檻と王女と元奴隷

croon

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調査または詮索

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 昨日、ミナにチェス大会のことを話に持ち出された。その時は、あぁ、そんなこともあったな、という程度の認識だったが、改めて会話を思い返してみると、ミナに不自然な箇所があった。
 チェス大会はそもそも王族主催なので、大会に参加する人も見る人も、それなりの地位を持っていなければいけない。ミナは今監獄にいる。大会を観戦できるくらいの地位を持っているのなら、何故あそこにいるのだろう。そのくらいの地位があれば、ミナが以前言った通り、不祥事の一つや二つ、簡単に揉み消せるはずだ。
 ミナは何故監獄にいるのだろう。
 そのことばかりが頭に浮かび、気になって仕方がない。
 ミナは本当に大会を観戦していたのだろうか。私の大会成績を知っているので、観戦はしていたはず。…では何故今は監獄に?
 同じような思考がぐるぐると回り、気が付けば図書室に足を向けていた。
 ここには、各行事の記録が残されている。もちろん、チェス大会の記録もだ。
 大会観戦者の名簿を見つけ出し、今から十年前のものを開いた。
「…」
 ミナ、という名はおそらく偽名。見つかるはずがない。
 ミナに本名を聞いても答える確率は低いし、答えたとしてもそれを本名だと確認する手段がない。聞いたことで理由も聞かれるだろうし、その時私は本当のことを言うわけにもいかない。
 ミナにはこんな私を知られたくない。ミナの言うことが信じられなかった、疑ったと思われたくない。
 そんな私はひどく醜いから。
 普段醜いぶん、ミナの前ではせめて少しでも取り繕っていたい。
「ティナ様、何かお探しですか?」
 司書の女官に声をかけられた。
「貴女には関係ない」
 ダイナでさえ必要最低限の言葉で済ませていた。ダイナではない女官に、何かを言うつもりはない。愛想を良くするつもりも、全くない。
 鼻白んだ女官は、ひきつった笑みを浮かべ、もそもそと何かを言うと図書室を出ていった。
「はぁ…」
 ティナは溜め息を吐いた。
 まずはミナについて調べなければいけない。だが、手がかりはほとんどない。
 とりあえず囚人名簿を見て、ミナらしき人を探そう。囚人名簿ならこの図書室にもあるし、王宮の敷地のすぐ外にある図書館にもあるかもしれない。だが、一番確実なのは、監獄の番人に直接借りることだろう。監獄の事務室には、窃盗や詐欺などの比較的軽度な犯罪を犯した人の名前も記されている犯罪者履歴というものが置いてある。
 図書館はまず置いてあるかもわからないし、図書室にも置いてはあるが、最近のものと大きな犯罪を犯した人しか載っていないものなのだ。情報の信頼性も考えると、番人に借りることが一番良い方法だろう。
 一応、図書室にある囚人名簿と、犯罪者履歴を部屋に持っていくことにした。
 さあ、ミナはどれだろう。
 ページをぱらぱらとめくる。
 めくりながら思った。ミナは犯罪者だったんだな、と。
 屈託のない性格と、朗らかな笑顔と、明るくて少し子どものような雰囲気に、犯罪者だということは頭の外にあった。
 何の罪を犯したのだろう。
「…はぁ」
 結局、ミナらしき人物は見つからず、溜め息を吐いた。
 明日にでも、番人に名簿を借りにいこう。
 ずっと下を向いていたからか、首と背中が少し凝っている。
 伸びをして椅子から立ち、今夜もミナにところに行く準備をした。





「はぁ…」
 ミナに会いに行く途中、またしても荷物を運んでいる人を見かけた。
 二人がかりで荷物を運んでいる。
 重いものなのだろうか。
 ミナに会えないので溜め息を吐いた。一体、この人たちとミナに会いに行ってはいけないこととは何の関係があるというのだろう。
 引き返して帰らなければいけない。
 息を殺して、そろりそろりと後退する。不満を覚えながらもミナの言葉は守った。
 空が雲に覆われて、月も星も見えない。
「…ミナ。」
 牢獄にいるミナを想い、孤独感をまぎらわすために呟いた。
 いつから孤独を感じるようになったにだろうか。
 今、ミナは何をしているの?
 何故会いに行ってはいけないの?
 知りたい。
 わかんないよ。





