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3.思いがけない再会
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美南が明南に彼氏のことを打ち明けた夜、
明南は自分の部屋にこもり、
複雑な思いを巡らせながら、
大学の課題に取りかかった。
だが、いつもの集中力を発揮することが
できない。
姉に好きな人が出来たと聞いたときは
体に衝撃が走った。
恋に溺れて、駆け落ちした友達も
結果は悲惨なものだったし、
明南自身はもちろん、
姉もそういう失敗はしないように
他人には期待しないように、堅実に
生きてたはずなのに…
昨日の美南の告白が明南の頭に
フラッシュバックする。
大学の課題論文を書いてた手が
ピタッと止まった。
真剣な眼差しで,明南を見ながら、
はっきりと伝える美南。
「明南、私は彼と一緒に生きていきたいと
思ってる。誰にも左右されない人生よ。
やっと自分の居場所を見つけたの」
正直、サバサバ系の姉、美南がまさか、
1人の男の人に固執して、親の勧めた相手を
断ってまで、恋に生きるタイプだったとは
明南は、夢にも思っていなかった。
姉に本当に好きな人ができたこと、
見合い相手には断りを入れ、
父と母にはそっぽを抜かれたこと、
反対されてもあの子犬のような
あの彼氏と別れる気はさらさらないことも、
姉の口から淡々と語られた。
美南は美人でスタイルがよくて、
さばさばして、立派にパティシエ
としても働いている、明南から見たら、
人生の目標にすべき、憧れの人。
望めば、仕事も家庭も両立して、
よりよい相手と安定した暮らしが
望めるはずなのに‥
それに、恋愛などはする必要がないと、
美南は常々と口にしていた。
お見合い結婚することも承諾していた
はずだったのに…
幸せは人それぞれとは頭でわかっているが、
明南の心の中で、応援すべきと言う天使
とそれに毒づく、醜い悪魔が
混在して、得体の知れないモヤモヤ感に
襲われる。
姉が放った最後の言葉も明南の心に
強く残った。
「明南、今は信じられないと思うことが、
必然的だったって、思えてきたりするものよ」
「人生は思わぬ方向に運転するものだもの」
まさか、私が誰かと恋に落ちるかも
しれないって言ってたのだろうか。
明南は姉が言ってた意味を考えながら、
ありえないと心でぼやきながら、
論文を書く手を動かし、
とにかく、目の前の課題に集中
するようにと、頭を切り替えた。
明南に、新たな出会いが訪れたのは
それから1か月後の冬。
寒さが本格的に増して来た
12月初旬頃だった。
明南はその日、学業の合間に働いている
バイト先のブックカフェにいた。
大学から徒歩で10分ほどにある、
ヨーロッパの街角のような雰囲気のある
お店。
住宅街にひっそり佇む、
白色の細長い3階建の建物にあり、
1階がブックカフェになっている。
店のオーナーは実年齢よりも若々しい
雰囲気の40代の女性、
香帝 めぐみ。
いつも、バンダナを頭にかぶり、
ラフなTシャツ姿に、ジーンズ生地の
エプロンを羽織っている。
「いらっしゃいませ」
めぐみはお客様が見えるのを確認すると、
コーヒーを煎じている手を止め、
客を迎え入れた。
スーツ姿の男2人が店の中に入ってくる。
1人は20代後半くらいの黒髪のメガネ姿の 痩せ型で、いかにもビジネスマン風の雰囲気を醸し出し、黒いビシッとしたスーツを着ている。
もう1人はまだ若い、20代前半くらいの
イケメンでガタイの良い体型の青年。
紺色のスーツと赤いネクタイが存在を
さらに際立たせていた。
オーナーは席を案内し、注文を承った後、
2階で、タイムカードを押し、
出勤の準備をしていた明南を
内線で呼び出した。
「明南ちゃん、これ、お客様に持って
行ってね」
2階からエプロン姿で降りて来た
明南はオーナーの言う通り、
奥の席で雑談している客2人に
注文のコーヒーと紅茶を差し出す。
「お客様、お待たせ致しました。
ご注文のコーヒーと紅茶でございます。
ごゆっくり、どうぞ」
明南は2人の客に飲み物を差し出した。
2人ともサラリーマンっぽい格好をしている。
1人は痩せ型で、茶髪にメガネ姿の
感じの良さそうな青年。
もう1人はイケメンの、茶髪で
がたいのいい、高級感溢れる青年だった。
この人、どっかで見たことあるよなと
明南は思った。
でも、どこだろう。
明南が考えてるうちに、その青年が
明南の顔を見上げながら、声をかけた。
「あの、先月、バーで会った人ですよね?」
青年に言われて、じわしわ頭に浮かんでくる
あのバーでの出来事。
あっ、あの人だ!あのバーで転んで、
足を踏みつけてしまった人!
