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第2章 おそらく天下無類の探偵。
第8話 来訪者の悩み事
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「えっ。あの、もしかしてお取込み中でしたか…?」
床に正座をしている瑞帆となゆたに気がつくと、女の子は戸惑いながら一歩後退った。
紺色のブレザーに薄茶色を基調としたチェック柄のスカートは、瑞帆の知らない制服だ。肩につかないくらいのふんわりとした黒髪が、あどけない顔立ちによく似合っている。厚めの前髪がぱっちりとした大きな目を引き立たせていて、控えめに言っても可愛い。
そんな子が今、自分を見て若干…いや、かなり引いている。
瑞帆はさっと俯いて目を逸らした。
するといつの間にか立ち上がっていた紅亜が、女の子に近寄りながらにこやかに話しかけた。
「いえ、大丈夫ですよ。驚かせてしまってすみません、少々スタッフの指導をしていましたもので。井原萌咲さんですね。お待ちしておりました」
大人の余裕を感じさせる話し方に、隙のない身のこなし。一瞬で仕事モードに切り替わった紅亜に瑞帆は息を飲む。これでスーツでも着ていたら、とても同年代とは思えないだろう。
紅亜は「どうぞ座ってください」と、萌咲をソファへ促した。そしてさりげなく、瑞帆となゆたにちらっと目を向ける。
それとほぼ同時に、なゆたがすっと立ち上がって素早く壁の方へ移動した。なるほど、そういうことかと瑞帆も急ぐ。情けないことに、久しぶりの正座で脚がしびれて気持ち悪い。それで転びそうになったせいか、なゆたの隣に並んだ時には露骨に嫌な顔をされた。
「あの…男のスタッフさんもいるんですね」
ソファに座った萌咲は、そんな瑞帆となゆたをずっと目で追っていたようだった。
萌咲と向き合うようにソファに腰を下ろした紅亜は、「ええ」と穏やかに頷いた。
「男性の手が必要なことも多くありますので。先ほどは少々恥ずかしいところをお見せしてしまいましたが、2人とも私の優秀な助手です。けれどもし男性がいると話しにくいようでしたら、彼らは退室させます」
「そんな、大丈夫です。ちょっと気になっただけなので」
萌咲が慌てて首を振る。かえって恐縮させてしまったようだ。
そして瑞帆もまた、萌咲に対して後ろめたさを感じていた。なゆたはともかく、自分はただ成り行きでここにいるだけの部外者だ。萌咲の話をこのまま聞いてしまって良いのだろうか。
けれど紅亜が自分のことを「助手」といった以上、「実は違うんです」だなんて言えるわけがない。
(それならせめて、絶対に迷惑や邪魔にはならないようにしないと――)
萌咲と紅亜が話している間、瑞帆は文字通り“空気”になろうと決めた。
「そうしましたら、早速詳しい話をおうかがいしても?事前にいただいていたメールには、『彼氏が急に冷たくなった』というようなことが書かれていましたけれど」
紅亜が話を切り出す。萌咲もそれを待ちかねていたかのように、前のめりで話し始めた。
「そうなんです。えっと、彼氏は同じ居酒屋でバイトしてる1こ上の先輩で、高校2年生なんですけど。3か月前に私から告白して付き合うようになって、最初はすごく優しかったのに…何故か最近、急にそっけなくなったというか」
「そっけなくなった、というのは具体的に?」
「具体的に…ですか?えーっとなんと言うか、雑に扱われているような感じというか。一緒にいてもつまらなさそうだったりとか、優しい時もあるけどなんか形だけ…みたいな。話しかけても、『あ、聞いてないな』って思ったりすることもあって」
「彼の態度が、付き合った当初と今とで明確に変ったと。何か思い当たるきっかけは?」
「それが私には全くなくて…わからないです。悟くんとは…あ、彼氏の名前なんですけど。学校も違うし、最近はバイト以外で会うこともあんまりなかったから」
苦い顔で、切々と語る萌咲。
聞いていると、どうやら彼氏の“悟くん”は裏表のない真面目な性格で、とても頼りになる人らしい。ただ、適当な人間や曲がった事がとにかく許せないというタイプでもあり、少々融通が利かずに人と衝突することもあるのだとか。だからこそ、悟が冷たくなったのには何か自分に原因があるのではと、萌咲は気が気でないようだ。
けれど傍で聞いている瑞帆には、萌咲の話は漠然とし過ぎていて、よくわからないことが多かった。
“優しくない”という印象も、“そっけなくなった”という違和感も…萌咲は悟と一緒にいて、ふとした時に「そんな風に感じる」ことが多いらしい。だが、具体的に何がと訊かれると、「どれも些細なこと過ぎて覚えていない」と言うばかり。
同じようなことを、ちょっとずつ言葉を変えて繰り返し話す萌咲。とにかく不安で仕方がないことはわかるが、話がなかなか前に進まない。
(弥刀代さんはずっと優しく相槌を打っているけど、これからどうするつもりだろう?)
