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第3章
3-22
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夜。今夜は風が強いらしい。冬の月が高く上がった頃、自室にいたルネはリビングに呼ばれた。昼間のミカエルの言葉が気になっていたルネは、遂に来たとばかりに意気込んで部屋の扉を開ける。そこにミカエルはもうおらず、すでに1階に戻って暖炉の前のクッションの上に座っていた。その瞳に静かに燃える炎が映っている。
ルネは緊張気味に階段を降り、ミカエルに声をかけた。
「ミカエル様。お待たせしました」
「ああ」
暖炉から丸テーブルを挟み向かいのソファに座ると、ミカエルの瞳と目が合った。その双眸はひどく落ち着いている。
(何を話されるのかしら)
ミカエルに気付かれないように、音を立てず息を吞む。
どんな話であっても、ミカエルの理解者であろうとルネは心に決めていた。
ミカエルが口を開く。
自分にとってミカエルがそうであったように、ミカエルにとっても自分がそのような存在になれればいいと、そう思った。
「今から話すのは、1年前、私が君の屋敷に忍び込んだ理由だ。これは君の家族に関わること、しいては君自身にも関わることだ」
だから思いもしなかった。その話に自分の家族が関わっていることなど。ミカエルと出会った時の彼の仕事内容を、ルネは教えられていなかった。一度もルネから訊ねることはしなかったが、気になってはいた。何が彼を動かしていたのか、彼は何を調べていたのか。屋敷にいた頃は聞かないことが暗黙のルールになっていたが、今はそうではない。
「私自身……」
「そうだ。直接関係しているわけでなくとも、君が知らなくていいことではない。知っておかなくてはいけないことだと私が判断した。だから話す」
「どうして今なのですか?これまで話す機会は沢山あったのに」
「人に話してはいけないという命令だったからだ」
「それって」
自分が聞いてしまったら、ミカエルに何か罰が下るのではないか。そう問おうとした。だがそれより先に、ミカエルのバリトンが言葉を紡いだ。
「でも君に、これから起こるであろう出来事について、覚悟しておいてほしいと思ったんだ」
「覚悟?なんのです?」
「それをこれから話す。……それから、これは完全に私のエゴだが、君が事実を知った時に”あなたは知っていたのか”とルネに聞かれたくなかった。それを聞かれたら私は、私はきっと今までの自分を後悔すると思うんだ」
ルネは目を瞬かせた。
「私に絶望してほしくないから……?」
「そうだ」
ミカエルの優しさを実感する。それと同時に大きな覚悟を持ってこれからの話を聞かなくてはいけないということも。ミカエルの思いに応えたい。ルネはそう思って口を開いた。
「分かりましたわ。聞かせてください」
そう言うとミカエルが反対に言葉を詰まらせた。
しばらくの沈黙。木々の葉が擦れる音が微かに聞こえる。
ミカエルが一度、口を開いて閉じ、再び控えめに開いた。
「君の父親は国を裏切り、水面下で違法な取引をしている」
「え……?」
その瞬間、時間が止まったように思えた。空気の流れが感じられなくなって、今まで聞こえていた森の木々のざわめきが耳に届かなくなった。
(お父様が……?)
ルネは父親の顔を思い浮かべた。1年あっていなくてもその顔ははっきりと覚えている。
今まで恐怖の対象ではあっても、怒りや恨みの対象ではなかった父。幼いころは優しく抱きしめてくれた父。いつか自分にまた笑いかけてくれる日が来ることを、心のどこかでは願っていた父。今では唯一血のつながった家族である父。
その唯一の人が、あろうことか国の3大公爵家の一つである家の当主が、自国を裏切っていた……?