なんとも恥ずかしい、できれば、
頭から消してしまいたい記憶が
明南の脳裏に蘇ってきた。
「あっ、はい。すみません、あの時は…」
申し訳なさそうに、直視できないような
表情で謝る明南。
「大丈夫でしたか、おでこ?」
「あっ、はい、大丈夫です、すみません」
一瞬、この青年がニヤッとした気がした。
あんな馬鹿な姿を人に見せるだなんて、
一生の不覚だったのに。
また、会うなんて…
穴があるなら入りたい。
明南逃げ出したくてたまらない衝動に
駆られる。
「なんだ、優哉の知り合いか?」
隣で聞いてた、メガネの男性が
2人の会話に割り込んでき
「この間、バーで一回、会っただけですよ」
「優哉、バーで女の子、口説いてたのか?」
「違いますよ」
「知り合いのオーナーの店に行って、
1人で飲んでただけですよ」
メガネのやせ型の男は後輩らしきこの優哉という青年を冗談まじりに、からかう。
「それでは、ごゆっくり、どうぞ」
恥ずかしい記憶から逃げ出したい
明南はささっと、2人の席から
立ち去る。
明南が去った後も2人の会話
は途切れずに繰り広げられる。
「可愛い子だったな。
優哉、婚約者がいながら、まさか
あの子と?」
「ふっ、違いますよ、
僕はそういうの興味ありませんから」
「だよなー お前はそういうやつ
だった」
このメガネ姿のフットワークが
軽そうな男の名前は
日野 倫太郎。
優哉の5歳年上だが、
優哉の父親の会社に入社して、
親しくなった、優哉の先輩であり、
友人でもある。
この時藤優哉
という男はよくわからない奴
だと日野は常々思っていた。
あの大魔王と呼ばれる社長を
父に持てば当然かもしれないが、
何を考えているか、今も掴めない。
だが、こんな風に友人として、
カフェ巡りできるのは
仕事にもプラスかもしれない。
何か想像力を掻き立てる物がここで
生まれるかもしれない。
ブックカフェだから、
珍しい本も置いてあるだろう。
この癒されるレトロな雰囲気に
つつまれて、ジャズ風の音楽を
感じながら、次の企画を
考えなければと密かな野心を
胸に抱きつつ、注文した、
紅茶の独特な香りを
かぎながら、紅茶を口の中に入れる。
やっぱりここのお店の紅茶は
美味しいなぁと
日野は1人、感慨に浸る。
隣の優哉はコーヒーを既に飲み干していた。
2人の男性が癒しの時間を過ごしている間、
明南はカフェの厨房で、
前髪のおでこを気にしながら、
はぁっとため息をつき、
新しいカフェのメニューを
考えていた。
そうこうするうちにオーナーが
明南に声をかけてきた。
「明南ちゃん 考えますね」
「うん。よろしくね!
あっ、そういえば、あのイケメンの
お客さんと知り合いだったの?
なんか、長く話してたみたいだったけど」
「いいえ、知り合いと言うほどで
は…」
「迷惑かけた相手だったので、少し謝ったり、
挨拶しただけですよ」
「そうなの?そういえば、かっこいい人
だったわよね?」
「そうですね…」
「あら、また、あなたは冷めてるわね」
「こういうとこで、再会するなんて、
ロマンチックよね!
