アルゲートオンライン~侍が参る異世界道中~

桐野 紡

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7巻

7-1

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 1 追っ手


 リキオーたち銀狼団ぎんろうだんは、獣人国家カメリアを離れ、一路、南を目指していた。
 次の目的地は、金竜きんりゅう様が住むという竜宮城りゅうぐうじょうだ。しかしカメリアからそこまでの道のりは遠く、リキオーたちが苦労した、北の竜人りゅうじんたちの拠点エランケアからヒト族の国家アルタイラまでの距離に匹敵する。
 カメリアから出て竜宮城に至るまでに、その辺りを支配する勢力は大きく変わるという。
 天然の要塞ようさいだったカメリアの南にある奇岩地帯を抜けると、獣人の支配領域は曖昧あいまいになり、大きな森林が続くようになる。森林をさらに南に進んでいくと獣人の気配は少なくなっていき、やがて海人かいじんの支配域に入るのだ。
 そのうち森林地帯も途切れ、陸地の奥深くまで海水域が広がったエリアに出る。その海水域の所々にあるのは群島、スタローシェだ。スタローシェとは、「魚のうろこ」を意味する地元の海人の言葉で、ここ一帯はヒト族からエスベル諸島群と呼ばれる。
 こうした小さな島が無数に連なる地帯が、地球で言えば、南アメリカ大陸のブラジル全土に当たる範囲に広がっている。
 ここにはかつてヒトの住まう大地があったが、過去の大戦において超兵器が使用されたことにより、生物が生きるには厳しい環境になってしまっていた。
 今も大戦の影響は残っており、たびたび「ホール」と呼ばれる穴が現れ、周辺のすべてを地の底へと吸い込んでしまう現象が起きている。


 カメリアの気温もすでに高めだったが、この辺りまで南下すると、さらに高温となる。銀狼団一行は皆、歩を進めながら昼間は額に汗を浮かべていた。
 しかし、それぞれの表情に疲れの色はなく、気力は充実しているようだった。
 その理由は、夜、リキオーが土魔法で穴蔵あなぐらを造り、その中に冷房を設置しているので快適に過ごせるからだ。睡眠が十分に取れているので英気も十分というわけである。
 慣れない土地では、食事や睡眠をしっかり取っておかないと、調子が狂って戦闘もままならないというのは自明の。リキオーはそうならないように、細かなところまで気遣っていた。


 リキオーたちが獣人拠点から脱出した翌日、アネッテのふところにあった小さな像が唐突に砕け散った。その像は、アルタイラの直前に立ち寄ったゴーストタウンで手に入れたもので、そこで出会った獣人の子供たちをした像だ。
 何事かと目を覚ました彼女は悪い予感を察知し、馬車のほろを掛けた荷台から顔を出した。そして獣人拠点のほうを振り返る。
 ハヤテはアネッテの傍らで体を起こして、ギロリと強い眼差しを獣人拠点のほうに向けた。カエデも何かを感じ取ったのか、リキオーの体に鼻先を押しつける。
 リキオーも目を覚まし、カエデのあごを撫でてやった。そして、沈痛な表情を浮かべるアネッテを見つめて問いかける。

「何があった?」
「……わかりません。でも、とても不幸なことが起こったんだと思います」

 アネッテはそう言って、彼女の手のひらの上でバラバラになった像の欠片を見せた。
 それが砕けたということは、獣人たちの身に災難が降りかかったことを意味している。そのことは、アネッテもリキオーも何となく感じ取っていた。
 しかし、獣人たちの都市はすでに奇岩地帯を経てかなり離れている。ついに攻勢に打って出たアルタイラによってカメリアは炎に包まれていたが、それを見ることはできないのだ。

「アネッテ。彼らのことが心配なのはわかる。俺たちはずっと牢にいたが、お前は多くの獣人たちと心を通わせていた。そうした少なくない人々への思いを抱いているんだろう。でも、戻ることはできないんだ。アルタイラは俺たちを追っている。先に進むしかない」
「……はい。わかっています」

 それは仕方のないことだとアネッテも頭ではわかっている。しかし、この像に託された、獣人の子供たちの平穏への願いに思いを馳せると、どうにも焦燥しょうそうに駆られるのだ。
 リキオーはアネッテの頭を抱き寄せてその銀髪を撫でてやった。アネッテも頭を彼の肩に寄せて、不安に押し潰されそうになる気持ちを抑え込む。
 翌朝、一行は後ろ髪を引かれるような思いを抱えたまま、獣人の領域を離れ、途切れ途切れになっていく街道を南へ歩いていった。


