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最終章
22 その後
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その時、空間に乾いた音が混じる。コンコン、と扉を叩く音がした。
「お兄ちゃん、そろそろご飯食べようよ」
扉の向こうから愛海の声がした。
愛海が控えめに扉を開いて顔を出す。丈がチッと舌打ちをする。
「今俺と夕生話してんだけど」
「うわっ」
愛海は「今の聞いた!? お兄ちゃん!」と悲鳴を上げた。
「すっごい低い声だった!」
「うん……、聞いた」
なるほど。これが丈の新しい一面で、愛海が見てきたものなのか。
丈は「あ、今のは」と動揺した。不意打ちで出てしまった声らしい。
「あの、夕生」
「どう思った!? ねえ!?」
「なんか……」
丈はああ言ったけれどやはり心許なそうに唇を噛んでいる。
そういうところも含めて、
「かわいいね」
「えーっ!?」
「……夕生……、好き」
「ふふ」
夕生が笑うと、丈が両手でしっかりと手を握ってくる。
愛海はその繋がれた手を、口と目を開いて凝視した後、「うわーっ」と叫んだ。
「お母さーんっ」
バンッと部屋の扉を閉じて愛海は一階へ駆け降りて行った。
……なんだか。
口の悪いところも舌打ちも、丈だとかわいく思えてしまう。
胸がキュンと刺激されるのだ。これがギャップというやつか。
あんまりにも丈が今まで夕生に優しかったから、その舌打ちが夕生に向けられるとは思わない。そうなると丈の珍しい一面は夕生にとって鑑賞するものでしかなくて、わぁと新鮮に味わえる。
こんな丈もいたんだ、と。
「大丈夫だった?」
「全然平気だよ」
「そっか。……あ、そうだ」
丈は思い出したように言って、一度手を離した。
やってきた時に持っていた紙袋を差し出してくる。
「これ、夕生にプレゼント」
丈は「誕生日プレゼント」と付け足した。
夕生は促されるまま紙袋を受け取った。丈が矢継ぎ早に言う。
「服買ってきたからさ、今度一緒に植物園行こう」
「植物園……」
丈が夕生の代わりに中から包装された服を取り出してくれる。
中身はシャツとボトムだった。丈は私服もお洒落だから、プレゼントされた服も格好いい。
口を開いた夕生は、『俺なんかに似合うかな』と言おうとした。
だがその言葉を飲み込む。
代わりに微笑んだ。
「丈が選んでくれた服着るの楽しみ」
丈は夕生をじっと見つめる。暫くして、心底嬉しそうな顔をした。
「やっぱり夕生は笑った顔がすごくいい」
可愛いところやいいところなんてないと思っていた。でも今は違う。
分かり合えないと思っていた相手は夕生の話を聞いてくれた。家族たちは夕生をとても大切に思ってくれる。
何より、世界で一番大好きな人が夕生を好きだと言ってくれた。
だから今ではその愛情表現を受け入れられる。
「ありがとう」
夕生は服をぎゅっと抱きしめて、満面の笑みで笑いかけた。
「丈、大好き」
(それから)
——愛海と丈の噂が消えた代わりに、その後校内を駆け巡ったのは、夕生と丈の話だった。
付き合い始めてすぐに丈は言った。「俺と付き合うと目立つ可能性があるかも。大丈夫?」と。
これは丈の懸念事項の一つでもあったらしい。その流れで丈は朝の登校に関しても教えてくれる。
ある意味では夕生も丈も考えていることは同じだった。丈が途中でコンビニに寄るのは、丈が夕生といるところを見られると揶揄われて、それが面倒だからだと夕生は思っていた。
丈が考えていたのは夕生と同様だったのだ。丈が夕生と共にいる姿を見られると「あの子誰」と夕生が話題になってしまう。
『夕生を大衆に晒したくない』
と丈は語った。
夕生は考えた。
(大衆……)
これまでの丈のことを考える。
確かにずっと丈は目立っていた。丈は大衆に晒され続けてきたのだ。
その過程で身につけた丈の一面を思うと胸がきゅうと締め付けられた。そうして夕生は幾度目かの決意をする。
これからは丈の傍にいる。
そこがどこであれ隣にいる。
『そんなの平気だよ。丈は俺の恋人なんだから』
夕生は言った。
『一緒に学校行って、一緒にお昼を過ごそう』
丈は子供みたいに笑ってくれた。
それから毎日二人で学校に通っている。勿論学校が見えてくる手前までではなく、校舎までだ。
丈が二年の階まで送ってくれるので丈と夕生の関係は忽ち話題になった。
それに三ツ矢兄と丈が共にいるばかりで、妹の愛海と丈が共にいる光景は見られない。どうなっているんだ?