ねえっ、どういうアクシデントがあったの?
おばさん、そういう話好きだわ!」
めぐみさんは恋バナと言えばすぐ、
食いつく人だ。自分の恥ずかしい記憶を
呼び起こすなんて、冗談じゃないと
明南は心で思いながら、きっぱり、
めぐみに言い放った。
「そんな、ロマンチックなことは0%です。
私にはそんなこと100%起きませんから」
「あらまぁ、そうなの?
残念だわ…
あなたにもときめくような恋が
訪れたらいいのに…」
「ふふふ‥ あるわけないですよ」
明南はそんなことは起こるはずない、
馬鹿らしいと言わんばかりに不気味な
笑みを浮かべた。
めぐみは心底残念がってたが、
明南には誰かに恋するなんて、
地球がひっくり返っても起きないような
奇跡的なことだった。
それに、あの男の人とだなんて、
心が冷たそうな人はこっちから願い下げだ。
心でぼやきながら、キッチンの後片付けに
取りかかる。
オーナー、めぐみが一階に戻ると
ほかのお客も増えていたが、
息子の香帝 努
が増えてきたお客の接客をしていた。
母、めぐみを見るや否や、サーっと母のところ
に急ぎ足で向かう。
「母ちゃん、早く対応してくれよ。
俺、トイレ行きたくなった。
「はい、はい、ごめんよ」
めぐみと交代し、急いで、
バタバタとトイレに向かう努。
努は高校2年生の17歳で、
時々、店を手伝ってくれる。
黒髪の短髪で、チャラチャラした
性格だが、見た目は真面目そうな雰囲気で
長身の痩せ形の少年だ。
勉強もあまりしないため、めぐみからは
怒りの攻撃を受けるのもしばしばだが、
あまり深いことは気にしないノー天気男だ。
めぐみが店内を見渡すとまばらに客がいて、
夕方のカフェらしい風景になり、
アンティークレトロなペンライトが店内を
ノスタルジックな雰囲気に仕立て上げて
くれている。
めぐみが見渡すと、あの青年2人が
何かを話し合いながら、意見交換している
様子が目に入った。
仕事で来てたんだろうか。
何の仕事だろうかぁ。
めぐみの野次馬根性が掻き立てられ、
遠くから2人の様子を伺う。
めぐみが他のお客様の接客が終わり、
レジに立っていると、
突然、あの青年2人がやってきた。
「あの、実は今日、お願いもありまして、
こちらを訪ねました。
企復コーポレーション
営業部の日野と申します。
実はカフェでファッションショーのコラボ企画
を考えてまして、ぜひ、このカフェで
実行して頂けないかと思いまして、
一度お話しをさせて
頂きたいのですが…」
「コラボですか?」
驚く、めぐみだったが、
日野という男はぺらぺら
とこれぞ営業トークかと
言わんばかりのトークスキルで話し始めた。
今日はとりあえず、挨拶だけだと言い、
名刺だけ、オーナーに渡し、
日野は会計を済ます。
もう1人の青年、優哉はその間、店内を見渡し、
コラボ企画の視察の為か、店内に展示されている
絵を細かく見ていた。
ある一つの絵に目を向けて、しばらく、
見入っている。
日野との会話を終えためぐみが声をかける。
「これ、素敵なチョークアートでしょう?
