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芸術祭
しおりを挟む結局気まずくて一日、ミナに会いに行けなかった。昨日の夜には会いに行ったが、やはり気まずかった。
ミナに気づかれてしまっただろうか。もし気づかれて、それで恨まれてしまうのは悲しいことだが、仕方がない。
「ティナ様…?」
しまった。ミナのことを考えすぎた。
「…失礼いたしました。…すみません、今はどこの場面ですか?」
「今は、王子が村娘を連れて逃げ去る場面です。」?
「そうでした。失礼いたしました。」
今は劇の練習中。
チェス大会と同じくらいの規模で、来月末にある行事、芸術祭のために。
芸術祭は、画家が自分の描いた絵を披露したり、絵を描くパフォーマンスをしたり、音楽隊が演奏したり、詩人が歌を歌ったり、踊り子が狂ったように踊ったりと、とにかく凄い盛り上り様なのだ。
その芸術祭で、今年から演劇をやることになり、人手不足なこともあって、ティナが役者になったのだ。王女が劇に出演することで、来年からの人員を増やそうとしていることもあるらしい。
だがティナは劇をやりたいわけではない。むしろ大勢の注目を浴びるのは苦手なのだ。渋々王女としての役目を果たそうと奮闘中の今、ついぼんやりとミナのことを考えてしまい、軽くパニックになった。けれど、周りの皆はティナがそんなことになっているとはわからないだろう。
ティナは普段、感情をあまり表に出さないのだ。感情が希薄なぶん、演じることに抵抗はなかった。無、ほど染まりやすいものはないだろう。
「っリリィ、こっちだっ!」
まさか王子と村娘の役で、王子の役にされるとは思っていなかったが。第一性別が違う。
「はい!」
本番はこの長い髪をどうするのだろう、と思いながら暗記した台詞を言うと、カットがかかった。
違うこと考えていたのがバレて注意されるのかと思った。
「カットォォォ!!駄目!全っ然駄目!!リリィ!貴女はリリィよ!もっと感情込めて!役になりきるのよ!そんな穏やかに返事してちゃあ追手に捕まっちゃうじゃない!」
けれど、注意されたのは村娘のリリィ役の、イゾベルだった。
イゾベルは、ダイナの替わりにやってきた女官だ。イゾベルは普段の無表情をぎこちなく変化させながら演技している。声はまだ若干冷たいが。慣れないことに戸惑い、羞恥心が拭いきれていないらしい。
「はい、すいません。」
真面目な性格なので、こうして一度注意すれば直そうと努力はする。しかし、努力はしてもどうしても恥ずかしがってしまい、リリィになりきれていない。
「まあいいわ。明日までにどうにかしてよね。それじゃ、次のシーンね。」
◆
「疲れた…」
劇の練習が終わり自室に戻った時にはもう、ミナのところに行ける時間がなかった。
それに、行く気力もない。今行ったところで気まずいだけだ。
『旧国軍将軍アラン。軍団を率いて戦う他、参謀も務めた。次期総大将としての実力も十二分にそなえており、軍事裁判では重い罪を問われた。死刑制度がないので暗殺者をおくりこもうという話も出たが、返り討ちになる可能性が高いと判断し、暗殺計画は打ち切られた。アランは極めて大人しく連行され、獄中に入れられた。もし彼が本気で抵抗をしていたとしたら、今彼は獄中にいるはずがないだろう。その点を見ると、彼は自分のしたことを悔い、反省もしていたのではないかと思われる。』
今から十年前の新聞記事を、旧国の言葉で読んでみた。
図書室には無かったので、図書館に行って借りた新聞だ。大分古いものだったので、言葉は新国になる前の旧国のものだった。新国のものもあったが、旧国語の方が表現豊かで言語に美しさを感じる。
ティナは新国で生まれ育ったが、幼い頃からチェス大会のため旧国には招かれて来ていたので、読むことは容易かった。
『ミナに会いたい…』
会いたい。が、会えない。
そんな日々が続いたある日、この間リリィ役のイゾベルを大声で注意した舞台監督のエミリーに、こう言われた。
「何か悩んでることあるの?…あ、何かお悩みになられていることがあるのでしょうか?」
しまった、というような表情で言い直したエミリー。
「いいえ、特に無いです。それと、私にはもっと自然体でいいですよ?」
そうですか、わかりました。エミリーは真ん丸い目を三日月にして、笑顔でそう言った。
鋭い、と思った。舞台監督をこなしているだけあって、観察眼は鍛えられているのだろう。