その後、愛海は丈との関係をはっきり否定した。さらに丈は、友人に『あの二年の男子とどうなってんの』と聞かれた際にこう返した。
『付き合ってる子』
夕生はその現場を見ていない。噂によると、その一言の直後、友人たちがワッと盛り上がったらしい。
丈はすぐに付け足した。
『本人に近付いたら許さない』
だから夕生にはあの陽気な友人たちが近付いてこなかった。夕生の生活はそれまで同様、平穏そのものだ。
ただ一つ違うのは、竹田が夕生に大しておとなしくなったことだった。
ヒートに巻き込んでしまったことに関して、夕生は竹田に謝罪した。
だが竹田は、
『俺が悪かった』
と夕生に頭を下げた。
竹田があまりにも素直なので夕生はびっくりしたが、何はともあれその件については両者間とその親で解決した。
愛海と丈は、あの事件に何も言わなかった。強いて言うなら愛海は夕生の立場になってより自分の体質に関して気を引き締めたし、丈は竹田の立場になり、オメガ性と安易に二人きりにならないよう改めて強く誓う。
二人が問題視したのは、それとは別の、今までの夕生に対する竹田の暴言やその他だ。
二人は夕生の預かり知らぬ所で竹田と話し合っていたらしい。
竹田は夕生への暴言と、捻挫が自分のせいだと自白したのだ。愛海は家族として謝罪と捻挫の治療費を請求し、丈は恋人として、二度と夕生に『酷いこと』をしないよう忠告した。
正直、丈がどのように『忠告』したか夕生は把握していない。ただ結果として、竹田から真摯な謝罪を受けた。
『今までごめん。嫌だったろ』
『えっと……怖いなと思ってた』
『だよな……』
夕生の返答が曖昧な上に拙いばかりに、謝罪は何とも微妙に終わってしまった。
だがその後竹田に暴言を吐かれることはなくなった。
それから月日は巡る。
丈と夕生の話題で沸く五月が過ぎ去り、落ち着いたと見られたが夏休みを終えた直後の文化祭で丈が夕生のクラスにやってきてまた沸き、それらの繰り返しで時は経ち。
先に丈が卒業した。
「お兄ちゃん、そろそろご飯食べようよ」
扉の向こうから愛海の声がした。
愛海が控えめに扉を開いて顔を出す。丈がチッと舌打ちをする。
「今俺と夕生話してんだけど」
「うわっ」
愛海は「今の聞いた!? お兄ちゃん!」と悲鳴を上げた。
「すっごい低い声だった!」
「うん……、聞いた」
なるほど。これが丈の新しい一面で、愛海が見てきたものなのか。
丈は「あ、今のは」と動揺した。不意打ちで出てしまった声らしい。
「あの、夕生」
「どう思った!? ねえ!?」
「なんか……」
丈はああ言ったけれどやはり心許なそうに唇を噛んでいる。
そういうところも含めて、
「かわいいね」
「えーっ!?」
「……夕生……、好き」
「ふふ」
夕生が笑うと、丈が両手でしっかりと手を握ってくる。
愛海はその繋がれた手を、口と目を開いて凝視した後、「うわーっ」と叫んだ。
「お母さーんっ」
バンッと部屋の扉を閉じて愛海は一階へ駆け降りて行った。
……なんだか。
口の悪いところも舌打ちも、丈だとかわいく思えてしまう。
胸がキュンと刺激されるのだ。これがギャップというやつか。
あんまりにも丈が今まで夕生に優しかったから、その舌打ちが夕生に向けられるとは思わない。そうなると丈の珍しい一面は夕生にとって鑑賞するものでしかなくて、わぁと新鮮に味わえる。
こんな丈もいたんだ、と。
「大丈夫だった?」
「全然平気だよ」
「そっか。……あ、そうだ」
丈は思い出したように言って、一度手を離した。
やってきた時に持っていた紙袋を差し出してくる。
「これ、夕生にプレゼント」
丈は「誕生日プレゼント」と付け足した。
夕生は促されるまま紙袋を受け取った。丈が矢継ぎ早に言う。
「服買ってきたからさ、今度一緒に植物園行こう」
「植物園……」
丈が夕生の代わりに中から包装された服を取り出してくれる。
中身はシャツとボトムだった。丈は私服もお洒落だから、プレゼントされた服も格好いい。
口を開いた夕生は、『俺なんかに似合うかな』と言おうとした。
だがその言葉を飲み込む。
代わりに微笑んだ。
「丈が選んでくれた服着るの楽しみ」