絵が得意なバイトさんが描いてくれたの」
「へぇ、すごいですね」
優哉はなぜか、その絵に引き込まれたように、
見入ってしまった。
上に「Welcome to our magical book cafe」
と書かれ、下に可愛いうさぎの絵
上に一冊の表開きの本とコーヒーが
描かれている。
うさぎにはハートが添えられており、
周りは花びらで囲んでいて、
カフェの雰囲気を表してるかのような
暖かさが溢れた作品になっている。
ライトに照らされ、そのウェルカムボード
はカフェ全体を照らしてる
かのように、優哉の目には眩しく、映った。
鑑賞を終えると、2人は、オーナーに
お礼して、店を後にする。
お使いを頼まれた明南はたまたま、
そのお客二人とすれ違う。
自転車で、出ようとしていた。
明南は「ありがとうございました」
と会釈して、スーパーに向かおうと、
自転車のペダルに足を置く。
その時、日野が明南の方を振り返り、
思い出したように、
明南に声をかけた。
「店員さん、ここら辺に本屋さんって
ありますか?」
すかさず、優哉が予定と違うよと
言わんばかりに、口を挟む。
「本屋に?今日は他のカフェも
巡るんじゃなかったんですか?」
優哉が驚き、尋ねるも、日野は
優哉の話には耳を傾けない素振りで、
話を続けた。
「本屋に行きたくて、一緒に連れてって
くれますか?」
「はい、ちょうど、お使いの途中なので、
案内しますよ」
明南は2人のチグハグな会話に
違和感を持ちながらも、近くの老舗の本屋に
案内した。
「じゃあ、私はこれで…」
「ちょっと待って、これ名刺です。
また、なにかあったら、
よろしくお願いします」
日野は名刺を渡し、優哉にもほらっと
指図して、名刺を出させた。
「僕は日野 倫太郎、
こっちは 時藤 優哉」
優哉は明南に名刺を出し、
頭を下げたが、
特に言葉は発しない。
明南は2人から名刺をもらい、
ペコっとお辞儀した。
「私は塔野です」
「下の名前聞いてもよろしいですか?」
「…明南です」
軽々しいお調子者タイプのような
日野から名前を聞かれ、
内心、嫌々ながらも
いつものビジネススマイルで、
自分の名前を言う明南。
「明南ちゃんって言うんだね。
あのカフェ、前も行ったこと
あるんだけど、雰囲気あって、
心地いい空間ですよね?
また、行かせてもらいますので、
どうぞ、よろしくお願いします」
「あっ、はい。また、どうぞ、
お越しください、それでは」
早く、お使いに行きたい明南はさっと、
立ち去る。
あまり関わりたくない、早く立ち去ろうと
思い、自転車に乗ろうとした瞬間
、また、誰かに声をかけられた。
後ろを振り返ると、
おしゃべりでない方の、あのバーであった
青年が近づいて来る。
今度は何だろう…
一目の不安を抱きながら、
彼が、走って、駆け寄るのを待つ。
時藤 優哉という青年は、
駆け足で近寄り、
明南に何かを差し出した。
よく見ると、明南が探していた、
ピンク色の縁取りが
茶色のチェックになっている
クマさんのタオルハンカチだった。
「あっ、これ!」
明南が思わず、声を漏らす。
「あの、この間、あなたが、
転んだ時に下に落ちてたハンカチ、
どうしようかと思ったんですが、
一応、持ってました。
「洗いましたので…」
不器用そうな、ぶっきらぼうな青年は
明南を直視せず、チラッと見ながら、
不器用そうな感じで、明南に
そのタオルハンカチを差し出した。
「あーっ、すみません。
わざわざ、助かります」
思いがけなく、戻ってきた、
お気に入りのタオルハンカチを
自分の手で感触を確かめる。
あのハンカチだと確信し、
明南はほっと,安堵する。
なんだ、この人、悪い人じゃ
ないみたい。
「ありがとうございます。
いろいろ、本当にご迷惑かけました」
「いえ、じゃあ…これで」
「はい!」
優哉は明南にタオルを渡した後すぐ、
去った。
明南はカフェの時の冷たさとは違って、
ただ、不器用な人なんだと感じた。
バーでの心に残ったしこりも
徐々に消えつつあるような
不思議な感覚。
冬の寒さが明南の心の暖かさで、
冷たい雪だるまのよう
に少しずつ、溶けていく。
そのお気に入りのタオルをカバンに
しまった後、明南は自転車に乗り,
冬の冷たい風に当たりながら、
清々しい表情で、近くのスーパーへと
かけて
明南は自分の部屋にこもり、
複雑な思いを巡らせながら、
