三毛猫、公爵令嬢を拾う。

蒼依月

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第3章

3-25

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 ミカエルは寒さで目を覚ました。

「ん……」

 足の指先が凍るように冷たくなっている。布団をかけなおそうとして重い瞼を開けると、目の前に白銀があった。

(そうか、昨日は話をして、そのままここで眠ってしまったのか)

 ルネの雪のような髪を見つめて、彼女がまだ深い眠りについていることを確認する。起こさないようにそっと布団をかけなおした。
 ルネはミカエルの腕の中に丸く収まっていた。まるでここが正解の位置であるかのように、それだけで安心する。
 時計を見ると、起きるにはまだ早い時間のようだ。
 ミカエルは指先をすい、と動かし、魔法で薪を暖炉にくべる。

(これでもう少し温かくなるだろう)

 ルネの髪をひと撫でし、ミカエルは再び眠りについた。


□□□□□□□□


 アルベルトは、ルーカスに呼ばれ当主の部屋の前に来ていた。

(前回の一件があるせいか、なんだか気まずいな。……いや、あの時の私は間違っていなかったはずだ)

 弱腰ではいけないと自分を奮い立たせ、扉を叩く。

「アルベルトです」
「入れ」
「失礼いたします」

 静かに扉を開け、部屋に入る。
 ルーカスは書斎机の前の椅子に座り、視線は下を向いている。

「お話があるとのことでしたが」
「ああ。お前に頼みたいことがあってな」
「はい。何でしょう」

 ルーカスの表情が窺い知れない。だがなんだか様子がいつもと違って見える。どこか雰囲気が暗いような。
 どことなく嫌な予感を感じ取りながら、アルベルトはルーカスの言葉を待つ。

「今からお前には隣国に行ってもらう」
「……は」
「そこである噂を調査してもらいたい」
「ご主人様、それは先日お断りしたはずです」
「……これを見ても、同じことが言えるか?」

 ルーカスがポケットから何かを取り出した。
 コロン、という軽い音をたてて机の上に置かれたそれは、アルベルトのよく知る物だった。思わず息を詰まらせる。

「そ、れは……妻の……」

 アルベルトが毎日想いをはせている相手の、金色のピアス。それを何故ルーカスが持っているのか。

「どうして……」
「はっ。さすがのお前も動揺するか。これは警告だ。私の命令に逆らえばどうなるか。これでお前もわかるだろう」
「ご主人様、これは到底受け入れられません!」
「アルベルト!私の命令に従え。ルネを探すのだ!でなければこのピアスの持ち主が傷付くぞ」

 アルベルトは閉口した。
 まるで話にならない。

(先日の私の言葉も、全くの無意味だったのか。この方はもう、お嬢様を見つけることしか頭にないのか)

 とにかく目の前の男を止めなくては。アルベルトはそう結論に至って顔を上げた。
 ルーカスの眼鏡越しに見える双眸が歪んでいる。顔色が悪い。隈も濃くしみついている。

「ご主人様、少しお休みになったほうがよろしいのではありませんか?執事を呼んできます。このままでは倒れてしまいます」
「アルベルト!」

 耳をつんざく大声に、アルベルトは足を止めた。今まで聞いたこともないような声で呼ばれて思わず立ち止まってしまった。獣が唸るような声だった。この部屋には自分と、その主人しかいないというのに。
 背に汗が流れる。怖気づくような気配を背後から感じた。

「まだ分からないのか。お前の家はすでに他の者に見張らせている。お前の妻は兎の獣人なんだな。知らなかったよ」
「ご主人、様……?」

 振り向くと、にたりと不気味に笑うルーカスが居た。
 貴族らしくない、気品の欠片もないその笑みはアルベルトを凍り付かせるには十分だった。

「冗談ですよね。この国の大貴族の当主様が、そんな、脅迫まがいのことをするはずもない……」
「そう見えるのか。ならば毛の1本でも抜いてくるんだったな」
「やめてください!!」

 アルベルトは必死で叫んだ。
 妻を守るためにやったことが、逆に危険に晒してしまった事実に打ちひしがれそうになる。

(ご主人様は、完全に変わられてしまった)

 何故そこまでルーカスがルネにこだわるのか、アルベルトは知りえない。ただ、ルーカスはルネ以外を後継者として認めていなかった。それだけは知っていた。

「アルベルト、命令だ。隣国に行き、噂を調査してきなさい」

 アルベルトはぐっと拳を握った。唇を血が滲むほど強く噛む。
 どちらかを選ぶなんて、残酷すぎた。
 ルーカスが机の上に転がるピアスを弄ぶ様子に、どんな魔物を目の前にした時にも感じたことの無い強大な恐怖が襲う。

(すまない、リリィ殿。ミカエル。……お嬢様)

「……分かり、ました」

 ルーカスは頭を垂れるアルベルトを見下ろし、満足げに笑った。
 
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