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開幕
しおりを挟む詐欺師に別れを告げられてから、ただでさえ不機嫌なのに、さらに機嫌を悪くしたアラン。
「…ふーん」
ここか、と思いながら見上げたテントは、かなり大きかった。
赤い色が黒地に目立っており、そのコントラストは美しく、王女が主演を張るには相応しすぎる劇場だった。華やかな雰囲気の中に、厳粛さが織り込まれている。王宮独特の厳かな空気が漂うテントに、アランはひょいと、入っていった。
臆することはしないが、緊張はする。
これは必要な警戒心だ。
詐欺師からかすめとったナイフを、いつでも扱えるように注意しながら、薄暗いテント内を歩く。
どうやら今歩いているところは劇場内の通路らしく、関係者以外立入禁止、という貼り紙があった。客席、と書かれた紙の、矢印に従うと、ざわめきが徐々に大きくなる。角を曲がると、そのざわめきが一段と大きくなった。
「ようこそ。本日は御越しいただき、まことにありがとうございます。開幕三分前です。」
「そうか、わかった。」
開幕にぎりぎり間に合った。
劇を見たら、大人しく捕縛されようか、などと考えながら、ティナの他に、詐欺師の顔も浮かんだ。
「待ちなさい、彼は私の連れよ」
冷めた声音と淡々とした口調。
聞き覚えがある声は…
「…っティナ様!?」
「ええ、そうよ。…敬礼はいいから、彼をくれないかしら?」
「は、はい!!喜んで!!」
受付の男は完全にあがっており、わたわたした手つきでアランをぐい、とティナの方へと押した。
ティナもティナで、アランの手首を掴んで手荒に引き寄せた。
反射的に振り払いかけたが、寸前で堪えた。
何故か冷酷なティナを、そっと見てみたが、こちらを一向に見ない。自分が見ていることには気がついているはずなのに、わざと見ようとしない。
「じゃあ、遠慮なくもらっていくわ」
「え?ティナ?何でここにいるの?舞台は?もうすぐなんでしょ?時間は?大丈夫なの?」
引っ張られながらも言ったアランだが、ティナは無視。
関係者以外立入禁止の貼り紙の先に進み、舞台裏らしき場所に着いたようだ。そこは空気が尖っていた。アランは口を閉じ、息も殺した。けれど、ティナは舞台裏を通り抜け階段を登り、舞台上手側の2階に少しだけある席に向かった。
「いい?ここで観ていて。」
ティナはアランの手を離し、そう言った。
何故席を指定されたのかはわからないが、頷いたアラン。
「ここなら、大丈夫よね…」
小声で呟いたティナは、一人言のつもりだったのだろうが、アランにはしっかりと聞こえていた。
「ミナ、観に来てくれて、ありがとう。でも、これでさようなら。」
アランの手をすり抜けて、ティナは去っていった。
「ティナっ!約束だ!再会を…再会を約束しよう!」
劇が始まるのを、今か今かと待ち望む人々のざわめきに、掻き消されて仕舞わぬよう、アランは大声で言った。
ティナは一度立ち止まりかけたが、振り返りもせずに、そのまま姿を消した。
「なんなんだよ…。」
アランは顔を歪めて呟く。
詐欺師にもティナにも別れを告げられた。
大切な人につぎつぎに去られていく。
いつからこんなに自分が脆くなったのだろう。いつから自力で立つことも出来なくなったのだろう。少なくとも、奴隷の頃の自分は一人でも立てたし、一人でも生きていけた。今は、一人だと生きていけない。
あの時、ティナに興味本意で話しかけなければよかったのだろうか。あの時、詐欺師に本気で殺しにかかっていればよかったのだろうか。
今の自分は弱くて脆くて儚くて、寂しくて辛くて苦しくて、自分で自分がわからない。
足元の覚束なさに、恐くて足が震えているのだということに気がついた。
脱獄し、死んだはずの詐欺師に会い、ティナの劇を観る。