 ***


 しばらく進んでいると、上り立つ煙が見えてきた。
 念のため、ハヤテとカエデにはパーティから離れてもらい、アネッテとマリアにはローブのフードを深めに被ってもらった。
 街道筋は人が旅をするときに利用するものだが、そこを進むのは野盗やとうも同じ。ましてこんな辺境だ。そういった奴らがいてもおかしくはない。
 煙のもとにいたのは、馬車を停めて火を起こしている小さな隊商の一団だ。
 二頭引きの馬車に載せた荷は少ない。どこかの街で商売をしてきたがあまり景気が良くなく、そのまま引き揚げてきたような感じだった。
 ここで一旦キャンプするらしく、き火を囲んで腰を下ろしている男たちの背中が見えた。
 彼らがこれから進もうとしてる先はリキオーたちが辿ってきた方向。どこに戻ろうとしているのだろうか。リキオーがそう思っていると、向こうから声を掛けてきた。

「よう、お兄さん方。見たところ冒険者のようだが、こんな辺境でいい獲物にでも出会えたのかね?」
「……」
「つれないな。ここで会ったも何かの縁、どうだい? 一夜をともにしていかないかい」

 リキオーが舌打ちを返して通り過ぎると、男たちはそれきり黙り込んだ。
 どうやらただの思い過ごしであったようだ。そのまま離れていったリキオーがホッとしたのも束の間。妙に剣呑けんのんな空気が背後で膨れ上がる。
 発生源はリキオーに声を掛けた中年の男の、その隣に腰掛けていた男。彼は目深まぶかに被ったフードの下で、ギラリと獰猛どうもうそうに目を光らせてつぶやく。

「よもや本当に来るとはな」
「さすが教主様の情報よ」
「こんな辺境にまで出張でばってきた甲斐かいがあったというもの」

 一方、通り過ぎていったリキオーは、不審に感じながらも気に留めていなかった。が、やはり消せない違和感を覚え、やがて「あっ」と気づく。

「みんな、来るぞ! 奴らヒト族だ」

 気づいたのは単純なことだった。
 皆フードを目深に被っていてはっきりと見えなかったが、彼らは獣人たちの特徴である獣耳やしっぽを持っていなかった。獣人国家カメリアが支配するこの大陸の南半分では、獣人かその眷属けんぞくしかいないはずなのだ。こんな場所にヒトがいるのはおかしい。
 後方を見ると、バサッバサッと幌馬車の偽装が解かれ、その中から逆十字の形をした兵器が顔を出す。
 フィィーン、という静かなモーター音だけを出して高速で迫ってくるそれは、アルタイラ教会の虎の子の機動兵器、シュライヒだ。
 竜人を電池として使い潰す、悪魔のような古代兵器である。
 リキオーとマリアはそれぞれの得物えものを抜き、アネッテは空間に魔法を溜めることができるポケット――アーツを幾つも出現させた。迎撃の準備は万端だ。
 しかし相手は、リキオーたちの剣や魔法が届かない遠距離にいるにもかかわらず、を放ってきた。
 薄闇の戦場を切り裂く閃光せんこうである。
 音もしなかった。
「なっ」と驚きを隠せないリキオーのすぐそばを、閃光は光のやりとなって通り過ぎていく。

(なんてこった! コイツはレーザー兵器だ。こんなものまともに食らったら)

「みんな、無事か! 力場りきばをバリアのように使っていけッ」
「ぐぅゥ──ご、しゅ」

(ンだとぉ)

 リキオーの傍らで臨戦態勢を取ってタワーシールドを構えていたマリアが、妙な呻き声を上げてひざまずいた。
 彼女はシールドごと、アヴァロンアーマーを貫かれていた。


 マリアが膝を突くとはよほどのことだ。
 彼女が鎧の内側に着込んでいる内装は、特殊効果を発揮する装備である。それは装着者の命が尽きるまで戦場に立つことを強制するというものだ。つまりそれが効かなくなるほど、マリアは深刻なダメージを負っていることになる。

(い、いけないっ、マスターを止めなくちゃ)

