檻と王女と元奴隷

croon

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誕生日:下

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「本当に大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。しつこいって。ほら見て、ちゃんと動けてるでしょ?」
「そうですが…」
「心配しすぎ。ダイナだって、さっきまでは一人で追い払ってたんだし、疲れてるはずよ。」
「私は大丈夫です。」
「なら私も大丈夫。」
 ダイナはフィオの訴えについに折れた。
「…仕方がないですね。」
「やった」
 そんなこんなでフィオはダイナと、自分の命を狙って襲いかかるカロンの息がかかった人を、殺さない程度に痛めつけるための夜の散歩に出かけた。





「おい、ミナ!」
 聞き覚えのある声。
 同時に部屋の扉が開かれた。
 ミナは手を止めることなく、言った。
「何?」
 神経を使う作業をしているので、思ったより無愛想な声になってしまった。
「こんな時間まで一体何やってんだ?」
「液体火薬を煮詰めてる。」
「っばか!今すぐやめろ!」
「もう少しだけ。」
「今すぐにだ!火事にでもなったらどうすんだ!」
「仕方ないなぁ…」
 ミナはバーナーの火を消し、液体火薬が入っている金属の器を布切れの上に置いた。
 ガラスでできた棒で、火薬をかき混ぜる。
 煮詰めたことで粘度が増し、抵抗が大きい。
「で、何の用?」
「いや、科学班の奴がお前のことを恐がって実験室に入れないって言っててな。そろそろお前を帰らせようと思って来てみれば、お前は下手すれば大惨事になるようなことを平気でやってやがった…」
「あー、悪いな。でもこれ見てよ、薬莢に詰めたら威力はすごいと思うよ。」
 ミナは厚い手袋をしている左手で器を持つと、男に見せた。
「…銃器と撃つ奴の肩が壊れそうだけどな。」
 大将を示す階級章を胸元につけた男は、渋い顔をして言った。
「そんなことより、いいから帰れ!貸すとは言ったが迷惑はかけるな!あいつらだってやらなきゃいけないことぐらいあるんだぞ。」
「やらなきゃいけないことって、これ?」
 ミナは手袋を外して一枚の紙を手に取った。
「…あぁ、それだ。」
 精神安定剤について、成分の比率や濃度、効果などが書かれたものだ。
「ふーん。こんなものが必要になるくらい、隊員は追い込まれてるんだね。」
 ミナはにやりと笑う。
「…だから何だ?」
 男がミナを警戒し始めた。
 ミナは構わずに言う。
「誰の指示?教えてほしいな。」
「お前に教える必要はない。」
「…そっか。そうだよね。ごめん。ま、頑張って。」
 ミナは睡眠薬などの作ったものを置いて、ティナの部屋に帰っていった。
 男は眉をよせながらも、とりあえずミナが帰ったことにほっとした。






「あ、ティナ。まだ起きてたんだ。」
「お帰りなさい。」
「…何隠したの?」
 ティナはミナから目をそらす。
「なんでもないわ。」
「なんでもないなら、別に見せてくれてもいいんじゃない?」
 ミナに見つめられること数秒、ティナはその視線に負けた。
「笑わないでよ?」
 そう言って取り出したのは、白黒の絵だった。
 滲んだ線で描かれているのは、ミナだった。
「っ…」
 檻にいた頃の絵で、両手両足に枷がつけられているが、絵の中のミナは笑顔だった。ミナは絵が重なっていて、もう一枚あることに気がついた。もう一枚の絵は、ミナが劇場でティナを連れ出した時の絵だった。ミナは絵の中で振り返ってこちらを見ている。手を差し出して、若干の皮肉さを含んで愉快そうに笑っていた。
「どう、かな?」
 ミナが何も言わないので、不安そうなティナ。
「…上手いね。万年筆で描いたの?」
「え、うん。それぐらいしか描くものがなかったから。」
「…万年筆一本でよくこんなに描けるね。光の加減とか、色の濃淡とか。絵のことなんかよくわかんないけど、ティナの絵が上手いことはわかった。」
 ミナは驚いていた。
 まるで写真のようだ。
 万年筆の滲みがそうでないことを主張しているが、遠目で見ると区別がつかないだろう。
「そうかな、ありがとう。」
 ティナは少し恥ずかしそうに笑った。




