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誕生日:上
しおりを挟む「こんなに待ち遠しくない誕生日は初めてよ。」
王宮内、ティナの部屋にて。
「いつもは何だかんだ言って楽しみにしてるもんね。」
フィオがダイナをちらりと見て言った。
「毒が盛られてなければもっと楽しみなんだけどね。…イゾベル、改めて聞くけど、今年はお父様から毒を盛らないように言われてるのって本当?」
「えぇ、本当です。」
「何でか答えなさい、アラン。」
ふざけたフィオが、ミナに振る。
なにやら本を読んでいた様子のミナは、本から顔を上げず、視線も活字からそらさずに言った。
「時期的に、暗殺を怪しまれるからだろ。俺のこと良く思ってない奴多いし、ティナのこと良く思ってない奴も多いけど、今の時期に毒を盛ってどっちかが倒れれば、作為的なのはあきらかだ。前までは集団で演技すれば水面下で容認されていたけど、今はフィオがいる。国王よりも権力もってそうな王妃が、ティナの味方だってことは知れ渡っている。そんなの相手にティナに何か仕出かせば、地位も存在も危うくなる。高い危険を犯してまで、今まで成功していないティナの毒殺をする必要はないから、だろ?」
言っている間に本のページをめくるミナを見て、ティナは器用だな、と思った。
「そうだね。私がいるからね。」
フィオはティナの頭を一度だけなでると言った。
「だから今年は楽しみな?」
◆
「イゾベル、聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫か?」
「何でしょうか、アラン様。」
「場所もここじゃなくて、出来れば図書室がいいんだけど、良い?」
「わかりました。」
ミナは、夜中にイゾベルを廊下で見つけて、図書室で話したいことがあった。
「つきました。聞きたいこととは、何ですか?」
「この国で医者になるにはどうしたら良いんだ?」
ミナは医学書が置いてある本棚に近づいて言った。
「知識ならある。実践も少しならしたことがある。ただ、どうすれば医者になれるのかがわからない。」
興味のない分野の知識は全く持っていなかったので、医学は最近独学で身につけた。手術は、縫合などの比較的簡単なものなら、軍隊に入隊してからの希望制の訓練で医療班から教わり、数人だが実際に手術した。薬剤は、科学班から知識を盗んだ。揮発性の毒や麻酔薬に興味があったからだ。それに関連して、薬の知識を得た。
「…。…医者になるには、免許が必要です。その免許は、試験に受かると手に入ります。」
「試験について、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「それは私も…。…そこまで詳しくないのでわかりません。また後日、資料をお渡ししますので。」
「わかった。ありがとな。よろしく。」
◆
「最近皆、忙しそう…」
ミナは図書室に入り浸ってるし、部屋にいるときも大体本を読んでいる。
お母様はたまにしか部屋に来なくなったし、会うときはいつも疲れたような顔をしている。
お父様は書斎に引きこもっている。
ダイナはこの間のを最後に一度も姿を見ていない。
イゾベルはよく見かけるけれど、女官として忙しそうだ。
「寂しいな…」
これが普通だったのに。
寂しさを紛らわそうと本を開くが、内容がさっぱり入ってこない。仕方がないので、絵を描くことにする。
万年筆と、藁半紙。
滲む組み合わせだが、まあいいか。どうせ暇潰しだし。
◆
「はぁ…」
「お疲れ様です、フィオ様。」
右手にナイフを握ったまま、フィオは溜め息を吐いた。
「ほんと、負けるってわかってるのに何で向かってくるのかなー…」
月明かりを受けて、ナイフが鈍く輝いた。
「ダイナ、今のって正当防衛だよね?」
「そうですね。相手は六人で、それぞれ刃物を持っていましたし。」
「流石に二人を庇いすぎたかな…」
「いえ、そんなことはないと思います。アランさんがその、劇場で無差別的に煽ったことが、頭にきている人が多いのではないかと。」
「あー…あれねえ…。アランはあれぐらいのことを言えるだけの実力があるからね。今の私じゃ、アランにたぶん勝てないし。」
