恋愛探偵は堕とされない。

文字の大きさ
1 / 24
第1章 きっと純情可憐な彼女。

第1話 落ちてしまえば、世界は変わる。

しおりを挟む
 
 「一目惚れ」なんて、本当にあるのだろうか。
そりゃあ、初対面の女の子に「可愛いな」と思うことはもちろんある。クラスの女子のちょっとした仕草に思わずドキッとしてしまうことも、17歳の男子高生には日常茶飯事だ。
でもそれは、どちらも「その時だけ」の話。本気で好きになるのとは違う。もちろん、そういうのをきっかけに意識し始めて、一緒に過ごす時間の中でだんだんと「好き」に変わっていくことはあるかもしれないけれど……
それはもはや、「一目惚れ」とは呼ばないだろう。

飽きるほど騒がしい、昼休みの教室にて。
控えめであまり主張しない性格のためか、クラスの中でも地味で目立たないポジションをすっかり確立してしまっている比呂川瑞帆ひろかわみずほは、「バスケ部の大会で知り合った他校の女子に一目惚れした」と大騒ぎする友人の話を聞きながら、そんなことを考えていた。

「どうして俺、連絡先を聞かなかったんだろ…せめて名前だけでも……」

机に伏して、遠い目をする友人。この台詞を聞くのも、もう6回目だ。
ぼんやりと宙を見つめている彼曰く、「落としたスマホを拾ってもらったことがきっかけで、相手の子を好きになった」のだとか。その子が好みのタイプ過ぎて、目が合った瞬間頭の中が真っ白になったらしい。ちなみにその時交わした言葉は、
『これ、落としましたよ』 と
『…ありがとうございます』 だけ。

「そんなに落ち込まなくても、試合は来月もあるんだろ?そこでまた会えるって」

パックのコーヒー牛乳を飲みながら、友人の肩を叩いて励ます。だが瑞帆は、目の前の友達にいまいち共感しきれなかった。
どうして顔以外何も知らない相手のことを、ここまで好きになれるのだろう。そもそもこんなになる前の友人は、「俺は、ちょっと意地っ張りだけど根は優しくて甘えん坊で俺のことが大好きで、金曜日は俺と一緒に朝までFPSゲームをしてくれる可愛い女の子と付き合いたい」という理想を大声で堂々と語り、周りの女子をドン引かせていたというのに。あんなにこだわっていた条件はもはや、どうでもよくなってしまったのか。
いや、もしやそれほどまでに相手の女の子が魅力的だということなのか?

……だめだ、わからない。さっきからずっと堂々巡りだ。
きっとどんなに考えても、自分にはわからないのだろう。女の子に興味がないわけではない。でも、誰かに強く心を惹かれたことはない。だから彼女がいないのはもちろん、悲しいことに女の子の友達もほとんどいない。そのうえ高校2年生にもなって、好きなタイプと聞かれても「優しい子」くらいしか思い浮かばない…そんな自分には。

そう思ってしまうと、名前も知らない女の子への恋心で盛り上がっている友人が、瑞帆には半ば羨ましく…そして、眩しく見えたのだった。


……いや。今となってはもはや、「眩しく見えていた」、と言った方が正しいのかもしれない。


「ふざけないで。そんな簡単に謝って済む話じゃないの。あんたが余計なことをしてくれたせいで、私の大事な研究しごとが台無しになったんだから。当然、この責任はとってくれるんでしょうね?」

とある平日の夕方。人が大勢いる駅のホームの、ど真ん中。
瑞帆は見惚れるほど綺麗な顔立ちの女子高生に、制服のネクタイを乱暴に掴まれ締め上げられていた。
嚙みつくような目に、苛立ちを含んだ棘のある声。ついさっきまで、柔らかな栗色の髪をたなびかせて凛と佇んでいた“清楚なお嬢様”の面影は…もはやどこにもない。

「何事だ」とざわつく周囲の視線が痛い。彼女に容赦なく絞められている首が苦しい。
けれど瑞帆にとっては、彼女の顔がこんなにも近くにあることの方が大事おおごとだった。動揺と緊張のせいで、顔が熱くなっているのがわかる。ものすごい速さで脈打つ自分の鼓動がうるさい。

そして思い知らされる。自分はもう彼女のことが、どうしようもなく好きなのだと。

たとえそのきっかけが、“あの日”彼女が偶然見せた、ほんの些細な表情だけだったとしても。
そして今目の前にいる彼女が…この数日間の姿とは、まるで別人だったとしても。

興奮と混乱がひしめき合う頭の中に、瑞帆があの日見惚れた、彼女の姿が浮かぶ。


それは今からちょうど、5日前のことだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...