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最終章
23 あの時ありがとう
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丈は都内の大学に進学し、一人暮らしを始めた。夕生は三年の受験生となりより勉強に集中する。丈は引っ越して最寄り駅が変わったにも関わらず、週に何度も帰ってきては夕生に勉強を教えてくれた。
そうしてまた一年が経ち、夕生は無事に卒業式を迎える。
進学先は丈と同じ大学だ。
——そうして平穏な毎日を過ごし、やがて安心した心地で卒業式を迎えた。
当然だがそこに丈はいない。いるのは数少ない友人たちと、在学生として見送ってくれる愛海。
和気藹々とした空気で最後の別れを交わして、学校を去る間際に声をかけられた。
竹田だ。
三年ではクラスがかなり離れていたので一度も話をしていなかった。
彼は言った。
「俺、お前のこと好きだった」
夕生にとってその言葉は予想外でしかなかった。確かにヒート事件以降は確かに竹田も接し方が柔らかくなった。けれど、彼は一年の頃から夕生を好きだったと告げたのだ。ならば強い態度の間も自分を好きだったことになる。
どう返したらいいのか少し言葉に詰まる。
……だって竹田の言葉に夕生は傷ついていた。
竹田に追い詰められたことは事実だ。
けれど……。
「あの時出ていってくれてありがとう」
部屋を出て行ったという行動にはとても感謝している。
だから夕生は心の思うまま、正直にそう伝えた。
竹田の手の甲にはあの時の傷が残っている。夕生の言葉を聞き、体を強制的にコントロールした証拠だ。
竹田は夕生を言葉で傷つけたこともある。しかし夕生の言葉を聞いてくれたのも確かだ。
……俺たちはアルファでオメガだ。
けれどそれ以前に人間だった。
竹田が部屋を出て行ってくれたことは、これから自分たちが第二性を抱えて生きていく上で糧になる。必ず勇気になる。
その心の頼りを示してくれた竹田には感謝している。
竹田は唇を噛み締めた。「元気でな」と言って、弾けるように笑う。そうして振り返ることなく去って行った。
丈は大学になって一人暮らしを始めたけれど、夕生は実家から大学に通うことになっている。予定では二年生まで。
二十歳になって丈と番になるまでの間だ。
「お帰り、夕生」
「ただいま」
卒業旅行として家族で出かけた帰り、東京に戻ってきてその足で丈の一人暮らしの部屋へ向かった。
何度か丈の部屋に来たことはあるがまだ少し緊張する。二人の家は子供の頃から往復しているので慣れているが、丈の部屋には慣れていない。
それにここでは、正真正銘二人きりだ。
「これ、お土産」
「おぉ」
「チョコだよ。美味しいチョコ」
「ありがとう」
ソファに二人並んで座る。丈の部屋は大学生にしてはかなり広い。寝室は別で、ここはリビングになっている。
三ツ矢家での旅行は、特に希望のなかった夕生の代わりに愛海が『フランス行きたい』と提案してくれた。フランスとドイツに七日間の滞在をして帰ってきたところだ。
食べ物も美味しかったし、観光スポットもよかった。丈には美味しいチョコレートとハンドクリームがセットになったプレゼントを買ってきた。某美術館で買ったポストカードも。
「あの美術館、すごく広いんだろ?」
「うん。全部回るのは何日もかかるらしい」
「へー。次は俺と卒業旅行だね」
「そうだね」
三日後、二人で旅行する約束をしている。
行先は温泉街だ。まだヒートは二ヶ月先だし、体調も落ち着いている。きっと何事もない。
とは言っても日本国内の東京からさほど離れていない地方だ。いくら丈と言っても二人だけで遠出するのはきっと両親が心配すると、丈から提案してくれた場所だ。
二年前のヒート事件以降、夕生よりも丈がよっぽど気を使っている。
「免許取ってよかった。夕生を乗せるためだけに免許取ったから」
大学生になった丈が一番に始めたことは教習所に通うことだった。
その時から、目的を『夕生と出かけるため』と明言してくれている。
