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3 溝口陽太18歳
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【3 溝口陽太18歳】
家に帰るまでの記憶はほぼ無かった。何度か振り返った気もするが、そこに幸平の姿は既に無く、それでもまた振り返り、そうしているうちに、玄関の内側にいた。
靴も履いたままその場に突っ立っている。たびたび思考が停止する。携帯の時刻によると、15分程度その場に立ち尽くしていたらしい。
まだ両親は帰ってきていない。陽太は鞄を玄関に放り、家を出た。
居ても立っても居られない。携帯を開いて、通話ボタンを押す。
「謙人、やばい」
電話口の向こうは騒がしい。部活仲間と共にいるのだろう、関謙人は、それでも『なに? 悪ぃ、聞こえねぇ』と通話に応じてくれた。
陽太は、告げた。
「コウちゃんに告られた」
『はぁ?』
「付き合うことになったわ」
自分で言いながら自分で驚く。コウちゃんに、告られた。
告白をされた。
好きだと言われた。
……何で?
『落ち着け。夢だ』
謙人は冷静に言い放った。
『一回顔洗えって。良い夢見れてよかったな。卒業式の後にすぐ昼寝とか、やっぱ根性強いのな。しかしそんな夢の後じゃ、目覚めは寂しかっただろ。泣くなよ』
謙人はごく真面目に言っている。どこか、哀れむような気配すらあった。
だが、これは夢じゃない。
「夢じゃねぇから」
『いや……ちょ、移動するわ。もう集まり終わったし』
「……」
『あれ。通じてる? 陽太?』
「告白された」
『え、マジなの?』
謙人の背後の雑音が落ち着いた。友人の誰かが『ケントー! また夜にな!』と大声で呼びかけて、彼も『おー! 陽太も連れてっから』と陽気に答える。
それから低い声に切り替えた。
『本気で言ってる?』
「本気」
『証拠は?』
「ねぇよ、そんなの」
自分でも一瞬思った。録音しておけばよかった。なぜなら、現実感がなさすぎる。夢だったのでは?
いや、幻じゃない。
幸平の携帯番号を手に入れている。
「あ、でも携帯番号手に入れた」
『な、なんで?』
謙人の声は動揺で満ち満ちていた。
陽太は歩き続けている。
『なんで? 好きって、陽太を? なんで?』
「……それはわかんねぇけど」
『それ、いつ?』
「今。十分くらい前……いや、三十分経ってた」
『お前今どこいんの?』
「家の近く歩いてる」
『三十分ずっと?』
「分かんねえ」
『マグロかよ』
「……」
『止まったら死ぬのかよ。……おい、聞こえてる?』
「え、なに?」
謙人が向こう側で深い息をついたのが分かる。『一回止まれ』と呆れたように告げた。
陽太は忠告を無視して歩き続け、公園へ突入する。
『どこで言われた? 学校で?』
「いや……なんか、居たんだよ。家の近くに」
『幻じゃね?』
謙人は患者を相手にするように、丁寧に『幻想ではないですか?』と言い換えた。
「携帯番号手に入れてる」
『えー。なんて言われたんだよ』
「好きって……」
言われた。
コウちゃんから。
好きと。
背中が熱い。全身に汗をかいているのが分かる。心臓が破裂しそうだ。止まったら、どうなるのか。
『いやいや』
謙人は怪訝そうに言った。
『だってお前、全然喋れてなかったじゃん。なんかずっとコソコソ見てるだけでさ……。大学だって、外してんじゃん。あの人と同じ大学受かったって喜んでたと思ったら、間違ってるし。この間お前ガチ泣きしてただろ。男の涙久しぶりに見たもん、俺。お前さ、男の涙見たことないだろ。結構ビビるぜ。なんか、こっちも悲しくなるんだよ。堂々と話しかけることもできてなかったのに、ラストでそんな都合良いどんでん返し来るわけないって』
「……」
『おい、聞いてんの?』
「……え、なに?」