「…ネ。……ルネ……ルネ!」
「っ!……はぁっ!」
ミカエルに肩を揺すられ、息をしていなかったことに気付く。ルネは跳ねるように息を吸った。肩が激しく上下し、目眩が襲う。
あまりに衝撃で、吃驚で、でもミカエルが嘘を言っているようにも思えなくて、何を信じれば良いのか分からなくなって急に頭が重くなったように混乱した。
ミカエルがお茶を飲むように進めて、目の前に差し出されたカップを震えながら手に取るルネ。飲み込むと温かい紅茶が、少しだけ頭をすっきりとさせてくれた。
何度か紅茶を喉に流し、落ち着きを取り戻す。
「大丈夫か?」
「……はい」
ミカエルは目尻を下げて気遣うような視線を送ってくる。
「すまない。やはりこの話はまた今度に」
「いいえ!」
ミカエルの言葉を待たず、ルネは食い気味に首を横に振った。
「聞かせてください。私が知らなくてはいけない話なのでしょう?」
「そうだが」
「私は大丈夫です」
ミカエルの揺らぐペリドットをまっすぐに見つめ返すルネ。ミカエルはしばらく逡巡し、観念したように小さく嘆息した。
「分かった」
ミカエルが再び厳しい表情に戻る。
「始めは、私に任務の依頼が来たことから始まる。私に下った任務は、ネイティア家と隣国の密輸の証拠を探し出し、それを阻止すること。だが調査してすぐに、密輸はすでに行われていて、阻止するより証拠を集めた方が良いと考え、私は密輸の証拠を集めていた」
ルネは緊張気味に階段を降り、ミカエルに声をかけた。
「ミカエル様。お待たせしました」
「ああ」
暖炉から丸テーブルを挟み向かいのソファに座ると、ミカエルの瞳と目が合った。その双眸はひどく落ち着いている。
(何を話されるのかしら)
ミカエルに気付かれないように、音を立てず息を吞む。
どんな話であっても、ミカエルの理解者であろうとルネは心に決めていた。
ミカエルが口を開く。
自分にとってミカエルがそうであったように、ミカエルにとっても自分がそのような存在になれればいいと、そう思った。
「今から話すのは、1年前、私が君の屋敷に忍び込んだ理由だ。これは君の家族に関わること、しいては君自身にも関わることだ」
だから思いもしなかった。その話に自分の家族が関わっていることなど。ミカエルと出会った時の彼の仕事内容を、ルネは教えられていなかった。一度もルネから訊ねることはしなかったが、気になってはいた。何が彼を動かしていたのか、彼は何を調べていたのか。屋敷にいた頃は聞かないことが暗黙のルールになっていたが、今はそうではない。
「私自身……」
「そうだ。直接関係しているわけでなくとも、君が知らなくていいことではない。知っておかなくてはいけないことだと私が判断した。だから話す」
「どうして今なのですか?これまで話す機会は沢山あったのに」
「人に話してはいけないという命令だったからだ」
「それって」
自分が聞いてしまったら、ミカエルに何か罰が下るのではないか。そう問おうとした。だがそれより先に、ミカエルのバリトンが言葉を紡いだ。
「でも君に、これから起こるであろう出来事について、覚悟しておいてほしいと思ったんだ」
「覚悟?なんのです?」
「それをこれから話す。……それから、これは完全に私のエゴだが、君が事実を知った時に”あなたは知っていたのか”とルネに聞かれたくなかった。それを聞かれたら私は、私はきっと今までの自分を後悔すると思うんだ」
ルネは目を瞬かせた。
「私に絶望してほしくないから……?」
「そうだ」
ミカエルの優しさを実感する。それと同時に大きな覚悟を持ってこれからの話を聞かなくてはいけないということも。ミカエルの思いに応えたい。ルネはそう思って口を開いた。
「分かりましたわ。聞かせてください」
そう言うとミカエルが反対に言葉を詰まらせた。
しばらくの沈黙。木々の葉が擦れる音が微かに聞こえる。
ミカエルが一度、口を開いて閉じ、再び控えめに開いた。
「君の父親は国を裏切り、水面下で違法な取引をしている」
「え……?」
その瞬間、時間が止まったように思えた。空気の流れが感じられなくなって、今まで聞こえていた森の木々のざわめきが耳に届かなくなった。
(お父様が……?)
ルネは父親の顔を思い浮かべた。1年あっていなくてもその顔ははっきりと覚えている。
今まで恐怖の対象ではあっても、怒りや恨みの対象ではなかった父。幼いころは優しく抱きしめてくれた父。いつか自分にまた笑いかけてくれる日が来ることを、心のどこかでは願っていた父。今では唯一血のつながった家族である父。
その唯一の人が、あろうことか国の3大公爵家の一つである家の当主が、自国を裏切っていた……?
「…ネ。……ルネ……ルネ!」
「っ!……はぁっ!」
ミカエルに肩を揺すられ、息をしていなかったことに気付く。ルネは跳ねるように息を吸った。肩が激しく上下し、目眩が襲う。
あまりに衝撃で、吃驚で、でもミカエルが嘘を言っているようにも思えなくて、何を信じれば良いのか分からなくなって急に頭が重くなったように混乱した。
ミカエルがお茶を飲むように進めて、目の前に差し出されたカップを震えながら手に取るルネ。飲み込むと温かい紅茶が、少しだけ頭をすっきりとさせてくれた。
何度か紅茶を喉に流し、落ち着きを取り戻す。
「大丈夫か?」
「……はい」
ミカエルは目尻を下げて気遣うような視線を送ってくる。
「すまない。やはりこの話はまた今度に」
「いいえ!」
ミカエルの言葉を待たず、ルネは食い気味に首を横に振った。
「聞かせてください。私が知らなくてはいけない話なのでしょう?」
「そうだが」
「私は大丈夫です」
ミカエルの揺らぐペリドットをまっすぐに見つめ返すルネ。ミカエルはしばらく逡巡し、観念したように小さく嘆息した。
「分かった」
ミカエルが再び厳しい表情に戻る。
「始めは、私に任務の依頼が来たことから始まる。私に下った任務は、ネイティア家と隣国の密輸の証拠を探し出し、それを阻止すること。だが調査してすぐに、密輸はすでに行われていて、阻止するより証拠を集めた方が良いと考え、私は密輸の証拠を集めていた」
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