丈は夕生をじっと見つめる。暫くして、心底嬉しそうな顔をした。
「やっぱり夕生は笑った顔がすごくいい」
可愛いところやいいところなんてないと思っていた。でも今は違う。
分かり合えないと思っていた相手は夕生の話を聞いてくれた。家族たちは夕生をとても大切に思ってくれる。
何より、世界で一番大好きな人が夕生を好きだと言ってくれた。
だから今ではその愛情表現を受け入れられる。
「ありがとう」
夕生は服をぎゅっと抱きしめて、満面の笑みで笑いかけた。
「丈、大好き」
(それから)
——愛海と丈の噂が消えた代わりに、その後校内を駆け巡ったのは、夕生と丈の話だった。
付き合い始めてすぐに丈は言った。「俺と付き合うと目立つ可能性があるかも。大丈夫?」と。
これは丈の懸念事項の一つでもあったらしい。その流れで丈は朝の登校に関しても教えてくれる。
ある意味では夕生も丈も考えていることは同じだった。丈が途中でコンビニに寄るのは、丈が夕生といるところを見られると揶揄われて、それが面倒だからだと夕生は思っていた。
丈が考えていたのは夕生と同様だったのだ。丈が夕生と共にいる姿を見られると「あの子誰」と夕生が話題になってしまう。
『夕生を大衆に晒したくない』
と丈は語った。
夕生は考えた。
(大衆……)
これまでの丈のことを考える。
確かにずっと丈は目立っていた。丈は大衆に晒され続けてきたのだ。
その過程で身につけた丈の一面を思うと胸がきゅうと締め付けられた。そうして夕生は幾度目かの決意をする。
これからは丈の傍にいる。
そこがどこであれ隣にいる。
『そんなの平気だよ。丈は俺の恋人なんだから』
夕生は言った。
『一緒に学校行って、一緒にお昼を過ごそう』
丈は子供みたいに笑ってくれた。
それから毎日二人で学校に通っている。勿論学校が見えてくる手前までではなく、校舎までだ。
丈が二年の階まで送ってくれるので丈と夕生の関係は忽ち話題になった。
それに三ツ矢兄と丈が共にいるばかりで、妹の愛海と丈が共にいる光景は見られない。どうなっているんだ?
その後、愛海は丈との関係をはっきり否定した。さらに丈は、友人に『あの二年の男子とどうなってんの』と聞かれた際にこう返した。
『付き合ってる子』
夕生はその現場を見ていない。噂によると、その一言の直後、友人たちがワッと盛り上がったらしい。
丈はすぐに付け足した。
『本人に近付いたら許さない』
だから夕生にはあの陽気な友人たちが近付いてこなかった。夕生の生活はそれまで同様、平穏そのものだ。
ただ一つ違うのは、竹田が夕生に大しておとなしくなったことだった。
ヒートに巻き込んでしまったことに関して、夕生は竹田に謝罪した。
だが竹田は、
『俺が悪かった』
と夕生に頭を下げた。
竹田があまりにも素直なので夕生はびっくりしたが、何はともあれその件については両者間とその親で解決した。
愛海と丈は、あの事件に何も言わなかった。強いて言うなら愛海は夕生の立場になってより自分の体質に関して気を引き締めたし、丈は竹田の立場になり、オメガ性と安易に二人きりにならないよう改めて強く誓う。
二人が問題視したのは、それとは別の、今までの夕生に対する竹田の暴言やその他だ。
二人は夕生の預かり知らぬ所で竹田と話し合っていたらしい。
竹田は夕生への暴言と、捻挫が自分のせいだと自白したのだ。愛海は家族として謝罪と捻挫の治療費を請求し、丈は恋人として、二度と夕生に『酷いこと』をしないよう忠告した。
正直、丈がどのように『忠告』したか夕生は把握していない。ただ結果として、竹田から真摯な謝罪を受けた。
『今までごめん。嫌だったろ』
『えっと……怖いなと思ってた』
『だよな……』
夕生の返答が曖昧な上に拙いばかりに、謝罪は何とも微妙に終わってしまった。
だがその後竹田に暴言を吐かれることはなくなった。
それから月日は巡る。
丈と夕生の話題で沸く五月が過ぎ去り、落ち着いたと見られたが夏休みを終えた直後の文化祭で丈が夕生のクラスにやってきてまた沸き、それらの繰り返しで時は経ち。
先に丈が卒業した。
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