檻と王女と元奴隷

croon

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既視感

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 久し振りの悪臭と、閑散とした夜に、懐かしいと感じた。
 詐欺師に連れられて、短い間だが生活したスラム街を歩く。ほとんど変わらないその景色に、いろいろ思うところがあった。
『俺が軍に入ったときからのこと全てが、夢みたいだな。』
 あまりにも変化が無さすぎて、そう思った。
 そうであってほしいと、心のどこかで思っていることに気づかされた。
『ティナ、ごめん…』
「なになに?恋人と喧嘩でもしたの?」
「誰だ」
 反射的にナイフを手に取ろうとしたが、ないことを思い出し、声のした方向に言い返した。
「あれ?忘れちゃった?ひどいなあ、アラン。」
「え…?」
「俺だよ、詐欺師だよ。久し振りだね。」
 詐欺師は死んだはずだ。
「…誰だ」
 再び聞いた。
「だから、詐欺師だよ?」
 俺は夢を見ているのだろうか。
 それとも気を失っているのだろうか。
「あれ?アラン?どうかした?」
 記憶の詐欺師よりも歳をとっている姿。
 記憶の詐欺師よりも高い声。
 違和感を感じた。
「本当に詐欺師か?証拠は?」
「証拠はないけど、証明はできるかな。」
「今すぐしてみろ。」
「君について、語ればいいかな?」
 そう言うと、俺の目を見詰めた。
「君と初めて出会ったときは、真夜中だったよね。そう、丁度このくらいの時間帯だった。」





 その日、俺は厄介な依頼をされて、渋々下見をしに行った。
 初対面の君は俺に、ナイフを突きつけた。
 毒が塗られていたそのナイフに、たしか俺は苦笑した。君の態度が、まさにそのナイフそのものだったから。でも俺もいきなりナイフを突きつけられるなんて思ってなかったし、正直恐かったね。頑張って悟られないように愛想笑いをしてたんだ。
 君は俺の手をとることを一度は拒否したけれど、最終的には手を伸ばしてくれた。たとえ自暴自棄だったとしても、俺に可能性を見出だしてくれたんだって、少し嬉しかった。
 君が自分の主人を殺したのには驚いたし悲しんだし、胸が痛かった。君が自ら手を汚したから。
 君は手を汚すことに何も抵抗がないっていうことを知ってしまったから。でも君は、俺によろしく、って言った。あの時は嬉しかった。なんかね、年相応のアランを見た気がしたから。あぁ、ちゃんと子供だなって、安心した。
 まあ、それはいいとして、アランが軍に入隊してからのことを話そうか。
 アランは入隊してから剣の腕がめきめき上達して、馬の扱いも習得が早くて、着々と階級を上げていったよね。アランは大将にまでなった。でもアランは不安定だった。周囲から評価されることが、レッテルを貼られているみたいに感じたのかな?
 自分がどんどん嫌いになっていくアランに、かける言葉がみつからなかった。
 今から十年前、俺たちは戦争に負けた。
 まさか友好国に裏切られるなんてね。
 アランはなにもかも諦めきった表情で連行されて行ったけど、俺にはほっとしたような表情にも見えた。でもアランの目は焦点がどこかずれていて、憔悴しきっていることは明らかだった。
 それにアラン、連行される前の日に俺に言ったでしょ?
 罪は全て俺が背負う…って。
 言われたときはなんのことだかわからなかったけど、次の日になってようやくわかった。その時にはもう、手遅れだったけど、何もできない訳じゃなかった。だから俺はアランの罪を軽くしようと、その罪を少しでも多く背負うことにした。





