【完結】幼馴染が妹と番えますように

SKYTRICK

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第三章

14 頑張ってきたのに

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 校内では丈と愛海の噂が広まりつつある。二人の仲を、ただの兄が邪魔するわけにはいかない。
 一時間目には無事に間に合ったので良かったが無理に丈を置いてきた気がして心苦しかった。心が落ち込むと体の怠さも増す。何だか熱っぽいような気もする。足のせいかもしれない。
 何とか四時間目まで乗り切る。チャイムが鳴って昼休みに入り、クラスメイトたちが続々と席を立った。そこでようやく携帯を確認すると、
「……あ」
 丈からメールが来ていた。
 メッセージには《昼休み、話したいことがある。あと俺は夕生の誕生日の方が大切だから》と書かれている。
 珍しいなと思った。丈はどっちが大事だとかそういったことは言わない。
 夕生は思わず力なく微笑む。丈は律儀な人だ。自分の恋へ一辺倒にならず、決して幼馴染を邪険になどしない。
 昼か……今日も愛海が来るだろうから彼らの迷惑にはなりたくなかった。
 どこで昼食を取ろうかと考えていると、目の前に誰かがやってくる。夕生は顔をあげて、唾を飲み込んだ。
「三ツ矢」
「……何?」
「話したいことがあんだけど」
 クラスでも目立つ存在の竹田が、いつもクラスの端っこにいる夕生に声をかけている光景がもの珍しいのか、クラスメイトたちがこちらに注目している。夕生は目を逸らし俯いた。竹田が言った。
「場所変えね?」
「……わかった」
 言ってから、自分が竹田に従う理由などないことに気付いたが、このまま教室で好奇の目に晒されるのは嫌だった。
 二人で教室を出る。竹田は学年でも有名で人気なので、廊下を歩いているだけで生徒たちがこちらを凝視してくる。
 一体どこへ行くのだろうとついていくと、竹田は西棟にやってきた。夕生が知っている代々受け継がれている教室も近い。まさかそこへ行くのではとゾッとしたが、竹田の目的地はその教室ではなく、隣の部屋だった。
 夕生の知っている隣の空き教室と同じ構造だった。西棟は使っていない部屋が多いようだった。竹田に「この部屋は?」とどうして知っているのか訊ねてみるも、「教えてもらった。誰か来るかもしれないから早めに話すわ」と素っ気なく返される。
 もしかして足のことだろうか。自分の足元を確認するが、制服を着ているので包帯は目立たない。
 夕生の想像に反して、竹田は言った。
「今朝さ、桜井先輩と二人でいたろ」
「えっ……」
 指摘されるとは思っていなかったことを竹田が言うので夕生は目を見開く。
 頭の中にパッと浮かぶのは今朝に見た人影だ。
 あれは丈の友人だと思っていたが、違った。
 竹田だったのだ。
「もしかして朝、二人で登校してんのか?」
「……たまたまだよ」
 ぼそっと呟くと、竹田は無表情で言う。
「桜井先輩って、お前の妹と付き合ってんじゃねぇの」
「まだ付き合ってはいない」
 自分で言いながらも胸が痛むから厄介だ。息苦しささえ感じてきた。
「お前さ、自分がオメガだからってアルファの先輩とどうこうなろうって考えてないよな?」
 やっぱりこうなるのか。
 夕生はふるっと首を横に振った。
「思ってない」
「ならなんで桜井先輩といたんだよ」
 竹田は真剣な顔をしていた。怒っていると言うより、ショックを受けているみたいだ。
 もしかして竹田は愛海を好きなのか? 愛海の相手が丈だから諦めたのに、その丈と夕生が共にいるのは好きな子が蔑ろにされて辛いのかもしれない。
 それ以外に理由がない。やはり、丈と夕生の二人でいるところを見られるべきではなかった。
 夕生は呟く。
「俺とじょ……桜井先輩は家が近いから」
「それは妹だって同じだろ」
「うん、そうだ」
 その通りだ。
 だとしても。
「俺たちのことを何で竹田に言わないといけないの?」
「何だよそれ……っ」
 驚いた。堪えることは慣れているはずなのに、余計な反抗をしてしまった自分に対してだ。
 竹田の苛立ちがいっそう増したのが分かる。やはり言うべきでなかった。どちらにせよあの二人の時間は増えていく。夕生だって二人には幸せになってほしい。
「妹と先輩の邪魔すんなよ」
 でもいざ自分が邪魔と言われると、丈を好きな自分が心のどこかで泣いている気がして、とてつもなく苦しくなる。
 極度の苦痛を感じると頭がぼうっとしてくるのは昔からの癖だ。最近はなかったこの感覚は懐かしく、しかし馴染み深かった。
 竹田が何か言っている。耳には入ってくるのに解釈が遅くなる。脳が情報を慎重に選んでいるみたいだ。夕生はじっと自分の足元を見つめた。どんどん竹田の声が大きくなる。でも夕生は、透明な箱の中で守られているみたいにそれを遠くに感じる。
 これらの感覚は知っている。
 だが異常だったのは肌に痛みを感じることだった。
 一部ではなく全体的に。なんだろう。体が変だ。いや、痛みじゃない。
 熱だ。
「おいっ」
「……ッ!」
