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4 溝口陽太 12年前

30 後悔

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「ムロに聞いたぜ。お前ら同中だったんだ」
 係には、謙人や陽太とも仲の良い女子も所属している。彼女はムロを大層気に入って、最近は陽太たちのグループにも後輩枠で混じっている。
 特に謙人はムロがお気に入りだ。何でも、あの顔で毒舌なのが面白いのだと。
「ムロ、おもろいよな、あいつ」
「あー」
「顔可愛いのに毒吐くの良すぎる。あいつの写真、勝手に芸能事務所に送っていいかな」
「好きにすれば」
「何だよー。陽太ってさ、ムロに冷たくね?」
「いや、そんなことはないけど」
 実際、室井と話すのは楽しい。明け透けな物言いは面白いし、男子間の集まりで謙人が放つ強めの下ネタにケラケラ笑っている姿だって好印象だ。
 ただ、あいつはそんな姿を、幸平の前では見せない。
 陽太はつぶやく。
「だってムロ、実は二重人格だから」
 愚痴っぽくなった口調に自分で驚いた。が、謙人は気にしていない。
「実はっつうか、そうだろ。俺ら以外の前だとニコニコして猫被ってる。んで女子とかに『かわいー』とか言われてる」
 「中身可愛くねぇのに」謙人は言いながらも嬉しそうだった。素直に下ネタを吐くムロの方が好きなのだ。
 と、謙人は思い出したように言った。
「そういや、ムロってコウちゃんの前でもそうじゃねぇか?」
「殴ろっかな」
「ごめんて。森良くん、の前でのムロって、どことなくすげぇ良い子だよな」
「……」
「この間、ムロのお花係の当番についてってさぁ、お前には嫉妬されると思ったから言わなかったんだけど、森良くんが途中で現れたんだよ。……睨むなって。そんでムロと森良くんが話してるの見てたら、ムロって全然違うの。女子相手のムロってさ、『僕がこう言うと喜ぶんだろ?』的な魂胆が見えてんじゃん。それを分かってて女子も会話楽しんでる感じ。でも森良くんの前のムロって、ふっつーなんだな」
 謙人は顎に指を当ててわざとらしく悩んだ。
「何でだろ。森良くんと話してるムロって、普通の高一って感じする」
「……あー」
「ムロ、森良くんのこと好きなんだろうな。ムロって小林先生のことも好きで、懐いてんじゃん。日本史の爺さん。ムロ、ああいう、のほほんとしたタイプの人間好きそう。分かるけどさ。森良くん頭いいし、優しい感じするし。地味に人気なの全く自覚してなさそうで笑える」
「中学の時とか、よくダシにされた」
「はい?」
 陽太は文庫を開きながら呟く。
「あん頃は気付かなかったけど、コウちゃんと話すために俺に話しかけてきたりしてた」
「うわー、あいつやりそー」
 謙人は尚も、嬉しげに笑う。
「鈍感くまさんの陽太がよく気付いたな。そんくらいあからさまだったか」
「俺がコウちゃんと話さなくなってからは、ムロもコウちゃんと話さなくなってたけど」
「それは普通に飽きたんだろうな」
 欠伸をしつつ、「ムロ飽きるの早い」と言う。
「皮肉な話だよ。こんなに執着してる陽太は森良くんに話しかけられないのに、ムロはヘラヘラしながら話せる」
「あー」
「お前は、踊り場から森良くんを盗み見るしかできないのに」
 陽太のクラスである二年H組は東側にある階段に近い。その踊り場からは、実は花壇が見える。
 幸平と、その友人の谷田が花壇付近へたまに出没するので、昼休みなどは踊り場で、彼らの姿を眺めたりしている。
 それを謙人に知られた当初は、さすがにドン引きと言った様子だった。
「こんなに陽太はキモいのに、大奥とか言われてるの社会麻痺しすぎ」
「んー」
「つうか、何読んでんの?」
「本」
「そりゃ、そうだろうけど……」
 幸平が働いているブックカフェで購入した本だ。その中でも、幸平がお勧めの紹介文を書いている文庫である。
 文字の癖で幸平の字だと分かった。彼の好きな本を読めば、話しかけるきっかけになるかもしれないと購入し、読了しているが、いざ店で幸平を前にすると、言葉が出てこなくなる。
 一度距離ができると、こんなにも関係が変わってしまうなんて……。幸平を突き放した三年前の自分が憎たらしくて仕方ない。けれど同時に、いくら時をやり直してもあの頃の自分はそうするのだろうなとも思う。
 高校二年に上がってから、幸平ら森良一家はあのアパートから引っ越してしまった。物理的にも距離ができてしまったのだ。なので陽太にはもう、ブックカフェに通うしか幸平に近付く方法はない。
 いっそこの恋心さえ無ければ、素直に謝って、また友人として交流が復活したのかもしれない。
 誰も彼も恋なんか上手くいってないのが、ある意味救いだった。
 想いが強ければ強いほど、うまくいかない。というのは謙人の負け惜しみかつ名言である。つい最近、謙人は三年ほど好きだった女子に告白することもできないまま失恋した。その女子は予備校の大学生アルバイトと付き合い始めたらしい。「高校生と付き合うとか、そんな男ろくでもないですから。同年代に相手にされないからガキに手出すんですよ」とムロが謙人を慰めていたのを思い出す。
 ベッドに寝そべっていた謙人が上半身を起こして問いかけてきた。
「それ面白い?」
「難しい」
 難しいが、幸平が勧めているのだから読破したい。
「森良くん、そういう難しい本読んでそう。読書好きそう」
 陽太は返事をしなかった。そうは思わなかったから。
 確かに今は幸平も読書が好きなのかもしれない。環境に余裕が出来たからこそ享受できる娯楽だ。
 だがそれは今の話で、陽太としては、まさか幸平がブックカフェに勤めるとはと意外だった。
 昔の幸平は、本なんかちっとも読んでいない。本だけでない。あらゆる娯楽とは無縁で、興味を示さない。
 いや……そうじゃない。新しい遊びに興味が湧いても、決してそれに手を出さないのだ。
 小説を読み進めると、『幼い頃から脅威に晒されてきた子供の特徴』を登場人物が語り出した。彼曰く、そうした子供達は、新しい玩具を目の前に差し出されても周囲をチラチラと不安げに確認するだけで、ソレには触れようとしないのだと。
 記憶に蘇るのは、小学生の頃に遠足で向かった公園での光景だった。
 トランポリンに行こう、とクラスメイトに誘われた幸平は、首をふるふると横に振った。でも陽太は、幸平がトランポリンに興味を示していたのを感じ取っていた。
 幸平はその後も子供たちの群がる白いトランポリンを気にしていた。だが、同時に周囲を警戒し、視線を画用紙に戻す。笑い声なんか何も聞こえていないみたいに、自分のするべきことに集中している。
 彼らは決して新しいモノに手を出さない。自分を守ることに必死だから、未知に踏み入れて次にどういった脅威が迫るのか不安で、気が気でない。
 その瞬間を生きるのに精一杯なのだ。
 ……後悔することばかりだ。
 あの時陽太は、幸平の手を取って、白い丘へ駆け出すべきだったのに。
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