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ささやかな逃避行
しおりを挟む「ここまで来れば大丈夫かな?」
鬱蒼とした森の入り口付近にて。
「もうこのまま国を出てしまおうかしら?」
この国は森に囲まれている。森を抜ければ、晴れて自由。
「んー…やめよう、危ない。地雷がどこに埋まってるかわからないし。」
「あ…」
戦争で、埋められるだけ埋めた地雷が全て爆発した可能性は低い。爆発物の処理はされているが、それでも地雷が埋まっていないと保証はできない。
気まずそうな顔をしたティナに、ミナは小声で叫んだ。
「伏せてっ!」
一瞬前まで二人の頭があった場所らへんの木々に、鋭い刃物が突き刺さっていた。
「え…?」
呆然としたティナを背中に隠すようにしながら、ミナは木に刺さっているものを引き抜いた。
「ナイフ、かな…?」
ナイフにしては細い。突き刺すことを目的に作られたような形状をしている。
「流石、三十七万年。気配を殺していたのにも関わらず、あの速さのものを避けるなんて…。しかもティナ様を庇いながら。」
いきなり声と共に人の気配がした。
「誰だ」
「待って。」
ティナが言った。
「聞き覚えのある声…。…ダイナのような声ね……。」
「私ですよ、ティナ様。ダイナです。」
「っ…ダイナなの!?」
引き寄せられていくように、ティナは足を踏み出した。
「あいつに近づくな。」
「何でよ!?」
なんとなく嫌な予感がしたので、ティナを引き留めたミナ。ティナの知り合いな時点でかなり怪しい。しかも自分のことを知っている。
「出会い頭に殺されかけてるんだぞ。」
こいつは怪しい。一体何故接触してきた?殺そうと思えば自分かティナのどちらかは殺せるぐらいの力量を持っているのに、何故殺さない?何が目的なんだ?
「勘ぐるのは良いですが、これから私が話すことには耳を傾けていただきたいですね。」
「…話す内容にもよるけど。」
ティナは不服そうな顔をしながらも、ミナから離れずにいた。
いきなり現れた正体不明の人物が、何を話すのだろう。
「まず、自己紹介から。私はダイナです。10年前まで、ティナ様の身の回りのお世話役兼監視役でした。国王様の生誕祭の日に私が毒殺されかけていたところ、王妃フィオ様に助けていただき、それからはフィオ王妃に仕えております。」
「…へー……」
ミナは別にこの人物に、興味はなかった。けれど、ティナの知り合いだから聞いていただけだ。
「で、そんなダイナが俺達に何の用なわけ?」
「っ、ちょっと待って…」
ティナが首を傾げている。
「どうした?」
「何でお母様が出てくるの?お母様は私が生まれてから、姿を消して、失踪したことになっているはずじゃあ…」
「あぁ…フィオ王妃は、姿を消しただけで、死んではおりません。王妃という役職が重すぎて、投げ出しただけですよ。フィオ王妃は姿を消してから、持ち前の演技力で詐欺師として、スラム街で自由気ままに生活していました。」
「詐欺師…」
そう聞いて思い浮かべるのは、奴隷だった自分を拾ってくれた人物。
「フィオ王妃はおそらく、今アランさんが思い浮かべた人物で間違いないですよ。」
「…へ?」
「私はフィオ王妃に仕えている以上、フィオ王妃の最低限の安全の確保もしていたので、その過程でアランさんのことも知っていますし、二人が軍隊に入ってからのことも知っています。」
さらっと言ったダイナ。
なんてことなさそうに言ったが、それが余計にミナの頭を混乱させる。
「……詐欺師は王妃で、名前はフィオ…?」
「えぇ。」
「え、詐欺師って女だったのか?」
「隠しているようでしたが、女です。」
「しかも王妃って…」
「ティナ様のお母様ということです。」
「ちなみに年は…?」
「そうですね…少なくともアランさんより二十は上ですね。」
「嘘だろ…」
苦笑いしかできないミナ。せいぜい十歳くらいしか、はなれていないのかと思っていた。
「あぁ…なるほどね…」
再会してからの違和感の原因がわかった。
あの時の詐欺師は女だった。それで王妃だった。だから、人が変わったみたいに雰囲気が違ったんだ。
だったら、詐欺師の最後の言葉の意味の予想ができる。