 竹田に腕を掴まれる。そこで透明な箱の壁がバチンッと弾け、崩れた。
 夕生は現実世界に引き戻されて顔を上げる。
 竹田と目が、合った。
(あ……)
 ――これは。
「おい……」
 すぐに目を逸らす。途端に息苦しさが増す。一瞬呼吸を掴めなくて焦った。その焦燥が身体中にブワッと広がり、熱が加速する。
 夕生は崩れるように座り込んだ。一番熱いのは竹田に掴まれた手首で、そこは燃えているみたいだ。
 涙がぐわっと溢れ出す。何で、今なんだ。
 予定ではまだ一ヶ月以上も先なのに。ちゃんと薬も飲んでて、悪かったところなんかないはずなのに。
 竹田の息苦しそうな声が落ちてきた。
「……お前ヒートか?」
 今更ながら思い出す。竹田はアルファ性だ。
 夕生は力を振り絞って竹田の手を振り払った。
「は、はぁ……う、は」
「何で、こんな時に」
「う……っ」
 この場から去ろうとしても突然やってきた熱に頭も体もついていけない。足の痛みが襲ってきた。立ち上がろうとしても痛くて動けない。
 四つん這いで進もうとしたがずるっと手が滑ってその場に倒れ込む。竹田が叫んだ。
「大丈夫か! 三ツ矢!」
 竹田が夕生の近くに膝をつく。背中に手のひらを当てられた。
 その瞬間、電気が体を貫いたみたいだった。
「……ッな、」
「うあっ、う、……ふっ」
 悪かったところがないなんて嘘だ。
 俺が悪かった。
 ちゃんと周期も安定していて薬も飲んでいるからと頸保護のチョーカーもせず学校へ通ってしまった。昨日から体の怠さを自覚していたのに足の痛みのせいだと勝手に納得してしまった。
 愛海は心配してくれたのに学校に来てしまった。アルファ性と二人きりになってしまった。
 丈の――……メッセージに返さず、ここまで来てしまった。
 全部夕生のせいだ。上から降ってくる呼吸が荒くなっていくのも夕生のせい。
「三ツ矢、これ……くそっ」
「はっはっは……、うっ」
 でも、毎日頑張ってきたのに。
 ちゃんと薬を忘れずに飲んで暮らしていた。副作用が酷かった時もある。緊急抑制剤の打ち方を習って、針を自分に刺すのかと怖くなった。ヒートはいつも自分の体が自分のコントロールから外れるようで不安で苦しくて仕方なかった。その間学校に行けなくて、授業に置いていかれるのが嫌だった。
 それでも頑張ってやってきたのに。
 結局これなのか。
「ま、待って、たけ……っ」
「こんな、こんなはずじゃっ」
「やめ、やっ……!」
 涙が勝手に溢れてきて竹田の顔が見えない。体は指先から頭のてっぺんまで熱くて仕方なくて、覆い被さってくる竹田を押し退ける力は残されていない。
 声だけがうわ言みたいに「やめて」と繰り返している。頬に竹田の髪が触れた。夕生の手は勝手に動いて、せめて頸を守る。
 身体はろくに言うことを聞かないのになぜか頭が冴えてきた。またあの透明な箱に包まれたみたいだ。魂だけが箱の中にいる。
「う、っ……!」
 鎖骨に噛みつかれた。竹田が夕生のシャツを強引に開きボタンがどこかへ転がっていく。
 この状態では外に出られない。夕生のヒートで竹田は錯乱しているし、夕生はフェロモンがだだ漏れだ。
 学校内でヒートを起こしアルファ性に襲われるなど大問題だ。これがバレたらお父さんたちに迷惑がかかる。
 愛海も自分の身を重ねて不安になるかもしれない。
 だったら……。
「う、いた……あ、う」
「三ツ矢、三ツ矢」
 このまま最後まで耐えればいいだけだ。
 竹田の舌が胸を這う。心臓に近い場所にアルファ性の歯が当たることへ恐怖を感じて、夕生の身体は勝手に一切の抵抗をやめた。
 まるで痛みを与えずに食ってくださいと差し出しているみたいだ。
 でもそうかもしれない。最後までいけば互いにある程度落ち着くらしい。
 ここは西練の端っこだ。ひと通りが少ないだけでなく、この学校にアルファ性やオメガ性は滅多に居ないし、きっとこの部屋で何が起きても分からない。
 黙っていればバレない。この時間が終わったら一度薬局に行って緊急避妊薬を買おう。
 愛海は夕生が体調を崩しているのを知っている。だから早退して自宅で休んでいても不審には思われない。
 丈には――……何て言おうかな。
 ……。
 また隠し通せばいいか……。
 丈に嘘をつくのは嫌だから、ただ黙っていればいい。
 頸だけ守るんだ。大丈夫。あぁ、怖いなぁ。……けど怖くても、必死に耐えた子供の頃を思い出せ。
 大丈夫。落ち着いて、抵抗しなければ怪我もしない。終わったらこの事は秘密にしようと竹田に約束させる。俺のせいでこうなったけど竹田だって問題になりたくないから黙っていてくれる。
 だから大丈夫。
 大丈夫。
 ――『大丈夫?』
 不意に、今朝の丈の顔が浮かんだ。
 丈が隣で夕生に問いかける。丈はいつも隣にいてくれる。
 子供の頃からずっとそう。子供の頃から、ずっと丈が好きで……。
 夕生は記憶に残る丈の笑顔をじっと見つめた。
 夕焼けを一人眺めている夕生の元にやってきてくれた。「夕生」と名前を呼んで笑ってくれる。
 その笑顔が好きだった。
 ――丈。












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