三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第3章

3-19

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 最近、ルネの様子がどこかぎこちない。
 ミカエルは家の中で本を読んでいるルネを盗み見た。何もしていない時にはいつもと変わらないのだが、

「ルネ、私は少し出かけてくるよ」
「え?どちらまで?」
「森の中を散歩してくる。一緒に来るか?」

 こうして何気なく手を伸ばすと、体を一瞬硬直させてしまう。そして視線を泳がせてはこちらを見てくれない。

「っ。いいえ。今日はこの本を読んでしまいますわ」
「……分かった。夕方までには帰るから。何かあったら、この家から絶対に出ないように」
「はい」

 ミカエルは外套を着て扉を開ける。

「じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」

 でもそれも一時的なことで、こうして距離を取って手を振れば、彼女も振り返してくれる。ルネの様子の変化に気付いたのは数日前、街に4度目の様子を見に行った日の後だ。

(やはり、あれがいけなかったのだろうか)

 ミカエルは家を出るとあてもなく歩き出した。森の優しいさざめきがミカエルの人より感度の良い耳を刺激する。
 つい、口から出てしまった、としか言い訳できない。言うつもりなんて全くなかったのに、家の中で過ごすルネの姿を見ていたら本当につい、こぼれてしまったのだ。

『君と、今後もずっとこうしていたい。私は君のことを──』

 そこでミカエルは正気に戻った。その先は言わなかった。何と言って誤魔化したのか覚えていないが、我ながら珍しく取り乱し、何とか平静を取り繕っていたことだけは覚えている。そしてルネの表情も。
 彼女は目を丸くして、言葉の意味をゆっくりと咀嚼するように考えをめぐらせているようだった。そしてその意味を理解すると、一気に顔を赤くさせたのだ。その前に髪に触れた時よりももっと、湯だつくらいに。
 ミカエルはその時の自分の表情を考えて、自嘲気味に笑った。

(賢い子だから、私が口にしなかった言葉まで理解してしまったのだろうな。タイミングは、最悪とまではいかずとも、その時ではなかった。……何故、あの時は抑えきれなかったのか)

 ずっと、隣にいてほしいと願った。こうして何気ない時間を過ごすうちに、その思いは風船のように膨らんでいった。ミカエル自身も、最近自覚するようになっていた。だがこの関係は、いつまで続くか分からない。逃避行という不安定な状況の中でしか生まれなかった、成立するはずもなかった2人の関係。それを思えば、無難に守護者と被守護者という間柄を続けるほうが良いのではないか。その方がルネにとって最も安心できる環境なのではないか、と思えてならない。
 遅れてやってくるのは、猛烈な後悔。自分の感情くらい抑えられなくて、今後の生活はやっていけるのか。ルネに不要な感情を与えてしまったかもしれない。今でもルネはあのミカエルの発言を気にしている。どう答えようか迷っているのだとしたら、それはミカエルが原因だ。ミカエルのあの告白まがいの発言のせいで、ルネの心が乱されては、今まで彼女の絶対的な芯であろうとした努力や気遣いが音を立てて崩れるような気がした。
 だが一つだけ嬉しいことがあるとすれば、ルネはミカエルのことをしっかりと異性として見てくれているということが分かったことだ。
 ルネは元深窓の令嬢。そういう感情にも疎いと思っていたが、そうでもないのかもしれない。ルネの中で、どこかのタイミングで、ミカエルが自分を守ってくれる存在というだけではなくなっていた。

(それが分かっただけでもよしとしよう。いつまでも悔いていたところで、紡いだ言葉が戻ってくるわけではない)

「ん?」

 いつの間にか、ミカエルでも行ったことがない森の奥の方まで歩いてきてしまったようだ。
 ミカエルは目の前に広がる光景に目を細めた。

「ここは……」

 一面の花畑がミカエルの視界を埋め尽くした。急に開けた場所に、色とりどりの小さな花が咲いている。魔物の気配は、どこにも無い。

「珍しい。こんな場所に。延命の魔法も施されていない、自然に咲く花だ」

 心なしか、空気も温かい。日の光が出ているからだろうか。ミカエルは着ていた外套を脱ぎ、手に持った。

「ルネに見せたら喜ぶだろうか」

 ミカエルは独り言をこぼしてから、ハッと気付いて笑みをもらした。

(自然とまたルネのことを考えている。これは、もう隠し通せないかもしれないな)

 ミカエルは花畑の中をしばらく歩いて、今後のことを考えた。
 まずは、彼女を守ること、それを最優先にしなくてはならない。

(彼女はどうも、私のことになると魔法の制御が利かなくなる癖があるからな。そこを何とかしないと、今後もっと強い魔物を相手にした時、自分のことを後回しにしてしまうだろう。それだけは避けなくては)

 これは自惚れでは無い。
 教えることはまだある。ミカエルはそのことに、僅かな安堵感を覚えた。

 

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