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長生き
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─ねえ。一つめ。伝わらなくて気楽だ。だけどこのままだと僕は確実に後悔する。最後に隠し事ばかりしてしまって。先代の君とは上手くやっていたから、今さら何を言っても大丈夫だろうとは想像がつく。イルカの言う通り、全てを声に出せば解決になる予感もする。でも僕の本音は理屈と皮肉ばかりだから─
そう心の中で独白を唱えた刹那、長生きは呆然と一つめを見た。視界に滲みが現れだしたのだ。消える前兆。五十回繰り返してきた。でも永遠の死であることは初めてだ。絶望感が押し寄せる。「一つめ。僕は消えるらしい」掠れた声で訴える。娘は、嫌と叫ぶのを堪えた。「最期に、言っておきたいことは?」
そうだな、と呟く。「一つだけ、尋ねておきたいことがある。君はどうして今回は、その年齢に化けたんだい」長生きは目尻を下げた。二十歳の後半に見える一つめは意外な質問に目を丸くした。真似て、そうねと呟く。「全てを選んだ結果よ。あなたの娘にも妹にも妻にも恋人にもなれる歳。私、欲張ったの」
男はつい声をあげて笑った。一つめは困惑した微笑を浮かべて首をかしげる。長生きは慎重に言葉を紡ぐ。「実は、君がヒトモドキに化けるとき、初めて話した日のような幼い姿になってくれたらと願ったんだ。父娘みたいに見えるだろうから。でもそう聞くと、君の判断のほうがよかった。君はいつも正しい」
滲みが増した視界は、中心だけピントが合っている。身体が末端から死んでいく。一つめが引き寄せるように彼の腕を掴んだ。「ねえ、長生き。声に出したことがない想いがあるの。お互いの心が聞こえていた頃は、基本的すぎて改まる必要がなかったこと」彼女の心は聞こえない。あなたが好き、そう続いた。
長生きは、それこそがずっと聞きたかった言葉だと知った。延々まとわりついた不安の正体。「僕も一つめが大好きだ」本当と嘘が同じ音で響いてしまう肉声での告白は曖昧で、生々しく惨めで、しかし心の投げ合いよりも美しかった。─ほら、言ってよかったろ─イルカがしたり顔で思う。─お前はまた偉そうに─
それでも、本心で伝えた。「イルカ、一つめを頼んだ」青年は男を見て、やだね面倒くさいと返した。まあ任せろよと思いながら。滲んだ視界の中心に、少女が見えた。懐かしい初めの姿。一つめが化けてくれたのだ。さようならとか、ありがとうとか、色々頭を巡ったけれど、生まれ変わり続けた癖だろうか。
「じゃあ、また」そう言って長生きは最後に老人の姿に化けた。一つめが嬉しそうに笑うのを見て、頷いて消えた。水滴は残らなかった。彼はもうこの星に生まれない。広い湖はあるのに。同じ形の原始生物は無数に泳いでいるのに。少女は大泣きした。草原に落ちた涙が膨らんで奇跡が起こればいいと思った。
しかし現実は無慈悲だ。水面には地球の一幕が映っている。無声音の粗くて途切れ途切れの風景。銃を持つ兵団が、行進をする場面。ヒトモドキの星には数十年ぶりの霧雨が降りだした。太陽が遠いこの星は、いつも薄暗く曇っていて、ごくまれに水蒸気のような雨が舞うのだ。水まんじゅうたちが跳ねている。
そう心の中で独白を唱えた刹那、長生きは呆然と一つめを見た。視界に滲みが現れだしたのだ。消える前兆。五十回繰り返してきた。でも永遠の死であることは初めてだ。絶望感が押し寄せる。「一つめ。僕は消えるらしい」掠れた声で訴える。娘は、嫌と叫ぶのを堪えた。「最期に、言っておきたいことは?」
そうだな、と呟く。「一つだけ、尋ねておきたいことがある。君はどうして今回は、その年齢に化けたんだい」長生きは目尻を下げた。二十歳の後半に見える一つめは意外な質問に目を丸くした。真似て、そうねと呟く。「全てを選んだ結果よ。あなたの娘にも妹にも妻にも恋人にもなれる歳。私、欲張ったの」
男はつい声をあげて笑った。一つめは困惑した微笑を浮かべて首をかしげる。長生きは慎重に言葉を紡ぐ。「実は、君がヒトモドキに化けるとき、初めて話した日のような幼い姿になってくれたらと願ったんだ。父娘みたいに見えるだろうから。でもそう聞くと、君の判断のほうがよかった。君はいつも正しい」
滲みが増した視界は、中心だけピントが合っている。身体が末端から死んでいく。一つめが引き寄せるように彼の腕を掴んだ。「ねえ、長生き。声に出したことがない想いがあるの。お互いの心が聞こえていた頃は、基本的すぎて改まる必要がなかったこと」彼女の心は聞こえない。あなたが好き、そう続いた。
長生きは、それこそがずっと聞きたかった言葉だと知った。延々まとわりついた不安の正体。「僕も一つめが大好きだ」本当と嘘が同じ音で響いてしまう肉声での告白は曖昧で、生々しく惨めで、しかし心の投げ合いよりも美しかった。─ほら、言ってよかったろ─イルカがしたり顔で思う。─お前はまた偉そうに─
それでも、本心で伝えた。「イルカ、一つめを頼んだ」青年は男を見て、やだね面倒くさいと返した。まあ任せろよと思いながら。滲んだ視界の中心に、少女が見えた。懐かしい初めの姿。一つめが化けてくれたのだ。さようならとか、ありがとうとか、色々頭を巡ったけれど、生まれ変わり続けた癖だろうか。
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