【完結】今更愛を告げられましても契約結婚は終わりでしょう?

SKYTRICK

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第五章

53 恋が分からない

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 慣れているのか、クルドは気にすることなく「申し訳ありません」とにこやかに謝った。しかしシアナは自分で口にした言葉にハッとして、口元を指で覆う。
 クルドはにこやかにテオバルトへ話しかけた。
「団長はやはり小屋にいらっしゃいましたか」
「はい。公爵様はユリアン様の後を追ってばかりいますので」
「ははは。団長のお姿が見えない時は、団長を探すのではなく奥様を探した方が早いですね」
「本当に」
 ユリアンは無言で困惑した。この姿が見えていないのか? と疑うほどに二人は軽やかにロドリックとユリアンの話をしている。それにしてもやはり、ロドリックの奇行は傍目に見ても異様らしい。
 するとクルドに「隊長、テオバルト様」と騎士の一人が声をかけた。一瞬笑みを取り払ったクルドだが、何か報告を受けると、シアナへまた微笑んで言った。
「少し席を外します」
「ええ」
 テオバルトもユリアンに「先に邸宅内へご移動しますか?」と問いかける。ユリアンは軽くシアナに視線を遣るが、彼女は首を振った。
 ユリアンは微笑んだ。
「レディがお望みでないようなので」
「承知しました。木陰でお待ちください」
 テオバルトとクルドが訓練場の奥へ去っていく。おそらくロドリックと副団長の元へ向かったのだろう。
 ユリアンは騎士団の運営にも、公爵家の仕事にも関わっていない。あと一年で去る妻だからだ。公爵家に係る会議には参加できない身なので、こうして呑気に過ごすことしかできないのだ。
 ユリアンはそれを寂しいとは思わない。よく役割分担ができているなと感心するばかりだ。公爵家と公爵領の運営を任された弟が、非常に兄に協力的なのは、奇跡としか言いようがない。
 ぼんやり考えながら、ユリアンは「シアナ様」と話しかけた。
「向こうにフォリーがあるのでご移動しましょう……わっ、どうしたんですか!」
 ユリアンは思わず声を上げた。それは、シアナが今にも倒れそうなほど暗い顔をしていたからだ。
 慌てて「ご気分が優れないのですか?」と問う。シアナは緩く首を振った。
「違うの……さっきの、私、性格悪かったでしょう」
「え? え?」
「クルド卿に待ってなんかいないと言ってしまったわ……」
「えーと……」
 待っていなかったのなら正直にそう言って正解では? ユリアンは首を傾げた。
 しかしシアナは両手で顔を覆い、小さく叫んだ。
「どうして私、余計なことを言ってしまうんでしょう!」
「……」
「……はぁ。ごめんなさい。取り乱したわ。向こうに移動しましょう」
 深く息を吐いたシアナだが、顔を上げたときには笑みを浮かべている。ユリアンは困惑しつつも彼女をフォリーへと導いた。
 フォリーは訓練場を眺めることのできる場所に位置している。中の椅子に腰掛けると、シアナの方から言った。
「先ほどの会話、びっくりしました。ロドリックはユリアン様の後をついて回っているんですね」
「そう、みたいですね」
 早速ロドリックの話題を持ちかけられるのでユリアンは内心でびくついた。
 当然と言えば当然だが、ロドリックの話をするらしい。しかしユリアンはまだシアナの感情が分からない。
「お二人、仲良いんですね」
「……はい」
 一応頷いてみるが、答えはあっていただろうか。ユリアンは自分が、何に怯えているのかも分からなくなっていた。
「ロドリックとは番にならないのですか?」
 の質問への返しも思い浮かばない。
「えっ」
「夫婦でしょう。見たところ、ユリアン様のうなじには傷はないようですし」
「どうして僕がオメガだと……あっ、いえ、なんでもありません」
 男にもかかわらずロドリックに嫁いでいる時点で、ユリアンがオメガ性なのは子供でも分かる。シアナも察していて当然だ。
 だがシアナは、別の回答を口にした。
「私もオメガ性ですの」
「そう、なんですね」
「ええ。だから分かるんです」
 考えもしなかった。まさかシアナが、オメガ性だとは。
 シアナは言った。
「同じようなフェロモンを感じるんです。ユリアン様はかなり薄いようですけど……ユリアン様は気付きませんでしたか?」
「はい……」
 ユリアンは自分以外のオメガを見たことがない。実母がオメガだったとは聞いているが殆ど彼女の記憶はないので、心情的には今が、他のオメガとの初対面だ。
 驚いて言葉を失うユリアンだが、シアナは流暢に続けた。
「なら驚きましたよね。特に女性のオメガ性は滅多にいないでしょう? でも実は、いないんじゃなくて、隠れてるだけなんですよ」
「そう、なんですね」
「だから初めてユリアン様のお噂を耳にした時はびっくりしました。オメガ性であることを公言してパーティを楽しんでいるんだもの」
 例の噂を思い出したユリアンは唇を引き結んだ。魔性のユリアンは自分がオメガ性だと触れ回っていたが、その実態はアルノーだ。
 シアナも社交界に足を運ぶ女性である。ユリアンの噂を知っているのだ。どう訂正しようか迷うも、ユリアンの動揺は一瞬だった。
「でもあの噂は事実無根でしょう?」
「え?」
「もしくは、実際に遊び回ってる方がいらっしゃったとしても、ユリアン様ではないわね」
 ユリアンは目を瞬かせた。シアナは笑みを引っ込めて、真剣な表情をする。
「ロドリックがユリアン様と結婚して以降、初めて公爵邸にやって来たとき、思ったの。あの噂は嘘だって」
「それは、どうしてですか」
「ユリアン様が私に会いに来なかったからよ」
 シアナはそっと目を細めた。
「ああいう噂の人は、私を牽制しに来るはずでしょう。けれどユリアン様はそうしなかった。その後、ロドリックがユリアン様にご執心だと聞いて、推測が確信に変わったわ。ロドリックは真面目な男だから、噂で描かれたユリアン様には惚れないもの。そうして今日、お会いしてみたら、髪色から違っているわ。ユリアン様は噂と違って茶髪じゃない」
「……シアナ様の仰るとおりです」
「ふふっ、ほら。ね?」
「僕は、パーティに行った事もないんです。噂で流れているようなことはしていません」
「そうですよね」
「あ、けれど、ロドリック様が僕に惚れているわけではありません」
 シアナはきょとんとして、「あら、そうなの」と呟いた。
 一応訂正しておかなければと口にしたが、シアナの反応の感情が見えない。もしもシアナがロドリックに好意を抱いているならば安堵を見せるだろうけれど、今のシアナは安堵というより、不思議そうな顔をしている。分からない。人の恋愛などユリアンには分からない。ユリアンは自分自身恋をしたことがないし、周りで恋愛をしている人間も見たことがないのだ。
 シアナは「それにしても」と話を続ける。
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