 静寂。
 ミナはティナ以外の気配に目を覚ます。ティナが隣で無事に眠っていることを確認し、気配を探る。
「…詐欺師?」
 囁き声でも、十分部屋に響いた。
「外行こ」
「あぁ」
 フィオの声に従って、ミナは部屋の外に出た。フィオは眠そうな目をこすりながら、片手をひらひらさせた。
 体の感覚的には、今は真夜中。
「何だ?こんな夜更けに。」
 ミナはあくびを噛み殺す。
「さっき軍から連絡来たんだけど、もう二度とアランを軍の敷地に入れるな、って言われた。」
 フィオは苦笑いをしている。
「一体何したの?」
 液体火薬を煮詰めたり、いろいろ作ってみたり。
 そう言おうとも思ったが、ミナは思いあたることがあったのでやめた。
「指令書を読んだ。」
「あぁ…だからか。液体火薬煮詰めただけなのに、変に大げさだから気になってさ。」
「あ、ばれてるんだ。」
 ミナが言うと、フィオは笑った。
「そりゃあもちろん。あの設備であそこまで何事もなく煮詰められたのはすごいって、ちょっとした評判になってるよ。」
「もう少しぐらい煮詰めたかったけどな。」
「いやいやいや、あんなの詰めた薬莢を撃ったら、ほぼ間違いなく銃器が壊れるよ。肩だって外れると思う。使いどころが見つからないし、気化して危ないし、だからって量が多いから廃棄もできなくて困ってるらしいよ。」
「じゃあ俺にくれよ。薬莢に詰めて撃ってみたい。ってかそのために煮詰めたんだけどな。」
「それならあとでそう言っておくよ。ところでさ、指令書から何の情報を盗ってきたの?」
 フィオの雰囲気が変わった。
 詐欺師のものになった。
 微笑みからは、威圧感とこちらを窺う気配が感じられる。
「…近々戦争をするかもしれない。」
 ミナは指令書と、精神安定剤について詳細に書かれた紙を思い出した。
 フィオは目を細める。
「そう。」
 一言。
 それっきり黙りこんでしまったフィオ。
「そう考えた理由は?」
 ミナは張り詰めた空気のフィオに、話す。
「指令書には大量の毒の他に、精神安定剤を作るように書いてあった。実際に精神安定剤の開発がされている跡も、実験室にあった。その開発されている精神安定剤が、かなり強いもので、言い方を変えると麻薬になるものだった。軍が使うとなると、考えられる使い道はひとつ。兵士に与えることだけ。脱走しないようにする、死の恐怖を感じられないようにする、思考能力を奪う。主にこれを狙ってるのかな。これらを軍が狙うのなんて、戦争している時ぐらいしかないだろ?」
 フィオはミナの説明を聴いた。
 やはり、ミナを軍の内部に連れていって正解だった。別に解毒剤だけならミナじゃなくてもダイナに頼めた。裏で出回っているものでも、一応は市販品だから、効果は間違いない。それを買いに行かせるだけで済んだことだ。専用の解毒剤ではないため、毒が抜けるのに少し時間がかかるが、そんなに問題はない。それなのにわざわざミナに解毒剤を作らせたのは、軍の情報が欲しかったからだ。
 軍しか薬を作れる場所がないことは知っていた。最近、軍の上層部が何度も集まって話し合いをしているのも、噂になっていたので知っていた。不穏な空気を感じたので、いつか探りを入れたいと思っていたのだ。ミナは最近医学を学んでいるらしいし、少しは役にたつかな、と思っていたがかなり役にたった。ミナが医学を学んでいなかったら、精神安定剤なんてわからなかっただろう。戦争の時に使う程の強さだってことも、効果から考えられる使い道も。
「なるほど…。ありがとう、かなり助かった。」
「礼なら煮詰めた液体火薬でいいぞ。」
「ふふ…そうするよ。」
 笑ったフィオ。
 ミナはそんなフィオを見て、少し顔をしかめた。
 目の下にくまができていた。
 頬も若干痩けている。





