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長生き
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湖から得意気な心の声が届く。長生きは苦い顔をした。一つめがクスと笑う。「イルカが何か思った?」「ほら見ろ、だってさ」何がとは問わずに娘は、そうと小さく俯いたきり。しばらく黙ってから、再び口を開いた。「想像も楽しいけれど、次に生まれ変わった時は、もう一度あなたの心が聞こえてほしい」
長生きはその発言を不思議に感じる。一緒に過ごせる時間は最後なのに。「その頃、僕は消えているのに?」尋ねると一つめは微かな悲鳴を上げ、「あなた五十回目なの」初耳のように声を荒げた。前も言ったと返しそうになって、男は自分の理不尽さに気づく。「君の、先代には言ったよ」「覚えていないわ」
やれやれ、またこじれた、とイルカ。その声はいつもと違い、空気を通った感があった。一つめにも聞こえた。まるで着衣泳をしていたかのように、湖から新しいヒトモドキが這い出してくる。淡白で整った顔立ちの青年。冷て、と聞き慣れた心の声。「ばかだな、湖から出て化けなきゃあ」長生きが苦笑する。
イルカなの、と一つめが目を輝かせる。青年は雫を落としながら頷く。「ご名答。全く手間かけさせるよ。そこのクソ通訳が、僕の思ったことちっとも正しく伝えないからさ。ヒト様にならざるを得なくなった。しかしこの泳ぐに適さない体は不便だね、既に後悔だ」勢いよく話すイルカを見て、彼女は楽しげ。
優しく口角を上げた。「長生きの言った通りだわ。あなた本当に言葉づかいが悪い」「そこは認める。こいつめ、僕の欠点ばかり正しく伝えやがるから」横目で男を見て、イルカはごちた。「ない長所をどう伝えろと?」冷めた声色の長生き。よく言うよとイルカが返し、一つめは愉快そうに笑う。「仲良しね」
不意にイルカが意地悪な顔をした。「長生きが今、そいつはいいから僕にだけ微笑んでくれと思った」おい、と咄嗟に声に出し長生きは顔を赤らめる。一つめは目を丸くして、本心の聞こえない彼らを見る。青年イルカは、水を吸った重たげな髪を絞りながらのんびりと。「正しい通訳ってのはこうだよ、こう」
「勘弁しろよイルカ、クソ通訳だったこと謝るよ」男は深く俯く。娘は、見透かしたように呟いた。「ねえ、長生き。私今さら驚かないわ。色々うろ覚えだけれど、前もその前も、長生きがけっこう嫉妬深かったことは覚えてる」「君の記憶は、どうしてそう都合が良いんだい。五十回目のことは忘れてたのに」
その話、と一つめは早口に呟いた。「途中だった」真剣な顔つき。「イルカがタイミング悪く化けたせいだ」長生きが言うと、わざとだよばかだな、と心の声が戻ってきた。黙れと投げ返す。─何も考えるなってかい──そうじゃあない。他のことでも考えてくれ。ノイズに混ざって消えるようなどうでもいいこと─
「イルカと話しているの」急な肉声の問いかけに、男は慌てて振り向く。一つめは、せめて会話は聞こえたらいいのに思い、言わなかった。伝えても変わるわけじゃない。「長生きはもう少しで永遠に消えてしまうのね」彼女は確認するように遅く、小さな口元から紡いだ。「そうだよ」男は憂い低く呟いた。
青年イルカは案外素直に、どうでもいいことを考えようと試みた。まず、濡れた全身を何とかしたい。動物のイルカに戻ろうとして不可能だと思い出す。服だけでも化けられないかと挑戦する。それはなんと可能だった。調子にのり、いろんな服装になってみる。地球上の歴史を行き交う、本物のヒトを参考に。
地球のかけらであるせいか、この星の水面には時たま不思議なものが映る。普段はそこにある通りの色。でもそこにない風景が入るときがある。遠い地球のどこか。時代はばらばら。星の原始生物たちは、それでヒトを知ったのだ。薄い水彩画調の短い動画を、音量をひどく小さくして繰り返し見ているような。