歩数計が回りまくっている。腕に巻きつけたデジタルウォッチが、勝手に歩数を計測し消費カロリーを出していた。
この数分で100キロカロリー消費したらしい。
『関わりなかったじゃん、つってんの。……まぁ、あったらあったで、森良くんも大奥の一人とか言われてたかもしんねぇけど。失礼だよなアレ。なんか女子は喜んでるけど、人によってはイジメだろ』
「……」
『おい?』
「あ、ごめん。聞いてなかった」
『……マジなん?』
終始ツラツラと話し続けていた謙人の声に、慎重さが増す。
深刻な気配を醸しながら、彼は訊いた。
『マジで、告られたのか?』
「好きって言われた」
『ちょ、あのさ、……友達として好き的な。ぬか喜びじゃねぇ? 大丈夫? お前その後落ち込むんだから期待すんのやめとけって』
「確認したから」
陽太もその可能性を危惧して、その場で確認を取ったのだ。
「俺としたいとかそういう好き? って」
『なんて言ってたの』
「うん、って言ってた。多分」
『多分……』
謙人は納得がいかないようだった。
『多分……何で多分?』
「だいぶ、頭真っ白に」
『なってたんだな』
「だから、なんか、付き合えた」
『ガチなんか』
「ガチだっつってんだろ」
歩数計が止まらない。延々と回り続けている。カロリーを、消費しまくっている。
「謙人、俺、どこ行ったらいい? 普通、デートってどこ行く? 男同士でも違和感ねぇのってどこ?」
『俺の人生で一番面白いと思ったこと言っていいか?』
謙人が低く告げる。陽太は苛立って催促した。
「今? 何だよ早くしろ」
『お前が初恋拗らせてデートも手繋ぎもキスもしたことない童貞だってこと』
「デートどこ行ったらいい?」
『無視かよ』
「デートって何時からするもん? 朝はキツイよな。昼とか午後? それとも夜? あれ……そしたらコウちゃん大変だよな。夜バイトあるだろうし。いや、昼もバイトあるよな……」
『……』
「あれ……」
『……』
「何も分かんねぇ。助けてほしい」
『これ、遂に気が狂った陽太の妄想聞いてるとかじゃないんだもんな』
謙人は混乱した声色で『俺まで歩き回りたくなってきた』と言った。
家に帰るまでの記憶はほぼ無かった。何度か振り返った気もするが、そこに幸平の姿は既に無く、それでもまた振り返り、そうしているうちに、玄関の内側にいた。
靴も履いたままその場に突っ立っている。たびたび思考が停止する。携帯の時刻によると、15分程度その場に立ち尽くしていたらしい。
まだ両親は帰ってきていない。陽太は鞄を玄関に放り、家を出た。
居ても立っても居られない。携帯を開いて、通話ボタンを押す。
「謙人、やばい」
電話口の向こうは騒がしい。部活仲間と共にいるのだろう、関謙人は、それでも『なに? 悪ぃ、聞こえねぇ』と通話に応じてくれた。
陽太は、告げた。
「コウちゃんに告られた」
『はぁ?』
「付き合うことになったわ」
自分で言いながら自分で驚く。コウちゃんに、告られた。
告白をされた。
好きだと言われた。
……何で?
『落ち着け。夢だ』
謙人は冷静に言い放った。
『一回顔洗えって。良い夢見れてよかったな。卒業式の後にすぐ昼寝とか、やっぱ根性強いのな。しかしそんな夢の後じゃ、目覚めは寂しかっただろ。泣くなよ』
謙人はごく真面目に言っている。どこか、哀れむような気配すらあった。
だが、これは夢じゃない。
「夢じゃねぇから」
『いや……ちょ、移動するわ。もう集まり終わったし』
「……」
『あれ。通じてる? 陽太?』
「告白された」
『え、マジなの?』
謙人の背後の雑音が落ち着いた。友人の誰かが『ケントー! また夜にな!』と大声で呼びかけて、彼も『おー! 陽太も連れてっから』と陽気に答える。
それから低い声に切り替えた。
『本気で言ってる?』
「本気」
『証拠は?』
「ねぇよ、そんなの」
自分でも一瞬思った。録音しておけばよかった。なぜなら、現実感がなさすぎる。夢だったのでは?
