494 / 592
第四章:三人の旅
第九十五話:正義とは勝者のこと
しおりを挟む
クラウスは、あまり魔物に狙われない体質だった。
生まれてすぐは当然それに誰も気づかなかった。
初めて母がそれに気づいたのは、クラウスが物心付く前、産休から明けたオリーブが首都へ久しぶりに首都へ向かった時のこと。
いつもの様に徒歩で王都へ向かっている最中、現れた魔物がクラウスを一目見て、何も無かった様に踵を返して戻っていったことがあった。
魔物の中でも極々一部は人を見て即座に襲うことも無く、襲うタイミングを見測ったり、もしくは絶対に勝てないと考えれば引く種類のものもいる。
もしくは妖狐たまきの様な特殊個体で、人間と友好関係を築こうとする変わり者もいないことはない。
それがそういう種族だったり、突然変異を起こした個体だったのなら、それは分かるだろう。
しかし異常なことに、クラウスを見て踵を返した魔物は、ただのトロールの群れだった。
トロールという魔物は食人鬼の一種。
知能が低く人間を餌だとしか考えていない魔物。
人を食うことこそが、その存在理由の全てと言っても良い魔物だ。
つまり、トロールが人を見ても食わないという選択肢を取る場合、それは最早トロールではないということになるほどだ。
そんなものが群れでオリーブとクラウスを見逃したのだから、これは異常個体が生まれたと言うよりも、クラウスが異常を持っているということになる。
もちろん、オリーブにはその理由に心当たりがあった。
――その子は、クラウスは、勇者の天敵だね。
生まれてすぐに、出産に立ち会っていたエリーがオリーブにそう告げたことが心当たり。
勇者にとっての天敵というものはつまり、魔物にとっては喜ばしい存在だということ。
敵の敵は味方ではないけれど、魔物は皆直感的にそれを見抜いていたらしい。
つまり、これまで親子二人で旅をする際オリーブが必死に戦闘に立って魔物を狩り続けるのはその半分以上が、幸いなことに凄く懐いてくれた可愛い息子が、魔物は敵なのだとはっきりと理解させる為に行っていたことだった。
だから、クラウスは知らない。
エリーがクラウスの旅が絶対に安全だと言い切れる理由を。
デーモン等の魔物すら殺そうとする殺戮兵器以外の魔物は、実は全てクラウスが仕掛けるまで攻撃してきていないという事実を。
オリーブやエリーを中心とした英雄達は、魔物に先手を取らせるなという教育によって、わざわざ寝込みまで襲って魔物は絶対的な敵だと教え込んだのだ。
そして、その時が来るまでは絶対にそれに気づかない様にと、何重にも封をした。
それが功を奏してか、クラウスは旅に出てから今までたったの一度もそんな事実に気付いていない。
それどころかマナが眠りにつくたびに襲ってくる魔物のおかげで、魔物は敵という認識をより強くしている。
それに加えて、別にクラウスは人類の敵というわけではない。
内に飼っている化物は確かに存在すれど、人間としてのクラウスは英雄に憧れる普通の少年時代を過ごしてきた。
魔王殺しの英雄達が実際に生きているこの世の中で、英雄に憧れることはとても普通のこと。
身近には英雄達が居て、英雄の娘が幼馴染というのは普通では無かったけれど、自分の母が英雄だと気付くまでの間は、そんな極ありふれた少年だった。
たまたまレインの真実を知っていて、レインの誤解を知らなかったというだけで。
――。
クラウスは、ふと思う。
村人達の怯え具合はなんだかまるで、レインの威圧にあてられたかつてのグレーズ騎士団の面々の様だな、と。
話に聞いただけのレインとグレーズ騎士団だけれど、彼らのやり取りも時にこんな様子だったのだと聞いたことがあった。
特に、聖女の付ける名前が流行った時のこと。
「なあお前達、英雄レインの話を知ってるか?」
「英雄……ですか」
未だに一人を除いて全員が布をくわえさせられている状況で話しかけても、答えられるのは一人だけだ。
残りの者達は何も言わず頷いている。
クラウスが特に威圧していない為に、少しだけ緊張はほぐれた様に。
それを見て、クラウスは続ける。
「ああ、英雄だ。魔王の呪いを消した二人の英雄の内の一人。知ってるだろ?」
「はあ……、しかしそれは聖女の方がやったのでは?」
やはりこの青年は口が軽いらしい。
クラウスの質問に対する答えに周りは目を見開くと、必死に首を横に振っている。
「いや、この国じゃそう言われているのも仕方ない。魔王になったのも事実だからね」
「……どういうことか、聞いても?」
「英雄レインは聖女サニィと一緒に呪いを解いて一度死んだ。ただ、様々なことが重なって魔王として生き返ってしまった」
クラウスがそこまで言って、村最強の青年ドニはクラウスが言いたいことを理解する。
しかし、轡を外された青年はまだそれに気付いていないらしく、こう返した。
「……魔王は、敵ですね」
きっと青年は何も考えていなかったのだろう。
ただ口から出ただけの言葉。
それを聞いたドニは怒り、動けないながら鬼の様な形相で青年を睨む。
しかしクラウスはもう、そんなことを気にはしていなかった。
「そうだ。世界を救った英雄であっても、魔王になれば敵だ。それと同じ様に、お前達も生きる為とはいえ、盗賊行為を行った。この世界はまだ、勝者が正義、敗者が悪。お前達も、俺が直接手を下すことは無いが、覚悟はしておけ」
それを聞いてもピンと来ていない顔の青年と、覚悟を決めた顔をしたドニを尻目に、クラウスは少しだけ考え込んだ。
青年達を見る村の女達の視線が、本当に村人達を心配している様に見えたからだ。
生まれてすぐは当然それに誰も気づかなかった。
初めて母がそれに気づいたのは、クラウスが物心付く前、産休から明けたオリーブが首都へ久しぶりに首都へ向かった時のこと。
いつもの様に徒歩で王都へ向かっている最中、現れた魔物がクラウスを一目見て、何も無かった様に踵を返して戻っていったことがあった。