 アネッテが、マリアが被弾したことで激昂げきこうして飛び出しかねないあるじを心配する。彼が一人で飛び出していったら、パーティ自体が瓦解がかいしてしまう。
 だが、彼女の主はどうにか踏み留まってくれたらしい。
 リキオーはマリアの盾となるように彼女の正面に立つと、ギリッと唇を噛みちぎらんばかりの形相ぎょうそうで前方を睨みつけた。
 不意打ちとはいえ、これほどまでに不利な状況は初めてだ。
 さらにシュライヒから、幾条もの閃光が放たれる。
 すかさずリキオーは力場を展開。これ以上、マリアにダメージを与えぬように、そのすべてを防ぎきった。
 だが、追っ手の部隊の戦力はシュライヒばかりではない。
 シュライヒの陰に隠れていた追っ手たちが剣を手に、叫び声を上げながらリキオーたちに迫ってくる。

「いい加減に諦めろッ、教会に楯突たてつく愚か者どもよ」

 彼らはリキオーが展開している不可視の力場に驚きながらも、しかし一歩ずつ確実に、彼らにとどめを刺すべく歩を進めてくる。
 パーティの誰もが、この絶対的に不利な状況に歯噛みしていた。
 そのときだ。
「ワウーン」という狼の吠え声とともに、ハヤテとカエデが参戦する。

「ハヤテさんっ」

 安堵あんどの表情を浮かべて声を上げたアネッテ。それに応えるように、ハヤテが首を振ってリキオーの前に出た。
 ザッザッと大地を蹴る音とともに、ハヤテとカエデはリキオーのすぐ脇をすり抜け、左右の位置を変えながら敵たちに迫っていく。
 しかし追っ手たちはハヤテたちの情報をあらかじめ得ていたようで、その登場に動じることもなく、シュライヒの攻撃目標を二匹に変えてレーザーを連続して放った。
 前面に力場を集中させ、レーザーの槍衾やりぶすまをものともせず駆け抜けるハヤテ。
 ハヤテは両脚から風の刃、ブレードソーンを展開すると、シュライヒの間を走り抜け、緑色の刃で斬りかかった。
 しかし、シュライヒの周囲に展開された強力な磁場のような力により、傷一つ付けることはできない。とはいえ、ハヤテの狙いはシュライヒ自体ではなかった。
 シュライヒは、必ず操縦者が遠隔で操作を受け持っている。だから、それを叩けば動きを止めざるを得ないのだ。
 しかし、追っ手も操縦者が狙われることは承知済みで、その防護を堅くしていた。
 操縦者を狙おうとうするハヤテに向かって幾重にも投網が掛けられる。が、彼の影に潜むカエデがそれを切り裂いてしまうため、誰もハヤテを止めることはできない。

「くっ、化け物めッ」

 ハヤテのブレードソーンに体を大きく切り裂かれた追っ手たちは、鋭い目つきでリキオーたちを睨みつけて絶命していった。
 ハヤテが、操縦者と思われた後方の追っ手たちを次々と倒していくが、シュライヒの動きは止まらない。
 そのとき、影にいたカエデが何かに気づいたように周囲のやぶへと影を伸ばしていく。しばらくして飛沫しぶきと黒い煙が上がった。シュライヒの遠隔操縦機が破壊されたようだ。
 ようやく追っ手は全滅した。
 機動兵器シュライヒも、地に落ちて動かなくなる。
 リキオーはシュライヒの筐体きょうたいに近づくと、そのまま刃を振るった。そうして防護フィールドを失った機動兵器の扉をこじ開ける。
 中には、十字架にはりつけにされた竜人が収められていた。
 頭に被せられていたヘルメット状の拘束具を引きちぎる。すると、竜人はまだ命があったのか、弱々しい瞳をリキオーに向け、震える唇で訴えかけてきた。
 その動きを読むと、竜人は「殺して」と伝えようとしていた。
 リキオーは無言でうなずくと、正宗まさむねの刃を竜人のやせ細った胸に突き立てる。刺された竜人は、最期さいごに安らかな死に顔を見せた。
 アネッテが顔をそむけて呟く。

「なんてひどい……」
「奴らの侵攻が続く限り、こんな犠牲が増えるんだ。俺たちは俺たちにできることをしよう」

 リキオーがそう言って振り返ると、アネッテも確固たる意志を胸に、力強く頷いた。




 2 暗き穴の底へ


 機動兵器シュライヒを運んでいた馬車がそのまま残されていたので、リキオーたちはそれを利用させてもらうことにした。
 重傷を負ったマリアは、アネッテの回復魔法で傷を癒やされたものの、体力を消費したため意識を失ったままだ。
 リキオーは、マリアのアヴァロンアーマーを脱がし、横にしてやった。ハヤテとカエデがマリアを少しでも楽にさせようと、彼女の体を挟み込むようにして寄り添っている。
 しばらく水場を避けるようにして馬車を進めていたのだが、それもやがて限界になってきた。
 今、目の前には、小島の群れと幾重にも入江を作っている水道が広がっており、そんな場所では馬車は使えそうにない。