「イルカ、楽しいのかしら。寂しいのかしら」一つめがポツリと言った。次々と服が変わる後ろ姿は、どちらにも見える。こちらに向いていない心はノイズに紛れて聞こえない。長生きは耳を澄ませた。暇だ暇だと思いながら、青年は孤独に化け続けていた。さあね、と短く答える。また、彼女への嘘が増えた。
長生きはその発言を不思議に感じる。一緒に過ごせる時間は最後なのに。「その頃、僕は消えているのに?」尋ねると一つめは微かな悲鳴を上げ、「あなた五十回目なの」初耳のように声を荒げた。前も言ったと返しそうになって、男は自分の理不尽さに気づく。「君の、先代には言ったよ」「覚えていないわ」
やれやれ、またこじれた、とイルカ。その声はいつもと違い、空気を通った感があった。一つめにも聞こえた。まるで着衣泳をしていたかのように、湖から新しいヒトモドキが這い出してくる。淡白で整った顔立ちの青年。冷て、と聞き慣れた心の声。「ばかだな、湖から出て化けなきゃあ」長生きが苦笑する。
イルカなの、と一つめが目を輝かせる。青年は雫を落としながら頷く。「ご名答。全く手間かけさせるよ。そこのクソ通訳が、僕の思ったことちっとも正しく伝えないからさ。ヒト様にならざるを得なくなった。しかしこの泳ぐに適さない体は不便だね、既に後悔だ」勢いよく話すイルカを見て、彼女は楽しげ。
優しく口角を上げた。「長生きの言った通りだわ。あなた本当に言葉づかいが悪い」「そこは認める。こいつめ、僕の欠点ばかり正しく伝えやがるから」横目で男を見て、イルカはごちた。「ない長所をどう伝えろと?」冷めた声色の長生き。よく言うよとイルカが返し、一つめは愉快そうに笑う。「仲良しね」
不意にイルカが意地悪な顔をした。「長生きが今、そいつはいいから僕にだけ微笑んでくれと思った」おい、と咄嗟に声に出し長生きは顔を赤らめる。一つめは目を丸くして、本心の聞こえない彼らを見る。青年イルカは、水を吸った重たげな髪を絞りながらのんびりと。「正しい通訳ってのはこうだよ、こう」
「勘弁しろよイルカ、クソ通訳だったこと謝るよ」男は深く俯く。娘は、見透かしたように呟いた。「ねえ、長生き。私今さら驚かないわ。色々うろ覚えだけれど、前もその前も、長生きがけっこう嫉妬深かったことは覚えてる」「君の記憶は、どうしてそう都合が良いんだい。五十回目のことは忘れてたのに」
その話、と一つめは早口に呟いた。「途中だった」真剣な顔つき。「イルカがタイミング悪く化けたせいだ」長生きが言うと、わざとだよばかだな、と心の声が戻ってきた。黙れと投げ返す。─何も考えるなってかい──そうじゃあない。他のことでも考えてくれ。ノイズに混ざって消えるようなどうでもいいこと─
「イルカと話しているの」急な肉声の問いかけに、男は慌てて振り向く。一つめは、せめて会話は聞こえたらいいのに思い、言わなかった。伝えても変わるわけじゃない。「長生きはもう少しで永遠に消えてしまうのね」彼女は確認するように遅く、小さな口元から紡いだ。「そうだよ」男は憂い低く呟いた。
青年イルカは案外素直に、どうでもいいことを考えようと試みた。まず、濡れた全身を何とかしたい。動物のイルカに戻ろうとして不可能だと思い出す。服だけでも化けられないかと挑戦する。それはなんと可能だった。調子にのり、いろんな服装になってみる。地球上の歴史を行き交う、本物のヒトを参考に。
地球のかけらであるせいか、この星の水面には時たま不思議なものが映る。普段はそこにある通りの色。でもそこにない風景が入るときがある。遠い地球のどこか。時代はばらばら。星の原始生物たちは、それでヒトを知ったのだ。薄い水彩画調の短い動画を、音量をひどく小さくして繰り返し見ているような。
「イルカ、楽しいのかしら。寂しいのかしら」一つめがポツリと言った。次々と服が変わる後ろ姿は、どちらにも見える。こちらに向いていない心はノイズに紛れて聞こえない。長生きは耳を澄ませた。暇だ暇だと思いながら、青年は孤独に化け続けていた。さあね、と短く答える。また、彼女への嘘が増えた。
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