丈は、混み合った電車内や街中で夕生が度々アルファ性に反応することをかなり気にしている。教習所に通うと宣言した日に彼は打ち明けた。
あの高校を選んだのも、夕生が家から徒歩か自転車で通える距離にあったかららしい。夕生が進学先を選ぶときに電車を使わない近距離の高校を選ぶであろうと推測し、先回りして入学したのだと。
夕生は丈が勧めてくれたからあの高校を選んだつもりでいた。でも実際は、丈が夕生の進学するであろう高校に先に入って待っていてくれたのだ。
驚く夕生に丈は『引いた?』と少し不安そうに笑った。
でも夕生はただ、嬉しかっただけだ。
丈とは長く一緒にいたのに、丈がそこまでして自分を想ってくれているなんて知らなかった。
まだ知らない丈の想いがあるかもしれない。そしてそれはきっと夕生にとってとても素晴らしいものだ。
だから嬉しかった。
夕生は今、あの時のようににっこりと頷く。
「楽しみだね。俺も丈の運転見たかったんだ」
丈は夕生の笑顔を見つめて、優しく目を細めた。
「すごく安全運転だから安心して」
「わかった。安心する」
旅行も丈の運転で向かうことになっている。
夕生は「でも」と続けた。
「丈だけに運転させるの申し訳ないな」
「そんなことは全く気にしないでいい」
丈は断言する。一応と言わんばかりに「夕生が免許取りたいならそうすればいいけど」と付け足した。
「俺は夕生を乗せたくて免許取ったからさ」
「うん」
「大学に車で通ってるやつもいるよ。近場に駐車場借りたりしてる。だから俺も夕生を授業に送ってくこともできる」
「え、そこまでさせるのはちょっと」
「なんで? 全然いいのに」
言いながら丈が夕生の口にチョコを入れてくる。
夕生は口を開いて、与えられたものを素直に食べた。
「夕生の履修登録によるけど、金曜か月曜どっちかの科目減らせば三連休をゆっくり過ごすこともできる」
言いながら夕生の唇を触ってくる。
付き合うようになって以降丈からのスキンシップが増えた。最初は緊張したけれど、今では会話を継続しながら受け入れることもできる。
夕生は「そうだね」と言った。口を開くと丈の指に舌が当たってしまう。
……あんまり深く考えていなかった。
丈の指が甘いなと思ったから舐めただけ。よくよく考えると夕生も、丈に甘えていただけなのだけど。
「……あー、待って」
そうしてまた一年が経ち、夕生は無事に卒業式を迎える。
進学先は丈と同じ大学だ。
——そうして平穏な毎日を過ごし、やがて安心した心地で卒業式を迎えた。
当然だがそこに丈はいない。いるのは数少ない友人たちと、在学生として見送ってくれる愛海。
和気藹々とした空気で最後の別れを交わして、学校を去る間際に声をかけられた。
竹田だ。
三年ではクラスがかなり離れていたので一度も話をしていなかった。
彼は言った。
「俺、お前のこと好きだった」
夕生にとってその言葉は予想外でしかなかった。確かにヒート事件以降は確かに竹田も接し方が柔らかくなった。けれど、彼は一年の頃から夕生を好きだったと告げたのだ。ならば強い態度の間も自分を好きだったことになる。
どう返したらいいのか少し言葉に詰まる。
……だって竹田の言葉に夕生は傷ついていた。
竹田に追い詰められたことは事実だ。
けれど……。
「あの時出ていってくれてありがとう」
部屋を出て行ったという行動にはとても感謝している。
だから夕生は心の思うまま、正直にそう伝えた。
竹田の手の甲にはあの時の傷が残っている。夕生の言葉を聞き、体を強制的にコントロールした証拠だ。
竹田は夕生を言葉で傷つけたこともある。しかし夕生の言葉を聞いてくれたのも確かだ。
……俺たちはアルファでオメガだ。
けれどそれ以前に人間だった。
竹田が部屋を出て行ってくれたことは、これから自分たちが第二性を抱えて生きていく上で糧になる。必ず勇気になる。
その心の頼りを示してくれた竹田には感謝している。
竹田は唇を噛み締めた。「元気でな」と言って、弾けるように笑う。そうして振り返ることなく去って行った。
丈は大学になって一人暮らしを始めたけれど、夕生は実家から大学に通うことになっている。予定では二年生まで。
二十歳になって丈と番になるまでの間だ。
「お帰り、夕生」