「もう馬車は無理だな。あとはハヤテ、頼んだぞ」
「ワウッ」

 ハヤテの背中にグッタリとしたマリアを抱きつかせ、さらに落ちないように紐で腰を固定してやる。これでハヤテという戦力を失った。今戦えるのは、リキオーとアネッテ、そしてカエデのみだ。
 リキオーはカエデの滑らかな肩を撫でながら先頭を行く。そのあとを追ってアネッテ、そしてマリアを乗せたハヤテが歩を進める。
 膝まで沈む水道を渡り、小島に登っていく。小島の広さはせいぜいが二十畳ほどで、草や木などは生えていない。そのため見渡す限りひらけており、隠れられるような場所などないのが辛いところだ。
 追っ手があれで尾行をやめたとは思えない。だから、とりあえず行けるところまで行くしかない。
 この延々と続く小島、スタローシェを抜ければ、海人の支配地域に入れる。そこへはヒト族の追っ手は入れないので、海人のもとまで到達すればリキオーたちの勝ちだ。逆にここで追っ手に捕まれば、リキオーたちは苦境に立たされることになる。

「だいぶ距離を稼いだはずだ。少し休もう」
「はい」

 アネッテはハヤテの背中からマリアを下ろしてやり、彼女の様子を確かめた。
 まだ生気がない様子で、戦闘ができるような状態ではない。このようにマリアが未だグッタリしているのは、彼女が着けていた鎧にも原因がある。
 アヴァロンアーマーは装着者の魔力を吸い取り防御力に変える。装着者が元気なときなら問題はない。だが、鎧下のアーミングジャケットに穴が空くほどの被害を受けたとなると話は違う。
 アーミングジャケットは装着者の魔力を消費して復元する。重傷を負ったマリアはHPを失い、あまつさえ鎧に魔力さえも奪われたのだ。今は鎧も鎧下も脱がせているので問題はないが、しばらくは立ち上がることすらできないだろう。

「ご主人、すまない。迷惑を掛けて」
「馬鹿野郎。お前は俺の大事な女なんだ。迷惑だなんて思うか」

 目を覚ましたマリアは申し訳なさそうに呟いたが、リキオーに強く叱責された。それから彼の手でおでこを撫でられると、マリアは力なく笑い、再び意識を失った。

「マリアはまだ無理そうですね」
「ああ。しばらく休ませてやりたいが、追っ手が諦めてくれたとは思えん」

 リキオーはカエデの首筋を撫でながら後ろを振り返る。
 カエデがキリッとした鋭い眼差しを、リキオーたちのはるか後方に向けた。彼女の目には、リキオーたちを追う追跡者が見えているかのようだ。
 そのカエデの視線を見ていると、リキオーはさらなる不安に駆られた。
 彼らのそばで、水の流れる激しい音が聞こえてくる。
 スタローシェ特有の現象、ホールができているらしい。ホールはどこに通じているのかもわからない穴で、このエリア内の様々な場所で見られる。穴に落ちたが最後、戻ってきた者はいないという。
 ホールの存在が、ここの小島が休むには向いていない理由の一つだ。また同じ理由から誰も住むことができない。
 その昔、この地の肥沃ひよくな大地には牧草地帯が広がり、都市群まであった。しかし古代戦争で使われた兵器により牧草地帯はうしなわれ、都市群もそのあおりを食って消えたという。
 カエデの耳がピクッと震えたのを見たリキオーは、何かを感じ取ってため息を吐く。そして、アネッテとハヤテに振り返った。

「やはり見逃してはもらえぬようだ」
「仕方ありませんね」

 アネッテは覚悟を決めたように頷きを返し、ハヤテはマリアに身を寄せた。

「ハヤテはマリアを頼んだぞ」
「ワウッ」

 了承した、というようにハヤテが低く吠える。リキオーもそれに頷き返して立ち上がった。
 ともかく今は、二人と一匹で戦闘をこなすしかない。いざとなったら、自身を窮地きゅうちに追いつめる技とも言える【覚醒かくせい】の使用もやむなしだな、とリキオーは悲壮感を漂わせる。

