檻と王女と元奴隷

croon

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荷物を運んでいる二人の男

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 大きく伸びをする。
 ティナは今夜も来るのだろうか。
 あくびをしながら考えた。
 あぁ、待ち遠しい。

 がしゃんっ…

 どうやら今夜は来ないらしい。
 金属音を耳にして目を閉じたミナは、深呼吸をひとつ。
「おい、寝てんのか?」
 番人の声で、目を開く。
 あーあ、またか。
「起きてるけど。何か用?」
 驕った番人に礼儀など不要。
「わかってるだろ?いつものショーだ。」
 口角を吊り上げ卑しい笑みを浮かべた番人から視線を外した。
「あっそ。相変わらず悪趣味なショーだな。」
 ミナの言葉を無視して招き入れるは、軍服を着た男二人。二人は大きな荷物らしきものを運んで来た。
「こっちだ。来い。」
 番人は二人の男が持っている荷物らしきものにかかっている布を取り外した。
「見ろ。こいつは元軍人だ。あんたと同じ国のな。旧国民だ。」
 予想した通り、荷物は死体だった。
 檻に、冷たくて重い空気が流れる。
 死体は切り傷が多く、ひどい火傷を負っていた。おそらくこうしてここに死んで運ばれる前に、ちょっとした拷問にかけられたのだろう。
「この男は、あんたのせいで死んだ。あんたのせいで、だ。」
 番人は、あんたのせいで、と繰り返し言い、その度に死体を刃物で切りつけた。
 もう死んでいるのにも関わらず。
「あんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいであんたのせいで………」
 死体にどんどん傷が増えていく。皮膚の下の白っぽい肉が覗きはじめた。
 切り口から血が滲まないことが、死んでいることを浮き彫りにした。
 ミナは無表情でその光景を見つめていた。
 身じろぎひとつしないミナは、無言で、何も弁解をしなかった。
「ちっ。あんた相変わらず反応が薄いな。つまんねぇ。…まあいい、今夜は特別にもうひとつ用意してある。おい!連れてこい!」
 羽交い締めにされて連れてこられた男は、じたばたと抵抗している。けれど二人の軍人相手ではその抵抗は無意味だった。
 男は猿ぐつわを噛まされ、口も利けないようにされている。
 嫌な予感がした。
「今夜のメインイベントはこちら!ただの旧国民!!あぁ、なんて理不尽なんでしょう!旧国民というだけでなぶり殺されるなんて…。でも全ては、旧国軍大将アラン、あんたのせい!!」
「んー!んーー!!」
 猿ぐつわを噛まされているので、連れてこられた男はうめくしかない。
 何かを言っているようにも感じられるが、やめてくれだの許してくれだの、見当はついた。
 もし違っていたとしても、どうせ自分への非難に決まっている。なぜなら、番人の言っていることに間違いはないからだ。
「さあ、ショーの開催です♪どうぞお楽しみください♪」
 ミナは目を背けなかった。
 男の右肩が外される音も、足の骨が折られる音も、足の甲に五寸釘が打ち込まれる音も、爪が剥がされる音も、男の痛みに悶える呻き声も、番人の嗤う声も。全てを聴いて、全てを受けとめた。
 男がなぶられ、じわじわと殺されていく光景を、見つめることしかできなかった。
 骨は皮膚を突き破りその存在を主張し、肉片と化した両足。輪郭がわからなくなる程殴られた顔。鼻は耳と一緒に削ぎ落とされた。口の中でマッチをすられて火傷をした口内。右目はくりぬかれ、床に叩きつけられた直後に踏み潰された。髪の毛は燃やされ、煙を大量に吸い込んだ男の背中と首は赤く爛れた。腹からは腸がこぼれ出ており、周囲には切り落とされた十本の指と無数の歯。ただの棒になった手で自分の腸を掬い上げようとしては出来ず、半狂乱になりながらも叫ぶための喉は火傷をして使い物にならない。
 頭の奥が、精神が擦りきれることと比例して痛んだ。
 助けることは、出来ない。
 せめて見て見ぬふりはしないように、した。
 それが檻の中にいる自分が唯一出来ることだったから。
 最期は、操り人形の糸が切れたかのように突然だった。

「んーー!!んーーー!!!!んーーーー!!!!!!」

 男の呻き声が、耳にいつまでも残って離れてくれなかった。





「ミナ、久しぶりね」
 ティナが格子越しに目をあわせて、そう言った。
「久しぶり?あぁ、昨日はちゃんと俺が言ったこと守ってくれたんだね。また昨日と同じことがおきることがあるから、その時はまた、昨日みたいにここには来ないでね?」
 確かに久しぶりに感じた。
 たった一夜がとても長かったのだ。
「ミナ、昨日の夜に、何かあったの?」
 どうやら上手く笑えていないらしい。
 驚いた。演技には自信があったのに。そこまで自分は参っているのか。これではまだまだ詐欺師には程遠い。
 鼻腔にはまだ血の匂いがこびりついている。
 耳にはまだ男の断末魔の呻き声が。
 急に鮮明になるそれら。
「何があったの?」
 何が……思い出すのは昨日の男がなぶり殺されていく光景。
 思い出したくもないし、ティナに言えるはずもない。同じ経験をわざわざさせなくていい。
「ご、めん…。言いたく、ない………。」
 笑顔が凍ったことを自覚した。
 今までは、番人の嫌がらせを思い出してもここまでこたえることはなかったのに。何故こんなに感情が溢れ出してくるのだろう。
「あ、ごめっ」
「謝らないで」
 ティナは何を思ったのか、突然謝ってきた。
 別にティナが悪いわけではない。だから謝らなくて良いのに。全ては俺のせいなのだから。
「っ…」
 少し言い方がきつかったのだろうか。
 ティナが驚いている。怯えたような目をした。
 でも今の自分には、感情を抑えることで精一杯で、他人を気にかける余裕はない。
「…私、ミナの力になりたいって思ってる。忘れないで。」
 ティナがそう言ってきた。その目は必死だった。
 以前自分がティナに言った言葉。他人の口から出るとまた響きが変わる。
「…ありがとう」
 自分の言葉が自分を救う。
 それが滑稽に思えて、笑ってしまった。
「どういたしまして」
 ほっとしているティナはそう言った。
 何故安堵しているのだろうか。少し気になったが、まあいいか。
 笑いながら嗤った。
 自分は誰かに助けを求めるよりも、ひとりでひっそりと死ぬ方が似合っている。それだけの罪を犯した。もう助けを求める気力も失せた。

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