「ただいま」
卒業旅行として家族で出かけた帰り、東京に戻ってきてその足で丈の一人暮らしの部屋へ向かった。
何度か丈の部屋に来たことはあるがまだ少し緊張する。二人の家は子供の頃から往復しているので慣れているが、丈の部屋には慣れていない。
それにここでは、正真正銘二人きりだ。
「これ、お土産」
「おぉ」
「チョコだよ。美味しいチョコ」
「ありがとう」
ソファに二人並んで座る。丈の部屋は大学生にしてはかなり広い。寝室は別で、ここはリビングになっている。
三ツ矢家での旅行は、特に希望のなかった夕生の代わりに愛海が『フランス行きたい』と提案してくれた。フランスとドイツに七日間の滞在をして帰ってきたところだ。
食べ物も美味しかったし、観光スポットもよかった。丈には美味しいチョコレートとハンドクリームがセットになったプレゼントを買ってきた。某美術館で買ったポストカードも。
「あの美術館、すごく広いんだろ?」
「うん。全部回るのは何日もかかるらしい」
「へー。次は俺と卒業旅行だね」
「そうだね」
三日後、二人で旅行する約束をしている。
行先は温泉街だ。まだヒートは二ヶ月先だし、体調も落ち着いている。きっと何事もない。
とは言っても日本国内の東京からさほど離れていない地方だ。いくら丈と言っても二人だけで遠出するのはきっと両親が心配すると、丈から提案してくれた場所だ。
二年前のヒート事件以降、夕生よりも丈がよっぽど気を使っている。
「免許取ってよかった。夕生を乗せるためだけに免許取ったから」
大学生になった丈が一番に始めたことは教習所に通うことだった。
その時から、目的を『夕生と出かけるため』と明言してくれている。
丈は、混み合った電車内や街中で夕生が度々アルファ性に反応することをかなり気にしている。教習所に通うと宣言した日に彼は打ち明けた。
あの高校を選んだのも、夕生が家から徒歩か自転車で通える距離にあったかららしい。夕生が進学先を選ぶときに電車を使わない近距離の高校を選ぶであろうと推測し、先回りして入学したのだと。
夕生は丈が勧めてくれたからあの高校を選んだつもりでいた。でも実際は、丈が夕生の進学するであろう高校に先に入って待っていてくれたのだ。
驚く夕生に丈は『引いた?』と少し不安そうに笑った。
でも夕生はただ、嬉しかっただけだ。
丈とは長く一緒にいたのに、丈がそこまでして自分を想ってくれているなんて知らなかった。
まだ知らない丈の想いがあるかもしれない。そしてそれはきっと夕生にとってとても素晴らしいものだ。
だから嬉しかった。
夕生は今、あの時のようににっこりと頷く。
「楽しみだね。俺も丈の運転見たかったんだ」
丈は夕生の笑顔を見つめて、優しく目を細めた。
「すごく安全運転だから安心して」
「わかった。安心する」
旅行も丈の運転で向かうことになっている。
夕生は「でも」と続けた。
「丈だけに運転させるの申し訳ないな」
「そんなことは全く気にしないでいい」
丈は断言する。一応と言わんばかりに「夕生が免許取りたいならそうすればいいけど」と付け足した。
「俺は夕生を乗せたくて免許取ったからさ」
「うん」
「大学に車で通ってるやつもいるよ。近場に駐車場借りたりしてる。だから俺も夕生を授業に送ってくこともできる」
「え、そこまでさせるのはちょっと」
「なんで? 全然いいのに」
言いながら丈が夕生の口にチョコを入れてくる。
夕生は口を開いて、与えられたものを素直に食べた。
「夕生の履修登録によるけど、金曜か月曜どっちかの科目減らせば三連休をゆっくり過ごすこともできる」
言いながら夕生の唇を触ってくる。
付き合うようになって以降丈からのスキンシップが増えた。最初は緊張したけれど、今では会話を継続しながら受け入れることもできる。
夕生は「そうだね」と言った。口を開くと丈の指に舌が当たってしまう。
……あんまり深く考えていなかった。
丈の指が甘いなと思ったから舐めただけ。よくよく考えると夕生も、丈に甘えていただけなのだけど。
「……あー、待って」
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