「そうなんですか!?てっきりあの時はわざと負けたのかと思いました…」
「んー…本気なわけじゃなかったけど、手合わせした感じだと、アランの腕は鈍るどころか磨かれてる。ナイフでは勝てない。剣なら勝てると思う。私のが慣れてるし。」
「そうですか…」
「ま、武術ができて損はないし。こういう暗殺されかけてる時なんか特に、役立つしね。」
フィオは苦笑いをした。
生誕祭での、フィオがアランとティナの関係を肯定した発言で、王妃を殺せばティナも殺せるしアランを罰せられると考えた人が、かなりいたのだ。そのためフィオの元には、フィオの暗殺を目論む王族や皇族、貴族の大量の手先が送り込まれてきている。殺すと後々面倒なので、半殺しにしてあえて逃がしているのだ。
フィオ一人では流石にしんどいので、ダイナと一緒に始末している。
「心強いですね。」
「ダイナもだよ。」
ダイナはフィオ程ではないが、武術に優れている。体術もそこそこできる。
女官よりは、警護にあたってほしいくらいだ。
「フィオ様にみっちり仕込まれましたから。」
「ダイナの飲み込みが早いんだよ。」
◆
「…失礼します。カロン様、少しお休みになられてはいかがでしょうか…?」
イゾベルは恐る恐る国王に言った。
国王は生誕祭から一週間、一度もこの書斎から出ずに、机に向かっている。
「いや、いい。俺は忙しいんだ。」
「わかりました。…失礼しました。」
イゾベルは持ってきた茶を専用の机に置き、退出しようとした。
「あぁ、待て。これをフィオに渡しておけ。」
「…?かしこまりました。」
ダイナは国王に適当に渡されたメモを、中身を見ないようにしながら折り畳んだ。
「お前は真面目なのが長所であり、短所だな。」
「すみません、改良できるよう、善処いたします。」
「違う。何故俺がわざわざお前にそれを頼んだか、考えろ。」
不思議そうな顔をしたイゾベルは、国王の言うことの意味がわからなかった。
国王は溜め息を軽く吐くと、言った。
「俺には専属の従者がいる。お前に何かを任せる必要はない。紙だって、内容を伏せた状態でお前に渡したわけではない。それを丁重に畳みおって…。…もういい。わからないならわからなくていい。」
「はい…。失礼しました。」
フィオにカロンからのメモを渡したイゾベル。ついでにカロンとの会話を思い出したので、話した。それを聞いたフィオは言った。
「うん、真面目だね。」
「そうですか…?」
「カロンは、メモを見て良いって言ってるようなものじゃない。」
「なるほど…」
そう言われればそんな気がしたイゾベル。
「まあいいか。じゃあ一緒に読もう?」
フィオは折り畳まれたメモを開く。
【俺がけしかけた者全員が返り討ちになっている。間怠っこいのは嫌いでな。これを受け取り次第、書斎に来い。】
フィオはイゾベルを見た。
「イゾベル、ダイナを何がなんでも押さえててね。」
イゾベルと目が合う前に、フィオはメモを手にして姿を消した。
フィオはカロンの書斎に向かう。
ナイフと銃、その他の武器を持って。
書斎の扉の前で、溜め息。
「しつれいしまーす。」
暢気そうな声で言ったフィオ。
「あーあ、いつからカロンは王になっちゃったんだろうね。」
扉を開けると同時に飛んできたナイフ。カロンが投げた、ナイフ。
「こういう汚れ仕事は私がやるからいいのに。何でカロンがわざわざやるかなぁ…。」
フィオが容易く避けたナイフは、今はフィオの手に握られている。
「私に死んでほしいんだよね?」
平然とカロンに聞いたフィオ。
「お前が邪魔になった。罪人は罪人だ。お前のせいで俺の権威が落ちるのはあきらかだ。今まで国は正常にまわっていた。なのに、お前のせいで歯車がずれた。」
「そう。だからって私を殺すの?今殺したら、まずくない?」
「ふん、お前さえいなければ適当に言いくるめられる。お前の味方は少ない。始末には、そう時間がかからないだろう。」
カロンは銃を手にした。
直後、カロンが体勢を崩した。
「お、やっと効いたみたいだね。」
「何を、したん、だ?」
カロンは片膝をつき、苦しそうに息をした。
「揮発性の毒を、ね。」
フィオはくすり、と笑った。
「くっ…」
カロンはそのまま意識を失った。
フィオはそれを見届けてから、書斎を後にした。