瑞帆がだんだんと、もどかしさを感じ始めた頃――
萌咲が突然、「あ」と何かを思い出したような声を漏らした。
「そういえば悟くん、最近梨沙子さんとよく話してる…」
「梨沙子さん?」
紅亜が、萌咲のつぶやきに素早く反応した。
床に正座をしている瑞帆となゆたに気がつくと、女の子は戸惑いながら一歩後退った。
紺色のブレザーに薄茶色を基調としたチェック柄のスカートは、瑞帆の知らない制服だ。肩につかないくらいのふんわりとした黒髪が、あどけない顔立ちによく似合っている。厚めの前髪がぱっちりとした大きな目を引き立たせていて、控えめに言っても可愛い。
そんな子が今、自分を見て若干…いや、かなり引いている。
瑞帆はさっと俯いて目を逸らした。
するといつの間にか立ち上がっていた紅亜が、女の子に近寄りながらにこやかに話しかけた。
「いえ、大丈夫ですよ。驚かせてしまってすみません、少々スタッフの指導をしていましたもので。井原萌咲さんですね。お待ちしておりました」
大人の余裕を感じさせる話し方に、隙のない身のこなし。一瞬で仕事モードに切り替わった紅亜に瑞帆は息を飲む。これでスーツでも着ていたら、とても同年代とは思えないだろう。
紅亜は「どうぞ座ってください」と、萌咲をソファへ促した。そしてさりげなく、瑞帆となゆたにちらっと目を向ける。
それとほぼ同時に、なゆたがすっと立ち上がって素早く壁の方へ移動した。なるほど、そういうことかと瑞帆も急ぐ。情けないことに、久しぶりの正座で脚がしびれて気持ち悪い。それで転びそうになったせいか、なゆたの隣に並んだ時には露骨に嫌な顔をされた。
「あの…男のスタッフさんもいるんですね」
ソファに座った萌咲は、そんな瑞帆となゆたをずっと目で追っていたようだった。
萌咲と向き合うようにソファに腰を下ろした紅亜は、「ええ」と穏やかに頷いた。
「男性の手が必要なことも多くありますので。先ほどは少々恥ずかしいところをお見せしてしまいましたが、2人とも私の優秀な助手です。けれどもし男性がいると話しにくいようでしたら、彼らは退室させます」
「そんな、大丈夫です。ちょっと気になっただけなので」
萌咲が慌てて首を振る。かえって恐縮させてしまったようだ。
そして瑞帆もまた、萌咲に対して後ろめたさを感じていた。なゆたはともかく、自分はただ成り行きでここにいるだけの部外者だ。萌咲の話をこのまま聞いてしまって良いのだろうか。
けれど紅亜が自分のことを「助手」といった以上、「実は違うんです」だなんて言えるわけがない。
(それならせめて、絶対に迷惑や邪魔にはならないようにしないと――)
萌咲と紅亜が話している間、瑞帆は文字通り“空気”になろうと決めた。
「そうしましたら、早速詳しい話をおうかがいしても?事前にいただいていたメールには、『彼氏が急に冷たくなった』というようなことが書かれていましたけれど」
紅亜が話を切り出す。萌咲もそれを待ちかねていたかのように、前のめりで話し始めた。
「そうなんです。えっと、彼氏は同じ居酒屋でバイトしてる1こ上の先輩で、高校2年生なんですけど。3か月前に私から告白して付き合うようになって、最初はすごく優しかったのに…何故か最近、急にそっけなくなったというか」
「そっけなくなった、というのは具体的に?」
「具体的に…ですか?えーっとなんと言うか、雑に扱われているような感じというか。一緒にいてもつまらなさそうだったりとか、優しい時もあるけどなんか形だけ…みたいな。話しかけても、『あ、聞いてないな』って思ったりすることもあって」
「彼の態度が、付き合った当初と今とで明確に変ったと。何か思い当たるきっかけは?」
「それが私には全くなくて…わからないです。悟くんとは…あ、彼氏の名前なんですけど。学校も違うし、最近はバイト以外で会うこともあんまりなかったから」
苦い顔で、切々と語る萌咲。
聞いていると、どうやら彼氏の“悟くん”は裏表のない真面目な性格で、とても頼りになる人らしい。ただ、適当な人間や曲がった事がとにかく許せないというタイプでもあり、少々融通が利かずに人と衝突することもあるのだとか。だからこそ、悟が冷たくなったのには何か自分に原因があるのではと、萌咲は気が気でないようだ。
けれど傍で聞いている瑞帆には、萌咲の話は漠然とし過ぎていて、よくわからないことが多かった。
“優しくない”という印象も、“そっけなくなった”という違和感も…萌咲は悟と一緒にいて、ふとした時に「そんな風に感じる」ことが多いらしい。だが、具体的に何がと訊かれると、「どれも些細なこと過ぎて覚えていない」と言うばかり。
同じようなことを、ちょっとずつ言葉を変えて繰り返し話す萌咲。とにかく不安で仕方がないことはわかるが、話がなかなか前に進まない。
(弥刀代さんはずっと優しく相槌を打っているけど、これからどうするつもりだろう?)
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萌咲が突然、「あ」と何かを思い出したような声を漏らした。
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