「貸してくれませんか?」
「えぇと、私たちにも守秘義務がありまして…」
「どこに?」
「っ…」
「貴方の職業に、守秘義務は存在しませんけれど?」
「…」
「何かを隠せと、言いつけられているのね。おそらくその命令も秘密裏にされたものでしょう?」
「……」
「もし私が、どのような命令をされたのか言え、と命令したら、貴方はどちらの命令に従うのかしら。いえ、従うしかないのかしら。」
 表情が固まった番人に、ティナは無表情で言った。
「私の命令に従えないのなら、貴方に命令した人は大体見当がついてしまうけれど。だって、私よりその人の命令の方が強制力が強いのだから、私より上の地位の人ということがわかってしまうわ。」
 私より上の地位といったら、私の父、国王しかいない。
 命令の内容はわからないが、少し調べれば多少はわかる。
「あの、そのようなわけでは、」
 とりあえず否定しよう、という番人の魂胆がみえみえだ。
「いいのよ、どちらでも。私はただ、犯罪者履歴と囚人名簿を借りたいだけなの。貸してくれるかしら?」
「………わかりました。お貸しいたします。」
「そう、助かるわ。物分かりの良い人でよかったわ。」
 半ば強引に、脅しながらも借りることができた。それにしても、どのような命令を下されていたのだろうか。
 まあ、とりあえず良しとしよう。
 これでミナについて何か知ることができるはずだ。





 ミナ………………
 禁固刑
 刑期、三十七万五千年
 今から十年前、軍事裁判にかけられて、そう言い渡された旧国人がいた。
 名前は、アラン。旧国の国軍で総大将を間近に控えているところ、敗戦。拘束後は暴れることなく大人しかった。年齢は不詳。出生地不明。そのためか姓は持っていない。
 おそらくミナ。
 ほぼ間違いない。
 今から十年前と言ったら、旧国が戦争に負けた年だ。
 私が八歳の頃だ。
 私の国、新国は、旧国を戦争で徹底的に負かした。私の父は、旧国を新国とした後、王になった。
 そんな、忙しい年だった。
 私の父は卑怯な人だと、旧国の人は皆言った。
 長年、友好国としてつき合ってきた国が、こちらの国に注意を払わなくなったことに気がつくと、背後から奇襲を仕掛けたのだ。
 私はそんな父の娘。
 ミナに合わせる顔がない。どんな顔をして会えば良いのだろう。
 私の父がのせいで、旧国は滅び、アランは檻に入れられた。
 せっかく見つけた、大切だと思える人は、私の父にとっては邪魔者だった。私は、ミナに恨まれても仕方のないことをしたのだ。
 幼い頃私は自分の父に言った。
「なんであの国は襲わないの?今は隙だらけよ?あの国をこの国のものにしちゃえば、この国はもっとお金持ちになれるんじゃないの?」
 本当に、ただ純粋に思ったことを言っただけなのだ。けれど父は意外にも、子供の戯れ言とは思わずに、着々と計画を進めていった。
 まだ私が四歳五歳の頃のことだった。
 あの時私があんなことを言わなければ―
「…ミナ…………ごめん……………………」
 ミナは英雄として、今も戦地で戦っていたに違いない。この国の国民は、ミナのことを英雄として、ミナが死んだ後も後世に語り継いでいたかもしれない。
 それぐらいに、ミナの活躍は素晴らしかった。
「…どうしよう」
 知ってしまったことを、今さら知らなかったことには出来ない。
 ミナに、言うべきだろうか。言って謝らないと気が済まないのは、ただの自己満足だろうか。
 けれどミナは、私のことをどう思うだろう。
 私はもう、ミナと会えなくなってしまうのだろうか。それだけは嫌だ。だってミナは、私が私でいることができる、唯一の場所なのだ。
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