三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第3章

3-14

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 この家にひとり残されるのは、今でも慣れない。ミカエルが傍にいないことに言いようのない孤独感を感じる。自分一人の気配しかしない家の中で、ルネは何をするでもなくただぼうっと暖炉の火を見つめていた。

「寒いわ。ミカエル様、寒いの苦手って言っていたけど、大丈夫かしら。ちゃんと防寒して出たのかしら」

 ミカエルは今一週間ほど前に魔物を倒した街の様子を見に行っている。ついでに食料も少し調達してくると言っていた。ルネは念のため留守番を言い渡された。魔物退治で派手に動いてしまった為、もしかしたらルネの容姿を覚えている者がいるかもしれないからと、そう言ってミカエルは行ってしまったのだ。黒猫に変装をして。

「変装するなら、私も連れて行ってくれても……」

 思わず愚痴をこぼしたところに、玄関のドアが開いた。弾かれたように振り向くと、家を出て行った時と同じ黒猫の姿をしたミカエルが立っている。

「ミカエル様!おかえりなさい」
「……ああ」

 ミカエルはそれだけ言って、とぼとぼと丸テーブルまで歩きながら変装魔法を解く。
 いつもならルネの顔を見上げて微笑んでくれるのに、今日は何か落ち込んでいるような背中を見せた。

「ミカエル様?どうしたのですか?」

 ミカエルが立ち止まる。呆然と立ち尽くして、足元をぼうっと見ている。
 しばらく2人の間に沈黙が落ちた。先に口を開いたのは、ミカエルだ。

「すまないルネ。私のせいだ」
「え?何がです?」
「街に、私とルネの噂が広まってしまった」
「噂、ですか?」

 ミカエルが振り向いてルネを見た。そのペリドットの双眸はいつもよりも暗い。

「三毛猫の獣人と少女が魔物を倒したという噂だ。変装もせずに、魔法を使ってしまったのがまずかったのかもしれない」
「まあ……」

 空気が重い。ミカエルが後悔して落ち込んでいることがその背中からひしひしと伝わってくる。
 ルネはぐっと口を結んで、顔を上げた。

「ミカエル様。噂は噂です。それに、隣国でしょう?お父様も、そこまで捜索の手を広げるとは思えませんわ。それに、国を跨いでの捜索となれば国王様の許可が必要です。そう簡単にはいきませんわよ」

 それは、ルネの精一杯の励ましの言葉だった。ミカエルをなんとか元気付けられないかと言葉を選んだ。
 内心では、ルネも不安でいっぱいだった。イリス国でのルーカスの行動は異常ともいえるからだ。隣国の噂に食いついて、何かしらの行動を起こす可能性もある。でも、それでも今のミカエルを放っておくことは出来ない。
 ミカエルはいつでもルネを励まし続けてくれた。それを今、返すことが出来るのなら。

「それに、両親は私が魔法を使えることを知りません。きっとただの噂だと流してしまいますわ」
「そうだろうか」
「そうです!ミカエル様、そんなに気にしなくても……」
「気にする」

 食い気味に言い返され、ルネは思わず閉口した。
 ミカエルは双眸に少しの焦りを示していた。

「気にしないなんて無理だ。私は……。私は君にもっと笑っていてほしい。君をまた、あの屋敷に戻したくはない」
「ミカエル様……」

 ミカエルがルネに振り向いた。
 真っ直ぐに見つめられた大きなペリドットの瞳。宝石のような輝きに、今は陰りが見える。

「ルネ。謝らせてくれ。私のせいだ。君の不安要因を増やしたくなかったのに、私は君が、私の予想以上の成長を見せてくれたことにこの上ない喜びを感じて、他のことまで考えが至らなかった。すまない。私を許してくれ」

 ルネの両手をそっと握り、ミカエルが俯きながら謝ってくる。

(私のことで、そんなに喜んでくれていたなんて)

 ルネは床に膝をついて、目を伏せるミカエルの顔を窺った。

「ミカエル様、どうしたのです?ミカエル様らしくありませんわ。いつもの自信はどこに行ったのですか?」

 ミカエルは口元をぎゅっと力ませた。

「ルネ。不安ではないのか?」

 ルネは一瞬目線を下に落としたが、すぐにふっと目元をほころばせた。

「もちろん不安はありますわ。お父様が今何をお考えなのか、私には分かりませんもの。でも、何故だか前よりも暗い気持ちにはなりません。きっと、ミカエル様がいらっしゃるからですわ。私は、ミカエル様がいれば、大丈夫だと思えます。だから、ミカエル様も」

 ミカエルの柔らかい手を包み込むルネの手は、とても温かい。彼女がミカエルに信頼を置いていることは、その手の温もりから伝わる。

「まだ私では力不足かもしれませんが……。でも1人ではありません。ね?ミカエル様」

 ルネが花のような笑顔を見せた。ミカエルは意表をつかれて目を見開いた。
 ルネが、自分を励まそうとしている。今までに無かったことだ。いつもと逆の立場になった気分だ。
 いつだか、ルネが自分を助けると言っていたことを思い出した。

(もしかしたら、今私はルネに助けられているのか?)

 ミカエルはふっと目を閉じた。

(思えば、先の戦闘の時も、いやきっとずっと前から、彼女に救われていた部分があったのかもしれない)

「そうだな」

 ミカエルがルネの目を見た。

「私としたことが。何を不安に思うことがある?」

 その双眸には、もう暗い影は落ちていない。毅然とした声色で、ミカエルが挑戦的な笑みを浮かべる。

「ルネ、改めて言わせてくれ」
「はい」
「私は君を守る。君と一緒に、どこまでも逃げてみせよう」
「っ、はいっ!」

 ルネに包まれていた手を、ミカエルがぎゅっと繋ぎなおす。
 何も怖くない。2人なら。
 
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