「ミナ…」
 全く。
 変に勘が良いから困る。
「何でもないよ。外から物音がした気がしたけど、ただの気のせいだった。」
 心配そうにこちらをみるティナに、ミナはそう言った。
 ベットに腰掛け、ミナは体を起こしているティナの肩をやんわり押して、横にさせる。
「でも、話し声が聞こえた気がするんだけど…」
 ミナは内心、苦笑い。
 そんなに大きな声で話したはずではないが、気にかけたわけでもなかった。ティナに会ってから、警戒心を持つ意識が欠けた気がする。
「そう?気のせいだよ、きっと。」
 ミナも横になって、布団をかぶる。
「そうかしら…」
「うん、そうだよ。」
 ティナに嘘をついたミナ。
 今のティナに話したところで、ティナに出来ることはほぼないだろう。ティナの不安を煽るだけだ。
 ミナは罪悪感に襲われたが、微笑むことで誤魔化した。
「…嘘つき」
 ティナは呟いた。
 ミナに聞こえるように、わざと言った。
「え、」
「私聞いてた。お母様とミナが話してるの、聞いてたから。」
「…ごめん」
 ティナの冷たい口調に、ミナは気まずそうな表情をした。
「…」
「ティナ?」
 無言のティナに、不安になったミナ。
「戦争なんて、嫌。しちゃいけないものよ。何で戦争なんかするの?人がたくさん死ぬだけじゃない。何で?ねぇ、」
「ティナ」
 不安なのはティナも同じようだ。いや、ティナの場合は不安定、だ。
「大丈夫。ティナのせいじゃない。それに、まだ起きるって決まったわけでもない。」
 自分が口にした言葉のせいで 、戦争が始まった経験をしたティナは、戦争と聞いていろいろ思い出してしまったのだろう。
「ほんと?」
「うん、本当。」
 ミナは幼い子供をあやすように、ティナの背中をさすった。


 ティナが眠りに落ちた。
 ミナは溜め息を吐く。
 これからどうしようか。
 戦争はなんとか止めたい。
 でもそれが出来る程の力はない。
 ティナの誕生日まで、あと一週間。
 その間にフィオが倒れたらまずい。
 国が戦争一色になるかもしれない。と、いうよりなるだろう。
 国王が戦争に反対なら、軍の上層部が集まっている噂が立ってるのに、何も動きがないのはおかしい。軍に一言ぐらい何か制止を求める言葉を送っているはずだ。国王の手綱を握っているのは王妃であるフィオ。国王の言うことに横やりを入れることができるのも、フィオのみ。そのこともあって、フィオがあそこまでまいってしまうくらいに、暗殺者をつかわせてるのだろう。もちろん、自分とティナの関係についてのこともあると思うが。
「どうしよう…」
 戦争、フィオの安全、ティナとの関係。
 この三つが絡まりあっている。これを解決するには、国王であるカロンを懐柔する、もしくは殺すのが一番手っ取り早い。殺したらティナが悲しむ。懐柔出来るとは思えない。だから、他の案を考えなければいけないのだ。





「フィオ、話したい。」
 翌朝、ティナの様子を見に部屋に来たフィオに、ミナは言った。
 ダイナもイゾベルもいるし、ティナにはもちろん聞かせたくないことだったし、出来るだけ早くに話したかったのだ。
「うん?いいけど…。あぁ…部屋に来て。」
 それを察してくれたフィオは、そう言って部屋を出た。ミナは後に続く。首を傾げたティナに、ダイナが適当に話を振ってくれているのを聞きながら、部屋を出た。
「どうしたの、いきなり。」
 部屋に入ると、フィオはソファに座りながら苦笑い。
 ミナも向かいのソファに腰掛けた。
「今の状況が、なんだか気持ち悪い。戦争だって、やるのかわからないし。俺については宙に浮いたままだし。詐欺師には、それでかなり負担かけてるし。」
「ティナの誕生日までの我慢だよ。そうしたら全部、解決する。」
「そうか?俺について、罪人だって判断されるのはいいけど、そうしたら詐欺師の立場が危ないだろ?危なくなったらあの国王を止める人がいなくなるから、戦争が起きるんじゃないか?」
「うーん…。まあ、アランが罪人だって判断されたらされたで、考えがあるから、気にしなくていいよ。もっと気楽に行こうよ。」
 この物騒な状況で笑えるフィオは、やっぱり自分よりも多種多様で、豊富な経験があるんだな、と思ったミナ。
 これからの展開に、怯えているわけではない。今の状況に、怯んでいるわけでもない。自分のことは別にどうでもいい。ただ、周りの人が心配なのだ。自分を認めてくれた人が。自分を受け入れてくれた人が。
「…そうだな」
 ミナは、笑える程の余裕はなかった。

























「ティナ、誕生日おめでとう。」

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