雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第四章:三人の旅

第九十五話:正義とは勝者のこと

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 クラウスは、あまり魔物に狙われない体質だった。
 生まれてすぐは当然それに誰も気づかなかった。
 初めて母がそれに気づいたのは、クラウスが物心付く前、産休から明けたオリーブが首都へ久しぶりに首都へ向かった時のこと。
 いつもの様に徒歩で王都へ向かっている最中、現れた魔物がクラウスを一目見て、何も無かった様に踵を返して戻っていったことがあった。
 魔物の中でも極々一部は人を見て即座に襲うことも無く、襲うタイミングを見測ったり、もしくは絶対に勝てないと考えれば引く種類のものもいる。
 もしくは妖狐たまきの様な特殊個体で、人間と友好関係を築こうとする変わり者もいないことはない。
 それがそういう種族だったり、突然変異を起こした個体だったのなら、それは分かるだろう。

 しかし異常なことに、クラウスを見て踵を返した魔物は、ただのトロールの群れだった。

 トロールという魔物は食人鬼の一種。
 知能が低く人間を餌だとしか考えていない魔物。
 人を食うことこそが、その存在理由の全てと言っても良い魔物だ。
 つまり、トロールが人を見ても食わないという選択肢を取る場合、それは最早トロールではないということになるほどだ。
 そんなものが群れでオリーブとクラウスを見逃したのだから、これは異常個体が生まれたと言うよりも、クラウスが異常を持っているということになる。
 もちろん、オリーブにはその理由に心当たりがあった。

 ――その子は、クラウスは、勇者の天敵だね。

 生まれてすぐに、出産に立ち会っていたエリーがオリーブにそう告げたことが心当たり。
 勇者にとっての天敵というものはつまり、魔物にとっては喜ばしい存在だということ。
 敵の敵は味方ではないけれど、魔物は皆直感的にそれを見抜いていたらしい。

 つまり、これまで親子二人で旅をする際オリーブが必死に戦闘に立って魔物を狩り続けるのはその半分以上が、幸いなことに凄く懐いてくれた可愛い息子が、魔物は敵なのだとはっきりと理解させる為に行っていたことだった。

 だから、クラウスは知らない。
 エリーがクラウスの旅が絶対に安全だと言い切れる理由を。
 デーモン等の魔物すら殺そうとする殺戮兵器以外の魔物は、実は全てクラウスが仕掛けるまで攻撃してきていないという事実を。
 オリーブやエリーを中心とした英雄達は、魔物に先手を取らせるなという教育によって、わざわざ寝込みまで襲って魔物は絶対的な敵だと教え込んだのだ。
 そして、その時が来るまでは絶対にそれに気づかない様にと、何重にも封をした。

 それが功を奏してか、クラウスは旅に出てから今までたったの一度もそんな事実に気付いていない。
 それどころかマナが眠りにつくたびに襲ってくる魔物のおかげで、魔物は敵という認識をより強くしている。

 それに加えて、別にクラウスは人類の敵というわけではない。
 内に飼っている化物は確かに存在すれど、人間としてのクラウスは英雄に憧れる普通の少年時代を過ごしてきた。
 魔王殺しの英雄達が実際に生きているこの世の中で、英雄に憧れることはとても普通のこと。
 身近には英雄達が居て、英雄の娘が幼馴染というのは普通では無かったけれど、自分の母が英雄だと気付くまでの間は、そんな極ありふれた少年だった。
 たまたまレインの真実を知っていて、レインの誤解を知らなかったというだけで。

 ――。

 クラウスは、ふと思う。
 村人達の怯え具合はなんだかまるで、レインの威圧にあてられたかつてのグレーズ騎士団の面々の様だな、と。
 話に聞いただけのレインとグレーズ騎士団だけれど、彼らのやり取りも時にこんな様子だったのだと聞いたことがあった。
 特に、聖女の付ける名前が流行った時のこと。

「なあお前達、の話を知ってるか?」
「英雄……ですか」

 未だに一人を除いて全員が布をくわえさせられている状況で話しかけても、答えられるのは一人だけだ。
 残りの者達は何も言わず頷いている。
 クラウスが特に威圧していない為に、少しだけ緊張はほぐれた様に。
 それを見て、クラウスは続ける。

「ああ、英雄だ。魔王の呪いを消した二人の英雄の内の一人。知ってるだろ?」
「はあ……、しかしそれは聖女の方がやったのでは?」

 やはりこの青年は口が軽いらしい。
 クラウスの質問に対する答えに周りは目を見開くと、必死に首を横に振っている。

「いや、この国じゃそう言われているのも仕方ない。魔王になったのも事実だからね」
「……どういうことか、聞いても?」
「英雄レインは聖女サニィと一緒に呪いを解いて一度死んだ。ただ、様々なことが重なって魔王として生き返ってしまった」

 クラウスがそこまで言って、村最強の青年ドニはクラウスが言いたいことを理解する。
 しかし、轡を外された青年はまだそれに気付いていないらしく、こう返した。

「……魔王は、敵ですね」

 きっと青年は何も考えていなかったのだろう。
 ただ口から出ただけの言葉。
 それを聞いたドニは怒り、動けないながら鬼の様な形相で青年を睨む。
 しかしクラウスはもう、そんなことを気にはしていなかった。

「そうだ。世界を救った英雄であっても、魔王になれば敵だ。それと同じ様に、お前達も生きる為とはいえ、盗賊行為を行った。この世界はまだ、勝者が正義、敗者が悪。お前達も、俺が直接手を下すことは無いが、覚悟はしておけ」

 それを聞いてもピンと来ていない顔の青年と、覚悟を決めた顔をしたドニを尻目に、クラウスは少しだけ考え込んだ。
 青年達を見る村の女達の視線が、本当に村人達を心配している様に見えたからだ。
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