大学の課題に取りかかった。
だが、いつもの集中力を発揮することが
できない。
姉に好きな人が出来たと聞いたときは
体に衝撃が走った。
恋に溺れて、駆け落ちした友達も
結果は悲惨なものだったし、
明南自身はもちろん、
姉もそういう失敗はしないように
他人には期待しないように、堅実に
生きてたはずなのに…
昨日の美南の告白が明南の頭に
フラッシュバックする。
大学の課題論文を書いてた手が
ピタッと止まった。
真剣な眼差しで,明南を見ながら、
はっきりと伝える美南。
「明南、私は彼と一緒に生きていきたいと
思ってる。誰にも左右されない人生よ。
やっと自分の居場所を見つけたの」
正直、サバサバ系の姉、美南がまさか、
1人の男の人に固執して、親の勧めた相手を
断ってまで、恋に生きるタイプだったとは
明南は、夢にも思っていなかった。
姉に本当に好きな人ができたこと、
見合い相手には断りを入れ、
父と母にはそっぽを抜かれたこと、
反対されてもあの子犬のような
あの彼氏と別れる気はさらさらないことも、
姉の口から淡々と語られた。
美南は美人でスタイルがよくて、
さばさばして、立派にパティシエ
としても働いている、明南から見たら、
人生の目標にすべき、憧れの人。
望めば、仕事も家庭も両立して、
よりよい相手と安定した暮らしが
望めるはずなのに‥
それに、恋愛などはする必要がないと、
美南は常々と口にしていた。
お見合い結婚することも承諾していた
はずだったのに…
幸せは人それぞれとは頭でわかっているが、
明南の心の中で、応援すべきと言う天使
とそれに毒づく、醜い悪魔が
混在して、得体の知れないモヤモヤ感に
襲われる。
姉が放った最後の言葉も明南の心に
強く残った。
「明南、今は信じられないと思うことが、
必然的だったって、思えてきたりするものよ」
「人生は思わぬ方向に運転するものだもの」
まさか、私が誰かと恋に落ちるかも
しれないって言ってたのだろうか。
明南は姉が言ってた意味を考えながら、
ありえないと心でぼやきながら、
論文を書く手を動かし、
とにかく、目の前の課題に集中
するようにと、頭を切り替えた。
明南に、新たな出会いが訪れたのは
それから1か月後の冬。
寒さが本格的に増して来た
12月初旬頃だった。
明南はその日、学業の合間に働いている
バイト先のブックカフェにいた。
大学から徒歩で10分ほどにある、
ヨーロッパの街角のような雰囲気のある
お店。
住宅街にひっそり佇む、
白色の細長い3階建の建物にあり、
1階がブックカフェになっている。
店のオーナーは実年齢よりも若々しい
雰囲気の40代の女性、
香帝 めぐみ。
いつも、バンダナを頭にかぶり、
ラフなTシャツ姿に、ジーンズ生地の
エプロンを羽織っている。
「いらっしゃいませ」
めぐみはお客様が見えるのを確認すると、
コーヒーを煎じている手を止め、
客を迎え入れた。
スーツ姿の男2人が店の中に入ってくる。
1人は20代後半くらいの黒髪のメガネ姿の 痩せ型で、いかにもビジネスマン風の雰囲気を醸し出し、黒いビシッとしたスーツを着ている。
もう1人はまだ若い、20代前半くらいの
イケメンでガタイの良い体型の青年。
紺色のスーツと赤いネクタイが存在を
さらに際立たせていた。
オーナーは席を案内し、注文を承った後、
2階で、タイムカードを押し、
出勤の準備をしていた明南を
内線で呼び出した。
「明南ちゃん、これ、お客様に持って
行ってね」
2階からエプロン姿で降りて来た
明南はオーナーの言う通り、
奥の席で雑談している客2人に
注文のコーヒーと紅茶を差し出す。
「お客様、お待たせ致しました。
ご注文のコーヒーと紅茶でございます。
ごゆっくり、どうぞ」
明南は2人の客に飲み物を差し出した。
2人ともサラリーマンっぽい格好をしている。
1人は痩せ型で、茶髪にメガネ姿の
感じの良さそうな青年。
もう1人はイケメンの、茶髪で
がたいのいい、高級感溢れる青年だった。
この人、どっかで見たことあるよなと
明南は思った。
でも、どこだろう。
明南が考えてるうちに、その青年が
明南の顔を見上げながら、声をかけた。
「あの、先月、バーで会った人ですよね?」
青年に言われて、じわしわ頭に浮かんでくる
あのバーでの出来事。
あっ、あの人だ!あのバーで転んで、
足を踏みつけてしまった人!