これらの行動は、間違っていたのだろうか。
いや、脱獄する時点で間違いだろう。
今更になってとんでもないことをした、という実感がわいてきた。だからといって何をするにも手遅れで、ジレンマに陥る。
仕方がないのでティナの劇を観る。
すりきれたはずの良心が、今すぐ檻に戻れと言っている。
お前はそれだけの罪を犯したのだ、と。
◆
警鐘のような開演ブザーが鳴る。
ざわめきが止む。
照明が消えた。
そして幕が開かれる。
◆
ティナは、ブザーの音を聞きながら、ミナを想った。
舞台袖で深呼吸をひとつ。
光が降り注ぐ舞台へと一歩、踏み出した。
たくさんの観客の視線を一身に受け、ティナは微笑む。
ものすごく高いヒールのブーツを履いてはいるが、くるりと一回転したティナ。
ティナから王子に変わる。
慣れた様子で指を鳴らし、ステップを踏む。
鼻歌をまじえ、堂々と、魅せるように踊っているティナ。そのティナに、イゾベルがリリィとして話しかけた。
「踊りがお上手ですね。」
王子は踊るのを止めてリリィを見た。
「今度の舞踏会に備えて、練習をしているのですよ。」
「あら?舞踏会なんて、ありましたっけ?」
「…えぇ、二ヶ月後にありますよ。それより、貴女も一緒に踊りませんか?」
リリィの前に膝まずき、手を差し出した王子。
リリィは迷いながらも王子の手に自分の手を重ねた。
この時はまだ、リリィは自分の手を重ねた相手が王子だとは知らない。
「名前を伺ってもよろしいですか?」
「はい。私は、リリィといいます。貴方のお名前は?」
「僕…ですか。僕は…」
ティナは苦笑いをする。
リリィの台詞が台本と違う。
台本では、私はリリィといいます、で台詞が終わっているのだ。
イゾベルも気がついたらしく、踊りながら観客に一瞬だけ背を向けて、ティナに目で謝ってきた。
「僕は、ミナ、といいます。」
謝られると気まずいのだが、ここは一応謝られておいたティナは、ふわりと笑った。
「ミナ、ですか。」
「えぇ、ミナです。あの、リリィ、と呼んでも構いませんか?…あ、御気分を害してしまったのならすみません。今の言葉はお聞きしなかったことに…」
「構いませんよ。そのかわり、私も貴方のことをミナ、と呼ばせていただきますので。」
踊りを止めて、王子とリリィは見つめ合う。
町外れの古い教会の前、王子はミナとして、年若いシスターは村娘のリリィとして、出会った。
「ミナ?」
「あ…。…どうしたんだい、リリィ」
「ううん。ミナが、私が何回呼んでも反応しなかったから、少し心配になって…。」
「…そうだったんだ。ごめんごめん。で、何してたんだっけ?」
「もうっ!踊りの練習に決まっているじゃない!」
「あ、そうだったね。ごめんよ。」
リリィはふわりと笑ったミナに怒りながら、不安と不信と疑念が混じったような思いを感じていた。
ミナは寝不足と疲労により、自分がちゃんと笑えているか、心配だった。
舞台にはイゾベルがひとり。
「はぁ…」
物憂げに溜め息を吐いたリリィは、ミナが去って行った方向を眺めた。
「ミナは最近、ぼんやりしていることが多くなった…。…どうしたんだろう?」
先程のようなことが、ここ最近頻繁にある。
教会のステンドグラスは、月明かりを反射して輝いている。
「舞踏会は、いつだろう?」
もう練習する必要がないくらい、ミナの踊りは完璧だった。
舞踏会が終わったら、今のこの関係は、失くなってしまうのだろうか。
◆
アランは息を飲む。
「っ…」
ひやりとした。
ミナ、と声に出される度、自分の心臓が跳ねるのがわかった。
ティナが舞台からはけた今、少しだけ高鳴りが収まる。
ステンドグラスを模した照明変化が行われて、舞台は幻想的になった。
リリィの呟きがこぼされると、場面の転換がされるのか、一度暗転した。?
