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第二章
32 トコトコ
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「単純計算だとな」
玲は報酬を両手で持って呆然としている。
梅雨入りして、窓の外は雨が降っている。しかし高層階のここには雨音が届かない。まだ午後六時だというのに空が真っ暗なことから、雨が降っているのだと気付ける。
「俺、茹で卵作っただけですよ!?」
「別に茹で卵だけじゃないだろ。何言ってんだお前。ははっ」
声に出して笑うと、より玲は困惑を深めた。
玲は現在、昼間の仕事を制限している。一成は昼頃まで寝ているので玲がいつ起きているか分からないが、起床後にリビングへ向かうと、玲がテレビを見ていることは多い。
「一成さんってお金の使い方、変ですよね」
「俺の金だ。知るかよ」
相変わらず食事は外食が多いが、昼兼朝食は玲が作ってくれることが殆どだ。
一成は単純に茹で卵が好きなのでいつも冷蔵庫には玲の作ったそれらがある。玲は「茹で卵作るくらいしか仕事がない」と言っているが、実際に彼はスープや野菜炒めなどそれなりに料理してくれる。
とはいえ彼の言う通り、この家に仕事は少ない。
クリーニングは一成が寝ている午前中に中年男性のプロがこなしてくれている。玲は午前中起きているので、家に入ってきたヨシさんに最初はかなりビビったらしい。
彼の仕事を奪うわけにもいかないので、玲はその間何もしていない。ヨシさんはテキパキ清掃し、帰っていく。彼を玄関まで送ることくらいしか出来ないようだ。
食材なども勝手に届くので買い物する必要もなかった。
「聞くところによると、ボードゲーム作ってるらしいじゃないですか」
「誰に聞いたんだ」
「テレビでやってました」
玲はいきなりリビングを出ていく。金を部屋に置いてきたらしく、戻ってきた玲は「テレビで」と話を続行する。
「テレビで芸能人の皆さんが動画配信者の方々とボードゲームをやってて。その開発に月城一成さんが関わってると言ってました」
「あー」
「すごく皆さん驚いてました。意外だって」
去年に発売した商品のことだ。ゴスケやトラック前田、七味などと共同で作って現在も販売している。
去年も同様に驚かれた。月城一成とボードゲームはイメージが離れているらしい。
「一成さんって、遊ぶの好きですよね」
「お前は引きこもってるよな」
「……だって遠いんですもん」
「遠い?」
「地上が。ここから。散歩する気も失せます」
玲はとことこ歩いて部屋の端まで行くと、いつものように、部屋の熱帯魚に餌を与えはじめた。
それは二週間ほど前に『動が足りない』と大江が言い始めて導入した水槽だ。加えて『この部屋、玲ちゃんつまらないんじゃないですか?』とも。
実際、玲はかなり気に入っているようで、暇があれば水槽を眺めている。
この一ヶ月、玲に余暇が増えている。
暇が増えると外に出て働き始めて、元も子もなくなるのではと危惧したが意外にも玲はマンションに留まっている。今月は梱包の仕事へ向かっていない。週に三回、キャバクラの事務仕事へ出掛けているくらいだ。
水槽の魚を眺めていること以外は、一成の本棚を眺めたりなどしている。眺めて、たまに手にとる。
すぐに本棚へ戻すこともあれば、そのまま読み続けることもしばしば。月城一成の本には興味がないようだった。
一成の小説よりも、よっぽど熱帯魚が楽しいらしい。
「それにこの部屋は広いので、歩いてるだけで運動になりますよ」
「いや、運動できるだろ」
「……はい?」
玲が怪訝にこちらを見る。一成は首を振った。
「下ネタじゃねぇよ」
「そんな風に捉えてません」
「あっそ。ジムあんだろ。運動すれば」
「それ三日に一回言ってませんか? 嫌です!」
「鍛えないから、んな細っこいんだよ」
「一成さんが筋肉人なだけです」
「筋肉人。シンプルだけど初めて聞いた言葉だな」
「メモしないでください!」