なんとも恥ずかしい、できれば、
頭から消してしまいたい記憶が
明南の脳裏に蘇ってきた。
「あっ、はい。すみません、あの時は…」
申し訳なさそうに、直視できないような
表情で謝る明南。
「大丈夫でしたか、おでこ?」
「あっ、はい、大丈夫です、すみません」
一瞬、この青年がニヤッとした気がした。
あんな馬鹿な姿を人に見せるだなんて、
一生の不覚だったのに。
また、会うなんて…
穴があるなら入りたい。
明南逃げ出したくてたまらない衝動に
駆られる。
「なんだ、優哉の知り合いか?」
隣で聞いてた、メガネの男性が
2人の会話に割り込んでき
「この間、バーで一回、会っただけですよ」
「優哉、バーで女の子、口説いてたのか?」
「違いますよ」
「知り合いのオーナーの店に行って、
1人で飲んでただけですよ」
メガネのやせ型の男は後輩らしきこの優哉という青年を冗談まじりに、からかう。
「それでは、ごゆっくり、どうぞ」
恥ずかしい記憶から逃げ出したい
明南はささっと、2人の席から
立ち去る。
明南が去った後も2人の会話
は途切れずに繰り広げられる。
「可愛い子だったな。
優哉、婚約者がいながら、まさか
あの子と?」
「ふっ、違いますよ、
僕はそういうの興味ありませんから」
「だよなー お前はそういうやつ
だった」
このメガネ姿のフットワークが
軽そうな男の名前は
日野 倫太郎。
優哉の5歳年上だが、
優哉の父親の会社に入社して、
親しくなった、優哉の先輩であり、
友人でもある。
この時藤優哉
という男はよくわからない奴
だと日野は常々思っていた。
あの大魔王と呼ばれる社長を
父に持てば当然かもしれないが、
何を考えているか、今も掴めない。
だが、こんな風に友人として、
カフェ巡りできるのは
仕事にもプラスかもしれない。
何か想像力を掻き立てる物がここで
生まれるかもしれない。
ブックカフェだから、
珍しい本も置いてあるだろう。
この癒されるレトロな雰囲気に
つつまれて、ジャズ風の音楽を
感じながら、次の企画を
考えなければと密かな野心を
胸に抱きつつ、注文した、
紅茶の独特な香りを
かぎながら、紅茶を口の中に入れる。
やっぱりここのお店の紅茶は
美味しいなぁと
日野は1人、感慨に浸る。
隣の優哉はコーヒーを既に飲み干していた。
2人の男性が癒しの時間を過ごしている間、
明南はカフェの厨房で、
前髪のおでこを気にしながら、
はぁっとため息をつき、
新しいカフェのメニューを
考えていた。
そうこうするうちにオーナーが
明南に声をかけてきた。
「明南ちゃん 考えますね」
「うん。よろしくね!
あっ、そういえば、あのイケメンの
お客さんと知り合いだったの?
なんか、長く話してたみたいだったけど」
「いいえ、知り合いと言うほどで
は…」
「迷惑かけた相手だったので、少し謝ったり、
挨拶しただけですよ」
「そうなの?そういえば、かっこいい人
だったわよね?」
「そうですね…」
「あら、また、あなたは冷めてるわね」
「こういうとこで、再会するなんて、
ロマンチックよね!