「少し俺の心情が入っちゃったけど、これで証明できるかな?」
「……あぁ。」
「…ほんとに、久し振り。」
「あぁ…。」
「よかった、生きてて。」
「そうか。」
「またこうして話せるなんてね。」
「そうだな。」
「ねえアラン。」
「何だ?」
「今何考えてるの?」
「いや…なんでもない…。」
「俺に聞かないの?何で生きてるのか、って。」
「それは…」
「何でここにいるのかって、今までどうしてたのかって。気にならないの?」
「気になる、が…」
「じゃあ何で何も聞かないの?」
「現実逃避したいから。」
「……うん?」
「今までこんなに穏やかな夢を見たことがない。夢に出てくる人は、詐欺師を含めて皆、俺を責めた。けど、今夜の夢は違うらしい。」
「……へ?」
「こんなに温かい夢は初めてだ。だからせめて、長く見ていたい。」
「……」
「この夢が醒めたら俺は、舞台を観に行く。」
「あ、そうなんだ。…え、何で?」
「そうしたらもう、何も思い残すことはない。」
「…?」
「すんなり死ねるだろう。」
「っ!?」
「だから、夢の中ででも、詐欺師に会えてよかった。自分で作り出したのだとしても、別にいい。最期に会えて、よかった。」
「ちょっ…!」
「安心しろ。俺はきっちり罪を償う。」
 詐欺師は弱い月明かりの下でもわかるくらいに、顔を青くした。
「っちょ…!落ち着こう!?」
「どうした詐欺師?せっかくの夢なのに、全く思い通りにならないな。夢の中では何もかもが思い通りになるというのは、違ったのか。」
 首を傾げながら言ったアラン。
 詐欺師は、冷静なアランを見て少し混乱したが、なんとか落ち着きを取り戻し、言った。
「アラン、これは夢なんかじゃなくて、現実だよ?」
 詐欺師の言葉に、アランは黙りこんだ。
 アランは何やら考え事を済ますと、自分の腕を自分の爪で引っ掻いた。
 アランのその行動に、詐欺師は目を丸くして、驚いた。
 血が滴る自分の腕を眺めながら、アランは神妙な面持ちで言った。
「そうだな。どうやら現実らしい。」
「そのために、腕を…?」
「あぁ。あんたは詐欺師だ。騙っているかもしれないからな。俺を騙していたことを思い出したんだ。」
「あ……」
「その口調、いい加減やめたらどうだ?」
「…」
 黙ってしまった詐欺師を追い詰めるように、アランは言った。
「夢ではないのなら、気にしないことにするのをやめる。あんた、誰だ?本当に詐欺師か?」
「…うん。詐欺師だよ。アランが知っているような詐欺師ではないかもしれないけどね。」
「どういうことだ?」
「そのうちわかるよ。」
 詐欺師はアランに背を向けた。
 アランは、詐欺師の髪が腰ほどまであることに気がついた。黒い長髪は僅かな明かりに反射して、存在を主張していた。
「アラン、俺への態度、変えないで…」
 首から振り返った詐欺師はそう言うと、どこか切羽詰まったような顔をしながら笑った。
 けれど、目は力強かった。
「あぁ」
 粛然とさせられるような雰囲気をまとった詐欺師は、その名残を残して闇に消えていった。
 アランはしばらくその場で思索していた。
 詐欺師の空気にのまれ、思わず返事をしてしまった。
 今まで感じたことのない、詐欺師の強い威圧感を思い出す。薄暗くてよく見えなかったが、詐欺師は何かが変わっていた。そもそも何故詐欺師は生きている?
 散らばった思考を放り出し、アランは眠りに落ちた。
 夜明け前に目覚めたアランは、とりあえずスラム街を散策することした。
 劇は夕方からだ。まだ時間はある。とりあえず今は変装をしなければ。
 朝のわりには賑かなスラム街を歩く。
 まずはこの髪をどうにかしよう。
「アーラーンっ♪」
 たいして驚きはしなかった。
 数時間前に見たばかりの詐欺師の姿を想像し、ややうんざりしながらも振り返る。
「何しに来た?」
「うん、やっぱり新鮮。」
「は?」
「ううん、なんでもない。こっちの話。」
 伸びをしている詐欺師。
 コートを着ている詐欺師に、アランは言った。
「ナイフ持ってるだろ?貸してくれ。」
「ん?いいよ。はいどうぞ。」
 受け取ったナイフで、すっかり長くなってしまった髪を切り落とした。ざく切りになってしまったが、まあいいだろう。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
 ナイフを返したら、詐欺師はコートの内ポケットにしまって言った。
「劇を観に行くから、変装するんでしょ?なら、服も着替えようよ。」
「は?」
「ほら、はやくっ!」
 強引に手を引かれたので、アランは若干の恐怖と驚きを感じた。
 ぐいぐい引っ張っていかれながら、どこに連れていかれても良いように、こっそり備えた。