魔物の中でも極々一部は人を見て即座に襲うことも無く、襲うタイミングを見測ったり、もしくは絶対に勝てないと考えれば引く種類のものもいる。
もしくは妖狐たまきの様な特殊個体で、人間と友好関係を築こうとする変わり者もいないことはない。
それがそういう種族だったり、突然変異を起こした個体だったのなら、それは分かるだろう。
しかし異常なことに、クラウスを見て踵を返した魔物は、ただのトロールの群れだった。
トロールという魔物は食人鬼の一種。
知能が低く人間を餌だとしか考えていない魔物。
人を食うことこそが、その存在理由の全てと言っても良い魔物だ。
つまり、トロールが人を見ても食わないという選択肢を取る場合、それは最早トロールではないということになるほどだ。
そんなものが群れでオリーブとクラウスを見逃したのだから、これは異常個体が生まれたと言うよりも、クラウスが異常を持っているということになる。
もちろん、オリーブにはその理由に心当たりがあった。
――その子は、クラウスは、勇者の天敵だね。
生まれてすぐに、出産に立ち会っていたエリーがオリーブにそう告げたことが心当たり。
勇者にとっての天敵というものはつまり、魔物にとっては喜ばしい存在だということ。
敵の敵は味方ではないけれど、魔物は皆直感的にそれを見抜いていたらしい。
つまり、これまで親子二人で旅をする際オリーブが必死に戦闘に立って魔物を狩り続けるのはその半分以上が、幸いなことに凄く懐いてくれた可愛い息子が、魔物は敵なのだとはっきりと理解させる為に行っていたことだった。
だから、クラウスは知らない。
エリーがクラウスの旅が絶対に安全だと言い切れる理由を。
デーモン等の魔物すら殺そうとする殺戮兵器以外の魔物は、実は全てクラウスが仕掛けるまで攻撃してきていないという事実を。
オリーブやエリーを中心とした英雄達は、魔物に先手を取らせるなという教育によって、わざわざ寝込みまで襲って魔物は絶対的な敵だと教え込んだのだ。
そして、その時が来るまでは絶対にそれに気づかない様にと、何重にも封をした。
それが功を奏してか、クラウスは旅に出てから今までたったの一度もそんな事実に気付いていない。
それどころかマナが眠りにつくたびに襲ってくる魔物のおかげで、魔物は敵という認識をより強くしている。
それに加えて、別にクラウスは人類の敵というわけではない。
内に飼っている化物は確かに存在すれど、人間としてのクラウスは英雄に憧れる普通の少年時代を過ごしてきた。
魔王殺しの英雄達が実際に生きているこの世の中で、英雄に憧れることはとても普通のこと。
身近には英雄達が居て、英雄の娘が幼馴染というのは普通では無かったけれど、自分の母が英雄だと気付くまでの間は、そんな極ありふれた少年だった。
たまたまレインの真実を知っていて、レインの誤解を知らなかったというだけで。
――。
クラウスは、ふと思う。
村人達の怯え具合はなんだかまるで、レインの威圧にあてられたかつてのグレーズ騎士団の面々の様だな、と。
話に聞いただけのレインとグレーズ騎士団だけれど、彼らのやり取りも時にこんな様子だったのだと聞いたことがあった。
特に、聖女の付ける名前が流行った時のこと。
「なあお前達、英雄レインの話を知ってるか?」
「英雄……ですか」
未だに一人を除いて全員が布をくわえさせられている状況で話しかけても、答えられるのは一人だけだ。
残りの者達は何も言わず頷いている。
クラウスが特に威圧していない為に、少しだけ緊張はほぐれた様に。
それを見て、クラウスは続ける。
「ああ、英雄だ。魔王の呪いを消した二人の英雄の内の一人。知ってるだろ?」
「はあ……、しかしそれは聖女の方がやったのでは?」
やはりこの青年は口が軽いらしい。
クラウスの質問に対する答えに周りは目を見開くと、必死に首を横に振っている。
「いや、この国じゃそう言われているのも仕方ない。魔王になったのも事実だからね」
「……どういうことか、聞いても?」
「英雄レインは聖女サニィと一緒に呪いを解いて一度死んだ。ただ、様々なことが重なって魔王として生き返ってしまった」
クラウスがそこまで言って、村最強の青年ドニはクラウスが言いたいことを理解する。
しかし、轡を外された青年はまだそれに気付いていないらしく、こう返した。
「……魔王は、敵ですね」
きっと青年は何も考えていなかったのだろう。
ただ口から出ただけの言葉。
それを聞いたドニは怒り、動けないながら鬼の様な形相で青年を睨む。
しかしクラウスはもう、そんなことを気にはしていなかった。
「そうだ。世界を救った英雄であっても、魔王になれば敵だ。それと同じ様に、お前達も生きる為とはいえ、盗賊行為を行った。この世界はまだ、勝者が正義、敗者が悪。お前達も、俺が直接手を下すことは無いが、覚悟はしておけ」
それを聞いてもピンと来ていない顔の青年と、覚悟を決めた顔をしたドニを尻目に、クラウスは少しだけ考え込んだ。
青年達を見る村の女達の視線が、本当に村人達を心配している様に見えたからだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜
大好き丸
ファンタジー
異世界「エデンズガーデン」。
広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。
ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。
彼の名はレッド=カーマイン。
最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。
※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる