三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

文字の大きさ
70 / 82
第3章

3-18

しおりを挟む
 街の噂はその後もしばらくは収束しそうになかった。街の中心部で巨大な魔物が突如現れたのだ。そうそう忘れられるものでもない。ミカエルは1週間に1度は街の様子を見に行っていたが、4度目の今日も、街の様子は変わりないと首を振る。

「やれやれ。人のうわさ好きには適わないな。まだ我々が誰なのか推理して話に花を咲かせている」
「まだしばらくは大人しくしていた方がよさそうですわね」
「ああ」

 ミカエルの外套を受け取るルネ。そこにはうっすらと雪がついていた。

「寒い中ありがとうございます、ミカエル様。温かいココアを入れますわ。それともお茶の方がいいでしょうか?」
「ありがとう。ココアで頼む」
「はい」

 にっこりと微笑んで、外套をコートスタンドにかけるルネは、キッチン向かってココアを入れる。
 ミカエルは冷えた体を暖めるため、暖炉の前のクッションの上に丸まって寝転んだ。最近はかなり冷える日が続いていて、寒さが苦手なミカエルには少々堪える。暖炉の前でくつろぐこの時間がミカエルの一番の休息だった。 
 カチャ、と食器がぶつかる音がする。ミカエルは丸まった体を少しだけ起こし、キッチンの方を見た。そこにはルネの後ろ姿がある。ここに連れてきて最初に教えたココアの作り方を、ルネは今でも忠実に守っていた。
 慣れない手つきで教えた通りにココアを入れるルネを見て、ミカエルもまた人に何かを教えたのが初めてだったことにその時気付いたのだ。
 それももう、1年も前の話だ。今のルネがココアを入れるのにミカエルの手はいらない。それに少しだけ寂しさを覚えるのは、普通のことなのだろうか。ミカエルには分からなかった。こんなに1人の誰かと一緒に居ることもルネが初めてなのだ。

「はい、ミカエル様。ココアですよ。少し甘くしてみました」
「ありがとう」

 差し出されたカップを受け取り、口をつける。確かにいつもよりも僅かに甘い。

「はちみつか」
「はい。この前ミカエル様に買っていただいたものです」
「なかなかうまいな」

 そう伝えると、ルネは嬉しそうに笑った。
 しばらくどちらも口を閉ざす穏やかな時間が続いた。

「……君は、ここに来てから沢山成長した」
「……ミカエル様?」

 首を傾げていると不意に、ミカエルはルネの髪に触れた。
 ルネが戸惑いを見せる。

「髪、伸びたな」
「……ああ、はい。ミカエル様に何度か整えてもらってますが」

 ミカエルはふっと自嘲気味の笑みを浮かべた。

「君に教えることが少なくなるにつれ、なんだか寂しさを感じてしまう。だが同時に嬉しくもある。私が育てた花は、誰よりも強く、美しく咲きほこっていると」
「み、ミカエル様……」

 ルネはミカエルのまっすぐな翠の双眸から目を逸らした。顔が熱い。

(今私、きっととんでもなく恥ずかしい顔をしているわ)

「い、いきなりどうしたのですか?」
「いや、君が一人でキッチンに立っている姿を見て、なんとなくそんなことを思ってしまって。すまない、嫌だったか」
「いいえ!そんなこと、ありませんわ」
「そうか」

 その解答に満足したのか、ミカエルはルネの頭を優しく撫でた。人の手とは違う、獣人特有の柔らかさに、ルネは思わず目を閉じた。

「全て、ミカエル様のおかげですわ」
「何?」
「私が成長出来たのは、ミカエル様がこうして私を一人の人として見て、接してくださるからですわ。屋敷での私は、およそ花と言われるような存在ではありませんでしたから」
 
 ミカエルは初めてルネを見つけた日のことを思い出した。布切れと間違えたあの日の彼女とは似ても似つかない今の姿。身長も伸び程よく肉も付いた。顔立ちもすっと凛々しくなっている。口調と見た目がちぐはぐだった面影はもうどこにもない。

「ミカエル様。私、攫ってくれたのがミカエル様でよかったって、ここに来てから何度も思いましたわ。ミカエル様でなければ、私はここまで生きてこれなかったかもしれませんもの」
「……そうか。そう言ってもらえると、私も嬉しいよ」

 ミカエルが紳士的に微笑む。

「ルネ」
「はい」

 次に紡がれた言葉に、ルネは青い瞳を大きく見開いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。 【あらすじ】   異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。  それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。  家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。  十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。   だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。  最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。  この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。  そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。  そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。  旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。 ☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。 ☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

処理中です...