一瞬だけ真っ暗になる。
「納得なんてできません!!」
ティナの低い声と共に、舞台に明かりが灯された。
◆
「別にお前を納得させようとしているわけではない。」
ティナのよりもずっと低く、重みのある声が響く。
舞台の明かりは少し暗め。
舞台セットは実際に王宮のものを使用しているらしく、豪華絢爛だ。けれど、照明が薄暗いので、重々しさしか伝わってこない。
「そんなっ…」
「ミナ、お前は時期に、この俺に代わって王になる。舞い込む縁談の中から、この国にとって最も都合の良いものを選んだのだ。王になるお前には拒否権などないと思え。」
舞台上手の王座に腰をおろすのは、国王役。
「父上…」
「それとも何だ?いつのまにか恋慕う者でもできたのか?」
「…いえ」
「なら問題はないはずだ。」
「はい……」
不服そうに返事をした王子ミナ。
頷くしかできない自分が情けなく、顔を歪めた。
「式は来週。丸1日使って婚礼したことを祝おうではないか。相手方にも説明し、段取りはすでにしてある。お前が憂いることなど、何も無い。」
「はい…」
死刑宣告に等しい王の言葉に、ミナは逆らえず、頷いてしまった。
王は自分の息子の返事に満足したようにひとつ頷くと、荘厳さを崩さずに笑みを浮かべた。
「下がれ。明日の舞踏会には参加しなくていい。余計な虫をつけないためにな。お前も十分気をつけるように。」
「承知しました。」
焦燥感で一杯のミナは、目が泳いで声は震えていた。
◆
「リリィ、君は神を信じるかい?」
星空の下、郊外のさびれた教会でのこと。
無機質な外壁によりかかる二人。
辺りは暗い。
「信じないわ。存在すらあやふやな神様なんかに頼るより、自分を磨く方がはるかに現実的よ。」
言い切ったリリィ。
暗くて顔は見えないが、口調はかなり冷めていた。
「そっか…」
「どうしたの?ミナってこんなこと聞くような人だったっけ?」
ミナがあまりにも弱々しいので、リリィは戸惑う。
「いや…もしいてくれたら、どうにかなるのかな、って思って…」
「神様なんて、いない。いないのよ…」
「…?うん、そうだね。いたらこんな状況になってないよ、きっと。」
神様。
その言葉に、リリィが過剰に反応しているような気がして、ミナは不思議に思った。
「こんな状況?」
「え?うん。……このまま時が止まれば良いのに。」
ミナは溜め息混じりに呟いた。
「リリィとずっと一緒にいたい。隣でいつまでもこうして過ごしていたい。」
「っ…!!」
じわり…
リリィの頬が、赤くなる。
「あぁ…ほんと、リリィのこと…好き。」
そのことに気づかず、ミナは言った。
ミナの表情はとても穏やかで、一人言のつもりのようだった。
「っ…ゎ、たしも、好き…!!」
「へ?」
リリィが顔を赤くして言った言葉は、ミナの顔も赤くした。
徐々に赤くなるミナの顔。
「そっか…。…うん、僕もリリィが好き。……愛してる。」
ミナは壁から背を離し、ゆらりと傾いだ体勢で、手を伸ばす。
「じゃあ、今夜で最後だね。」
「え?」
リリィの手をとり、ミナは笑う。
すごく嬉しそうに。
「僕はね、リリィに秘密にしていたことがあるんだ。」
そのまま踊り始める。
リリィはステップを踏みながら、言う。
「私もよ。」
「そうなんだ。どっちから言う?」
「…ミナからで良いよ。」
「わかった。」
「僕はね、この国の王子なんだ。」
リリィの反応が怖くて、ミナは少し俯いた。
「っ…!?そう、なんだ…。」
リリィは戸惑い、驚いているようだ。
「…私はね、この教会のシスターなの。だから、恋愛感情は抱いちゃいけないし、結婚なんかもってのほか。今の時間帯は本来は祈りの時間で、ここは禁域。ミナが入ってはいけない場所。」
ミナはリリィの淡々とした口調に、違和感をおぼえた。
「そうなんだ…。」
「別れましょう?」
「え…」
「あ、付き合っているわけではないから、別れるじゃあおかしいかしら。そうね…他人に戻りましょう?」
綺麗に笑ったリリィ。
あまりにも綺麗に笑うものだから、ミナは一瞬見惚れた。
けれど、リリィの笑みには殺気だったなにかがあって、すぐに怯んだ。
「私、ここの教会で産まれて育ったから、今更シスターをやめることなんてできない。これ以上ミナと付き合っていても辛いだけ。」
リリィの殺伐とした雰囲気は、やりきれない思いが怒りになったものだろう。
ミナはそのことがわかったが、だからといってなにかが変わるわけでもない。
「そっか…。」
「さようなら。」
「…あのね、僕、結婚するんだ。」
リリィの笑顔が綺麗なのが悔しくて、悲しくて、ミナは言った。
リリィはミナの言葉に顔を歪めた。
けれど、再び笑った。
「そう…お幸せに…。」
リリィの歪んだ笑顔を目に焼き付けて、ミナは去った。
◆
舞台上手、ライトがついた
ミナがスポットライトを浴びる
舞台下手は、暗いまま
◆
「はぁ…」
溜め息。
「もう、なにもかも全部がどうでもいい。明日の結婚式が憂鬱で仕方ない。どうしよう?リリィにはもう会えないのかな?お互いのためだってわかってるけど、こんなに辛い…。辛いのに、どうしようもない…。」
◆
舞台上手、暗転
舞台下手、ライトがつく
リリィがライトに照らされた
「これが最良。これしか選択肢はなかった。ミナの隣にいられないのはとても悲しいし、寂しい。でもミナのためになるのなら…。私が我慢すれば、ミナはきっと、幸せになれる。それでも、私が隣にいたかった…。ほんと私、わがままだなぁ…。」
リリィは自嘲した。
◆
「ミナ…?」
どうしてミナがここに?
ここは教会の中で、関係者以外立ち入ることはできないはずだ。
教会の敷地は、リリィがあれこれ手引きをしたからミナが誰にもバレずにいたわけで、警備は本来厳しい。ましてやここは、シスター達の部屋。共同生活が基本のシスターは、ひとりひとり部屋を持っているわけではない。4人に1部屋あてがわれている。目を覚ましたらミナがいる、なんてことはありえないのだ。
「しー…」
口元に人指し指をあてて、ミナはいたずらが成功したような、そんな無邪気な笑顔を見せている。
「どうして…?」
「リリィに会いたかったから。」
まっすぐ見てくるミナ。
そんなに見詰められたら、言葉に詰まる。
「っ…」
「結婚なんて、したくないし。」
笑ってそう言うミナ。
「っ!!」
「結婚ならリリィとしたいからさ、抜け出して来た。」
「ん~~~!!」
ミナに口をふさがれ、声が出なかった。
ミナは空いている片方の手で、また、人指し指を口元に持っていった。
「しー…。場所変えようか。」
「~!!?」
連れていかれたというより、持っていかれたというほうがしっくりする。
そんなこんなで着いたのは、教会から少し離れた森の中。ここに来てようやく口元のミナの手が放されたリリィ。
「何してんのよ!!抜け出して来た!?やって良いことと悪いことがあるでしょう!?ミナの行動でいったい何人もの人が頭を抱えると思っているの!!自分の行動には責任が伴うのよ!?」
「もう少し静かに、ね?」
苦笑いのミナ。
リリィは微塵も笑わない。
「今すぐ帰って。まだ間に合う。このことが知られるのも最小限で済む。」
「へ?」
首をかしげてとぼけるミナ。
へらへらしているミナに、リリィの苛々は溜まる。
「帰って。」
「え?やだ。」
直後、ミナのまとう空気が変わった。
「僕は、リリィが好きなの。なんで好きでもない初対面の女性と結婚しなきゃいけないの?誰のためさ?国のため?何で僕が?王子だから?…関係ないよね、そんなの。僕は自分のために、行動したい。僕を王子として見ないでほしい。僕だってひとりの人間だ。一度くらい刃向かってもいいよね?たぶん、最初で最後のわがままだし。」
口調は少し荒っぽくなり、声が一層低くなった。
ミナの目が輝いて見える。
何かを企んでいるような目だ。
「…。」
リリィは黙った。
確かにそうだとも思ったから。
自分が口にできなかったことを、こうも容易く口にして、それを実行してしまうのに驚いた。ミナの行動力を羨ましいと思った。
「…私には、ミナみたいな勇気も、度胸もないから…。」
「じゃあ、黙ってついてきてくれる?」
「っ!?」
「シスターなんてやめて、僕と結婚しない?」
「っ…」
つかまれた手首。
そのまま引き寄せられる。
ミナの顔が近づいてくる。
「待って!」
キスされる寸前、リリィは顔を背けた。
ミナは不思議そうな顔をする。
「ミナの方から突き放しておいて、あまりにも都合が良すぎるんじゃないかしら?」
「そう…都合が良くて、何が悪いの?」
イゾベル、ごめんなさい。
私は劇の成功が目的じゃないの。
「え…」
そんなに困惑しないでちょうだい。
王女ティナの一番の側近の名が、廃ってしまうわよ?
「僕はリリィが欲しいだけ。そのためにはどんな手段も厭わない。たとえリリィに嫌われようと、リリィを守りたい。でもそれ以上に、リリィの隣にいたい気持ちは大きい。身勝手でごめん。だから、全て僕のせいにして?」
アドリブだ。
私の目的は、ミナに気持ちを伝えること。
「君が好きなだけなんだ。嘘はついていないけど、黙っていたことが多すぎた。そこは謝る。ごめん。けど、君を好きになったことは、謝らないから。その気持ちに嘘はない。信じられないなら信じなくてもいいよ。でも、必ず信じさせてみせるからね。」
このくらいのアドリブにはついてきてもらわないと困る。
イゾベルにはせめて、何も言わないという判断をしてほしい。
「それまでは、僕が君を振り回してあげる。その間に君は、僕を思う存分疑って。信じざるを得ないくらいに疑えば、君に僕の気持ちが伝わると思うからさ。」
ミナ、観てる?聴いてる?わかったかしら?私の想い、伝わった?
『ミナ、好きよ。』
◆
ティナの言葉が深く刺さる。
自覚させるだけさせて、言いたい放題言って、姿を消したティナ。
まだ舞台の幕は降りていない。
今まさにリリィと王子が逃げようとしているところだ。
先程のティナの言葉は、間違いなくアドリブだろう。
リリィ役が困ったような顔をしていた。
…警備は手薄だったな。芸術祭で人手が足りないんだろう。広場はかなり広いし。
手持ちはナイフ一本。代え刃はない。心許ないな…。
けど、これ以上ない絶好の機会だ。
逃したら絶対後悔するだろう。
◆
「っリリィ、こっちだ!」
「はい!」
今まさに王子とリリィの手がつながれる、その瞬間。
「ティナはこっちね。」
ミナはティナの腰を引き寄せ、耳元で囁いた。
「っ!?」
目を見開いて、息を飲んだティナ。
これにはティナだけでなく、テントの中にいた人全てが驚いただろう。
いきなり乱入者が舞台に現れ、王女であるティナに躊躇なく触れたのだ。
空気が凍った。
舞台が止まる。
時までもが止まったかのような沈黙。
「言い逃げしようとするのって、卑怯じゃない?」
囁いたミナはにやりと笑う。
周りの空気をものともせず、ミナはテントの隅まで届くような大きな声で言う。
「捕まえられるもんなら捕まえてみな。」
宣戦布告のような言葉を言い放ったミナは、嗤った。
「俺の本気には誰も敵わないと思うけど。まあ、せいぜい頑張りな。」
誰も彼もを見下しているミナ。
傍にいたティナだから気づいたことがある。
それは、ミナが片手でナイフらしきものを握りしめていること。
余裕そうな顔をしているが、実際はどうなのだろう。
『ティナ、俺も好きだよ。』
『っ…嬉しい。』
0
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