ねえっ、どういうアクシデントがあったの?
おばさん、そういう話好きだわ!」
めぐみさんは恋バナと言えばすぐ、
食いつく人だ。自分の恥ずかしい記憶を
呼び起こすなんて、冗談じゃないと
明南は心で思いながら、きっぱり、
めぐみに言い放った。
「そんな、ロマンチックなことは0%です。
私にはそんなこと100%起きませんから」
「あらまぁ、そうなの?
残念だわ…
あなたにもときめくような恋が
訪れたらいいのに…」
「ふふふ‥ あるわけないですよ」
明南はそんなことは起こるはずない、
馬鹿らしいと言わんばかりに不気味な
笑みを浮かべた。
めぐみは心底残念がってたが、
明南には誰かに恋するなんて、
地球がひっくり返っても起きないような
奇跡的なことだった。
それに、あの男の人とだなんて、
心が冷たそうな人はこっちから願い下げだ。
心でぼやきながら、キッチンの後片付けに
取りかかる。
オーナー、めぐみが一階に戻ると
ほかのお客も増えていたが、
息子の香帝 努
が増えてきたお客の接客をしていた。
母、めぐみを見るや否や、サーっと母のところ
に急ぎ足で向かう。
「母ちゃん、早く対応してくれよ。
俺、トイレ行きたくなった。
「はい、はい、ごめんよ」
めぐみと交代し、急いで、
バタバタとトイレに向かう努。
努は高校2年生の17歳で、
時々、店を手伝ってくれる。
黒髪の短髪で、チャラチャラした
性格だが、見た目は真面目そうな雰囲気で
長身の痩せ形の少年だ。
勉強もあまりしないため、めぐみからは
怒りの攻撃を受けるのもしばしばだが、
あまり深いことは気にしないノー天気男だ。
めぐみが店内を見渡すとまばらに客がいて、
夕方のカフェらしい風景になり、
アンティークレトロなペンライトが店内を
ノスタルジックな雰囲気に仕立て上げて
くれている。
めぐみが見渡すと、あの青年2人が
何かを話し合いながら、意見交換している
様子が目に入った。
仕事で来てたんだろうか。
何の仕事だろうかぁ。
めぐみの野次馬根性が掻き立てられ、
遠くから2人の様子を伺う。
めぐみが他のお客様の接客が終わり、
レジに立っていると、
突然、あの青年2人がやってきた。
「あの、実は今日、お願いもありまして、
こちらを訪ねました。
企復コーポレーション
営業部の日野と申します。
実はカフェでファッションショーのコラボ企画
を考えてまして、ぜひ、このカフェで
実行して頂けないかと思いまして、
一度お話しをさせて
頂きたいのですが…」
「コラボですか?」
驚く、めぐみだったが、
日野という男はぺらぺら
とこれぞ営業トークかと
言わんばかりのトークスキルで話し始めた。
今日はとりあえず、挨拶だけだと言い、
名刺だけ、オーナーに渡し、
日野は会計を済ます。
もう1人の青年、優哉はその間、店内を見渡し、
コラボ企画の視察の為か、店内に展示されている
絵を細かく見ていた。
ある一つの絵に目を向けて、しばらく、
見入っている。
日野との会話を終えためぐみが声をかける。
「これ、素敵なチョークアートでしょう?
