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第3章 あるいは虚堂懸鏡な女神。
第23話 不穏な会話
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紅亜の好きなところを。好きになった時の気持ちを。そして今の想いを――
『たくさん話しましょう』と約束したあの日。
『最初の質問は何がいい?やっぱり定番なの?そしたら…瑞帆は、私のどこが好き?』
楽しそうな表情。瑞帆の顔をのぞき込もうと、少し背伸びする仕草。こっちが赤くなったのに気づいて、嬉しそうに細まる目……
全部。全部が可愛くて、綺麗で、好きすぎる。挙げていったらきりがない。
沸騰しそうな頭でずっとそんなことを考えていたせいで、正直自分が紅亜の質問に何て答えたのか、よく覚えていない。
ただ瑞帆が話し終えた時、紅亜は少しはにかんで『呆れちゃうんだから』と言った。
初めて見るその顔もすごく可愛くて、自分の話で喜んでもらえたみたいで、瑞帆はなんだか嬉しかった。
それにまるで、本当に恋人同士の会話みたいで――
「ヒロくんー?ぼんやりしてないで、早くこれ持って行って」
その時。横から聞こえた大きな男声で、瑞帆はハッと我に返った。
(しまった。今はバイト中……!)
「すみません!今すぐ!!」
「珍しいねぇ、いつもチャキチャキ動いてるヒロくんが。もしかして、好きな子のことでも考えてた?」
キッチン担当の先輩が、カウンターに並べられた山盛りのから揚げやポテトの後ろでにやにやと笑っている。
「いや、その…」
「え。まさか図星?」
「違います!これ全部8番テーブルですね、急いで持っていくんですみませんでした」
「あとでまた聞かせてよー?」
面白がる先輩に、瑞帆は無言で背を向けた。
しかしバイト終わりのタイミングでは逃げきれず、色々茶化されたりしつこく聞かれたのを散々ごまかす羽目になってしまい――
瑞帆はもう、バイト中は絶対に気を抜くまいと誓った。
それからまた、数日。
前回の反省から変に気を張りすぎたせいで、瑞帆はシフトの時間よりもだいぶ早めに店についてしまった。
仕方ないから適当に動画でも見て時間を潰そうか、なんて考えながら休憩室に向かう。
すると中から、コソコソとした話し声が聞こえてきた。
「お節介なのはわかってるよ。けど、やっぱり放っておけない」
やや棘のある梨沙子の声。
「いい加減見切りつけなよ。自分でも分かってるんでしょ?こんな関係を続けててもしょうがないって」
――沈黙。
瑞帆はドアの前で息を殺した。
「…大丈夫ですよ」
次に聞こえたのは、悟の声だった。
覇気がない、けれど微かに煩わしさもにじむ声。
「心配してもらって申し訳ないですけど、俺だってちゃんと考えてますから」
「この前もそう言ってた。でも何も変わってないよね?」
「そんなことないですって」
「嘘だって顔に書いてあるよ。…ねえ、萌咲ちゃんは悟くんが思ってるような子じゃないと思う。私、ちょっと怖いもん…裏で何考えてるかわかんないし、それに――」
「わかってます。だからそれ以上言わないでください。本当に大丈夫ですから」
やや強引に言葉をかぶせて、悟は梨沙子の話を止めさせた。
ドアの外側からでも、中の空気がどれほど張り詰めているかがわかる。
しばらく無音が続いた後、ようやく梨沙子のため息が聞こえた。
「ごめん、少し言い過ぎた。私ちょっと外の空気吸ってくる」
「…すみません」
ヤバい、と咄嗟に瑞帆は周囲を見渡した。
瑞帆の立つドアに向かって、足音がカツカツと迫ってくる。
しかし、狭い廊下には隠れられるようなスペースがあるはずもなく。
どうすることもできないまま、瑞帆の目の前で勢いよくドアが開いた。
「あ………」
小さな声がつい口から洩れ、梨沙子とばっちり目が合う。
梨沙子も、驚きで大きな目をさらに見開いて固まった。だがそれも束の間、彼女は瑞帆の腕を強く掴んだ。
そのまま乱雑に休憩室のドアを閉め、瑞帆を引っ張って歩き出す。無言のまま、梨沙子の足は店の外へと向かっていた。
「あれぇどうしたの、2人して深刻そうな顔して?あ、もしかして……」
「違いますうるさいです吉田さんは黙って仕事してください」
通常仕様の先輩を辛辣に退け、梨沙子は足早に歩を進めていく。
あっという間に、瑞帆は店の裏手に連れ出されていた。
『たくさん話しましょう』と約束したあの日。
『最初の質問は何がいい?やっぱり定番なの?そしたら…瑞帆は、私のどこが好き?』
楽しそうな表情。瑞帆の顔をのぞき込もうと、少し背伸びする仕草。こっちが赤くなったのに気づいて、嬉しそうに細まる目……
全部。全部が可愛くて、綺麗で、好きすぎる。挙げていったらきりがない。
沸騰しそうな頭でずっとそんなことを考えていたせいで、正直自分が紅亜の質問に何て答えたのか、よく覚えていない。
ただ瑞帆が話し終えた時、紅亜は少しはにかんで『呆れちゃうんだから』と言った。
初めて見るその顔もすごく可愛くて、自分の話で喜んでもらえたみたいで、瑞帆はなんだか嬉しかった。
それにまるで、本当に恋人同士の会話みたいで――
「ヒロくんー?ぼんやりしてないで、早くこれ持って行って」
その時。横から聞こえた大きな男声で、瑞帆はハッと我に返った。
(しまった。今はバイト中……!)
