない。走ったら10秒程度でたどり着けるだろう。

「ミカエル様、いました。あっちです」

 魔物の気配の方角を睨めつけながら言う。視界の端でミカエルが満足気に頷いたのを確認した。

「行きます」

 言うなりルネは足の爪先に力を入れ、飛び出した。魔物の姿は草木に隠れて見えない。

(この場合、まずはどんな魔物なのか見極める為、距離を詰めながら攻撃の準備をする)

 足が土を蹴る度、魔物の気配も近付いている。すぐにでも魔法を繰り出せるように、両手に魔力を集中させた。ルネはミカエルの教えに忠実だった。
 魔物の気配が一定の距離まで近付いた。ルネは目の前の低い枝をかわしそのまま高く飛び上がった。
 視線を落とすと、子供の人型のような魔物の姿が見えた。
 ルネは両手を前に突き出し、瞬時に魔法陣を現す。今のルネに、もう詠唱はいらない。
 必要なのは、標的を突き刺すイメージ。
 魔法陣が淡く光りだした直後、そこから凄まじい勢いで風が吹き出した。ルネの手のひらから繰り出された突風は、真っ直ぐ魔物に向かう。
 魔物がこちらに気付く前に、背中に一撃を叩き込んだ。

「フギャ」

 魔物は攻撃を防ぐことが出来ずに吹き飛び、顔面から前方の木に激突した。木が衝撃で太い幹を揺らす。ルネは魔物の背後に降り立った。

「フギギ……」

 魔物がふらつきながら起き上がり、振り向いた。お互いの視線が交わる。ルネは冷静に次のすべき行動を思い出した。

(コアの場所)

 魔物がこちらを威嚇している。鋭い犬歯は口に収まりきらずにむき出しになっている。その顔の額部分、そこに緑に光る玉が見えた。魔物のコアだ。破壊すれば、魔物は消滅する。
 ルネはコアを見据えた。魔物がその視線に感づいたのか、臨戦態勢に入る。構えた魔物がルネを見上げた。怖くない。ルネは冷静にそれを見返した。

(私の方が、今は強い)

 
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