三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第3章

3-17

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 ルネは、ミカエルの提案で、しばらくの間街へ不要な外出をしないことに決めた。
 今までは月に1~2回ほど簡単な魔物討伐の任務をこなしてたが、それもお休みするという。任務中は変装魔法をかけていたが念のため、とのことだ。ミカエルはルネのことに関して、かなり慎重だった。けれどルネもそれに賛成した。
 今、自分でもわかるくらい気持ちが不安定なのだ。今日は、きっと昔の夢を見る。そう思ったら眠れなくなった。
 ルネはベッドの上で何度も寝返りをうっては、眠気が来るのを待った。だが瞼を閉じて思い出すのが、屋敷でのボロ雑巾のような扱いであれば、眠りにつけるのは朝方になってからかもしれないし、今日は眠れないかもしれない。
 怖くて怖くてたまらない。あんなに魔法が使えるようになったところで、自分のトラウマはまだ克服できていないのだと痛感する。

(少し風にあたってこよう)

 ルネは外套を羽織り、部屋をそっと出た。階段をなるべく音を立てないように降りて家の扉を開ける。ルネは扉を閉じるときも細心の注意をはらって閉めた。
 外に出た瞬間冷たい寒風がルネの頬を撫ぜる。それに身震いし振り向くと雪が薄く積もった森が見える。木々が視認できるのは手前の何列かだけだ。その奥は鬱蒼とした闇しかない。毎日魔物狩りに出ている昼間の光景とはまるで違う、森の夜の顔。ルネはそれをただぼうっと眺めた。最初は怖かったあの森も、今ではこうして一人で見つめられるほど慣れたというのに、過去からはいつまでも逃れられない。

(いつか、何でもない日のように思い出せる日が来るのかしら。イメージ、出来ないけど)
 
 ルネの体が指先から凍るように冷えていく。いつの間にか頭も冴えてきた。ルネは目を閉じて肺いっぱいに冷たい空気を吸い込む。そして体の中の嫌なものを吐き出すようにゆっくりと口から息を吐いた。
 ぐるぐるとめぐっていた不安感が、少しだけ和らいだ気がした。ルネは踵を返しポインセチアのリースが飾られた扉を開けた。
 ルネはすぐには家に入らなかった。ゆっくりと顔をのぞかせ家の中を窺う。

(あれ……)

 ミカエルが、いると思った。でもそこには何もなかった。ルネが部屋を出た時と全く同じ風景に、ルネは首を傾げながら家の中に入る。

(ミカエル様なら気付くと思ったのに)

 もしかしたら気付かない振りをしてくれているのかもしれない。それを確かめることはしなかったが、ルネは勝手にそう思うことにした。
 ルネにも一人になりたい時がある。それを察してくれたのだとしたら、彼はなんて気が利く三毛猫なのだろうか。紳士的で魔法も誰より強くて、気が利いて、ルネは彼以上に出来た存在はいないと思った。実際、この1年で沢山の人に出会って、話をした。

(でも、ミカエル様より格好いい方はいなかったわね)

 ルネはなんだか面白くなって、ふふと笑みをこぼした。

(ミカエル様が一番だわ)

 ルネの中で、ミカエルよりも優先する存在はいない。ルネの世界には、ミカエルしか要らなかった。彼がいれば、何も怖くないのだ。

(そうよ。ミカエル様と一緒なら過去だって乗り越えることが出来るわ。いつかきっと)

 階段を慎重にのぼり自分の部屋のドアノブに手をかける。
 ふと、隣の部屋を見るルネ。

(おやすみなさい、ミカエル様)

 声は出さなかった。ルネは静かに扉を開け、ベッドに潜り込んだ。
 その日は、やはり過去の夢を見た。でも、内容が少しいつもと違った。
 最後にミカエルが暗い夜空の下、傷付いたルネを救ってくれたのだ。
 それは幽閉された姫を救う猫の王子が如く、忍びやかで、強かで、優雅で、そして何より勇敢だった。
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