「すみません!今すぐ!!」
「珍しいねぇ、いつもチャキチャキ動いてるヒロくんが。もしかして、好きな子のことでも考えてた?」
キッチン担当の先輩が、カウンターに並べられた山盛りのから揚げやポテトの後ろでにやにやと笑っている。
「いや、その…」
「え。まさか図星?」
「違います!これ全部8番テーブルですね、急いで持っていくんですみませんでした」
「あとでまた聞かせてよー?」
面白がる先輩に、瑞帆は無言で背を向けた。
しかしバイト終わりのタイミングでは逃げきれず、色々茶化されたりしつこく聞かれたのを散々ごまかす羽目になってしまい――
瑞帆はもう、バイト中は絶対に気を抜くまいと誓った。
それからまた、数日。
前回の反省から変に気を張りすぎたせいで、瑞帆はシフトの時間よりもだいぶ早めに店についてしまった。
仕方ないから適当に動画でも見て時間を潰そうか、なんて考えながら休憩室に向かう。
すると中から、コソコソとした話し声が聞こえてきた。
「お節介なのはわかってるよ。けど、やっぱり放っておけない」
やや棘のある梨沙子の声。
「いい加減見切りつけなよ。自分でも分かってるんでしょ?こんな関係を続けててもしょうがないって」
――沈黙。
瑞帆はドアの前で息を殺した。
「…大丈夫ですよ」
次に聞こえたのは、悟の声だった。
覇気がない、けれど微かに煩わしさもにじむ声。
「心配してもらって申し訳ないですけど、俺だってちゃんと考えてますから」
「この前もそう言ってた。でも何も変わってないよね?」
「そんなことないですって」
「嘘だって顔に書いてあるよ。…ねえ、萌咲ちゃんは悟くんが思ってるような子じゃないと思う。私、ちょっと怖いもん…裏で何考えてるかわかんないし、それに――」
「わかってます。だからそれ以上言わないでください。本当に大丈夫ですから」
やや強引に言葉をかぶせて、悟は梨沙子の話を止めさせた。
ドアの外側からでも、中の空気がどれほど張り詰めているかがわかる。
しばらく無音が続いた後、ようやく梨沙子のため息が聞こえた。
「ごめん、少し言い過ぎた。私ちょっと外の空気吸ってくる」
「…すみません」
ヤバい、と咄嗟に瑞帆は周囲を見渡した。
瑞帆の立つドアに向かって、足音がカツカツと迫ってくる。
しかし、狭い廊下には隠れられるようなスペースがあるはずもなく。
どうすることもできないまま、瑞帆の目の前で勢いよくドアが開いた。
「あ………」
小さな声がつい口から洩れ、梨沙子とばっちり目が合う。
梨沙子も、驚きで大きな目をさらに見開いて固まった。だがそれも束の間、彼女は瑞帆の腕を強く掴んだ。
そのまま乱雑に休憩室のドアを閉め、瑞帆を引っ張って歩き出す。無言のまま、梨沙子の足は店の外へと向かっていた。
「あれぇどうしたの、2人して深刻そうな顔して?あ、もしかして……」
「違いますうるさいです吉田さんは黙って仕事してください」
通常仕様の先輩を辛辣に退け、梨沙子は足早に歩を進めていく。
あっという間に、瑞帆は店の裏手に連れ出されていた。
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