三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第3章

3-18

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 街の噂はその後もしばらくは収束しそうになかった。街の中心部で巨大な魔物が突如現れたのだ。そうそう忘れられるものでもない。ミカエルは1週間に1度は街の様子を見に行っていたが、4度目の今日も、街の様子は変わりないと首を振る。

「やれやれ。人のうわさ好きには適わないな。まだ我々が誰なのか推理して話に花を咲かせている」
「まだしばらくは大人しくしていた方がよさそうですわね」
「ああ」

 ミカエルの外套を受け取るルネ。そこにはうっすらと雪がついていた。

「寒い中ありがとうございます、ミカエル様。温かいココアを入れますわ。それともお茶の方がいいでしょうか?」
「ありがとう。ココアで頼む」
「はい」

 にっこりと微笑んで、外套をコートスタンドにかけるルネは、キッチン向かってココアを入れる。
 ミカエルは冷えた体を暖めるため、暖炉の前のクッションの上に丸まって寝転んだ。最近はかなり冷える日が続いていて、寒さが苦手なミカエルには少々堪える。暖炉の前でくつろぐこの時間がミカエルの一番の休息だった。 
 カチャ、と食器がぶつかる音がする。ミカエルは丸まった体を少しだけ起こし、キッチンの方を見た。そこにはルネの後ろ姿がある。ここに連れてきて最初に教えたココアの作り方を、ルネは今でも忠実に守っていた。
 慣れない手つきで教えた通りにココアを入れるルネを見て、ミカエルもまた人に何かを教えたのが初めてだったことにその時気付いたのだ。
 それももう、1年も前の話だ。今のルネがココアを入れるのにミカエルの手はいらない。それに少しだけ寂しさを覚えるのは、普通のことなのだろうか。ミカエルには分からなかった。こんなに1人の誰かと一緒に居ることもルネが初めてなのだ。

「はい、ミカエル様。ココアですよ。少し甘くしてみました」
「ありがとう」

 差し出されたカップを受け取り、口をつける。確かにいつもよりも僅かに甘い。

「はちみつか」
「はい。この前ミカエル様に買っていただいたものです」
「なかなかうまいな」

 そう伝えると、ルネは嬉しそうに笑った。
 しばらくどちらも口を閉ざす穏やかな時間が続いた。

「……君は、ここに来てから沢山成長した」
「……ミカエル様?」

 首を傾げていると不意に、ミカエルはルネの髪に触れた。
 ルネが戸惑いを見せる。

「髪、伸びたな」
「……ああ、はい。ミカエル様に何度か整えてもらってますが」

 ミカエルはふっと自嘲気味の笑みを浮かべた。

「君に教えることが少なくなるにつれ、なんだか寂しさを感じてしまう。だが同時に嬉しくもある。私が育てた花は、誰よりも強く、美しく咲きほこっていると」
「み、ミカエル様……」

 ルネはミカエルのまっすぐな翠の双眸から目を逸らした。顔が熱い。

(今私、きっととんでもなく恥ずかしい顔をしているわ)

「い、いきなりどうしたのですか?」
「いや、君が一人でキッチンに立っている姿を見て、なんとなくそんなことを思ってしまって。すまない、嫌だったか」
「いいえ!そんなこと、ありませんわ」
「そうか」

 その解答に満足したのか、ミカエルはルネの頭を優しく撫でた。人の手とは違う、獣人特有の柔らかさに、ルネは思わず目を閉じた。

「全て、ミカエル様のおかげですわ」
「何?」
「私が成長出来たのは、ミカエル様がこうして私を一人の人として見て、接してくださるからですわ。屋敷での私は、およそ花と言われるような存在ではありませんでしたから」
 
 ミカエルは初めてルネを見つけた日のことを思い出した。布切れと間違えたあの日の彼女とは似ても似つかない今の姿。身長も伸び程よく肉も付いた。顔立ちもすっと凛々しくなっている。口調と見た目がちぐはぐだった面影はもうどこにもない。

「ミカエル様。私、攫ってくれたのがミカエル様でよかったって、ここに来てから何度も思いましたわ。ミカエル様でなければ、私はここまで生きてこれなかったかもしれませんもの」
「……そうか。そう言ってもらえると、私も嬉しいよ」

 ミカエルが紳士的に微笑む。

「ルネ」
「はい」

 次に紡がれた言葉に、ルネは青い瞳を大きく見開いた。
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