「俺があんたに対して態度なんか変えるかよ。王妃だから、女だからって関係ないし。今まで通りの荒っぽさで接してやるよ。」
流石、詐欺師。見事に騙してくれたな。
「お母様を知っているの?」
「ん?まあ…。」
「アランさん、少しこちらに…」
立ち位置的に、ミナにだけ聞こえるよう小声でのダイナの言葉。何だろうと思ったが、ティナにダイナが危害を加えるつもりなら対抗できるよう、ナイフをしまっているスラックスのポケットに意識を集中させた。
「…フィオ王妃は詐欺師の時に様々な罪を犯しましたが、そのことを知っているのは私と貴方だけです。ティナ様にお伝えするのは構いませんが、その、血腥い話はやんわりとお話しください。」
「…俺もどう話そうかと思ってた。言って良いものと悪いものがあるんだよなぁ。」
ちょうど迷っていたことだった。ティナにどこまで話して良いのか。そこが問題だ。
「何話してるの?」
「いや、何でもない。」
「そう?ならいいけど。」
「さて、フィオ王妃からの言伝です。私のナイフを返しにおいで、だそうです。」
その言葉に、ミナとティナはダイナから目をそらした。
ミナはスラックスのポケットに、ティナは自身の胸元に、視線を落とす。
「…どちらに向けての言葉かはわかりませんが、その様子ですと…お二人共のようですね。」
ダイナの言葉に、互いに顔を見合わせたミナとティナ。
そんな二人に、どうするのか聞こうと思ったダイナだったが、やめた。
「鳩…」
鳩がこちらに向かって飛んできたからだ。しかも、足に紙らしきものがくくりつけられている。伝書鳩に違いない。よく見ると、くくりつけられている紙には見慣れたものが描かれていた。ピエロの仮面の絵。
ピエロの無機質な笑みがなんとも不気味だ。
「…フィオ王妃からです」
「ん?詐欺師からなのか?」
「そのようです。」
「お母様…?」
「何が書いてあるんだ?」
鳩の足から、丁寧に紙を外したダイナ。
ダイナが文面に目を通している間、鳩は大人しくティナの肩にとまっていた。
「私の第二の誕生会を開くから、皆是非参加してね………だ、そうです。」
ミナがダイナの手元を覗き込むと、手紙の一番上にはでかでかと、招待状、と書かれていた。
「第二の誕生会って何だ?」
誕生日はそんなに何個もあるものじゃあないだろ。
「おそらく、失踪していた状態から生きてまた姿を現したからでしょう。」
なるほど。皆が死んだと思っていたのに再び姿を現したら、周りは感極まってその日を誕生日にする…かもしれない。
余程周りから慕われているんだな。
「へー。」
ダイナは先程聞けなかったことを聞いた。
「どうしますか?逃げるか戻るか、選んでください?」
ミナは横目でティナを見た。伝書鳩と戯れている。ほんわかする光景だったが、余計に悩む。このまま戻ったら、ティナのこの笑顔が消えてしまうかもしれない。
「…ナイフを返さないといけない。」
けど、このまま逃げても逃げきれる可能性は低い。何故なら、ここにダイナという密偵がいるから。ダイナが本気を出せば、こちらは少し苦しい。しかも伝書鳩に何を書かれるかわからない。
「それに、招待されたからには出向かないとな。」
行かなきゃいけないということはわかった。
ナイフを返しにおいでとは、詐欺師の一種の暗号だろうか。ナイフを返したらこっちにはもう武器はない。敵を相手に丸腰になるのは危険だ。一歩間違えれば死ぬ。が、詐欺師はあえてそれをするように言っている。それは何故か。逃げずに周囲を認めさせろ、ということだろうか。
「今更、どうやっても無理だろ。」
しかも一度は認めた罪だ。認めさせたとしても、罪がなくなるわけではない。どうせ檻行きだ。だったら逃げる選択をするに決まっている。
「けどなぁ…」
行きたくない。逃げたい。けど、ナイフを返さないと。招待されたし。
こんな、子供じみたくだらない小さな言い訳でもしないと、本当に今すぐにでも逃げ出したくなる。
自棄になりながらもダイナに言った。
一方的に指示をした詐欺師に少々苛つきながら、区切りをつけるため、ここは戻るとする。逃げたら汚名返上が出来ない。そもそもその汚名は自業自得なのかもしれないが。
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