絵が得意なバイトさんが描いてくれたの」
「へぇ、すごいですね」
優哉はなぜか、その絵に引き込まれたように、
見入ってしまった。
上に「Welcome to our magical book cafe」
と書かれ、下に可愛いうさぎの絵
上に一冊の表開きの本とコーヒーが
描かれている。
うさぎにはハートが添えられており、
周りは花びらで囲んでいて、
カフェの雰囲気を表してるかのような
暖かさが溢れた作品になっている。
ライトに照らされ、そのウェルカムボード
はカフェ全体を照らしてる
かのように、優哉の目には眩しく、映った。
鑑賞を終えると、2人は、オーナーに
お礼して、店を後にする。
お使いを頼まれた明南はたまたま、
そのお客二人とすれ違う。
自転車で、出ようとしていた。
明南は「ありがとうございました」
と会釈して、スーパーに向かおうと、
自転車のペダルに足を置く。
その時、日野が明南の方を振り返り、
思い出したように、
明南に声をかけた。
「店員さん、ここら辺に本屋さんって
ありますか?」
すかさず、優哉が予定と違うよと
言わんばかりに、口を挟む。
「本屋に?今日は他のカフェも
巡るんじゃなかったんですか?」
優哉が驚き、尋ねるも、日野は
優哉の話には耳を傾けない素振りで、
話を続けた。
「本屋に行きたくて、一緒に連れてって
くれますか?」
「はい、ちょうど、お使いの途中なので、
案内しますよ」
明南は2人のチグハグな会話に
違和感を持ちながらも、近くの老舗の本屋に
案内した。
「じゃあ、私はこれで…」
「ちょっと待って、これ名刺です。
また、なにかあったら、
よろしくお願いします」
日野は名刺を渡し、優哉にもほらっと
指図して、名刺を出させた。
「僕は日野 倫太郎、
こっちは 時藤 優哉」
優哉は明南に名刺を出し、
頭を下げたが、
特に言葉は発しない。
明南は2人から名刺をもらい、
ペコっとお辞儀した。
「私は塔野です」
「下の名前聞いてもよろしいですか?」
「…明南です」
軽々しいお調子者タイプのような
日野から名前を聞かれ、
内心、嫌々ながらも
いつものビジネススマイルで、
自分の名前を言う明南。
「明南ちゃんって言うんだね。
あのカフェ、前も行ったこと
あるんだけど、雰囲気あって、
心地いい空間ですよね?
また、行かせてもらいますので、
どうぞ、よろしくお願いします」
「あっ、はい。また、どうぞ、
お越しください、それでは」
早く、お使いに行きたい明南はさっと、
立ち去る。
あまり関わりたくない、早く立ち去ろうと
思い、自転車に乗ろうとした瞬間
、また、誰かに声をかけられた。
後ろを振り返ると、
おしゃべりでない方の、あのバーであった
青年が近づいて来る。
今度は何だろう…
一目の不安を抱きながら、
彼が、走って、駆け寄るのを待つ。
時藤 優哉という青年は、
駆け足で近寄り、
明南に何かを差し出した。
よく見ると、明南が探していた、
ピンク色の縁取りが
茶色のチェックになっている
クマさんのタオルハンカチだった。
「あっ、これ!」
明南が思わず、声を漏らす。
「あの、この間、あなたが、
転んだ時に下に落ちてたハンカチ、
どうしようかと思ったんですが、
一応、持ってました。
「洗いましたので…」
不器用そうな、ぶっきらぼうな青年は
明南を直視せず、チラッと見ながら、
不器用そうな感じで、明南に
そのタオルハンカチを差し出した。
「あーっ、すみません。
わざわざ、助かります」
思いがけなく、戻ってきた、
お気に入りのタオルハンカチを
自分の手で感触を確かめる。
あのハンカチだと確信し、
明南はほっと,安堵する。
なんだ、この人、悪い人じゃ
ないみたい。
「ありがとうございます。
いろいろ、本当にご迷惑かけました」
「いえ、じゃあ…これで」
「はい!」
優哉は明南にタオルを渡した後すぐ、
去った。
明南はカフェの時の冷たさとは違って、
ただ、不器用な人なんだと感じた。
バーでの心に残ったしこりも
徐々に消えつつあるような
不思議な感覚。
冬の寒さが明南の心の暖かさで、
冷たい雪だるまのよう
に少しずつ、溶けていく。
そのお気に入りのタオルをカバンに
しまった後、明南は自転車に乗り,
冬の冷たい風に当たりながら、
清々しい表情で、近くのスーパーへと
かけて
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