「っフィオ様!?」
申し訳なさそうな顔をしているイゾベルと、焦りが全面に出ているダイナ。
フィオは自分の部屋に入ると、二人がいることに少し驚いた。
「ダイナ、アランを呼んで。ティナには何も言わないで。」
「はい!」
ダイナはあわただしく部屋を出ていった。
「すみません、ダイナを押さえられませんでした。」
気まずそうに言ったイゾベル。
「いや、押さえた方だよ。助かった。ダイナが来ると、牽制のつもりが乱闘になりそうだったからね。ありがとう。このあとアランが来たら、イゾベルはダイナを連れて、この部屋を出ていって。」
「え…」
「勉強してるアランだからこそ、頼みたいことがあるんだ。」
アランが勉強してること。
それは、医学。
「…どこか具合でも悪いのですか?」
「んー、内緒。」
「あ、アラン。ダイナ、ありがと。」
イゾベルに連れられてダイナは部屋を出ていった。残ったのは、アランとフィオ。
「何だ?」
アランはベットに横になっているフィオを不思議そうな目で見た。
「アランさ、科学班から知識盗んでたでしょ?」
「まあ」
「揮発性の毒の試作品をつくったりしてたじゃん?」
「あぁ」
「それが軍に正規採用されてたよね?」
「そうだな。」
「それの解毒剤ってある?」
「まあ。普通解毒剤も一緒に開発するしな。」
「今ある?」
「ないけど、作ろうと思えば作れる。」
「じゃあ作ってくれない?今すぐ。なるべく早く。」
「…もしかして、あれ吸ったのか?」
アランの顔がしかめられた。
フィオは苦笑する。
「うん。」
「…でもあれって、死にはしないぞ。毒のつもりで作っただけで、実際は睡眠薬兼痺れ薬だし。」
「だけど、今は時間が惜しい。薬が抜けるのなんて待ってられない。」
フィオの真剣な顔。
アランは顔をしかめつつ、頷いた。
◆
「よっ!お前が噂のアランか。男にしては顔が整ってて、なんだか女みてぇだな。」
屈強そうな男に言われ、ミナは苦笑い。
イゾベルとダイナに聞いたところ、薬の調合や開発、製造が自由にできるところは軍隊ぐらいしかないと言われた。製薬工場では、新しい薬の開発も行われているが、部外者がいきなり器具を貸してくれと言ったところで貸してくれないらしい。
まあ、当然といえば当然か。
「今は俺はミナだけどな。ところで、科学班からいろいろ借りても良いって言われたんだけど、ほんとに良いのか?」
「あぁ、いいぞ。この先を真っ直ぐ行ったとこの突き当たりの部屋が、科学班の実験室だ。それより何だ、ミナって。」
男は大きな剣を肩に担いで、首を傾げた。
「俺の新しい名前。アランからミナに生まれ変わったんだ。」
ミナは男の鎧姿を見て、自分が軍隊にいた頃を思い出した。
「へー!そりゃあいい!俺も生まれ変わりてぇな…。」
男は一瞬だけ厳つい顔を崩し、弱々しく笑った。
ミナは察した。
この男も、自分とはまた違う苦しみを抱えているのだろう。
「あんたの階級は?」
少し気になった。もう少し話したいと思った。
礼儀というか、挨拶というか、なんというか…。聞くのが当たり前すぎて、言おうとしないこの男の階級が気になったのだ。
「聞いて急に態度を改めたりすんなよ?…大将だよ。お前ぐらいのもんだ、俺にそんな態度をとるのなんて。元帥や総大将だって、もう少しは丁寧だ。」
大将か。
少し親近感がわく。
「そうか。…俺も大将だった。」
「っ!?」
ミナは微笑む。
この男とは、馬が合う。
自分が元軍人だということが思いもよらなかったのだろう。驚いて声が出ていない。
「また話そうな。」
ミナは男にそう言って、実験室に向かった。
「…」
実験室には誰もいない。
部屋にはミナがたてる物音しか響かない。
成分の比率などは覚えている。一度作ったものは覚えるというのが、ミナの心がけていることだ。唯一の、と言ってもいいかもしれない。
「…できた」
解毒剤の完成だ。
せっかくだし、いろいろ作ってみようかな。
手始めに、睡眠薬、麻酔薬、鎮痛剤、痺れ薬、解熱剤とかはどうだろう。
楽しくなってきたミナは、イゾベルに薬を渡してからしばらく、実験室にこもっていた。
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