「絶体嫌だ」
「えー。似合うと思うけどなぁ。」
 王宮御用達のお店を巡る詐欺師。
 その内の一店である服屋で、詐欺師とアランは冷戦をしていた。
 詐欺師の手には、黒のタキシードと、帽子などの装飾品。それも、一目で高価なものだとわかる、質の良いのもの。
 それらを一瞥したアランは、着ることも買うことも断固拒絶した。
「そういう問題じゃない。それに、そんなん着たら目立つだろ。」
「大丈夫だよ。むしろ、このくらいのものじゃないと変に浮いちゃうよ?芸術祭は派手だから、参加する人は皆もっと派手な服装してくるし。」
 面倒だからと一度も芸術祭に参加しなかったことを少し後悔したアラン。詐欺師の言っていることが本当かどうかわからないのだ。
「例えばどんなだ?」
 仕方がないので、詐欺師に聞いてみる。
 嘘かもしれないが、情報がない今、この際嘘でも構わない。反応で、詐欺師が嘘をついているかどうかわかるかもしれないし。
「女性では、夜会とかパーティーに着てくるような、華やかなドレスを着ている人が多いかな。男性はやっぱりタキシードかな。カフスとかのボタン、ポケットチーフ、シャツとかの質にこだわる人が多いよ。」
 やたら詳しい気がするが、そのせいで本当のように聞こえる。
「あ、もしかして疑ってる?」
「あぁ。」
「じゃあもし嘘だったら、俺を半殺しにしてもいいよ。」
 笑って言う詐欺師。
 詐欺師が嘘を吐くときは、語尾を伸ばす癖があったはずだ。直されてなければだが。
「その時は遠慮なくそうさせてもらう。」





「よし。服は揃ったし、あとは…」
 店を出たところで詐欺師はそう言い、アランの髪を見た。つい先程、詐欺師のナイフで切っただけの、毛先が全く整っていないアランの髪。箒のようなその毛先はおそらく、タキシードを着るには不恰好だろう。
「その髪を切り揃えようか。」
 渋々詐欺師についていったアランは、これまた立派なつくりの理髪店に着いた。
 臆せず…というより、慣れた様子でその店もだが、今まで回った店にも入っていく詐欺師を見たアランは、なんとなく詐欺師の知らない面を見た気がした。
 そういえば詐欺師の生まれも、育ちについても何一つ知らない。そう思っていると、ふと、詐欺師について知っていることはごく僅かなのだと気がついた。
 それでも一番信頼していたことには変わりがないのだが。
 まあいいか、と思っただけで片づけたアランは、溜め息を吐きながら詐欺師の後をついていった。