いや、幻じゃない。
幸平の携帯番号を手に入れている。
「あ、でも携帯番号手に入れた」
『な、なんで?』
謙人の声は動揺で満ち満ちていた。
陽太は歩き続けている。
『なんで? 好きって、陽太を? なんで?』
「……それはわかんねぇけど」
『それ、いつ?』
「今。十分くらい前……いや、三十分経ってた」
『お前今どこいんの?』
「家の近く歩いてる」
『三十分ずっと?』
「分かんねえ」
『マグロかよ』
「……」
『止まったら死ぬのかよ。……おい、聞こえてる?』
「え、なに?」
謙人が向こう側で深い息をついたのが分かる。『一回止まれ』と呆れたように告げた。
陽太は忠告を無視して歩き続け、公園へ突入する。
『どこで言われた? 学校で?』
「いや……なんか、居たんだよ。家の近くに」
『幻じゃね?』
謙人は患者を相手にするように、丁寧に『幻想ではないですか?』と言い換えた。
「携帯番号手に入れてる」
『えー。なんて言われたんだよ』
「好きって……」
言われた。
コウちゃんから。
好きと。
背中が熱い。全身に汗をかいているのが分かる。心臓が破裂しそうだ。止まったら、どうなるのか。
『いやいや』
謙人は怪訝そうに言った。
『だってお前、全然喋れてなかったじゃん。なんかずっとコソコソ見てるだけでさ……。大学だって、外してんじゃん。あの人と同じ大学受かったって喜んでたと思ったら、間違ってるし。この間お前ガチ泣きしてただろ。男の涙久しぶりに見たもん、俺。お前さ、男の涙見たことないだろ。結構ビビるぜ。なんか、こっちも悲しくなるんだよ。堂々と話しかけることもできてなかったのに、ラストでそんな都合良いどんでん返し来るわけないって』
「……」
『おい、聞いてんの?』
「……え、なに?」
歩数計が回りまくっている。腕に巻きつけたデジタルウォッチが、勝手に歩数を計測し消費カロリーを出していた。
この数分で100キロカロリー消費したらしい。
『関わりなかったじゃん、つってんの。……まぁ、あったらあったで、森良くんも大奥の一人とか言われてたかもしんねぇけど。失礼だよなアレ。なんか女子は喜んでるけど、人によってはイジメだろ』
「……」
『おい?』
「あ、ごめん。聞いてなかった」
『……マジなん?』
終始ツラツラと話し続けていた謙人の声に、慎重さが増す。
深刻な気配を醸しながら、彼は訊いた。
『マジで、告られたのか?』
「好きって言われた」
『ちょ、あのさ、……友達として好き的な。ぬか喜びじゃねぇ? 大丈夫? お前その後落ち込むんだから期待すんのやめとけって』
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陽太もその可能性を危惧して、その場で確認を取ったのだ。
「俺としたいとかそういう好き? って」
『なんて言ってたの』
「うん、って言ってた。多分」
『多分……』
謙人は納得がいかないようだった。
『多分……何で多分?』
「だいぶ、頭真っ白に」
『なってたんだな』
「だから、なんか、付き合えた」
『ガチなんか』
「ガチだっつってんだろ」
歩数計が止まらない。延々と回り続けている。カロリーを、消費しまくっている。
「謙人、俺、どこ行ったらいい? 普通、デートってどこ行く? 男同士でも違和感ねぇのってどこ?」
『俺の人生で一番面白いと思ったこと言っていいか?』
謙人が低く告げる。陽太は苛立って催促した。
「今? 何だよ早くしろ」
『お前が初恋拗らせてデートも手繋ぎもキスもしたことない童貞だってこと』
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「デートって何時からするもん? 朝はキツイよな。昼とか午後? それとも夜? あれ……そしたらコウちゃん大変だよな。夜バイトあるだろうし。いや、昼もバイトあるよな……」
『……』
「あれ……」
『……』
「何も分かんねぇ。助けてほしい」
『これ、遂に気が狂った陽太の妄想聞いてるとかじゃないんだもんな』
謙人は混乱した声色で『俺まで歩き回りたくなってきた』と言った。
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