「なんだ?」

 リキオーが警戒しだすと、カエデも不審げに周囲を見渡す。
 その場に殺気が満ちつつあった。しかし、敵の姿は見えない。それにもかかわらず、場には嫌な空気が濃厚になっていく。

「!?」

 空から、紫色に光る鱗粉りんぷんのようなものがキラキラと光りながら落ちてきた。
 彼のところだけでなくパーティがいる小島にも、視界に入る限り至るところに、それは降り注いでいた。

(これはもしかすると……)

 リキオーは先日の追っ手がシュライヒを持ち出してきたことを思い出し、特殊な魔法攻撃に切り替えてきたと推測した。となれば、これはステータスに干渉する系統の攻撃に違いない。

「カエデ! 影に入れ。この粉に触れてはいけないッ。アネッテ、最大防御だ」
「はっ、はいっ」

 カエデはすぐに、リキオーの指示を理解して影へと身を落とす。
 アネッテはリキオーに言われるままに、自身に防御系の呪文を掛け、それとともに力場を最大出力で張った。
 アネッテが主から日頃言われていること。それは、彼女がパーティの最後の守りだということである。最悪、彼女以外の全員が死亡しても、アネッテさえ生きていれば、蘇生そせい魔法で皆を復活させることもできるのだ。
 でもまさか、自分の守りに徹しなければいけない、そんな局面がやって来ようとは……
 一方リキオーは、頭がクラクラしてきて幻聴が聞こえてくるのを感じていた。
 悔しいことに敵の術中に見事にはまってしまった、そう冷静に理解するも、周囲からクスクスと笑い声が聞こえてくる。リキオーはガックリと膝を突いた。

「マ、マスター!?」

 アネッテにはリキオーのステータスが邪悪に染まっていくのが見えた。リキオーは、愕然がくぜんとしている彼女に背中を向けたまま、声を絞り出す。

「アネッテ……お、俺を攻撃しろッ。俺は奴らの手に落ちた。肉体支配系の魔法だ」
「そ、そんな、それなら今すぐに治して差し上げます」
「だ、駄目……だ。力場を解いたらお前まで狂ってしまう。そうしたら誰がマリアを治療するんだ。グッ、グゥゥ」

 リキオーは必死に魔法に抵抗を試みていた。気を抜けばたちどころに彼らの支配を受け、アネッテに斬りかかってしまうだろう。
 アネッテが彼に、【レストレーション】などの状態異常解除魔法を掛けるには、今彼女が自分に掛けている最大防御を一部解除しなければならない。
 だがそうすれば、リキオーの言う通り、この降りしきる紫色の鱗粉を受け、アネッテも異常をきたしてしまう。
 パーティの生命線たる彼女がそうなってしまったら、銀狼団の負けは確定する。


 ***


「凄いな、さすが教団の秘匿ひとく兵器だ。あのシュライヒを打ち破ったという知らせを聞いたときは肝を冷やしたが」
「ああ。だが、我らも手を出すことはできないのは難点だ。しかし、奴は本当にバケモノだな。この邪妖精じゃようせいの肉体支配攻撃を受けて、まだ抵抗しているとは」

 追っ手たちは眼前の光景に目を奪われていた。
 紫色の死の鱗粉をバラ撒いているのは、三十センチほどの大きさの邪妖精と呼ばれる古代文明の兵器だ。それは、彼らの前方の空間に浮いている。
 邪妖精は、鱗粉によりその場にいる者の肉体を支配し、互いに殺し合わせる。
 彼らは以前、邪妖精を使って獣人のパーティを始末したことがあった。そのとき獣人たちは簡単に肉体支配を受けてくれた。涙を流し悲鳴を上げながら、獣人たちは互いに殺し合っていた。
 邪妖精が支配するのは、基本的には体だけ。心はそのままである。それだけに、支配を受けた者たちは凄惨せいさんな光景を繰り広げる。「嫌だよう」「やめて」「許して」と泣き叫びながら、仲間に刃を突き立て、挙句の果てに狂い死にしてしまうのだ。
 それなのに、だ。
 眼前の男は、もう十分近くも抵抗を続けている。
 恐ろしいまでの精神の強さだ。だが、体が受け入れなければ、そのときはまた、邪妖精の術の邪悪さを思い知ることになる。
 そのタフさが逆に引き金となり、体の支配から心の支配へとシフトするのだから。
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