玲はまたとことこ歩いてソファへやってきた。お気に入りになったらしい丸いクッションを抱えてソファに腰掛ける。
玲は報酬を両手で持って呆然としている。
梅雨入りして、窓の外は雨が降っている。しかし高層階のここには雨音が届かない。まだ午後六時だというのに空が真っ暗なことから、雨が降っているのだと気付ける。
「俺、茹で卵作っただけですよ!?」
「別に茹で卵だけじゃないだろ。何言ってんだお前。ははっ」
声に出して笑うと、より玲は困惑を深めた。
玲は現在、昼間の仕事を制限している。一成は昼頃まで寝ているので玲がいつ起きているか分からないが、起床後にリビングへ向かうと、玲がテレビを見ていることは多い。
「一成さんってお金の使い方、変ですよね」
「俺の金だ。知るかよ」
相変わらず食事は外食が多いが、昼兼朝食は玲が作ってくれることが殆どだ。
一成は単純に茹で卵が好きなのでいつも冷蔵庫には玲の作ったそれらがある。玲は「茹で卵作るくらいしか仕事がない」と言っているが、実際に彼はスープや野菜炒めなどそれなりに料理してくれる。
とはいえ彼の言う通り、この家に仕事は少ない。
クリーニングは一成が寝ている午前中に中年男性のプロがこなしてくれている。玲は午前中起きているので、家に入ってきたヨシさんに最初はかなりビビったらしい。
彼の仕事を奪うわけにもいかないので、玲はその間何もしていない。ヨシさんはテキパキ清掃し、帰っていく。彼を玄関まで送ることくらいしか出来ないようだ。
食材なども勝手に届くので買い物する必要もなかった。
「聞くところによると、ボードゲーム作ってるらしいじゃないですか」
「誰に聞いたんだ」
「テレビでやってました」
玲はいきなりリビングを出ていく。金を部屋に置いてきたらしく、戻ってきた玲は「テレビで」と話を続行する。
「テレビで芸能人の皆さんが動画配信者の方々とボードゲームをやってて。その開発に月城一成さんが関わってると言ってました」
「あー」
「すごく皆さん驚いてました。意外だって」
去年に発売した商品のことだ。ゴスケやトラック前田、七味などと共同で作って現在も販売している。
去年も同様に驚かれた。月城一成とボードゲームはイメージが離れているらしい。
「一成さんって、遊ぶの好きですよね」
「お前は引きこもってるよな」
「……だって遠いんですもん」
「遠い?」
「地上が。ここから。散歩する気も失せます」
玲はとことこ歩いて部屋の端まで行くと、いつものように、部屋の熱帯魚に餌を与えはじめた。
それは二週間ほど前に『動が足りない』と大江が言い始めて導入した水槽だ。加えて『この部屋、玲ちゃんつまらないんじゃないですか?』とも。
実際、玲はかなり気に入っているようで、暇があれば水槽を眺めている。
この一ヶ月、玲に余暇が増えている。
暇が増えると外に出て働き始めて、元も子もなくなるのではと危惧したが意外にも玲はマンションに留まっている。今月は梱包の仕事へ向かっていない。週に三回、キャバクラの事務仕事へ出掛けているくらいだ。
水槽の魚を眺めていること以外は、一成の本棚を眺めたりなどしている。眺めて、たまに手にとる。
すぐに本棚へ戻すこともあれば、そのまま読み続けることもしばしば。月城一成の本には興味がないようだった。
一成の小説よりも、よっぽど熱帯魚が楽しいらしい。
「それにこの部屋は広いので、歩いてるだけで運動になりますよ」
「いや、運動できるだろ」
「……はい?」
玲が怪訝にこちらを見る。一成は首を振った。
「下ネタじゃねぇよ」
「そんな風に捉えてません」
「あっそ。ジムあんだろ。運動すれば」
「それ三日に一回言ってませんか? 嫌です!」
「鍛えないから、んな細っこいんだよ」
「一成さんが筋肉人なだけです」
「筋肉人。シンプルだけど初めて聞いた言葉だな」
「メモしないでください!」
玲はまたとことこ歩いてソファへやってきた。お気に入りになったらしい丸いクッションを抱えてソファに腰掛ける。
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