私は今他人に悩んでいるように見えるのだろうか。だとしたらまずい。早急に繕わなければ。弱っていると知られたら、これを好機に度が過ぎた嫌がらせが再び始まり、最悪命を狙われてしまう。
溜め息を吐いた。
◆
「じゃあ、本番は明後日だから。皆気を引き締めて練習しよう!明日は会場準備で忙しいから、一回通すので精一杯だと思う。だから、今日で不安なところとかを確かめておこう!明日は最終確認で終わっちゃうから!じゃあ、練習始めようか!」
張り切った様子の エミリー。
対してげんなりしているイゾベル。
そんな二人を見ながら欠伸を噛み殺しているティナ。欠伸を噛み殺しながら、今夜もミナに会いに行くのは難しいな、と思っていたティナ。
ここ数週間、全くミナに会いに行っていない。
会いたいな、と声に出さずに呟いた。
思っていた通り、練習は夜中まで行われた。
「皆お疲れ様!帰って早く寝て、明日の通し稽古も頑張って!会場準備もあるから少し早めに来てね!」
エミリーは言いながら帰りの支度を始めた。
ティナは特に何も持ってきているものはないので、帰りの支度を一斉に始めた皆を見ていた。
「…お疲れ様、イゾベル。」
とても疲れている様子のイゾベルの支度を手伝いながら、そう声をかけた。
イゾベルは驚いて固まった。
「……どうかした?」
手伝っただけなのにそんな反応をされると、いい気はしない。
「いえ、なんでもありません。」
イゾベルは手早く支度を終わらせた。
「…ありがとうございました。」
ほとんど手伝ってもいないのに、イゾベルにそう言われたティナは、曖昧に笑っておいた。
最近…ダイナが殺されてから、愛想笑いが多くなった気がする。
ダイナは私を助けて殺された。
自殺も失敗し、無意味に生きているからだろうか。今更だが、ダイナには少しだけだけれど、心を許していたのかもしれない。ダイナがいなくなってから、門番や衛兵、監視の目を観察し、行動パターンやそれぞれの日程を把握し、隙を探して死のうとした。
刃物はないし、ロープや紐もない。舌を噛んでも死ねる保証がなく、死ぬ前に見つかってしまうかもしれない。それなら、王宮を脱け出して崖から飛び降りるなり、刃物を買うなりして自殺しよう。そう考えたのだ。
「明日も頑張りましょう?」
「はい」
イゾベルとの短いやりとりを交わしながら、考えるのはやはり、ミナのこと。
どうしてか寂しくて、埋まらない隙間が空いた胸に手をあてた。
◆
どうしよう。
どんどん完成していく舞台を眺めながら、ミナに会いたいと思っていた。
どうしたらミナに会えるのだろう。
どうしたらミナに向き合えるだろう。
どうしたらミナは赦してくれるのだろう。
そもそも、赦されていいものなのだろうか。
時間は無情にも過ぎていき、やがて舞台は完成した。
細やかで手の込んだ装飾は、舞台を豪華に彩り、元々気品漂う舞台はよりいっそう華やかさを増した。
完璧に整った舞台を前に、ティナは溜め息を吐いた。
もう逃げられない。
ここまで来てしまった。
今更舞台に立たないのは、まずい。大勢の人に迷惑をかける。
舞台の華やかさとは裏腹に、ティナの気分は落ち込んだ。
『ミナに会って、どうしよう…』
「…?ティナ様、何か仰いましたか?」
「ええ。今日も疲れたな、と言っただけです。明日は本番なので、そんなことは言っていられないのですけれど。」
「そうでしたか。お疲れ様です。頑張りましょう。」
「ええ。」
イゾベルが近くにいたことを忘れていた。
旧国の言葉はダイナでも少ししかわからなかったのだ。ダイナよりも若いイゾベルには理解出来ないはずだ。
……いいことを思いついた。ミナに劇を観に来てもらえないだろうか。それが難しいことだとはわかっているが、それさえ出来れば…
「舞台も完成したことだし、それじゃあ一回通そうか!」
皆、明日の本番を前にしてやる気満々で興奮ぎみだったが、ティナはひとり、ミナを牢獄から脱出させて劇を観に来てもらう方法を考えていた。
台詞は覚えている。一字一句、寸分違わずに。それも全員分。頭で他のことを考えていても、口が台詞を言ってくれる。体は台詞に合った動きをし、表情も変化した。
この通しでティナは、明日に備えて準備をしていた。
解散したのは真夜中だったが、ティナはミナのところに向かった。
今夜を逃せば明日の舞台に間に合わないからだ。
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