三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

文字の大きさ
71 / 82
第3章

3-19

しおりを挟む
 最近、ルネの様子がどこかぎこちない。
 ミカエルは家の中で本を読んでいるルネを盗み見た。何もしていない時にはいつもと変わらないのだが、

「ルネ、私は少し出かけてくるよ」
「え?どちらまで?」
「森の中を散歩してくる。一緒に来るか?」

 こうして何気なく手を伸ばすと、体を一瞬硬直させてしまう。そして視線を泳がせてはこちらを見てくれない。

「っ。いいえ。今日はこの本を読んでしまいますわ」
「……分かった。夕方までには帰るから。何かあったら、この家から絶対に出ないように」
「はい」

 ミカエルは外套を着て扉を開ける。

「じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」

 でもそれも一時的なことで、こうして距離を取って手を振れば、彼女も振り返してくれる。ルネの様子の変化に気付いたのは数日前、街に4度目の様子を見に行った日の後だ。

(やはり、あれがいけなかったのだろうか)

 ミカエルは家を出るとあてもなく歩き出した。森の優しいさざめきがミカエルの人より感度の良い耳を刺激する。
 つい、口から出てしまった、としか言い訳できない。言うつもりなんて全くなかったのに、家の中で過ごすルネの姿を見ていたら本当につい、こぼれてしまったのだ。

『君と、今後もずっとこうしていたい。私は君のことを──』

 そこでミカエルは正気に戻った。その先は言わなかった。何と言って誤魔化したのか覚えていないが、我ながら珍しく取り乱し、何とか平静を取り繕っていたことだけは覚えている。そしてルネの表情も。
 彼女は目を丸くして、言葉の意味をゆっくりと咀嚼するように考えをめぐらせているようだった。そしてその意味を理解すると、一気に顔を赤くさせたのだ。その前に髪に触れた時よりももっと、湯だつくらいに。
 ミカエルはその時の自分の表情を考えて、自嘲気味に笑った。

(賢い子だから、私が口にしなかった言葉まで理解してしまったのだろうな。タイミングは、最悪とまではいかずとも、その時ではなかった。……何故、あの時は抑えきれなかったのか)

 ずっと、隣にいてほしいと願った。こうして何気ない時間を過ごすうちに、その思いは風船のように膨らんでいった。ミカエル自身も、最近自覚するようになっていた。だがこの関係は、いつまで続くか分からない。逃避行という不安定な状況の中でしか生まれなかった、成立するはずもなかった2人の関係。それを思えば、無難に守護者と被守護者という間柄を続けるほうが良いのではないか。その方がルネにとって最も安心できる環境なのではないか、と思えてならない。
 遅れてやってくるのは、猛烈な後悔。自分の感情くらい抑えられなくて、今後の生活はやっていけるのか。ルネに不要な感情を与えてしまったかもしれない。今でもルネはあのミカエルの発言を気にしている。どう答えようか迷っているのだとしたら、それはミカエルが原因だ。ミカエルのあの告白まがいの発言のせいで、ルネの心が乱されては、今まで彼女の絶対的な芯であろうとした努力や気遣いが音を立てて崩れるような気がした。
 だが一つだけ嬉しいことがあるとすれば、ルネはミカエルのことをしっかりと異性として見てくれているということが分かったことだ。
 ルネは元深窓の令嬢。そういう感情にも疎いと思っていたが、そうでもないのかもしれない。ルネの中で、どこかのタイミングで、ミカエルが自分を守ってくれる存在というだけではなくなっていた。

(それが分かっただけでもよしとしよう。いつまでも悔いていたところで、紡いだ言葉が戻ってくるわけではない)

「ん?」

 いつの間にか、ミカエルでも行ったことがない森の奥の方まで歩いてきてしまったようだ。
 ミカエルは目の前に広がる光景に目を細めた。

「ここは……」

 一面の花畑がミカエルの視界を埋め尽くした。急に開けた場所に、色とりどりの小さな花が咲いている。魔物の気配は、どこにも無い。

「珍しい。こんな場所に。延命の魔法も施されていない、自然に咲く花だ」

 心なしか、空気も温かい。日の光が出ているからだろうか。ミカエルは着ていた外套を脱ぎ、手に持った。

「ルネに見せたら喜ぶだろうか」

 ミカエルは独り言をこぼしてから、ハッと気付いて笑みをもらした。

(自然とまたルネのことを考えている。これは、もう隠し通せないかもしれないな)

 ミカエルは花畑の中をしばらく歩いて、今後のことを考えた。
 まずは、彼女を守ること、それを最優先にしなくてはならない。

(彼女はどうも、私のことになると魔法の制御が利かなくなる癖があるからな。そこを何とかしないと、今後もっと強い魔物を相手にした時、自分のことを後回しにしてしまうだろう。それだけは避けなくては)

 これは自惚れでは無い。
 教えることはまだある。ミカエルはそのことに、僅かな安堵感を覚えた。

 

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...