「よし、ばっちり♪」
 詐欺師がそう言うのを無視するのは、首裏に風を通る涼しさを久しぶりに感じたアラン。
 気になってつまんだ自分の髪は、暗い赤色。
 てっきり茶色かと思っていた自分の髪が、赤毛だということに驚いていると、詐欺師は言った。
「もうだいぶいい時間だね。軽く食べて、芸術祭に参加しようか。」
「そうだな。」
 顔隠し用の帽子を被り、アランは言った。
「大丈夫、自信をもって。」
 店を出てから詐欺師に囁かれたアランは、溜め息を吐いた。
「俺のことを心配するくらいなら、あんたは自分の心配をしろ。」
「っはは、ありがとう。心配してくれて。」
 詐欺師の言葉に一瞬苛ついたアランだが、無邪気に笑う詐欺師に何かを言う気力もなく、押し黙った。
「あ、俺さ、アランに言いたいことあるんだよね。」
「…何だ?」
 あまりいい予感はしないが、聞いてみる。
「それはまたあとで。今は言えない。」
「…そうか」
 理由はわからないが、詐欺師が堅い表情で言ったので、何かあるのだろう。
 知りたいと思うが、聞かない。
 詐欺師のことだ、時期が来れば教えてくれるだろう。
 その後、嬉しそうにケーキなどの甘味を頬張る詐欺師を見て、少しげんなりしたアランだった。
「食べる?」
「いらない」
「えー」
「見ろ、今俺はパンを食べている。甘いものはいらない。」
「えー」
「同じことを何度も言わせるなよ?」
「…わかったわかった。」
「あっそ 。」
 けれど、それでも楽しそうな詐欺師を見て、気持ちが落ち着く自分もいた。
 詐欺師の、のほほんとした雰囲気に懐かしさをおぼえた。
 王宮前の広場への道を歩きながら、アランはこの季節でアイスクリームを食べている詐欺師を見る。
 久しぶりに会ったのに、久しぶりに感じないような、そんな空気。
 詐欺師は何も変わっていないように思えたが、ふとしたときに感じる視線は、悲しみや不安、焦りなどを含んでいるということには、とっくに気がついている。再会してからずっと、その調子なのだ。気がつかない方がおかしい、とまでは言わないが、アランにとってはそうなのだ。これが逆の立場でも、詐欺師は気がつく。お互いにいくつもの修羅場をくぐり抜け、洞察力はずいぶんと鍛えられた。並大抵ではない洞察力をもってして、このくらいのことに気がつかないはずがない。
「…詐欺師。」
「ん?どうかした?」
 口を開くと、詐欺師が若干威圧 しながら聞いてきた。
 異変には気がついているが、何を聞いていいのかわからない。そもそも何を聞きたいのかすらもわからない。
「なんでもない…。」
「そっか。」
 後味の悪さを飲み下し、アランはなんでもないと言った。
 少し、辺りが夕焼けがかってきた。
「じゃあ俺はここで。」
「え、来ないのか?」
「ここの角を右に曲がって、まっすぐ行けばすぐに広場につくから。」
「は?っちょ、」
「ばいばい」
「おいっ…」
 夕闇に姿を消した詐欺師。
 姿を消す寸前、詐欺師は全ての迷いを断ち切ったような表情で、綺麗に笑った。
 清々しいほどの満面の笑みに、咄嗟にかける言葉を失ったアランは、手を伸ばしかけた不格好な姿のまま数瞬停止し、やがてゆるゆると手を下ろして歩き始めた。
 喪失感を抱えながらも広場まで歩き、辺りを見渡した。
 詐欺師に言われた通り、集まっている人達は皆、派手な格好をしていた。
 自分が上手い具合に紛れ込めていることを確認しながら、聞き耳をたてる。
「ティナ様が主演らしいわよ」
「あら、そうなの?それじゃあ観に行かないとねぇ。」
「確かもうそろそろで始まるらしいわよね?」
 アランはそんな会話をしている女性二人組に話しかけた。
「失礼、ティナ様主演の劇場はどこかな?」
 すると、女性二人組は一瞬怪訝そうな表情をしたが、アランの顔を見て、笑顔を取り繕った。
「ええと、あちらの角にある、青いテントを道なりに曲がったところにありますわ。」
「黒と赤の縞模様の、大きなテントが劇場ですわ。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「いえいえ」
「お構い無く」
 アランは二人に礼を言い、さっさと劇場へと向かった。
「あのお方、格好良かったわよね!」
「ええ!柔らかな物腰と女性のような端整なお顔立ちで、どきどきしてしまいましたわ。」
 女性二人の会話に不愉快になりながら。
「帽子の意味ないだろ…。」

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